相沢 舞
『相沢 路夫作 自由』
時計の針をかなり巻き戻す。
相沢舞、5歳。右手の温もりは、絶えることなく居座り続けている。
ここは美術館。舞の父は、画家だ。期待の超新星とはいかないが、学校の玄関に絵が飾られる、近所で声をかけられる、そこそこ有名であった。『自由』。この絵は、父が癌の入院中に頭に現れたネタだったらしく、入院中にも下描きをしていた。退院後、すぐさま作業に取り掛かる。そのとき3歳だった舞は、そんな父がおかしく見えていた。
そして5歳。母に腕を引かれ、美術館に来る。父は再発した癌で亡くなり、隣にいるはずが、なんだか心細い。ずんずん歩いていた母は、ある作品の前で足を止めた。
『相沢 路夫作 自由』
「これはね、お父さんの作品なのよ?」
「お父さんの……」
見たことがある。父が、日に日に努力を積み重ねた、最後の作品。2年前の記憶が蘇り、目から涙が止まらない。帰りにアイスクリームを買ってもらったが、涙は収まることはなかった。
そして時の流れに身を預ける。中1の春。1人の少女と出会った。
幸路彩。彼女は絵画が好きらしく、うちのお父さんが画家だと伝えると、「もしかして、相沢路夫さん!?あの人の作品、好きだったんだよね」と興奮していた。そして同じ美術部に入った。
「期待の超新星」って呼ばれて、お父さんのことがフラッシュバックする。いいや、ここは中学。自分自身を貫くんだ。___なんて、正義ぶってた。そう見ると、正義ぶってない素の彩はいいなと思う。
「舞〜」
「ん〜?どうしたん〜」
いつも通りにもたれてくる彩。ポニーテールの先が、うちの頬に当たる。
「数学わからへん〜」
「あんた今度テストやで?あかんやん」
「「あはは___」」
いつもの会話。いつもの場所。いつもの彩の温度。これが、平和だ。ここで少し、いつもとは違う返事をしてみようか。
「今度、教えたげよっか?」
「はひょ?」
彩は、不思議そうに首を傾げる。
「なんか、いつもならうちから『教えて』ってきいて、めんとくさいって舞答えるよなぁ?なんか不思議」
「そうか?」
やはり。彩は気づくのが早い。他人なら、お、ラッキーとか思うかもしれない。彩は、教えてもらえないことが当たり前だと思っているから、うちの先ほどの返事が、不思議に思ったのだろう。
「___うそだよ」
「やっぱりな」
いつものオチ。いつもの話。いつもの居場所。いつもの時間。これがやはり平和である。
部長が部室に入るのが目に着いたので、彩の手をとり部室へ入った。




