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007 メディスン・メランコリー

コトコトと鍋が煮える音。

カーリ、カーリとすり鉢を擦る音。

チャキチャキとハサミの音。

さらさら、と粉を紙片に注ぐ音。

独特の抹香臭い香り。

棚に並ぶ色とりどりのビン。

くるくると蔓を巻いたような不思議な形をした器具。


ここはいつ見ても不思議の宝庫だわ。ねえ、スーさん?


「おい、温度が上がりすぎるぞ。薪を一本どけろ。」


そうぶっきらぼうに告げたのは、似合わない白い作務衣に身を包んだ茶色の髪をした男。

黒い目線で目が隠れているのに、よくわかるものね。本当は見えてるのかしら?

兎が一匹、あわててやってきて薪をずらす。


「別に熱くはなかったよ」

「湯の温度は時間差で変わるんだ、今は普通に感じても段々熱くなってくる。その壺は特にデケぇから熱くなりすぎた時にはもう手遅れになるぞ」

「ふーん、そんなものなんだ。不思議だねスーさん」


こくこく、とスーさんは頷く。


「忍者さんは凄いですね…長年薬を作ってる私達より鍋の火加減が上手…」


すり鉢で薬を擦っていた人型の兎が感心したように言う。


「へへーん!うちのノブオは凄いんだからね!」

「なんでお前が偉そうにすんだ?あとその名前で呼ぶのはやめろ」


ノブオが感心されているとなんだか誇らしい気持ちになるね!

こくこく、とスーさんも頷く。


「忍者さん、そっちの作業はもう終わりそうですね。後はこちらの粉末の計量をお願いします。」

「あいよ」

「ねえ忍者さん、本格的にウチで働く気はないかしら?力仕事もできて器用な人ってなかなかいないのよね…」

「やなこった!力仕事ならニートにさせればいいだろ」

「あら、最近はあの子もニートじゃないのよ?」


うちのノブオを雇おうとしてるのは、この診療所のお医者さん。名前なんだっけ?

えーりん。えーりんね。

兎からは師匠っていつも呼ばれてるから、名前をなかなか覚えられない。

でもってピンクの髪の人型兎は、うどんげ。

ちょこちょこと部屋を出入りしている白兎達は、名前は知らない。まあ兎だし。


「俺はあくまでコイツの付き添いで来てるだけだからな。暇だから仕事は手伝うが報酬はキッチリ頂くからな。この俺様相手に誤魔化しが効くと思うなよ…?」

「おおこわいこわい」


医者は肩をすくめて、妖しげに笑う。

ノブオは不機嫌そうなそぶりで薬の計量に取り掛かる。


そう、ノブオは私の仕事のお供で来たんだ。

薬草の入った壺でコトコトと煮込まれるだけの簡単なお仕事だけど、私からにじみ出る毒がいい薬の原料になるんだって。

あんまり温度が高いと成分が壊れちゃうし、低いとちゃんと毒が出ない。適温は65~70度って言ってたかな。

ノブオと出会う前からこの仕事はやってたんだけど、ノブオが私の仲間になってから「買い取り価格が安すぎる」とか言いだして強引に医者と交渉した。

なんか前よりずいぶん高く私の毒を買い取ってもらえるようになったみたい。

ここの医者にはいろいろ世間のことを教えてもらっていたから、その教育代も込みの値段だって聞いてたけど、実はボッタくられてたのかしら?


「メメ子、そろそろ出る準備しろ」

「あれ、もう終わりなの?早くない?」

「普通に時間通りだ」

「ですね。砂時計も最後の一回です。」


うどんげが落ちきった砂時計をひっくり返した。

あと3分ってことね。


「もう終わりかー。早かったねー、スーさん?」


スーさんはふるふると首を振る。

あれ?じゃあ早いって感じたのは私だけ?


「時間が早く感じるのは楽しいと感じたからじゃないかしら?」


うどんげが言う。

ふーん、そんなものなのかな。


ノブオと知り合って、まだそんなに長くない。

でも確かに、ノブオ達と一緒にいるのは、楽しい。


ノブオは説教魔で、効率厨で、小心者で、心が狭くて、異常なちくわ好きで、ウソつきで、悪党だ。

でも何でも知ってて、いろいろ教えてくれる。自分では毒を作れないくせに、毒をどうやって使うかって点では私よりはるかに上手。料理もできるし手先も器用。チンピラなくせに以外と仲間思いだったりする。

ナイトを倒すためにセコい嫌がらせをいつも考えてるけど、私はそういうの嫌いじゃないわ!


パルパルは、目付きが悪くていつも嫉妬ばっかり。

私がノブオと一緒といるだけで目付きがやばい。ちょっと余裕なさすぎじゃない?

あれじゃせっかくの美人も台無しね。

でもなんだかんだで世話焼きだし、他人のいいところを見つける天才だと思う。


ヒナはわりと残念な感じ!

美人で、優しくて、胸が大きいのに線が細くて、ぱっと見は完璧超人なんだけど…

すぐ騙されるし説教くさいし不器用だし、ムッツリスケベだし、すごい不幸体質なんだよね。

よくパルパルに絡まれてる。


師範は、すごい。

でっかくて、ムキムキで、上半身裸で、いつも回ってて、大声がうるさい。

でも師範は小さな子供に優しくて、いつも遊んでくれる。

あんなに暑苦しいでっかい体なのに、動くときはノブオ以上に全然音を立てないのがすごい。達人ね。


みんなと出会ってから、いろんなことを勉強した。

一番驚いたのは、世の中にはいろんな個性があるってことかな。

うちのみんなは、そんな中でも特に凄いのばっかりみたいだけど。


私の目的は、人間が人形を一方的に操るっていう立場をひっくり返す「革命」だったんだけど。

革命をした後、どうするのか。

私が、たとえば、ノブオやパルパル、ヒナに師範、こんな「濃い」みんなの、上に立つ。想像もつかないわ…

支配者になるんだったら、勉強して、威厳と自信と圧倒的な力を身につけないとダメ。

閻魔が「もっと世界を知りなさい」って言ってたけど。

知れば知るほど、目指さなきゃいけない目標は高くなる。

これは確かに簡単に革命なんてできないわ。

もっともっと、ノブオやみんなからいろんな事を教えてもらって、強くならないと。


壺から出た私を、ノブオが丁寧にタオルで拭いてくれる。髪も櫛でとかしてくれて、ふわふわになった。

キレイに洗った服を着て、リボン結んで。

うん、カンペキだねスーさん!


「ねえねえ、ノブオ、帰ったらまた気持ちいいアレやってよ!」

「えっ」

「…忍者さんが姫様の美貌になびかないのは、やっぱりそういう…」

「おい頭がピンクの兎!俺はどこぞのナイトと違ってロリコンじゃねーからな?」


ロリコンって、小さな女の子が好きな男のことでしょ。

別にノブオがロリコンでもいいじゃない。個性は認めるわ。

支配者は寛容であるべきよね。


「お前も期待した目をやめろ!誤解されるだろうが。あれは高いんだ、遊びで使うモンじゃねーぞ」


ノブオの国の毒、かけてもらうと気持ちいいんだけどな〜。

ざんねん。

スーさん?「やれやれ、俺様のポイズンじゃ満足できないのかいハニー?」ですって??

スーさんもパルパルみたいなこと言うのね。


「じゃあ仕事はここまでだ。てゐはどこだ?」

「表にいるはずよ。ちゃんとノブオ君の分の報酬も上乗せしておいたから」

「ノブオ言うな!」


まったく、とブツブツ言いながら。

ノブオは私の手を引いて部屋を出る。


てゐ、って言うのは、うさんくさい兎。

私と同じくらいちっちゃいけど、ノブオと勝負張るくらいお金に汚い小物。

永遠亭のお金関係はぜんぶこいつが取り仕切ってる。

わりとノブオとは仲がいいのよね。お金だけの後腐れない関係、ってやつかしら。

ノブオもいつもの黒い装束に着替えを済ませて、屋敷を出た表では、さっそくてゐが待ち構えてた。


「お、終わりかい?」

「応よ。金よこせ金」

「ほい」


短いやりとり。ここらへんは馴れたものね。さすが守銭奴。


「じゃあ帰るぜ。またな…あン?」


てゐと兎軍団が道をふさぐ。

兎たちが、しばらく!のポーズしてる。なんか可愛い。


「ちょーっと今日は大事な話があるんだよね…」

「ナンだ?お前が?俺に?」

「これは私の超個人的なお願いなんだけど…当分、来ないでくれる?」

「は?お前、俺様に指図しよーっての?いい度胸たなあアアン?」


私の手を離して、肩をいからせて、チッチッと舌打ちしながら威圧する。

立場が下の相手には強い。安心のチンピラぶりね、さすがノブオ。

ノブオと私は永遠亭で仕事を請けてるけど、関係は対等。

それにノブオは姫のお気に入りだから、その部下のてゐの指図を受ける筋合いはない。


嫌そうな顔をしててゐが言う。


「ちょっと、やめてよ!私だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだからね!」

「じゃあ何だよ」

「私の能力、知ってるでしょ。人間を幸せにする程度の能力。」

「それが?」

「私の心が、ザワつくのよ。汚い忍者、いい、よく聞いて。」


見たこともない真剣な表情。

ノブオも黙る。


「あなたは、この先…1ヶ月、絶対に永遠亭に近寄らないで。あと、他の医者にも絶対会わないで。

 それを破れば、私にも、あんたにも、究極の不幸が訪れる」

「…」

「その1ヶ月さえ乗りきれば…ほんの少しは、幸運の予感がする」

「…、何だよ、それは。」

「はっきり言って、私もこんな予感、信じられないんだけど…だから、これは、個人的なお願いなんだ。」


てゐが、サイフを取り出す。


「あんたがウチで稼ぐはずだった、今後1ヶ月分の報酬。…私の…大事な大事な…お小遣いから…払うよ…」


てゐはいかにも嫌そうに封筒を差し出す。

手が、ぷるぷる震えてる。


「…おい、正気か?」

「……どうだろ…、わかんないや…」

「……」

「根拠も、証拠も、なんにもないよ。でも、私は、今まで自分の直感に従って、長生きしてきた。だから、今度も、この直感を信じる。」

「……」


ノブオは封筒を受け取って、中身を確認する。


「お前は、誠意を見せた。金を受け取った以上、約束は守る。」


てゐは、ほっと息をついて、ようやく少しだけ笑顔になる。

ノブオの手を両手で握って、


「あんたに、幸運がありますように。今の私があんたにしてやれる、これが精一杯。」


まるで、祈るように。

私たちが立ち去って、森の立木に隠れて見えなくなるまで、ずっと手を合わせて見守ってた。



―――



「てゐちゃんって、あんな兎だっけ?」

「ぜってー違うな。あいつはガメつい兎詐欺だ。何か悪いモンでも食ったのか?」


ノブオも不審に思ってる。当然よね。

あんなてゐちゃん、スーさんも見たことないもんね。


「だけど、アイツの幸運の予感が本物だってのは有名な話だ。」

「うん」

「ま、考えてもしゃーねーしな。…帰るか。」

「そーだね。パルパル、待ってるだろうし」

「…あいつ、まさかとは思うが、料理とか作ってねーだろーな…」

「私はパルパルの料理、ワリとイケてると思う」

「それってつまり毒ってことだろ…」


永遠亭に次に来るのは一月くらい後になるのかな。

今回はなんか変な空気だったけど、今度はみんなで遊びに行きたいな。

ま、みんなと一緒ならどこでも楽しいけど。

ね、スーさん?




【用語解説】

メディスン・メランコリー (めでぃすん・めらんこりい)

毒を操る程度の能力

鈴蘭畑に捨てられた人形が鈴蘭の毒を得て妖怪化した、付喪神 (つくもがみ)系の妖怪。

様々な毒を操る危険な妖怪。体に染み込んだ毒が力の源。

産まれてからまだ日が浅く世の中のことをあまり知らない。

人間が人形を利用するという関係に不満を抱き、「人形開放」の革命を起こそうとしていたが、閻魔に説教を食らい色々勉強中。

革命の手伝いをしてもらう、という約束で一時的に汚い忍者の仲間になる。

「スーさん」と呼ぶ妖精?を常に連れ、話しかけている。


汚い忍者 (きたないにんじゃ)

能力を模倣する程度の能力

最近他の世界から来たヒュームという種族の男性で、冒険者。

人間に見た目は似ているが根本的に違う種族らしい。

本名は「笠松ノブオ」だが、「汚い忍者」と名乗る。

三度の飯よりちくわ好き。

忍者という職業に誇りを持っており、常に黒い装束に身を包み、視線を隠す目線を装着している。

極度の効率主義者だが、とある騎士に相対する時だけは冷静さを欠き感情的になる。

忍者の姿の時はチンピラ口調だが、必要に応じ、目線を外して普通の礼儀正しい好青年として活動する。

知らない人には評判が良いが、関係者からは「きれいな忍者」と呼ばれて気味悪がられている。


スーさん (すーさん)

「メディは俺の嫁」と言い張る程度の能力

俺の紹介?俺は鈴蘭の妖精っぽい何かだよ。

詳しくは俺も知らない。

幻想郷では喋れないんだ。

だからメディとはジェスチャーで色々やってるよ。メディは頭がいいからワリと通じる。

あとお前ら、メディの壺煮込みのシーンは妄想するなよ?このロリコンどもめ!


パルパル=水橋パルスィ (みずはし・ぱるしー)

嫉妬心を操る程度の能力

忍者の激しい嫉妬心が妙に気になってついてきた。


ヒナ=鍵山雛 (かぎやま・ひな)

厄を集める程度の能力

流し雛の紙人形が人の信仰を集めて産まれた厄神。

運気の汚れである「厄」を常に集め続ける体質で、近寄ると祟りに近い事が起きて危険。

神として信仰を集めながら、穢れとして忌避される存在。

人に迷惑をかけないように長年妖怪の山で一人で過ごしていたが、汚い忍者の持っていたアイテムにより一時的に体質を無害化できることが判明。

恩義を感じて汚い忍者についてきた。


師範=すごい漢 (すごいおとこ)

青い頭巾に上半身裸がトレードマークのすごい漢。

汚い忍者と一緒に行動する動機は謎。なんとなくついてきた。


永遠亭 (えいえんてい)

迷いの竹林の中にある大きな屋敷。

月からやってきた宇宙人と、その配下の兎が住んでいる。

幻想郷で一番腕の良い医者がいる診療所として、一部は一般開放されている。

里から少し離れた場所にあり、地理的に悪いので客は多くない。


八意永琳やごころ・えいりん

蓬莱人。蓬莱人とは不老不死の薬を飲んだ者を意味する。

年令不詳。元は月人で、「月の頭脳」と呼ばれた賢者だった。

ある事件をきっかけに地球に逃げてきて、それ以来幻想郷に隠れ住んでいる。

幻想郷一の名医として名高い。


鈴仙・優曇華院・イナバ (れいせん・うどんげいん・いなば)

狂気を操る程度の能力

月の兎。外見は兎の耳を持つピンクの髪の人間。

永遠亭では「うどんげ」と呼ばれている。

月では戦闘員としての任務に就いていたが、戦争を恐れ幻想郷に逃れてきた臆病者。

特殊な赤い瞳を持ち、認識をズラす強力な精神干渉能力を使える。幻覚なども効かない。

永遠亭の周囲が「迷いの竹林」と呼ばれているのも、この能力によるもの。

永遠亭では助手兼雑用係兼てゐの監視役としてコキ使われている。


因幡てゐ

人間を幸せにする程度の能力

地上生まれの兎。健康に気を使い、長生きしたので力を得た。

外見は小さな女の子だが、少なくとも1000年以上は生きている。永遠亭の兎を統括する最長老。

幸運に恵まれており、また他人を幸せにする能力を持つ。

小さな嘘で他人を騙したり、軽い詐欺で金を稼ぐのが趣味。

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