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006 古明地さとり


「謝罪文…ですか…」

今日、地霊殿に届いた手紙は、紅魔館から届いたものであった。

前代未聞である。


旧地獄と呼ばれる、鬼や妖怪、異形がはびこり、地上との交流がほとんどない地下世界。

幻想郷の中でも特に厄介な妖怪や、他人と付き合うのが苦手な者、嫌われ者などが住んでいる辺鄙な地。

その旧地獄を治めているのが地霊殿である。

地霊殿の主である古明地さとりも、例に漏れず、嫌われ者の種族である「さとり妖怪」である。

さとりは他人の心を読み、精神攻撃を仕掛けるのが趣味というかなり性質の悪い妖怪。

心が読める故に、人からは嫌われ、逆に表裏のない動物などからは慕われる。

一癖も二癖もある地底の嫌われ者共を、さとりはその能力と底意地の悪さで纏め上げていた。

その地域特性とさとりのひねくれた性格から、地上と地底は古来より「相互不干渉」の約定を結び、住人の行き来はこれまでほとんど無く、それ故に一定の平和を保てていた。

だが最近、その約定は薄れつつある。

地上に奇人変人が増え、地底も人の往来が増えた。

いつしか地上の住人は地底をさほど恐れなくなり、地底の住人も地上を別世界とは思わなくなっていた。


そんな有名無実化した相互不干渉の約定だが、破棄された訳ではない。

しかし紅魔館から来た書簡は、その約定を全く無視した物であった。

内容そのものは、それほど難しい物ではない。

簡潔に要約すると、調子こいてすみませんでした、お詫びさせてください、という内容だ。


少し前に、紅魔館より書状が届いたことがあった。

曰く、偉大なる吸血鬼こそ幻想郷の支配者に相応しい。よって各勢力は紅魔館に今すぐ恭順の意を示し忠誠を誓うべし。さもなくば滅亡あるのみ。

宣戦布告である。

何をトチ狂ったのかしらと思ったので適当に強いペットを派遣しておいた。

到着した頃には正気に戻っていたようだけれど、とりあえず幻想郷全勢力からキツいお仕置きを食らったのだった。

それで反省したらしく、今回のこの謝罪文が送られてきたというわけだが…

謝罪は受け入れよう。別にそこはどうでもいい。

だが問題は、謝罪文の中に「パーティーにお招きする」と書いてあることだった。

紅魔館は腐っても幻想郷の一大勢力のひとつ。その影響力は無視できない。

その館の威信を掲げて送られた謝罪文に対し、「謝罪は受け入れるが宴席には参加しない」と拒絶すれば、それは「地霊殿は紅魔館に一切気を許していない」と返答するに等しい。

参加したくないのは慣習だとか当方のやる気の問題であって、紅魔館を警戒するつもりなどは無いのだが、そう受け止められてしまうのは避けられない。面倒な話である。

代理人の派遣では失礼だし、そもそも私以外に交渉事をこなせる人材はいない。旧地獄の住人のほとんどは脳筋集団である。

かといって当主一人で行くのも良くない。こちらの威信を示せない。

行くとなれば地霊殿有力者も合わせ、数名で訪れる必要があるだろう。




ふと、何やら良い香りがした。

恐らく台所から、甘い香りが漂ってきているようだった。

砂糖を焦がしたような、甘い甘い香り。

何か美味しいものを作っているのかしら?と考えた矢先、思い至る。

…地霊殿に今日残っているのは誰だったか…?

その該当人物が一人しか居ないことに気付き、古明地さとりは思いっきり眉をひそめた。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」


台所に立っていたのは、金髪緑眼の嫉妬妖怪、水橋パルスィだ。


「随分と楽しそうですね…」

「ふふっ。今日はすごく上手に出来たの。」


この嫉妬妖怪、料理の腕前が壊滅的である。

何をどうやればここまで恐ろしい料理ができるのか。理解不能である。

彼女の料理のせいで幻想郷が壊滅しそうになった事すらあるのだ。


「料理して、いいんですか?」


確か、パルスィは仲間から料理絶対禁止の命令を食らっていたはずだが…

心を読むまでもなく、やましい気持ちが顔に出ている。


「あ、無視したんですね…」

「何よ。練習しなくちゃ上手になれないじゃない。習うより慣れろ、でしょう?」


この嫉妬妖怪、悪質である。

まあこの橋姫に限ったことではなく、地霊殿の住人は大抵悪質である。

彼女はその中では(比較的)常識人に分類される。

それにしても料理とは。迷惑な…

何故、鍋でおでんを作っているのに、砂糖菓子のような甘い香りがするのか。これがわからない。


「さあ出来たわ!今日は会心の出来なの。さとりも試食してみたいでしょう?」

「結構です」


断固お断りである。私だって命は惜しい。

美味しそうな香りがしていても、この女の料理は一切信用ならない。


「はい、あーん♪」

「ちょ、人の話を…むぐっ!」


結構ですと答えたのが悪かったのか!

舌が一瞬で破壊されるかと思いきや、その味は…その…意外と…意外と美味である。


「これは…なかなか悪くないですね…?」

「良かった!」


心底嬉しそうに笑う橋姫。

ふむ、こうしていれば普通の可愛いおん…


視界が濁る。

何か「良くないもの」で、体が満たされていく感触。

猛烈な吐き気と悪寒。

断絶。


「さ、さとり!!!!」


古明地さとりは、糸の切れた操り人形の如く床に崩れ落ちた。




【用語解説】

古明地さとり (こめいじ・さとり)

心を読む程度の能力

さとり妖怪。見た目は少女だが年齢不詳。人の心を読むことができる。

「第三の目」を持ち、常に体に巻いている。そちらが本体だという噂もある。

地底に迷い込んだ人間を襲って精神的に追い詰めるのが趣味。非常に性格が悪い。

とは言え、自制心と常識的な思考を持つので地霊殿の中では話が通じる方。


水橋パルスィ (みずはし・ぱるしー)

嫉妬心を操る程度の能力

橋姫という1個体1種族のユニーク妖怪。容姿は金髪緑眼の妙齢の女性。

元は人間だったが、浮気した夫に捨てられ嫉妬心のあまり人間であることを捨てて鬼に転化した。

自分の嫉妬心を糧に動く感情系の妖怪で、常に何かに嫉妬している。

他人の嫉妬心を増幅させる能力も持っており、心の弱い人間や妖怪は彼女と長く一緒にいると感情が暴走し破滅する。

それでもまだ旧地獄の中ではマシなほうに分類される妖怪。

長らく地霊殿に至る橋の番人を務めていたが、最近は気になる人がいるらしく一緒に行動している。


地霊殿 (ちれいでん)

狭義では、旧地獄地域一帯を治める古明地さとりが住む屋敷のことを指す。

広義では、旧地獄地域全域を指す。

屋敷にはペットの動物が数多く住んでいる。

とある異変で崩壊・全焼したが、再建した。

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