12
唐突に過去編が混じります。
*※白川雪*那俄性史維*
<学校・中庭>
「ねえ、那俄性……これが私達のあるべき姿なんだよね」
あれからあっという間に放課後になって、私は久しぶりに那俄性と下校をしていた。
沙実が学校に登校してきてすぐ心配をかけたようで、放課後一緒に帰ろうと言ってきたけど沙実には部活動があって、それに…那俄性のことを出したら後でいっぱい惚気を聞かせてねと言われた。
普通他人の惚気は聞きたくないと思うけど…
「今までフラフラしてごめんな」
あはは…
そんなに思い詰めてたわけじゃないのに。那俄性ったら優しいんだから。そんなんだから過去の恋人?(ひととさん)に言い寄られまくってたんだよ。
それにしても日中一青さんすごくおとなしかったなぁ…何考えてるんだろ?いやな感じしかしないけど…私と那俄性の日常を壊さないでほしいなぁ
「気にしてないよ。那俄性はちゃんと断ってたんだから」
すると、那俄性は申し訳なさそうに前を歩いてた私の腕を掴み引っ張った。私は引っ張られた反動でバランスを崩して那俄性の胸に抱きしめられた。
こんなこと…
初めてかもしれない。
那俄性はずっと“ごめん、ごめん”って謝ってくれてるけど、私は心臓がバクバクいってて仕方がない。きっと私の顔は今茹でたこ状態で、それを那俄性であろうと他人に見られることは恥ずかしかった。だから、長くこの抱きしめが続くように私も那俄性を抱きしめ返した。
*目高沙実*※月見里 晋*茂槻 可羽♀*心野 新♂*庵原 智萌♀*管山沙織*美月明実嶺*
<学校・旧美術部部室>
「茂槻先輩…無理言ってすみません」
「全然、こちらこそ。月見里君には部員の子達も懐いているから助かっています。それに今日だってお手伝いしてくれるのでしょ?」
「あ、はい」
「晋君、きてきて。雪が幸せそう…」
今、俺は旧美術部部室にいる。主にここには1組と美術部に属する生徒が集まっていて、部外者は立ち入り禁止なのだが沙実に絵を見てほしいと言われて1組の委員長に許可を取って中へ入れて貰った。
沙実は窓際で幸せそうに友人の白川雪の行く末を見ている。白川のことになると自分のことのように考え始めるからここ最近は沙実の心が不安定で仕方がなかったが、白川が登校してきたことで悩みは晴れたようだ。
俺は沙実が幸せならそれでいい。沙実に呼ばれ窓際に寄ると白川とその彼氏が熱い抱擁をしていた。見るからにラブラブだが、それは何かが吹っ切れたような形で沙実が浮かべた幸せとマッチしていた。
「晋、来てたのか?」
もう一人の委員長に名前を呼ばれ振り返る。この1組と美術部を纏めるクラスにはトップが二人存在する。二人とも三年生で、1組の委員長、心野新先輩と美術部の部長、茂槻可羽先輩だ。二人は幼なじみだそうで、常に二人セット────つまり、心野先輩が居るところには茂槻先輩も居て、茂槻先輩が居るところには心野先輩もいると言う風に二人の間には切れない鎖があるのだ。
「はい、お邪魔してます。心野先輩」
心野先輩は俺に歩み寄る前に沙実の肩に触れ、存在を気付かせてから沙実のおでこに手を当てた。
「あっ!健康チェック始まってたんですね!」
と、三年生の庵原先輩がぴょんぴょん跳ねながら奥の部屋から出てきた。庵原先輩の言うとおりこれは歴とした健康チェックであり、この時点で発熱していると解れば保健室か、病院に連れて行かれるか、帰宅を命令されるのだ。そしてチェックする役目を心野先輩が担ってるというわけだ。
「今日も元気だな。元気なことは良いことだが…足をあまり使うなよ?」
心野先輩が気遣うように庵原先輩は足を怪我している。と言っても怪我をしたのは随分と昔でこの学校に入るまでは車イスだったらしい。そのため、事情を知っている心野先輩は適度に注意を払っているのだ。
「分かってるよ~」
「月見里君早速で悪いんだけど…奥の部屋にいるクラスメート達のことを見てきてくれない?」
「あ、はい。分かりました。沙実…絵はいつ見せてくれる?」
「晋君の用事が終わったらいつでも。先に待ってるから」
茂槻先輩からそう言われたので、俺は沙実と二言交わしたあと奥の部屋の扉のところまで歩く。ノックをせず、そっとドアを開ける。
「…だれ?」
管山さんの声が聞こえた。管山さんは1組の副委員長兼美術部の副部長を勤めている。彼女は本当のクラスと、旧美術部部室で会話をすると喋り方が変わる。
「月見里だけど…今からおやつの時間だから茂槻先輩が来てほしいと」
「…目的は目高さんの絵?」
唐突にいつも問われる。だが、内容はいつも同じなので少し考えれば分かるのだが。
「まあ…」
奥の部屋は電気が付けられてはいないのか真っ暗である。だが、ここでスイッチを探したりはしない。俺はどうせ中には進めないので無意味なのだ。
「もう…見た?」
部屋の中に大勢の人の気配がする。だが、一人さえ顔は判別できなかった。
「いや、今からだ」
「彼女の描く絵に確信が持てたって子が他にもいるの」
「確信って予知夢の?」
沙実の描く絵には先のことが描かれていると気付いたのは最近になってからのことだった。沙実は気付いてはいないようで、同じく気付いた1組や美術部の生徒達と相談してそのことは沙実の前では黙することにしていた。
先のことと言っても出来上がりから一秒後だったり、数年後だったりと幅は広い。沙実の描く絵は何だかとても淡い。もちろん色鉛筆で書いていたりするのもあるが、どことなくはっきりとしていないのだ。ボヤケているというか。
沙実も管山さん達と同じくこの旧美術部部室に立ち入った瞬間に教室…つまり、白川達の前での姿と全然違う。まあ、沙実の場合は俺の前でもそんな風だが。
「そう…ねえ、白川さんは目高さんの絵を見たことはある?」
「ああ」
「…知ってるの?」
「どうだろうな」
俺は白川さんが沙実と部室に行くときに一緒に行ったことはない。だから白川さんが沙実の絵を見てどう思ってるのかは全く知らないのだ。まず、白川さんは1組と美術部の生徒達が障害者或いは外れ者とは気付いてないのだ。
既にこの学校に在籍して二年にもなるにも関わらず。一般生徒や教師が1組或いは美術部のことを聞いただけで嫌な顔をするにも関わらず、白川さんだけは普通に2組や他部活動の名前を聞くときと同じ反応しかない。
「…ゆ、きちゃんの…?」
幼稚園児のような声で美月さんが俺ではなく管山さんに話しかけているようだ。何故なら俺は美月さんに話しかけられたことはないから。
美月さんは重度の人見知りで1組や美術部の生徒以外とは声を出すことも出来ないそうだ。ただし、白川さんだけは別で最初から喋れてて沙実も驚いたと言っていた。
「アミ、白川さんに会いたい?」
「…ぅん!ゆ、きちゃんすきだから」
美月さんが嬉しそうにはしゃいでるのが気配で分かる。
ぱたぱたっ
「りーん?遅いよ~」
俺の横を庵原先輩が通り過ぎた。それが合図だったのか、それとも俺と管山さんの会話が終わるのを大人しく待っていたのかパチリと音がして暗闇に光が差した。
俺は眩しくて目を瞑った。
*※白川雪(現在)*那俄性史維(現在)*佐伯鈴(過去)*一青藍加(過去)*玉木 典♀(過去)*
<公園>
「ねえ、那俄性のこと…史維って呼んでも良い?」
きっと那俄性にこんな風にお願いできる勇気が持てたのは一青さんのお陰。だって、名前呼びは何だかあんな風にして恋人になった那俄性に対して申し訳なく、恥ずかしいって思ってたから。
でも、周りの恋人たちが……特に一青さんが那俄性のことを名前で呼んでいるのを聞いて何度も嫉妬した。 一青さんなんてあんな大嘘を吐き出したくせに平然と那俄性のことを呼び捨てにしてる。そのことが今回の切り出す切っ掛けになった。
「……ああ、だから俺も“雪”って呼んで良いか?」
心が跳ねた。嬉しい。私は笑って頷いて那俄性の名前を呼んだ。那俄性はそれに返してくれた。
だけど、名前を呼ばれたとき何かが頭を掠った。それは二回目で一青さんが来たときにも感じたものだった。
だから私は気になってそのあとの那俄性の言葉を全て流していた。
‡†‡†‡†‡
「飛那ちゃんってキモチワルイよね」
「分かる分かる!だって話しかけてもうんともすんとも言わないし…お人形みたい」
「仕方ないでしょ。お父さんにあんなことされてたんだから」
「でも、ここにいるみんなも大体同じ境遇じゃん!それなのにずっと何も言わない、何も返さない、名にも表さないってやっぱりヘンだよ」
「それに先生達にも迷惑かけてるし。ずっと先生を独占してる」
「“新人”のくせにねー?」
「まあ、それはそうね。」
「“新人”さんには恋も友情も愛情だって貰うことは許されないんだから…貰っちゃった“新人”には罰を与えなきゃだよねー?」
「だったらさ…あの湖に言ってみんなで儀式しようよ。“新人”さんがこの世界で幸せになれますよーに!ってさ~」
「先生達は許してくれるかしら?」
「大丈夫。希美先生は私達の味方だから」
「希美先生が?」
「…前、先生の日記帳を読んだことがあるんだけど…スゴかったよ。みんなの悪口ばっかりだった」
「…そんな風には見えないのにねー、人は見かけによらないってこういう時に使う言葉かな?」
「説得は中間的存在の憂ちゃんにやってもらうから」
「あぁ…あの…藍加ちゃんファンのね」
「もしかして憂ちゃんって藍加ちゃんのスパイなの」
「全然」
「うっそだー」
誰かが笑ってる。ゲタゲタと心地の悪い笑みを浮かべて。だけど、笑ってるのは口だけで、みんなの目は冷め切っている。誰だかは思い出せない。今は必要ないからって誰かが封じ込めているようにも感じる。でも封じ込めてる誰かが誰なのかも分からない。
“飛那”という名前は昔の名。だからこの悪口は“雪”のこと。“飛那”は私の昔の名であると同時に“飛那”時代を封じる名でもある。私の記憶を共有する“現在の人”に“過去の名”を呼ばれることがあれば記憶の封印が解かれるってその封じた誰かは言っていた。それまでは忘れていろとも。
その誰かは何を思って“飛那”を封じたのだろうか。封印が解かれるときというのは“飛那”(そのな)を思い出しても支障がないからだろうから…辛い、苦しい、苦い、悲しい、寂しい、怖い、記憶なのだろうか……