第6章 銀の城の舞踏会 6
曲が変わると、パートナーが交代になった。
アーデリーズはラーディアと踊り始め、ジュネスは親戚らしい少女に請われ、彼女と踊り始める。
「キディアス。きみは、ナナトと踊りたまえ」
ジエルフォートが、キディアスに言った。
「きみたちが踊っているのを見てみたい」
七都とキディアスは手を繋ぎ、ジエルフォートにお辞儀をした。
「シルヴェリスさまを差し置いて、ナナトさまと、練習ではなく本番の舞踏会で踊るというのは、心苦しいのですが」
キディアスが言った。
「構わないよ。ナイジェルとは、いつか一緒に踊るから」
「そうですね。ナナトさまには、シルヴェリスさまと寝室で踊っていただかねばなりませんから。エルフルドさまとジエルフォートさまのように」
「……」
キディアスは、七都が見舞った猫パンチを素早くよけた。頭に付けた羽根飾りと宝石が、さっと動く。
相変わらず、見事な防御体勢だった。もっとも、七都の動作が鈍すぎたのかもしれない。
「悔しい。またはずした」
七都は、呟く。
二人の様子を、目をぱちくりさせて眺めていたジエルフォートが、訊ねてくる。
「それは、きみたちが考えた、新しい遊びか何かか?」
「ま、そんな感じです」
七都は、キディアスを軽く睨んで、答える。
ジエルフォートは、少年のように、にかっと笑った。
「私も混ぜてくれないか?」
「混ぜませんっ!!!」
七都とキディアスは、ジエルフォートがたじたじとなる噛み付きそうな顔で、同時に叫ぶ。
それから二人は、ゲーム参加を拒否されて半ば呆然としているジエルフォートを残し、音楽に合わせて踊り始めた。
「ジエルフォートさまと踊ったときは女性で、今は男性?」
「受け持ちが、ということですよ。おかしな表現はおやめください」
キディアスがクールに言う。
「でも、さすがにきれいだったよ、二人とも。ジエルフォートさまは迫力のある踊り方するし、キディアスはうますぎるし……。キディアスって、楽器の演奏とか踊りの他にも、いろいろ出来るの?」
「作曲はしますね。舞踏会用の曲も作ります。歌も少々」
「すごい。そういうことも出来るんだ。ぜひ聴かせてほしい」
「水の都においでになれば、いつでもご希望に添わせていただきますよ」
七都のために、何度も繰り返されるメロディー。
磨かれた床の上で、七都は何度も同じ踊りを舞う。
まばゆい光とたくさんの魔神族で溢れる、金色の空間に酔いそうだった。
頭が、くらくらする。
ふと気がつくと、ダンスのパートナーは、いつの間にかジエルフォートに変わっていた。
「ジエルフォートさま……」
「待ちきれなくて、キディアスに代わってもらったよ」
彼が笑った。
「ジエルフォートさま、背が高いから、わたしとは踊りにくいんじゃ……」
「いや。扱いやすくて、かわいいよ」
扱いやすくて、かわいいって。
ジエルフォートさまったら、わたしのこと、子猫か何かみたいに……。
七都は憤慨しかけたが、ふっと意識が遠くなる。
気がつくと、ジエルフォートに抱きしめられていた。
「疲れたようだね、姫君。初めての舞踏会は」
ジエルフォートが微笑んだ。
「ええ。少し疲れました……」
アーデリーズが用意してくれた素晴らしいものとはいえ、長い時間踊っていると、頭の宝石は重いし、慣れない舞踏会用の豪華な赤いドレスも、幾分食傷気味だった。
そして、この、金色に染まった独特の空間――。
こういうところに慣れるには、あと何回か舞踏会に参加する必要がありそうだ。
楽しかったのは事実だが、やはり、精神的にも疲れてしまったかもしれない。
「ナナト、またおいで。この世界に。そして、アーデリーズの友人として、時々彼女のそばにいてやってほしい」
ジエルフォートが七都の耳元に口を寄せて、ささやくように言った。
「はい。わたしもそうしたいです。元の世界に戻っても、またきっと来ます、この世界に。扉を開けて……」
「だが、そうするには、きみは認めなくてはならないよ」
「認めるって……。何をですか?」
「自分が魔神族であることをね」
ジエルフォートの瞳が広がり、銀色の満月のように丸くなる。
いきなり彼は、七都の唇に自分の唇を重ねた。
抵抗する暇もなかった。
七都の体の中のエディシルが、一斉にジエルフォートのほうに向き直る。召喚されたように。
周囲の魔貴族たちが、「あらあら」という感じで、ジエルフォートと七都を何げなく眺めたが、音楽も踊りも、それまでと同じように続けられた。
ラーディアと踊っていたアーデリーズは、眉を寄せ、あきれたような顔をしたが、ジエルフォートを止めなかった。
七都のエディシルは、ジエルフォートに吸収されて行く。重ねられた唇を通して。
それは、不快な感覚ではなかった。グリアモスに爪で胸を引き裂かれ、エディシルを奪われたときのように。
あの時よりも、さらに強い恍惚感が、全身を包む。
研究室でジエルフォートにキスされたキディアスも、ナイジェルにエディシルを取られて酔っ払ったようになっていたナチグロも、こういう感覚をきっと味わっていたのだ。
その感覚には、魔王にエディシルを食べられているという、奇妙な喜び、そして従属感さえ混じっている。
さらには、この人のためなら何をしてあげてもいい、どうなってもいいとさえ思ってしまえるような、危険な感情の高ぶりが、体を貫きそうになる。
これもまた、魔力の一種なのだろうか。
(魔貴族も王族も、魔王にエディシルを与えねばならない。きみも風の都に行けば、リュシフィンにエディシルを与えねばならぬ役目を担うだろう)
ジエルフォートの声が、頭の中に響いた。
(リュシフィンさまに、わたしのエディシルを……)
(蝶やカトゥースでは、とても追いつかないよ……。どうする、風の姫さま?)
エディシルが急激に減って行く。
目の前が突然真っ赤になって、七都は気を失った。




