表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/72

第3章 白の研究室 3

 ジエルフォートは、猫の目ナビをつまんで、ひっくり返す。


「この『案内の目』は古いから、新しいのに変えてあげよう。なに、中をちょっといじくるだけで、外観は変わらない」

「ありがとうございます……」


 どうやらバージョンアップをしてくれるようだ。もっと使いやすくなるのかもしれない。


「あのう、ジエルフォートさま。見張り人さんたちを派遣したのは、誰なんですか?」


 七都は、訊ねた。


「彼らを、ここと繋がっているそれぞれの世界に置くことを決めたのは、魔王たちだよ。ずっと以前、七人が集まったときに決めたんだ。定期的に魔王たちは、集まることになっている」


 ジエルフォートが言う。


「魔王の集まりなんて、私は出たことないわ」


 アーデリーズが、不満そうに呟いた。


「きみが地の魔王になるかなり以前から、魔王たちは集まってはいない。七人が揃わなかったからね。だけど、新しいシルヴェリスが魔王になったから、やっと七人揃ったわけだ。きっと近いうちに、召集がかけられると思うよ」

「揃ってなかったんですか、七人……?」


 ジエルフォートは、七都に頷いた。


「風の都のあの事故が起きてからね。結構、長かったな」

「風の都の事故……。リュシフィンさまが風の都を壊滅させたという、あのことですね?」

「そう……。あの時、当時のエルフルドとシルヴェリスが巻き込まれた。二人ともリュシフィンを止めようとして、太陽の光に焼かれてしまった。以来、地の王族は、太陽に溶けない人間との混血の魔王を作るために異世界にさまよい、異世界から魔王の後継者候補を連れて来るようになった。水の王族では、王位継承の争いが長期間に渡って続いた。その争いによって、水の魔王の座は、ずっと空位だったんだ」


 キディアスは、床の一点を見つめていた。黒味がかった青い目が、ますます暗い影を帯びる。


「じゃあ、ナイジェルが魔王になるまでは……」

「その名前が、今度のシルヴェリスの本名なんだね? うん。シルヴェリスはいなかったよ。もっとも、人間たちにはそれは知られてはいない。知られてはならないことだ」

「リュシフィンさまは、なぜ都を壊滅させてしまったのか、ご存知ですか?」


 ジエルフォートは、首を振る。


「詳しいことは知らない。恋人が亡くなったとか、そういう個人的な悲しみから心が狂ったのだという話は聞いた」

「恋人が?」

「当時の噂だよ。真偽は定かじゃない」

「じゃあ、わたし、風の都に行って彼に会ったら、その噂の真偽を確かめます。ちょっと聞きにくいけど」

「ああ、でも、その質問をリュシフィンにするのは、間違ってると思よ」


 ジエルフォートが、くすっと笑う。


「え? 何でですか?」

「なぜなら今のリュシフィンは、風の都を壊した張本人のリュシフィンじゃないからね」

「え? ……えっ!?」


 何か、とんでもない思い違いをしていたらしい。

 風の都を壊滅させたリュシフィン=今、風の都にいるリュシフィンじゃない……。

 すると、カーラジルトを目の敵にしていたリュシフィンも、風の都を壊したリュシフィンじゃなくて、別人ってこと……?


「あの事故以来、リュシフィンは、何人も代替わりした。新しい魔王が額に冠を戴くと、この冠を通して、それがわかるんだ。全く、頻繁すぎるほどに変わったね。何人変わったのか、把握出来ないくらいに。きっとみんな、短命だったんだろうね。冠に嫌われたのかな」

「冠に嫌われたって……?」

「魔王になる者は、この冠が選ぶんだ。冠が認めた者だけが、これを身に付けることを許される。冠の意に染まぬ者が身に付けた場合、その者は冠に命を吸い取られてしまう。長生きできないんだよ」


 ジエルフォートは言って、耳に飾ってある金の飾りを示した。

 きらきらと、まるで呼吸をしているような不思議な美しい飾り。魔王の冠が形を変えたもの。


「冠は生きていて、意思を持っているということですか?」

「たぶんね。でも、あからさまに感じたことはないよ。日々の生活には干渉はしてこない。静かに見守ってくれている、という感じかな。これは、元はひとつのものだったらしいが、七つに分けられたと言われている」


 七都はさりげなく、ジエルフォートの耳に手を伸ばした。

 そうしようと思ったわけではないが、手が引き寄せられるように、金の飾りに向かって動いた。

 七都以外の全員が、凍りついたように息を呑む。

 七都が手を近づけると、耳飾りになっていた冠は、涙の形を変化させた。

 それは液体のように溶け、七都の手のひらに、流れるように移動する。

 冠は、ちょうど七都の手の中に収まるくらいの、金色の丸まって眠る猫の像になった。


「あ……。かーわいい」


 七都は、なんとなく嬉しくなって呟いた。

 金の猫の像は七都の手のひらで、やわらかく穏やかな息遣いが聞こえてきそうなくらい、安心しきって眠っていた。


「きみは……」


 ジエルフォートは、七都の無邪気な顔を見つめた。


「きみは、冠に触れても平気なのか? いや、それよりも、冠の形を変えられるなんて……」

「わたし、水の魔王さまの冠にさわっても、平気でしたよ」


 七都が言うとキディアスの顔が、さっと歪んで固まった。


「だって、王族は親戚同士なんでしょ? だから、他の魔王さまの冠にもさわれるって、うちの伯爵が言ってました。王位継承権を持っていれば、冠に触れても平気だって。もしかして、わたし、光の魔王の王位継承権もあったりします? 百番目くらいにでも」

「確かに、濃い血筋の王族の間では、そういうことも起こりうる。だが、風の王族と光の王族は、長年婚姻関係もなく、血は薄い。なのに、きみは……。それに、冠の形を変えられるのは、身に付けている魔王本人だけだ」

「そ……そうなんですか?」


 七都は、じっと見つめてくるジエルフォートの視線に、圧倒されそうになる。


「きみは……誰だ?」


 ジエルフォートは、さらに七都を覗き込んだ。

 二つの透明な乳白色の目が、七都にしっかりと固定される。

 薄いブルーが溶けた目の中には、射抜くような金の瞳。

 う。やっぱり、魔王さまに見つめられると、迫力が違う……。

 七都は、ますますたじろいでしまう。

 キディアスの目もきつかったが、まるで比較にならない。意識ごと捕らえられ、いすくめられるような、不思議な力のある目……。

 けれども、きみは誰だ、などとジエルフォートに問われても、答えようがない。

 わたしは、阿由葉七都。

 お父さんは人間。お母さんは魔神族。たぶん風の王族のお姫さま。だから、わたしもそう。

 人間と魔神族の混血で、人間の世界で生まれて育ったから、魔神族のことは知らない。魔力もうまく使えない。

 人間の世界では、普通の高校生。それ以外の何者でもない。

 そのこと以上の何があるっていうの?

 それに、別に冠の形を変えたかったわけじゃない。冠が勝手に、眠り猫になったんだもの。


「彼女が風の都に着けば、わかるでしょうよ」


 アーデリーズが言う。

 そう。すべてが風の都を指している。

 謎はそこに行けば解けると、見えない矢印が示している。


「あのう、とにかく今のリュシフィンは、風の都を壊滅させたリュシフィンじゃない。それは、確かなんですよね」


 七都は、話を元に戻した。

 取りあえず、ジエルフォートの視線から逃れたかった。

 どれだけわたしを見つめても、答えは出てこないよ、ジエルフォートさま。


「確かだ」


 ジエルフォートが、ようやく視線をやわらげて、言った。

 七都は、猫に化けた冠をジエルフォートの手のひらに乗せる。

 金の猫は、たちまちジエルフォートの手首に巻き付いて、幾何学模様の入った美しい腕輪に変化した。

 光の魔王の強力な視線から開放された七都は、ほっとして、カトゥースを一口飲んだ。

 今、風の城にいるリュシフィンは、風の都を壊した、暴走して我を忘れたリュシフィンじゃない。

 でも、それはそれでよかったかも。

 七都は、思う。

 やはり、そんな恐ろしいことをした魔王さまに会うのは、怖いかもしれない。


「だが、今のリュシフィンは、元気でいるのか……。最近、気配が弱すぎる。というか、ほとんど気配が感じられない」


 ジエルフォートが、やや暗めの表情で言う。


「私は、元々何も感じないけどね」


 アーデリーズが、不服そうに呟いた。


「それはやはり、きみが集まりに出たことがなく、他の魔王たちを知らないからだろうね。もっとも、私も集まりには一回しか出たことがないんだけどね。そのあとすぐに、例の事故が起こってしまったから。その時の集まりに関しては、私は魔王になりたての新入りだったから、緊張して、ほとんど記憶がない。他の魔王たちがどういう姿をしていたかさえも、あまり覚えていない。けれども、冠を通して、彼らの気配を感じることは出来る。風の魔王は、何人かめまぐるしく代替わりしたあと、今のリュシフィンになった。リュシフィンは冠を戴いたとき、まだ小さな子供だったよ。冠を通して、そんな感じを受けた」

「子供?」

「子供ですって?」


 七都とアーデリーズは、同時に繰り返す。


「もちろんそれから随分たっているから、現在は成長して、大人になっているだろうけどね。確か、まだ物心もついていない子供だった。こんな小さな子が魔王になるのかって驚いた。子供だったから、性別は不明だ。しかし最近、気配は消えている。病気かな」

「あの……。わたし、変な夢を見るんです」


 七都は、二人の魔王に向かって、言ってみる。


 そうだ。魔王さまたちなら、何か知っているかもしれない。あの夢のことに関して。

 玉座っぽい椅子に座り、胸にエヴァンレットの剣らしきものを突き刺された、あの少女の夢……。

 あの少女も、金の冠を額に付けていたのだ。もしかして、やはり、あの少女……。


「夢って?」

「どんな夢?」


 光の魔王と地の魔王は、興味を持った様子で、七都の話の続きを待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=735023674&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ