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第2章 地の底の貴婦人 8

 七都たちは、長いテーブルが置かれた、こじんまりとした部屋に案内された。

 その部屋は、広間というくらいの面積ではないが、天井が高く、きらびやかなシャンデリアが中央に輝いている。

 テーブルの上には花が飾られ、色とりどりの果実が銀の籠に入れられて、何箇所かに配置されていた。

 テーブルを挟んで向かい合わせに並んだ背もたれの高い椅子の片側には、あのチョコレート色の毛のグリアモスと、それからストーフィが二匹、既に着席している。


 七都とキディアスは、グリアモスたちの向かい側に座った。

 七都が連れてきたストーフィは、七都の隣の椅子に、ちょこんと腰を下ろす。

 ストーフィにとって椅子とテーブルは大きすぎるので、七都からは、向かいのストーフィたちの姿はテーブルに隠れてしまい、とがった耳しか見えなかった。


「おいでになりました」


 ラーセンが、声を張り上げる。

 一斉に、グリアモスとストーフィたちが立ち上がった。

 七都の隣の席のストーフィも、はじかれたように椅子の上に直立する。

 七都もキディアスに促され、彼のそばに立った。


 やがて扉が開き、アーデリーズ――地の魔王エルフルドが現れた。

 彼女は、先程とは雰囲気の違う、別のドレスに着替えていた。

 ビロードを思わせる艶のある黒い生地に、金のレースを這わせたような、複雑な模様の入った見事なドレスだ。

 レースの間には赤い宝石がさりげなく縫い付けられ、シャンデリアの光を反射して、きらきらと輝いている。

 下ろしていた髪は、少しの分量を肩に残して、再び結い上げられていた。

 額には金の冠。先程とはまたデザインが違う。

 ドレスに合わせたのか、透かし彫りのような繊細なつくりの冠だった。

 魔王の冠というのは、やはり何通りにも形を変えられるものらしい。

 ストーフィたちは突っ立っていただけだったが、グリアモスとキディアスは、丁寧に頭を下げた。

 七都もキディアスの真似をして、彼女に向かっておじぎをする。

 アーデリーズは機嫌よく一同に頷いて、上座の席についた。

 侍女たちが入ってきて、料理がそれぞれの前に置かれる。

 高価そうな深皿に入れられた料理は、スープらしかった。熱い透明な液体の中に、野菜らしき食べ物が浮いている。

 スープは、七都とキディアスはもちろん、グリアモスやストーフィたちの前にも用意された。


 キディアスは、目の前の人間の食物を見下ろし、露骨にいやな顔をする。


「これは……いやがらせか……? 冗談か?」


 彼が呟いた。

 もちろんアーデリーズの席までは、その声は届かない。


「冗談だと思う。おちょくり、かな。でも、みんなに料理を配るのは、彼女なりの気遣いでしょう? 彼女一人だけで食事するわけにもいかないでしょうし」


 七都は、声のトーンを落として彼に言う。


「人間の食料を我々に、ですか?」

「魔神族だけじゃなくて、機械の猫にも出してるじゃない。つまり、全員にね。怒るなって、ラーセンに言われたでしょ、キディアス」


 七都は、キディアスを軽く睨んだ。


「怒ってはいません。あきれているだけです」


 声をひそめて、キディアスが答えた。


「キディアス。あまりしつこく文句言ったら、エルフルドさまに言いつけるからね」


 まったく……。

 なんであなたが不平を言って、それをわたしが注意しなきゃなんないんだか。逆でしょ、逆っ。

 七都はもう一度キディアスを睨み、それから目の前のスープに視線を移した。

 キディアスに注意したものの、七都自身もそのスープに、直視できないくらいの嫌悪感を抱いてしまう。

 調和の取れた鮮やかな配色。材料の微妙なとろけ方。湯気の立ち上り具合。

 もし人間だったなら、おそらく一目見ただけで、そしてその匂いを少しかいだだけで嬉しくなってしまう、とてもおいしそうな料理だろう。

 だが、魔神族の体を持つ今の七都にとっては、それはおぞましい食べ物に過ぎなかった。

 意識して抑えないと、吐き気が喉を駆け上がってくる。

 もし無理をして食べたりなんかしたら、しばらく寝込んでしまうかもしれない。

 真正面に立って控えているラーセンと目が合う。

 彼は、申し訳なさそうに七都に会釈した。


「さ、遠慮せずに召し上がれ」


 だが、アーデリーズは、一同を見渡し、にっこりと笑ってそう言った。

 それから彼女は、悠然と食事を始める。

 見惚れるくらいの食べっぷりだった。人間の女性としては豪快かもしれない。

 もちろん彼女以外のメンバーは食べられないので、ただ黙って席についているだけになる。

 彼女がスープを食べ終わると、今度はパイ包みのような料理が全員に出された。

 アーデリーズはナイフでパイをきれいに切り分け、端からぱくぱくと平らげてしまう。

 すごい食欲だ。料理は、まだまだ続くのだろう。

 でも、これ、同じかもしれない……。

 七都は、ふと思う。

 ここから元の世界に戻ったときのわたしと同じ……。

 わたしも、大食いコンテストに出られるくらいに、恐ろしいほどたくさん食べたもの。

 やっぱりここにいると、エネルギーがたくさんいるのかもしれない。

 ましてやアーデリーズは魔王さまなのだもの。

 はかりしれないエネルギーが必要なんだ。

 だけど、魔神族にとっては、人間が食事をしている風景なんて、きっと気分のいいものじゃない。

 そりゃあアーデリーズは、一応魔神族で魔王さまだけど、この食べ方は人間そのものって感じだし……。

 七都は、隣のキディアスの様子をそっと眺めてみる。

 顔面蒼白だ。青白い顔がさらに青くなっている。

 かなり我慢しているようだ。この料理にも、アーデリーズの食事の仕方にも。


 ゴトン、と大きな音がした。

 その音は、続けざまにもう一度響く。

 七都は、二回飛び上がった。

 思わず音のしたほうを見ると、グリアモスの両腕がすっぱりと取れて、テーブルの上に転がっていた。

 銀の腕が二本――美しくはあるが、不気味で趣味の悪いオブジェのように、一本はテーブルに爪を立て、もう一本は宙に向かって指が不自然に広げられている。

 グリアモスは、取れてしまった両腕を、為す術もなくじっと見下ろしていた。

 彼の料理は、危うく腕の直撃は免れたようだ。


(うわ。また、シュールな光景……)


 七都は、顔をしかめる。


「あら。もうこれで何度目かしら。それ、完璧に不良品ね。返品だわ。新しいのと交換してもらわなきゃ」


 アーデリーズが、途方に暮れているグリアモスを横目で見て、言った。


「あの、エルフルドさま。お聞きしてもいいですか?」


 七都は、遠慮がちに彼女に声をかける。

 途端にキディアスが険しい顔をして七都を睨み、首を振った。

 食事中に話しかけるなど、とんでもないことです、と言いたげだ。


「いいわよ。でも、その『エルフルドさま』はやめて。私のことは今まで通り、アーデリーズってお呼びなさい」


 彼女が食べるのを中断して、七都に言った。


「では、アーデリーズさま」

「『さま』もいらないわ」


 彼女が手持ち無沙汰に、ナイフをきらめかす。


「じゃ、アーデリーズ……」

「よろしい」


 アーデリーズは、満足げに頷いた。


「それで? なあに、ナナト?」

「あのう。そのグリアモスさんは、機械なんですか?」


 七都の質問を聞いて、アーデリーズは、おもしろそうに笑う。


「機械に見える?」

「だって、今落っこちたその両腕、機械ですよね」

「両腕と両足は機械。でも、頭と胴体は、彼本来の体だわ」


 ということは、アンドロイドじゃなくて、サイボーグなんだ……。

 七都は、まだ途方に暮れているグリアモスを眺めた。

 グリアモスは七都に見つめられて、恥ずかしげに目を伏せてしまう。


「彼がまだ子供の頃、誤って、太陽の下に出ちゃったの。私を追いかけて来ようとしてね。あっという間だったわ、両腕と両足が太陽に溶けるのは。頭と胴体は、かろうじて無事だった。だけど彼は、もう歩くことも走ることも出来ない体になってしまった。手と足がなくなっちゃったんだもの。とても見ていられなかったわ。それで、つくったの。彼の両手と両足を機械でね。もちろん機械をつくるのは私には無理だけど、図案を描いたのは私。ストーフィのときみたいにね。素敵でしょ、鎧みたいで。本物の手足と同じ、いえそれ以上のものよ。何の不自由もないはずだわ」


 アーデリーズが言った。


「ただ、時々、不具合が起こるのよね。手抜きしてつくってるからだと思うけど」

「機械の手と足をつくったのは、ストーフィをつくったのと同じ人なんですね?」


 七都は、彼女に訊ねた。


「そうよ。一緒に仕事をするときは、私が形とか模様を考えて、その人がそれを基にして実物をつくるって感じね。ストーフィの時以来、そういうことになってる」

「あの、そういうのをつくるのって、難しいですか? たとえば、右腕一本だけとかなら……」

「右腕一本? 両手両足をつくるのに比べたら、至極簡単。すぐに出来ちゃうわ」


 七都は、立ち上がった。

 いや、気がついたときには、既に立ち上がっていた。

 そして、彼女に言っていたのだ。ほとんど無意識に。


「アーデリーズ。お願いがあるんです!」


 キディアスの顔がひきつった。七都たちの真正面に立っているラーセンの顔も。

 部屋の隅に並んで控えている白い服の侍女たちも、あとから入ってきたラーディアも。

 全員が七都のその言動に驚き、緊張していた。そして、アーデリーズの次の行動に息を呑んでいた。


「なにかしら、ナナト?」


 アーデリーズが訊ねる。彼女は無表情だった。

 金の冠が静かにきらめいている。


 重苦しい沈黙――。

 空気自体が息を潜め、固まっているような……。

 何なのだろう、これは。

 だけど、立ち上がってしまったのだもの。

 最後まで言わなくては。


 七都は勇気を出して、アーデリーズに訊ねた。


「グリアモスさんと同じような機械の義手を一本、つくっていただけませんか?」


 アーデリーズが興味をひかれた様子で、七都を見つめる。


「それは右手? 誰の?」

「水の魔王、シルヴェリスさまの右手です」

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