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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真実の木

作者: 東雲あきら

「お金が欲しかったんです。私はただ、お金が欲しかっただけなんです」

 声高らかに言い放つその人物に、周りにいた人間はひそひそと陰口を叩く。

「まさか」「そんな」「信じられない」という単語が飛び交う中、その人物の目から一筋の涙が流れた。


 昔から、私はとかくミステリーが好きで、仕事の合間を見つけては、よくミステリーを題材にした書物を読み漁っていた。時折、長に咎められることはあるものの、それでも趣味なのでそれをやめることはしないほど私は本を読むことが好きだった。「何故」という問題があれば「真実」という答えを求めるのは当然のことだろう。「真実」以外の答えなどこの世界にあってはならない。そう。あってはならないのだ。

 私がお仕えするお屋敷は町の中でも一、二を争う資産家で私のような使用人を十人単位で雇うほどの富豪である。

 私が仕えるようになってから数年が経ったある朝、そのお屋敷である大事件が起こった。日が開けて間も無く屋敷内から耳をつんざくような悲鳴を聞きつけ、私が駆けつけると既に他の使用人たちが集まっていた。悲鳴が上がったのは食堂の中からだった。食堂の入り口で使用人の一人が顔を真っ青にしてその場にうずくまっている。

 私が野次馬と化している使用人たちを押しのけ中を見た。中は地獄だった。

 食堂は白を基調としたよく言えば清楚、悪く言えばありきたりなデザインで設計されており、調度品やテーブル、椅子などの家具も白で統一されている。その白が、赤一色に塗りつぶされていた。その赤い塗料の上に人間の欠片がところどころに散らばっている。腕、足、胴体というぶつ切りの欠片ではなく文字通りの細切れの人間の欠片がばら撒かれたかのように飛び散っている。それらは床、テーブルの上、内臓部分に至っては壁にくっついている。

 その凄惨な光景を見た使用人たちは誰もが皆顔を青ざめ絶句していた。

 すぐに警察が呼ばれ食堂は立ち入り禁止になり屋敷の中にいた者は全て客間に集められた。だが、集められたのは全て使用人や執事などの人間ばかりだった。そこで私は気付いた。あの食堂の死体はこの屋敷に住む富豪一家六人のものだということに。

 資産家一家の殺人事件は町中にあっという間に伝わった。私たち使用人は全員事情聴取をされ、事件当時のアリバイを聞かれることになった。だが、誰ひとりアリバイのある者はいなかった。当然だ。殺害時刻は深夜。誰もが自分の部屋で眠っているのだ。アリバイなどあるはずもない。それに、その日の当番は私を含め屋敷内にいた人間は七人しかいなかった。部屋は一人一部屋割り当てられているので同室の人間はいないのだ。

 最初に食堂を開けた使用人によると、食堂にはいつもどおり鍵がかかっており自分のマスターキーで開錠したのだという。屋敷の全ての部屋の鍵を開けることができるこのマスターキーは使用人は誰でも持っているものであるが、業務中以外は必ず使用人室のキーボックスに返却しなければならない。食堂の窓も全て鍵がかかっており文字通りの密室だったわけだ。特に金品など盗まれたものでないことから泥棒、もしくは第三者の犯行は難しいという結論に警察は至っていた。となれば、犯人は使用人の誰かということになる。当番だった私を含め七人の中の誰かというわけだ。

 だが、容疑者は絞れても食堂から凶器は発見されなかった。どうやって六人もの人間を殺してあんな風に細切れにしたのか。警察は凶器を特定しようとするよりも容疑者の自白を促すことでその凶器も自白させようと尋問に躍起になっている。私たちは何度も何度も警察署に呼び出され数時間に渡る尋問を受ける羽目になってしまった。

 ミステリー好きだと言っても、それは本の中の出来事で第三者視点として客観的に見るものだからこそ、殺人事件でも面白い。創作だから面白い。だが、実際の事件は厄介なもの以外のなにものでもなかった。雇い主がいなくなった今、私も他の使用人も職がないのも等しい。それに、私たちが殺人事件の容疑者であることは町中に知れ渡っている。こんな私たちをどこの物好きが雇うというのか。

 事件は何も進展しないまま、数日が過ぎた頃、私は使用人仲間からある噂を耳にした。

「真実の木?」

「そう。その木になっている実を食べるとね、悩みや問題を抱えた人間が食べるとその答えを知ることができるっていう逸話があるんだって。私も食べてこれからどうしたらいいのか答えを知りたいな~なんて」

「食べに行かないの?」

「簡単に食べることが出来たらこんな話せずにすぐに食べに行ってるって。あの木の管理しているのがあの偏屈魔女なんだって。近寄る人なんて誰もいないって」

 偏屈魔女。実際に見たことはないがよく耳にする名だ。町外れの森に住む魔女で評判は最悪だった。もともとは町に住んでいたらしいが、魔法薬の精製による異臭騒動で町から追い出されたという話を聞いたことがある。その魔女が管理するおそらく魔法の木。胡散臭い話だが、火のないところに煙は立たない。実を食べると答えを得るという話はおそらく食べたものがいるからこそできた噂なのだろう。私はその実に興味を持った。その実を食べることが出来たら、この事件の犯人の答えも知ることが出来るのではないかと。



 日が昇る前、私はこっそりと町を抜け出し魔女の住む森に向かった。時期は早春だったが吐く息は白い。体を両手でさすりながら真っ暗な森の中を進んだ。目当ての木は数十分歩いたところで見つけるところができた。そんなに遠くないのかと拍子抜けする。木の周りを見渡しているが人の気配は全くない。

「…………」

 足音を殺し、極力音を立てないままゆっくりと木に近寄る。一見普通の木だった。確かに沢山の実がなっている。どんな形をしているのかと思っていたが、それは林檎と全く同じものに見えた。何を緊張しているのか、ごくりと唾を飲む音が嫌に大きく聞こえ、何故か冷や汗が流れた。おそるおそるなっている実に手を伸ばす。

「こんな朝早くにお客さんとは珍しいねぇ」

 突然後ろからかけられた声に驚いて少し飛び上がり、私は慌てて振り返った。後ろにいたのはどこにでもいそうな普通の老婆だった。彼女が噂の魔女だろうか。

「おねえさん。その木の実をご所望かい?」

「……え、ええ。ごめんなさい。勝手に取ろうとして。おいくらですか?」

 私が財布を取り出すと、老婆は静かに首を横に振った。

「売りものじゃないからねぇ。勝手に持っておいき」

「え、いいんですか?」

「ああ、いいともさ。こんなに沢山なっているんだから、食べてもらわないとこの木も可哀相さね」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら言う老婆に、私は随分噂と違うなと思った。

「あ、あの……この実を食べると答えを知ることが出来るという噂を聞いたのですが、本当ですか?」

「ああ、ああ。本当だよ。この木は誰にも等しく答えを与える。ただ……おまえさん、本当に答えが欲しいのかい?」

 老婆の声のトーンが下がったような気がした。

「え、ええ……」

「そうかいそうかい。それならば心して食べることだねぇ。その実はおまえさんに答えを与えることは確かだろう。だが、その答えがもし自分に不都合なことであっても、その実を憎んじゃあいけないよ。その実を食べる決断をしたのは、あくまでおまえさんなんだからねぇ。ひっひひひひひ」

 老婆はそれだけ言うと気味の悪い笑い声を上げながら去ってしまった。私はそんな老婆の背中を見送った後、再び木の実に目を移した。

 しかし……。老婆はこの実を売り物ではないと言った。この実が出回っていない理由は何なのだろう。やはり偏屈魔女の肩書きがこの木を倦厭させてしまっているのだろうか。

 私は訝しげながらも木の手を伸ばし、実をもぎ取った。そしてその実を皮のまま齧った。



 気がつくと、何故か大勢の人間が私を見ていた。その視線は、困惑したような視線が多い。一体どうしたというのだろうか。それよりも、ここはどこなんだ? 辺りを見渡してみると、そこは仕えていた屋敷の客間だった。そこには使用人たちをはじめ、尋問を受けた警察もそろっている。

「今の話は、本当なのかね?」

 私を尋問した警察の男が尋ねる。一体何のことなのか聞く前に、私の口は勝手に動いていた。

「ええ。嘘偽りなく、全て本当のことです。以上が、この事件の真実です」

 使用人たちがひそひそとざわめき始める。警察関係者たちは互いに顔を見合わせて困惑した顔を浮かべている。何だ、私は一体何を言ったというのだ。そもそも、どうして私はここにいるのだ。あの真実の木の実を食べてから記憶がない。どうやって戻ってきたのかも。いつ自分が使用人服に着替えたのかも覚えが無い。だが、それを考える前に、とんでもない言葉が私の口から紡がれた。

「私が殺しました。寝静まった後、旦那様以下六人をそれぞれのお部屋で絞殺し、食堂に運んだ後、工具で遺体をばらばらにしたあと撒きました」

 違う! 私はそんなことしていない! そう言いたかったが何故か言葉に出すことができなかった。口はまるで縫い合わされたかのように閉じられてしまい、自分の口ではないかのように一切動かすことができない。

「確かに、あんなバラバラの状態だったが首に縄で絞められたあとが見つかっている。これは……」

「バラバラにした工具はどうしたんだ?」

「こっそり抜け出し、町外れにある川に捨てました」

 知らない! 私は知らない! やはり口に出すことが出来ない。首を横に振ることはおろか表情を変えることもできない。もはや、全身を自分の意思で動かすことができなかった。

「警部、今連絡が入りました。血まみれの工具が町はずれの川下で発見されたとのことです」

 突然入ってきた警察官の言葉に辺りは更に騒然となる。

「ただ、お金が欲しかっただけなんです。私は、お金が欲しかったんです」

 私の口はひたすらにその言葉を繰り返すだけだった。もちろん口を閉ざすこともできない私は、ただただ涙を流し続けることしかできなかった。そしてそんな私の両手に、手錠がかけられた。

 何で、どうしてこんなことに。

 ついてくるよう促されると全く動かなかった足が動いた。だが、それも自分の意思で動いたものではない。私は愕然としながら何故こんなことになっているのか考えながら老婆の言葉を思い出していた。


「そうかいそうかい。それならば心して食べることだねぇ。その実はおまえさんに答えを与えることは確かだろう。だが、その答えがもし自分に不都合なことであっても、その実を憎んじゃあいけないよ。その実を食べる決断をしたのは、あくまでおまえさんなんだからねぇ。ひっひひひひひ」


「…………!!」

 私は、ある可能性に気付き顔を強張らせた。まさか……そんなことが、でも、それしか考えられない。私は肩を落とし大きくため息をついた。

 あの老婆の言葉から考えられることはひとつしかない。私はあの実を食べたことを心の底から後悔した。あの木の実は確かに食べたものに「答え」を与える。確かにあの実は私にこの事件の答えを与えた。私が犯人であるという「答え」を。そしてあの実は魔力を使ってそれを「真実」にしてしまった。だからあの木は真実の木という名前なのだ。

 私は自分がしてしまったことの愚かさに脱力し、自分の行動を受け入れるしかないと諦めた。そして見る。使用人の中に、一人だけ勝ち誇った笑みを浮かべた人物を。だが、私はその人物を指摘することができない。それは真実ではないからだ。私は彼女に嵌められた。自業自得だと人は言うだろうか。だが、とても悔しかった。涙を流しながら、噛み締めた下唇から一筋の赤い血が静かに流れた。

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