表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/72

第4章 光の回廊 10

 ジエルフォートの城の窓から出た七都は、再び光の都の上空を飛び、水の都を目指した――つもりだった。

 けれども、突然何かに、ぐいと引き寄せられたような気がした。

 途端に七都は、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 ずっと雲の中のような白い空間が続くので、少しでも感覚がずれると、もうお手上げだった。

 どこを見回しても雲の白しかない。どちらに進めばいいのかもわからない。

 やはり無理だったのだろうか。魔の領域の中を散歩するなんて。


 よく考えてみれば、人間の住んでいるところとは違うよね。

 ここは、魔力に満ちている。

 何せ、住んでいる人全員が魔力を使えるんだもの。

 七都は、安易に出てきたことを、少し反省する。

 シャルディンのところに行けたのは、彼がわたしのアヌヴィムだから。わたしが分けた魔力を体の中に持っているから。

 セレウスのところに行けたのは、遺跡の近くだし、彼がわたしの髪を持ってたから。

 カーラジルトは、わたしの体の中に入ったことがあるので、その痕跡をたどって。

 そう考えたら……?


 道しるべになるものがあるところには、一瞬で行けることになる。

 だとしたら、それ以外のところに行くのは無理なのだろうか。

 だが、ナイジェルは、額に口づけの印をくれている。

 それは道しるべにはならないのだろうか。

 七都の真正面に、何かが現れた。

 長方形の、銀色に輝くもの。

 それは灰色の壁の中にはめこまれ、ぴったりと閉ざされていた。


(これは……。扉……?)


 七都は、その扉の前に立つ。足の下には、灰色の冷たそうな床が広がっていた。

 周囲には、同じ灰色の壁と天井がある。

 壁には赤や青、オレンジ色の小さな光が、規則正しく並んで輝いていた。

 モニターとキーボードを思わせるような四角いスクリーンやボタン、そしてドーム形の計器のようなものも、壁の中に埋め込まれているのが見える。

 どこかの建物の中のようだ。いつの間にか迷い込んだらしい。

 銀色の扉は、低い階段の上にあった。

 七都は扉に近づいてみた。

 扉の中から、呼ばれているような気がする。

 誰かが自分を呼んでいる?


(おいで。こちらへ。長かったね。つらかったね。おいで。慰めてあげるから……)


 誰かが、そうささやいている。

 何か……。

 何かが、この中にいる。

 何だろう。

 七都は、階段を上がった。


 扉は、当然通り抜けられるだろう。

 ちょっとのぞいてみよう。のぞくだけ。

 この向こうに、何があるのか。


(おいで。おいで……。慰めてあげるよ。そっと抱きしめてあげるよ)


 そんなこと言われたら……。そんなにやさしくささやかれたら……。

 無理して保っている何かが、ぽきんと折れてしまいそうになる。


(おいで。ここは楽しいよ……。少し休んでお行きよ……)


 七都は両手を伸ばし、それを扉に近づけた。

 このまま真っ直ぐ進めば、簡単に通り抜けられる。

 楽しいの?

 じゃあ、わたしも、ちょっとだけ楽しんでいい?

 少しだけ休ませてもらってもいい?


 だが、七都のてのひらが銀の扉にめりこもうとした瞬間――穏やかな声がした。


「だめだよ、その扉の中に入ったら」

「え?」


 七都は、ブレーキをかけられたように立ち止まった。そして、声のほうを振り返る。

 七都が今上がってきた階段の一番下の段に、誰かが座っていた。七都に背を向けて。


「もし入ったら、中にいるものに取り込まれて、二度と出られなくなるよ」

「……」


 その人物が、振り向く。

 透明な水色の目が、七都を見つめた。

 その人物の髪は、淡い銀色。


(ナイジェル――?)


 一瞬そう錯覚したが、彼ではなかった。

 ナイジェルと同じ色の髪、同じ色の目の若者――。

 外見は、ナイジェルよりは年上のようだ。二十代前半くらいに見える。

 若者は、にっこりと七都に微笑んだ。その笑い方も、どことなくナイジェルに似ている。


「あなたは……水の魔神族?」


 若者は頷いた。そして、立ち上がる。そのすらりとしたシルエットも、ナイジェルを思わせた。


「じゃあ、ここは水の都?」


 だとしたら、ちゃんと目的地に来たことになる。途中で迷って大きくはずれてしまったような気がしたのだが、結局たどり着けたのだ。

 だが、ナイジェルに似た若者は答えた。


「ここは、風の都だよ」

「え……。風の都!? 本当!?」


 七都は、あんぐりと口を開けた。

 水の都とは、全く方向が違う。だが、もともとの七都の目的地だ。

 あっけなく、いとも簡単に到着出来てしまったことに、七都はショックを受けた。

 むろん体は光の都にあるので、意識だけということになるのだが。

 風の都。ここが風の都だなんて……。


「そう。本来、きみがいるべきところだと思うけど……?」


 若者はそう言って、七都をしげしげと眺めた。


「あなたは……わたしのこと、知ってるの?」

「知らないよ。だが、その髪と目の色は、風の王族か、もしくは火の王族に多いから」

「うん。当たり。風の王族なの」

「やっぱり、そうなんだ」


 若者は、微笑んだ。


「わたし、ここに来たかったの。ずっとここを目指してた。でも、意識だけ風の都に来ても、あまり意味がない……」

「じゃあ、体も連れておいで」

「うん。たぶんもうすぐ、そう出来る。今、治療中だから」

「そう。よかった……」


 若者は、本当に安堵したように呟く。七都のひどい怪我が、大層気になっていたようだ。


「あなたは誰? ここで何してるの? 水の魔神族なのでしょう?」


 七都は、彼に訊ねた。

 なぜ水の魔神族が、水の都ではなく、風の都にいるのだろう?

 風の都には、風の魔神族しか入れないはずなのに?


「私は、番人。ここにいて、この扉の中のものが外に出ないように見張っている。そして、きみのように、この中にいるものの声に誘われて、ふらふらとここに来てしまった人たちに警告している」


 若者が言った。


「番人……?」


 七都は改めて、その番人だという若者を眺めた。

 白いフード付きマントは、魔神族がよく羽織っているものだが、それを首のところでさりげなく留めているブローチは、一見シンプルに見えるとはいえ、宝石のはめられた見事な細工のものだ。

 マントの下の服も、かなり上等のもののような感じがする。

 この人、わたしが王族だということを知っても、態度が変わらない。

 キディアスみたいに慇懃無礼にはならないし、地の魔貴族みたいに固まらない。

 ということは、この人も、もしかして王族?

 ナイジェルに似ているということは、水の王族で、ナイジェルにとても近い人なのかもしれない。

 七都は、思った。

 だけど、何で水の王族が風の都で番人なんかしてるの?


「ここで番人をすることが、あなたの仕事?」


 七都が訊ねると、若者は首を振った。


「いいや。仕事じゃないよ。私が勝手に、ここでそういうことをしているだけ。ついでというか。暇つぶしというか」

「ついで? 暇つぶし!?」


 七都は、若者の信じられない答えに、あっけにとられる。


「そ、そういう気軽さで番人やってるの? この中に、とても危険なものがいるんでしょう!?」


 七都は、銀の扉を指差した。


「でも、もともとここには番人なんて置いてないからね。だから、私が自発的にそういうことをしているだけ。私も、いつもここにいるわけじゃないよ。私がここにいる目的は他にあるから、もちろんそちらを優先させる」


 若者が言った。

 ボランティアか……。

 七都は、溜め息をつく。


「じゃあ、私があなたに助けてもらったのは、運がよかったんだね」

「そうだね」


 若者は、微笑んだ。


「よかった。あなたに声をかけてもらって。もし注意されなければ、間違いなく扉の中に入ってた……」


 そう考えると、ぞっとする。

 中に取り込まれて、二度と外には出られない。

 たとえ体の傷が治ってあの水槽から出られても、意識は戻らないことになる。

 七都を囲んでパニック状態になっているアーデリーズたちの姿が浮かんだ。


「この扉の中に、いったい何がいるの?」


 七都が訊ねると、若者の表情が固くなる。


「幽霊……」


 彼が呟いた。


「幽霊……?」


<風の都は、幽霊たちの住む都市……>


 見張り人が言った言葉が、七都の頭の中をぐるぐると回る。

 その幽霊?

 幽霊って、何?


「風の城にいる人たちに、何とかしてもらいたいんだけどね。それをするのは、彼らの役目だ」


 若者が言った。少し真面目な顔をして。


「風の城にいる人たちって風の王族のことでしょ。それって、つまり、わたしのことも指してる?」

「たぶんね」


 若者が、ナイジェルと同じ色の目で七都を見つめた。


「わたし……いつか、その幽霊と対決しなきゃならない?」

「大丈夫だよ。生身のものに対しては、何もできやしないから。むしろ対決しなきゃならないのは、どちらかというと幽霊ではなく、きみの心になるかもしれないね」


 若者が言った。


「意味がわからないんですけど……」

「今はわからなくてもいいよ」


 若者は、大人っぽい微笑みを浮かべる。


「あなたがここにいる本当の目的って何なの? 教えてもらってもいい?」


 七都は、彼に訊ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=735023674&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ