表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

002 上白沢慧音

「――伝説は、こうはじまる。

すべての起こりは「石」だったのだ、と。」

「早く帰りなさい」


ぺちん、と間の抜けた音。


「痛ッ…不可視領域からの攻撃だと!?クッ…操作系能力者か…『超越者』め、そこまでして真実を隠蔽しようと言うのか…」

「お前は何を言っているんだ」


思わず呆れた声が出てしまう。

少年は意味のわからないことをブツブツとつぶやいている。


「おにいちゃん、早く帰ろうよ!もう…先生、ごめんなさい、おにいちゃんはすぐ自分の世界に入っちゃうから…」


少年とその妹は寺子屋に通っている生徒であった。

今日の授業はもう終わり、他の生徒達は既に帰路についているか、仲間同士で外で遊んでいる。




閉ざされた世界である「幻想郷」。

「外の世界」で忘れ去られたモノが辿り着く、最後の楽園。

幻想と現実、人や妖怪がなんとなく共存する、あいまいな領域。

それが幻想郷だ。

その中にも、一応、人里がある。

そして人里から少し離れた場所に寺子屋はあった。

寺子屋の教師を務めるのは、半人半獣の「ワーハクタク」である、上白沢慧音。

彼女は若い人間や妖怪に半分ボランティアで授業をしており、里の者からは有難がられている。

常識人であり、面倒見もよく真面目であるので、人柄は信頼され、老若男女、種族性別問わずに慕われている。

…反面、本人の堅苦しい性格からか、授業はつまらないと生徒達からは不評である。




「かえろーぜかえろーぜ!」


外で遊んでいた生徒が戻ってきた。家に帰る前に荷物を取りに来たようだ。


「寺子屋は不便だよなー」

「携帯電話も電波全然入らないしなー」

「今時電気も通ってないなんて遅れてるわよねー」

「帰ってモンハンしようぜ!」

「じゃーね先生、ばいばーい!」


散々な言われようである。


最近、急激に人里が発展してきたようだ。

新しい村ができ、住人も急激に増えた。

どうもやたら多くの異世界人が幻想入りしたらしく、気がついたら寺子屋のすぐそこに家が建っていて吃驚したものだ。


「ほら、君達もそろそろ帰りなさい」


兄妹はまだグズグズしているようだった。


「ほら、おにいちゃんってば!」

「奴等め、神にでもなったつもりか…」

「もー!!」

「ああ、愛が幻想郷を滅ぼす…」



割といつも通りではある。


今の幻想郷は、人間と妖怪の均衡が「なんとなく」守られている。

一昔前などは殺伐とした人間や妖怪が多く、厳重な決まりごとや掟で争いを防いでいたらしいが、

世代を経るにつれ住人の意識も徐々に穏やかになり、比較的平和な日々が続いている。

最近では古いしきたりなどは形骸化しつつあるようだ。

たまに妖怪が「異変」を起こしたりするが、その度に幻想郷の番人、「博麗の巫女」こと博麗霊夢が、人知れず異変解決に動いているようだ。

その巫女も、幻想郷の管理者である大妖、八雲紫、と裏で繋がっている…との噂がある。

まあ何にせよ、人と妖怪が大きな諍いもなく平和に暮らしていける、そんな平和が保たれるのはいいことである。

幻想郷には、常に何かが少しずつ流れ込んでくる。それは大半、「外の世界」で忘れ去られたり、不要となったもの。

それはやがて幻想郷の曖昧さに囚われ、幻想郷の一部となる。

だが、今、急激な変化が起きている。住人の急激な増加。風習や生活習慣の激変。

今の寺子屋の生徒達も、数多くが「新しい住人」である。

幻想郷はこの「急激な変化」に、気付いているのだろうか?そして耐えられるのだろうか?


――『幻想郷は全てを受け入れる』――そう誰かが言っていた。

しかし、変化を受け入れるには、大抵の場合、痛みが伴う。

その痛みに耐え、新しい自分を受け入れるか…痛みを拒絶し、元の自分を保とうとするか…

我々は選択しなければならない。その決断の時は、恐らく、近いのだろう。


「先生」


黙考していた自分に話しかけたのは、先程の妹だ。


「ん、なんだ?まだ帰ってなかったのか」


兄の少年は帰り仕度をしている。相変わらずブツブツと言っているが。


「もう帰るね。先生、また明日!」

「ああ、また明日な。気をつけて帰るんだぞ。」

「あ、先生、あのね」


妹は背伸びし、口に手を当てる。何か内緒話をしたいようだ。

屈んで耳を近付けてあげる。妹は私の耳に口を寄せ、小声で囁いた。


「先生、ちょっと、ダイエットしたほうがいいカモ…」

「 」


思わず絶句する。

妹は申し訳なさそうな表情を浮かべ、兄の手を引いて、タッタッタッと駆け去っていったのだった。


「なん……だと……」


明らかに油断であった。

新しく人里に出来た喫茶店に通いすぎたのだ。

しかし、生徒にまで心配される程、とは…


安寧を貪り変化に身を委ねるか、痛みに耐えて元の自分を保とうとするか…

そんな二択もありえるのだ、と私は今まさに思い知らされたのだった。


ああ、今晩から減量だ…





【用語解説】


上白沢慧音 (かみしらさわ・けいね)

歴史を食べる程度の能力・歴史を創る程度の能力

半獣半人のワーハクタク。満月の夜に変身する。

人間と親しく、数年前から寺子屋を運営している。

年齢は不詳だが数百年の歴史を持つ幻想郷でも古参の部類に入る。らしい。


右手・右目が疼く程度の能力

人里の少年。深刻な厨2病患者。

『組織』に能力を狙われていると本人は語るが、真実は定かではない。


困難に屈しない程度の能力

人里の少女。頼りない兄の面倒を見る宿命を持つ。

幼くして苦労人。精神年齢はわりと高い。


幻想郷 (げんそうきょう)

この物語の舞台となる土地。

妖怪や妖精、神、人間、宇宙人などが同居する不思議な土地。

かなり広い。山と谷、川と湖があるが、海はない。

「外の世界」とは二重の結界で隔離され、通常の手段では出入りできない。

大妖・八雲紫が放置気味に管理している。


幻想入り (げんそういり)

外の世界の物や人間、妖怪などが幻想郷に入る事。

「神隠し」とも呼ばれる。

「外の世界」で忘れられた物、人、出来事などが、幻想郷の結界の効果により時折幻想郷に流れ込んでくる。

それ以外でも、結界の一時的な綻び、神事、特殊な自然現象などにより何かが迷う込む事がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ