003 フランドール・スカーレット
ふーんふふーんふふーん♪
思わず鼻歌が出ちゃう♪
「妹様、ずいぶんご機嫌ですね!」
部屋にちょうど美鈴が入ってきた。
「あ、メイリン、おはよー♪」
「おはようございます!」
夜の7時。吸血鬼の起きる時間。
「何か良い事でもありましたか?」
「うふふ。最近いいことがたっくさんあったから♪」
「レミリアお嬢様ですか?」
「うん♪」
レミリア・スカーレット。私のお姉様。
長い長い間、私を地下に閉じ込めてた、憎ったらしい姉…だと、ずっと思ってた。
恨んだ。やさぐれて暴れたこともあった。「あいつ」呼ばわりしたこともあった。足腰立たなくなるまで殴り合ったこともあった。
でも、今は違うんだ。
お姉様がじっくりじっくりお話ししてくれて、辛く当たる私にも優しくしてくれて、やっとわかったの。
お姉様がどれだけ私のことを想っていてくれたのか。
お姉様がどれだけ私のことで苦しんでいたのか。
ぜんぶ、ぜんぶ、私を大切にしようと思ったから。
私に悲しい思いをさせたくないと思ったから。
私に嫌われることも覚悟で、お互いに傷つくことも厭わず、
ただ私のためだけを思って黙っていたことを。
全部、ぜんぶ話してくれた。
フラン、愛してる――そう、言ってくれた。
だから、私は幸せ。
私はお姉様に愛されている。
それが心から理解できたから。
もう恨みもつらみも全部なくなってしまった。
「お姉様がね、昨日の晩、『キッス』を教えてくれたの。」
「お、おおー…お嬢様が、ですか…?」
「うん!」
「妹様は、愛されているんですねー…」
「うん!!!!」
そう胸を張って答え…メイリンがなんだかイジイジしている。
「どうしたの?」
「ええ、いえ、そのですね…私はあんまり愛されていないようなので…その…」
まあ。メイリンったら。しょうがない使用人ね。
「ね、メイリン、ちょっとすわって?」
「はい」
私の顔より下までしゃがんだメイリンのおでこに、私は。
「ちゅー♪」
「えっ、あっ、妹様っ!?」
「メイリン、知ってる?キスはね、大好きな人にしてあげるものなの。」
キョトンとした顔のメイリン。
これは教育が必要みたい。
「相手に大好きだって本当に知ってもらうためには、それを伝えなくちゃ駄目。言葉で伝えて、態度で伝えて。それで初めて、本当に好きだってわかってもらえるのよ?」
お姉様が教えてくれたこと。
とてもとても大切なこと。
「だから私は宣言するわ。私は、メイリンが大好き。大好きなメイリンには、ちゅーしてあげるの。」
「い、妹様…」
なんだかちょっと涙目になってほっぺたを赤くして。メイリンかわいい!
「メイリンも、私の事が大好きだったら、私にキッスするといいわ。」
「はい妹様!」
メイリンのキッスは、お姉様と違って、すごく固かったけど。
でも、うれしい。
愛してる、愛されてる、その実感がうれしい。
「メイリンも、大好きな人がいたら、ちゃんと好きって言ってちゅーしないと駄目よ?」
「わかりましたフラン様!不肖・紅美鈴、大好きな皆様にちゅーして参ります!」
ばばっ!とおじぎして、メイリンは走って行っちゃった。
うん、今日はいいことをしたね!
あっ…
そもそもメイリンは何をしに来たんだろう。
時間的に、ゴハンできましたって呼びに来たんだよね?たぶん?
食堂に行かないと。
「…メイリン、どうしたの…?その格好」
「あっ妹様、えっと、その、ファッション…です…はぃ…」
包帯で全身グルグル巻きになったメイリンは、なんだか絵本で読んだミイラみたいだった。
ある意味かっこいいといえばかっこいいんだけど…
私は、いつものメイリンのほうがいい…かな?
ゴハンもきちんと食べた。
今日もちゃんと力の使い方と、武術の練習をしよう。
私を信じて、外に出す決意をしてくれたお姉様の期待に応えられるように。
私に、「幸せになってほしい」って言ってくれた、お姉様のために。
がんばろー!
【用語解説】
フランドール・スカーレット (ふらんどーる・すかーれっと)
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力
吸血鬼という種族の少女。外見は小さな女の子だが、年齢は500歳程度。
姉であるレミリアの手により、紅魔館の地下にほぼずっと軟禁されていた。
吸血鬼としての高い肉体能力とは別に、あらゆる物体を破壊できる能力を持っており、非常に危険。
紅美鈴 (ほん・めいりん)
気を使う程度の能力
紅魔館の門番。外見は普通の大人の女性だが、妖怪。年齢不詳。
武術の達人で、肉体格闘や「気」を使った戦闘ができる。
門番としての活躍度はイマイチで、よく侵入者に素通りされている。
紅魔館 (こうまかん)
霧の湖のほとりにある館。名前の通り外見が赤い。
当主は吸血鬼であるレミリア・スカーレット。
時計塔や大きな図書館、深い地下室などがあるが、空間配置がおかしい。