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第1章 砂の中の猫 3

 今回もまた、前とは違うパターンだった。

 例の銀猫ロボットが二匹。

 数は同じだったが、釣りのときと違っているのは、二匹のそばに銀色の円盤が埋まっていることだ。


(UFOが、砂の中に埋まってる?)


 七都は、猫ロボットたちに近づいた。もちろん、距離を取って。

 さりげなく、彼らと彼らの横に斜めになって砂に突き刺さっている、銀の円盤を観察する。

 UFOは、子供用のビニールプールくらいの大きさだった。

 ぷっくり膨れたかわいいラインの円盤で、真ん中の操縦席らしいところは、透明な材質のドームで覆われている。

 子供用遊園地にあってもおかしくないような円盤だ。ただ、カラフルな色はついていなくて、全部地味な銀色だったが。

 どうやらこれは、この猫ロボット用の乗り物らしい。

 ロボットたちは、その埋まった円盤の隣に座り込んでいた。どこかうなだれているような格好で。

 なぜか砂に埋まってしまった円盤の横で、途方に暮れている猫ロボットの図。そんな感じだった。

 七都が通り過ぎようとすると、猫ロボットたちは、寸分の狂いもない正確さで同時に七都を見上げた。

 うるうるするような目が、七都に訴えかける。


<オネーサンの馬鹿力なら、これを砂から引き上げられるでしょう?>


 何となく、そう言われているような気がした。

 もちろん猫ロボットたちの仕草を見て、そんなふうに七都が勝手に想像してしまっただけなのだろうけれど。

 うるうる目だって、光の加減でそう見えただけかもしれない。

 うん。引き上げられると思うよ、たぶんね。

 でも、ごめん。無視する。

 七都は、円盤と猫ロボットたちのいる地点を通り過ぎる。

 ロボットたちの無表情な視線が背中に張り付いた。

 だって……。

 七都は、くるりと後ろを向く。今度は勢いよく。

 ロボットたちの視線が、背中から剥がれ落ちた。

 ほら。

 やはりそこには、UFOも猫ロボットも存在しなかった。

 風が透明な白いベールをひらめかすように、丘の表面から砂を飛ばしている。

 絶対やっぱり、誰かにおちょくられてる……。


 七都は前に向き直ったが、その先には今まで背後にあったはずの光景が、そのまま現れていた。

 むろん、あの猫ロボットと、砂に埋まった円盤だ。

 うわ、早っ……。

 七都は、深い溜め息をつく。

 仕方なしに、七都は砂の上を進んだ。

 近づくにつれ、先程とは違う箇所があることに七都は気づく。

 一人、増えていた。

 猫ロボットではない。もっとはるかに背が高かった。

 真っ黒いマントをまとっている。人だ。

 もっとも、この魔の領域の中でただの人間であるわけがないから、魔神族、もしくはアヌヴィムということになる。

 男性のようだった。背が高く、マントのシルエットからすると、がっしりした体格のような感じがする。

 髪はチョコレート色。あまりにも懐かしく、おいしそうな色なので、七都は、元の世界のあの甘い四角いお菓子を思い出す。今の七都にとっては、当然食べられそうもないものだったが。


 マントの人物は、円盤の前に突っ立っていた。

 七都からは、後ろ姿しか見えない。

 七都が近づいても、二匹の猫ロボットもその人物も、動かなかった。彼らもまた、七都を無視している。今のところは。

 その人物の横を通り過ぎるとき、七都は、はっとする。手が無意識にメーベルルの剣に伸びた。

 七都は、そのマントの人物の横顔を凝視する。

 マントをまとっていたその男性は、グリアモスだった。

 七都が知っている下級魔神族は、二つの姿を持っていた。

 四つん這いの獣である巨大な猫のグリアモスと、美しい魔神族の人型の姿。

 七都を襲ったグリアモスたちにしろ、カーラジルトにしろ、そのどちらかの姿を取っていた。

 だが今、円盤の前に佇むグリアモスは、違っている。

 頭は確かにグリアモスだった。チョコレート色の毛むくじゃらの顔に、薄い青一色の目。線のような黒い瞳。ぴんと伸びた銀の髭。

 とがった耳の片方には、蝉をかたどったような金のピアスを留めている。

 だが、彼は二足歩行だった。

 その体は、銀色の鎧のような金属で覆われている。まるでロボットのような鎧だった。

 しいて表現するなら、中世の騎士の鎧に似せたロボットの体の上に、猫の頭を乗せ、黒いマントを着せたような。そんな外見のグリアモスだったのだ。


 七都は、剣に置いた手を元に戻す。

 グリアモスは、七都に襲いかかる気は、全くないようだった。ずっと七都を無視して、円盤を見下ろしている。七都がそこを通りかかったことさえ気づいていないような感じもした。

 もっとも、魔の領域内にいるグリアモスは、当然主人持ちに違いなかった。ここにいるということは、地の魔神族の誰かに仕えているはずなのだ。

 七都に襲いかかったのは、すべてはぐれグリアモス。このグリアモスとは違う。

 二足歩行のこのグリアモスは、七都に危害を加えたりはしないだろう。

 ロボット猫たちは、そんな彼を見上げていた。たぶん、期待をこめて。

 そうか。助っ人なんだ。

 助っ人が来てくれたんだね。

 七都は、横目で、ちらっとグリアモスを眺める。

 そうだよね。この人に、円盤を砂から出してもらったほうがいい。

 わたしなんかよりずっと力が強いだろうし、頼りになるもの。


 チョコレート色の毛のグリアモスは、おもむろに銀色の鎧の腕を円盤に向かって広げた。

 そして、がしっと円盤の側面をつかむ。

 その指の先までが、どこか芸術的な美しさを持つ、精巧なつくりの金属で覆われていた。

 この銀の鎧って……もしかして、鎧じゃなくて、機械?

 七都の中に、ふとそんな疑問が湧き上がってくる。

 このグリアモスって……ひょっとして、アンドロイド?

 ロボットがいるのだから、アンドロイドがいたっておかしくはない。

 魔神族は、魔力だけでなく、科学力も相当なものを持っているのだ。あの闇の魔王の巨大なUFOを造れるくらいなのだから。

 それにメーベルルやジュネスが乗っていたのも、鎧を付けた馬ではなく、全部が機械で出来た馬だった。

 ただグリアモスの頭は、機械にしてはリアルすぎるくらいに生々しかったが。


 グリアモスは円盤を抱え、それを砂の中から引き上げようとした。

 けれども、円盤は動かなかった。

 グリアモスはうなだれ気味に、円盤から少し離れる。

 二匹の猫ロボットたちが、あーあと言いたげに、だがやはり無表情に、グリアモスがいたその場所を眺めた。

 そこには、何かが残っていた。七都は自分の目を疑う。

 円盤の側面には、グリアモスの両腕が、グリアモスの肩からはずれて、くっついていたのだ。

 巨大な銀色の虫の足が二本、もげて取り残されたかのように。

 グリアモスは黙って、取れてしまった自分の両腕を見下ろした。

 困ってはいるようだが、切羽詰まった雰囲気ではない。

 どこかのんびりしているようにも見える。

 やっぱり、アンドロイドなんだ……。

 七都は、半ば呆然と、円盤に引っかかったようにくっついている腕を見つめた。

 機械だから、簡単に取れちゃったんだ。

 グリアモスと猫ロボットは、そのまま佇んでいた。

 次に何をするべきか、そうやって思いあぐねているようでもあった。

 

 七都は足早に、その場から立ち去る。

 ここにずっといたら、腕の次に足が取れてしまうかもしれない。

 腕があっさりと取れてしまったのを目の当たりにして、七都はそんな危うさを感じてしまったのだ。

 足が取れて頭も取れて、最後にはあのグリアモスの体はばらばらになって、砂の上に折り重なったガラクタのように落ちてしまい、それを目撃するはめになるかもしれない。

 そういうシュールなホラーは、苦手だ……。

 しばらく歩いた七都は、半ば儀式のように振り返る。

 そこには何もなかった。今の出来事が夢だったかのように、すべてが消えていた。

 やっぱりね。

 でも、あのグリアモスさん、あまり頼りにならなかったな。

 腕、元に戻ればいいけど。

 機械みたいだから、戻るよね。

 きっと、きみを造った人が直してくれるよ。


 七都がグリアモスの心配をしながら歩いて行くと――。

 また猫ロボットたちが前方に現れる。もちろん、グリアモス付きで。

 だんだん当たり前のようになってきている。猫ロボットたちが突然現れ、振り返ったら必ず消えているということが。

 七都はもう、必要以上に緊張したり、戸惑ったりはしなくなりつつあった。

 確実に慣れてきている。

 それは、自分を無意識に防御しているということなのかもしれなかった。


 猫ロボットに左右から挟まれ、グリアモスが座っていた。

 三匹とも、砂の上にうなだれたようにうずくまっている。

 彼らの横には、やはり砂に突き刺さった銀の円盤。

 グリアモスの取れた二本の腕は、元通り、ちゃんとその両肩から伸びていた。

 体育座りをしている膝のところで、指がきっちりと組まれている。

 七都は、ほっとした。

 よかった。くっついてる。

 やっぱりアンドロイドなんだ。

 自分で直したのかな。

 三匹は、通りかかる七都をいっせいに見上げた。

 期待のこもった、すがるような眼差し。

 もちろん、猫ロボットのオパールのような目も、グリアモスの銀色がかった薄いブルーの目と黒い線の瞳も、相変わらず表情は読み取れなかったが、七都はそんな気配を感じた。


<オネーサン、待ってたんだよ>

<出番だよ>


 そう告げられてるような気分だった。


(すみません。無視しますってば。無視っ!)


 七都は、真正面の砂漠の風景をただひたすら睨みながら、彼らのそばを通り過ぎた。

 少し歩いて、振り返る。

 もちろん、そこには何もない。

 まったく、もう。

 いちいち振り向くわたしもわたしだ。

 もう振り向くの、やめなくちゃ。


 七都は進行方向に向き直ったが、その途端、何か固いものが足に当たった。


「ぎゃっ!!」


 その固いものにけつまずき、七都はもんどりうって、砂の中に転倒する。

 七都のそばに、例の銀色の円盤が埋まっていた。

 七都がつまずいたのは、その円盤だったのだ。


「な、なんでこんなところにっ!」


 七都は、上半身を起こす。

 真正面に、黒いマントのグリアモスと銀の猫ロボットが二匹、並んで座っていた。

 彼らとまともに目が合ってしまう。


<それ、砂から出してよ>

<そうだよ。オネーサンなら、出来るでしょ>


 猫ロボットたちのうるうる目が、そう言っている……ような気がする。


<私には無理ですから。ご覧になったでしょ>


 グリアモスの薄いブルーの目は、そう言っていた、たぶん。


(悪いけど、無視しますってば!!)


 七都は起き上がり、彼らにも円盤にも目もくれず、歩き出す。

 そのうち、いきなり七都の足元が盛り上がった。

 銀色の固いものが砂を割って出現し、七都の足をすくう。

 七都は円盤の側面を滑り落ち、派手に転がった。

 そして、顔面から砂に突っ込んでしまう。

 マントも髪も顔も、砂まみれになった。

 口の中にも砂が入って、七都は不快感に顔をしかめながら、ぺっぺっと砂を吐き出す。


「うう……。なんなの……」


 見上げるとあの円盤が、さっきと同じ角度で砂に埋まり、太陽を反射して静かに輝いていた。

 もちろん、グリアモスと猫ロボット二匹も全く同じポーズで座っていて、七都を眺めている。


「あ、危ないじゃない。なんてことするのっ!」


 七都は立ち上がって、体についた砂をはらった。


「それによ。どうせ砂の中から出て来るなら、途中で止まらないで、全部出りゃいいじゃないっ」


 もう、ほっといてほしい。

 七都は、うんざりする。

 円盤を砂から出したら、満足してくれるのだろうか。

 そしたらもう、何も仕掛けないでいてくれる?

 七都は、銀の円盤を睨んだ。

 その表面には空が映って、ラベンダー色に染まっている。


「……どうしてもわたしに、これを引き上げさせたいわけね」


 七都は円盤に手を伸ばした。さっきグリアモスがやったように。

 指が円盤のなめらかで固い側面に触れる。その表面は微妙に温かかった。

 幻ではなさそうだ。

 七都はそれをつかんで、しっかりと足を踏みしめ、抱え上げる。

 もちろん七都は腕が取れたりはしないので、円盤はスムーズに砂から上がっていく。

 円盤は、拍子抜けするくらいに軽かった。

 難なく砂から持ち上がり、七都はそれをぽいと放り出す。

 銀の円盤は、さくっという軽やかな音をたてて、砂の上に着地した。

 猫ロボットとグリアモスが、いっせいに立ち上がった。そして、両手を何度も重ね合わせる。

 金属と金属が触れる固い音が、どこかかわいらしく砂漠に響く。三つの音色とばらばらのリズムで。

 どうやら拍手をしてくれているらしい。スタンディングオベーションだ。


「どーもっ」


 鳴り止まぬ少し変わった拍手の中、七都は大げさにお辞儀をして歩き出す。

 だけど、まずかったかな。

 余計なことしちゃったかも。

 無視しなければいけないのに……。


 後ろを向くと、七都が砂から引き上げた円盤も猫ロボットもグリアモスも、きれいに消えていた。

 拍手の音もやんでいる。

 やっぱりもう、振り返るのやめよう……。

 カンペキにおちょくられてるし……。

 そのあと猫ロボットたちは、姿を現さなかった。

 やはり砂に埋まった円盤を出してほしかったのかもしれない。七都が円盤を引き上げたので、気が済んだのだ。


 妙なものにわずらわされない、静かな旅の時間が過ぎて行く。

 ラベンダー色の空。そしてその巨大な天のドームをゆっくりと廻る、輝く太陽。白い砂の大地。

 透明な風が砂を巻き上げ、滑らかな起伏の続く地上をどこまでも軽やかに走って行く。

 けれども間もなく、今までとは全く別パターンのものが、七都の前に現れたのだった。

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