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04『サボり』

「そんないい子ちゃんな君に悪いこと、させちゃおうかな」

 ニヤリ、と鶴ヶ谷は笑って言った。俺は普段であればその笑顔に嫌な予感を覚えるのだが、今は『鶴ヶ谷の機嫌は別に悪くなさそうだ、いやあ、俺の心配が杞憂に終わって良かった、良かった』と場違いにも安心してしまったのだった。故に、突然立ち上がった鶴ヶ谷に腕を引かれても、何の抵抗もなく動いてしまったのである。

「さ、行こうか。先生が寝ている間にね」

 どこにだよ。と、俺は反射的に言い返した。少ししてから思考が追い付いて、自分が反射的に放った言葉が間違えていないことを確認する。

「そうだねえ」俺の右腕を掴んだまま鶴ヶ谷は考える素振りを見せる。「屋上に、と洒落込みたいところだけど、この学校屋上に上がれないからね。とりあえず教室でいいんじゃないかな」

 グイグイと俺の腕を引っ張って鶴ヶ谷は言う。仕草としては非常に可愛らしいし、俺としても非常に嬉しいシチュエーションではある。このままついていってしまいたいところだ。しかし、それをする時が問題である。今はまだ授業中だ。こんな状況の音楽室でも、一応授業をしているという括りになる。だから、この部屋から出るということは、それだけで非常に大きな問題となる。

 その旨を鶴ヶ谷に伝えると、鶴ヶ谷はなんでもないような顔で「そんなことぐらい分かってるよ」と言うのだった。それからすぐに「だからこそやるんだよ」と続ける。

 何を、と少しでも考えれば直ぐに分かりそうなことを俺はあえて訊いた。だから鶴ヶ谷も直ぐに分かりそうなことをあえて答えてくれた。

「俗に言うサボタージュだよ」


 教師までもがぐっすりと眠る音楽室を抜けて、俺達は自分達の教室で向かい合っていた。当然ながら他の皆は授業に出ているため、教室には二人しかいない。にもかかわらず、俺は自分の席、鶴ヶ谷はその前の席に座って向かい合っていた。これじゃまるで恋人同士だ。話をするだけならこんなに近くなくても良いだろうに。

「こうやって私達が向かい合ってやるのはクイズ大会だけどさ」

 沈黙を破ったのは鶴ヶ谷だった。

 俺は鶴ヶ谷の言葉に、お前が勝手にクイズを押し付けてくるだけだけどな、と返しておく。鶴ヶ谷は苦笑するだけだった。

「君は、推理ゲームは好き?」

 嫌いではないな、と俺は返した。クイズ同様あまり興味がないためやったことはないが、考えることはそんなに嫌いではない。テストになると話は別だが。

 そんな俺の返答に、鶴ヶ谷は短く「そっか」とだけ言った。それから少し間をおいて「それじゃあさ」と言い出す。

「少し趣向を変えて、今回は好きな人推理大会でもしてみない?」

 はあ? と間抜けな声が俺の口から零れた。それから一拍おいて、俺の口からボロボロと文句が零れる。なんだよ、好きな人推理大会って。誰のを当てるんだ。まずそんなことをして何が楽しいんだ。と。

「ここにいない人のことを考えても楽しくはないからね――当てるのは勿論、君は私の、私は君の好きな人。これでも私は女子高生だからね。恋バナは好きな方だよ」

 にっこりととてもいい笑顔で言う鶴ヶ谷。勿論とつけられてしまったが、出来れば俺の好きな人については触れないでほしかった。今からでも間に合うのなら、その遊びは是非とも辞退したいところだ。なんとかして回避できないだろうか。

「君だって高校生なんだから、好きな人の一人や二人っくらいいるでしょ?」

 少し不安そうに鶴ヶ谷は訊いてくる。きっと俺に好きな人がいなかったらこの遊びが成立しないからだと思っているのだろう。

 俺はその質問にはあえて答えなかった。下手に嘘をついて顔に出たら困ると思ったのだ。その代わりに、好きな人が同時に二人以上出来るほど俺は器用じゃないと答えておいた。これなら嘘はついていない。ただしこの答えが良かったとはいえなかった。

「ふうん」鶴ヶ谷はニヤニヤと笑いながら頷く。「じゃあ、一人はいるんだ。器用じゃなくても一人なら好きになれるから」

 確信を持って言う鶴ヶ谷に、俺は一言も返すことができなかった。それが失敗だったと悟るのは、『好きな人推理大会』が始まってしまったあとだった。

 つまり、俺は回避できなかったのである。

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