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ロー内恋愛

ロー外失恋

作者: 小高まあな

 法科大学院生。

 それは、司法制度改革の罠にはめられ、合格率八割の幻に踊らされ、学部よりもはるかに高い学費を支払いながら、三振しても終わり五年経っても終わり、下位ローなら合格しても就職難な世界へ飛び込むために、貴重な二年乃至三年を棒にふることを選んだ、かなりギャンブラーでアホーな集団のことである。


 と、ローの友達が言っていた。

「なるほど、一理あるわねー」

 その話すると、目の前の椿は納得したように頷き、少し笑った。

「アホーの桜」

「……なんで私がアホなのよ」

「アホーでしょう?」

 椿とは学部時代からの親友だ。当時からフリルやレースのたくさんついた、彼女が言う甘ロリ? に身を包んでいたが、卒業して半年経つ今でもその格好は変わっていなかった。寧ろ、度を増している。

 このレトロな内装の喫茶店に、合っているのか浮いているのか。

「椿の格好も、アホーよねぇ……」

「やだ、桜。まだロリィタの良さがわかっていないわけ?」

 思わず呟くと、椿は信じられない! と大げさに言った。

 一生わからなくても構わない。

「そのプードル柄? のワンピースとかはじめてみるけど」

「うん、最近買ったから。結構新しくしたよ?」

「仕事だから服増えたの?」

「うん」

 椿は屈託なく、頷いた。


 学部時代、学年トップの成績を誇り、当時から法曹を目指していた私の前の独走していた頭のいい椿は、卒業後行きつけのロリィタショップの店員となった。せめて法務部の仕事でも探せば良いのに。おせっかいだけれども、才能の無駄遣いだ、と私は思っている。せっかく法学部をいい成績で出たのだから、役立つ仕事をすればいいのに、と。>それは一種のひがみだが。私よりも頭のいい彼女が、あっさりとその知識を捨てることが許せない。そう、思っている。

 だけど、好きな仕事をしている椿はとても幸せそうだから。だから、彼女にとってそれが最良なのだろう、とも思っている。私がどれだけ嫉妬しようとも、彼女が幸せならばそれでいいのだ。そして私は、幸せそうな椿が、昔から特に好きなのだ。

 そして椿は、私のそんな嫉妬を知った上で気にすることなく接してくれる。醜い部分も知られているから、彼女は私にとって心から気を許せる唯一と言っていい友人だ。


 ショップ店員という仕事の都合上買ったらしい、初めてみるタイプのワンピースに目をやりながら、私は頼んだ珈琲に口をつける。

「っと、あたしの服の話はいいのよ」

 椿は慌てたように私に向き直る。彼女が頭に付けた、小さな帽子が少し揺れた。

「アホーな桜、別れたってどういうことよ」

 蒸し返された話に少しうんざりする。

「そのままの意味」

「それが本当なら、もっとはやくいいなさいよ、アホーな桜」

 椿がちょっと怒ったような顔をした。

「なんで、あたしが結婚するかも! って話を散々したあとにするのっ。あたし、酷い人みたいじゃないっ」

 椿の言葉に、思わず微笑む。

「何笑ってるのっ」

「椿、優しいって思って」

「なっ」

 そのまま答えると椿は一瞬黙り、

「はぐらかさないで、アホーな桜」

 さっきよりは少し落ち着いたトーンで言った。

「だって、今日は椿が大事な話があるっていうから来たんじゃない」

 それが学部時代から付き合っているカレシにプロポーズ的なことを言われた! という話だった。それが主題なのだから、それを先に聞いたことになにか問題が?

「それで、椿が、桜はどうなの? って聞くから答えたんじゃない」

「なんで聞くまで黙ってるのかってこと」

「……私の中では終わったことだから」

 ちょっと躊躇った後に答えると、

「嘘ばっかり」

 バカにするような口調で椿が言う。

「嘘じゃないって。散々ローの友達に愚痴ったから、すっきりしたし」

 まあ、無神経な発言に苛立ったりもしたけれども。

 池田君の発言を思い出して、ほんの少しうんざりする。

 ロースクールは忙しいから仕方がない? 確かに学部時代に比べたら目に見える課題量は増えたけれども、それがすぐにロースクールは忙しいには繋がらないだろう。大体、忙しいから仕方ないってなんだ。ロー生の段階で忙しいから別れてしまうのも仕方ないのならば、今後さらに忙しい目に遭ったらどうなるというのか。実務家はロー生よりも暇だから結婚できるとでもいうのだろうか。

 それに、確かにローに進学して、すれ違うことが増えた。だから相手は他に好きな人を見つけたわけだし。それが別れるきっかけになったとも言える。だけど、理由はそれだけじゃない。そんな忙しい、なんて自分以外の部分に理由を見つけて、それを言い訳になんてしたくない。それは、被疑者がゲームが好きだったから、ゲームが犯罪の原因だと言い張るようなものだ。ばかばかしくて話にならない。


「あら、桜、ローに友達いるの?」

 意外、とでも言いたげに椿が言った。

「よかったー。失恋の愚痴を聞いてくれるような友達がいるのね」

 安心安心、とさらに続けるから、

「どういう意味よ」

 思わず睨みつける。

「そのままの意味。学部時代は、ちっとも笑わないし、知り合いもいないし、一人で淡々と授業を受けてるクールビューティ、法律大好きな頭でっかち、結婚相手は六法全書のミス・ローヤーなんて言われてたのにねぇ」

「……そんなの最初だけでしょ」

 忘れていた嫌な思い出だ。自分だってその目立つファッションで椿姫とか呼ばれていたくせに。

「まあねー。大二病的なものよね、わかんないけど。か、時機に後れた中二病」

「え?」

 ちょっとよくわからなくて問い返すと、

「ううん、気にしないで」

 やんわり微笑まれた。

 椿がこういう顔をするときは、あまりに深く突っ込まない方が良い。

「でもさ」

 そして椿は少し真面目な顔をして、

「桜、恋を失った愚痴は確かに聞いてもらったかもしれないけど。理解者を失った愚痴って、まだ言ってないでしょう?」

 ゆっくりと告げた。

「……理解者?」

「うん」

 私はその言葉の意味を少し時間をかけて考えて。

 ……ああ、そうか。

「……椿は本当、すごいよね」

 私より私のことをよくわかっているかもしれない。

 すっきりしたけれどもほんの少し胸の奥でわだかまっていた気持ち。

「そっか、あの人は理解者だったのか」

 適性試験から始まる長いロー入試、ずっと応援してくれていた。あの頃からあまり会えなかったけれども、あの頃はそれに文句を言ったりせずに支えてくれていた。第一志望には落ちたけど、今のところに受かったときは自分のことのように喜んでくれた。

 周りが就職するのに進学することに、少し不安になったときも、

「桜子、検事になるってずっと言ってたじゃん。そうやって夢をちゃんと追い続けるのすごいと思うよ」

 なんて励ましてくれた。

 なのに、別れる少し前には「学生は楽でいいよなー」なんて言っていた。社会人は忙しいって、言外にローに通う私を下に見ていた。

 私の夢を知っていて、支えてくれていた。理解者を私は失ったのだ。

 理解者を一人失ったからって、別に私の夢の価値が落ちるわけじゃないのに、

「だから最近、少し迷いがでていたのか」

 なんとなく、自分の夢が貶められた気がしていた。あの人は、私じゃなくて私の夢をバカにして離れて行った。そんな気がしていたのだ。

 せめて別れる時に、「これからもがんばって」とでも言われれば、話はまた違ったのだろうけれども。

 椿は、ゆっくりと溜息をついた私に、

「桜、この後うちおいでよ。お酒買って」

 なんでもないように告げる。

 優しいこの友人は、外では、素面では、思いを吐き出し切れない私に気を使ってくれている。

「ん」

 だから私は素直に頷いた。

 今日は椿の好意に甘えよう。

 そうすれば、明日からきっとまた頑張れる。


 法科大学院生。

 それは、司法制度改革の罠にはめられ、合格率八割の幻に踊らされ、学部よりもはるかに高い学費を支払いながら、三振しても終わり五年経っても終わり、下位ローなら合格しても就職難な世界へ飛び込むために、貴重な二年乃至三年を棒にふることを選んだ、かなりギャンブラーでアホーな集団のことである。

 ギャンブラーでアホーな私は、夢への勝率をあげるために、これからもがんばっていかなければならないし、がんばっていこうと思う。

 あの人がもう理解者じゃなくても、私は私を理解しているから。

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