第一五章 「西へ……」
スロリア地域内基準表示時刻12月9日 午前7時24分 スロリア亜大陸東部 PKF前進拠点「クヌギ」
「起床―っ……起床―っ!」
「総員起し!……総員起ーし!」
野営地の中での目覚めは、そのまま出撃への準備となり、程無くして敷地一帯にはヘリコプターの起動するジェットエンジン特有の鋭い金属音が満ち始めていた。
非常呼集の訓練など、戦地でするわけが無い。隊員たちは起きるとすぐさま、ケブラーのフリッツヘルメット、同じくケブラーのボディアーマー、弾薬とメディカルキットを詰め込んだ装帯……それらをあたかも戦国時代の武士が鎧を着込むが如く装着する。若者たちが別段顔色を変えるでも無く、淡々とそれをこなす様は、傍目から見ればかえって彼等がこれから実戦に赴くのだという感覚を希薄化させてしまう。
89式小銃、MINIMI分隊支援機関銃等の歩兵戦闘用火器を携えた隊員が仮設格納庫の中に整列を果たしたときには、隣接する飛行場では彼らの足たる各種ヘリコプターは陸上自衛隊第12旅団所属 第2普通科連隊の空中機動兵を迎え入れるための準備を終え、烈しいローター音を雷鳴の如くに轟かせていた。
「――――全員、集合完了いたしましたっ!」
先任陸曹 大山 寿信 陸曹長の報告に、第2連隊長 佐々 英彰 二等陸佐は、感情の消えた顔もそのままに大きく頷く。
「連隊長訓示っ……!」
今度は先任幹部 二階堂 毅 一等陸尉の号令に、隊員は一斉に背を正した。歩を進めて隊列の前に出、穏やかな目つきで隊員を一瞥すると、佐々は言った。
「……司令部より緊急の任務要請が入った。我々第2連隊は只今より出撃、長駆敵軍司令部背部まで機動し、これを叩く。敵の司令部を制圧し、敵軍の指揮系統を破壊するのが我々の任務である。
現在、我が地上部隊は全面的に敵地上軍との交戦状態に入っており、第8師団はもとより、主攻たる第9師団、第10師団ともに敵軍の前線を突破し、敵に少なからぬ被害を与えつつある。第71、72の両機甲旅団もまた迂回機動を完成させつつあり、程無くして主攻の三個師団と協同しスロリア東部の武装勢力を挟撃する予定だ。その敵軍の司令部を直接攻撃し、敵に止めを刺すのが我々の任務である――――」
佐々は現況を説明した。
――――第8師団の「抜け駆け」にも似た先制攻勢に、他の師団も追従した結果というわけではなかったが、12月9日の午前六時を以て、PKF、ローリダ軍両軍の地上戦は開始されていた。外面上では、戦闘そのものはPKFの先攻に端を発した形だったが、その実際はともに攻勢を期し、ほぼ時を同じくして激突したと言ってもいい……前者はスロリア奪回への積極的な意図を持って、そして後者は前線の現状を知らぬ総司令部の意向を大いに受けた結果として。
開戦以来、僅か十数時間のPKFによる精密航空攻撃はPKF総司令部、ひいては本土の統合幕僚監部の予想以上の被害をローリダ地上軍に与えていた。ローリダ軍の補給網は壊滅。その前線は各所で寸断され、通信手段と司令部を失った部隊は、進む当ても戦う目的も見失い一方的なPKFの攻撃の末壊走を余儀なくされた。そうでない部隊もまた、やはり補給の途絶による燃料、弾薬不足、ひいては食糧不足により思うような行動がとれず、そこをPKFに捕捉され前進も後退も不可能な状況へと陥っている。
ローリダ軍第24師団に至っては、司令官のカノファス中将をはじめ、幕僚の多くが爆撃により戦死。そこを今朝未明に急進してきた陸上自衛隊第9師団の攻勢を受け、指揮系統の破断した24師団の各部隊は戦力の過半を失って壊走した。
陸上自衛隊第10師団は、同じく前進を期すローリダ国防軍第43師団と正面より激突、ローリダ軍第43師団は第10師団の巧緻を極めた仰回運動に対応できず、そこにいち早い航空自衛隊の航空支援も加わり出血を続けている。
他部隊に先駆け真っ先に戦闘の火蓋を切った陸上自衛隊第8師団は、先夜ローリダ軍第57師団の野営地の一つを夜襲により確保し、その後奪回を指向した第57師団の反攻を多大な損害を与え撃退。だが第57師団は二度目の反攻を期していることが事後の偵察及びG-STARSの地上探査により判明している。第8師団としては敵が再び反攻の姿勢を整える前に攻勢に出、これを撃破する腹積もりだ―――――
佐々の訓示は続いた。
「――――彼らにとって、平和とは他者との共存を意味しない。彼らにとっての平和とは、武力を以って他者を徹底的に服従させ、さらには他者の生存そのものを否定することによって達成される種類のものである。我々の最終的な目的は敵軍の撃破と同時に、彼らの唱える独善的な正義を徹底的に打ち砕くことにある……!」
そこまで言って、佐々は眼前に居並ぶ部下たちの顔を噛み締めるように凝視した。第2連隊には30~40代の、十分な経験を積んだ古兵がいる。20歳代の、それこそ兵士として働き盛りの者もいる。その一方でまだ20にもなっていないような未だ少年の面影を引き摺った若者もいる。果たして彼らのうち幾人かがその後の戦闘を生き抜き、晴れて本土に還ることが出来るだろうか?
……そして自分は、彼らのために何が出来るだろうか?……その自問に対する答えを、未だ見出すことの出来ない佐々がいた。それでも、彼は彼の部下に行けと命令を下さねばならない。意を決し、佐々は告げた。
「では……かかれ!」
出撃命令は、下った。
出撃の直前、高良 俊二は分隊の部下を集めた。松中一士、村田一士をはじめとする分隊員は円陣を組み、ドーランを塗りたくった顔は、真摯な瞳をぎらつかせて彼らの分隊長を見据えていた。
「…………」
俊二に促されるまでも無く無言のまま、隊員たちは手を円陣の中央に差し出した。太い腕があった。節くれ立った腕があった。細い腕もあった。そして、それらの腕に俊二の手が重なった……当初から示し合わせた通り。
俊二は、叫んだ。
「C分隊!……いくぞぉ――――――っ!!」
「ウォ―――――――!!」
円陣を解くや否や、俊二たちは一斉に踵を反し、ヘリの待つ飛行場へ駆け出した。UH-60Jが、振り回すローター音も高らかに俊二たちの乗り込むのを待っていた。駆ける俊二の周囲でも、同じく完全装備の隊員たちが各自の乗機へ駆け込もうと一斉に走り始めていた。
身を屈めてUH-60Jの胴体に滑り込むのと、全機に発進準備命令が出るのと同時。
『――――こちらハヤブサ4……離陸許可を要請。送れ』
『―――ハヤブサ4へ、もう少し待て。他の機を先行させる』
急激にローターの回転を上げ始めた機内から、思わず天を仰いだ先の蒼穹には、薄い雲を透過し幾条もの真白い軌道が棚引いていた。対地支援の空自機だと、俊二は直感した。
急激に高まるローターの回転音。
期せずして浮き上がる機体。
反撃は、始まったのだ。
スロリア地域内基準表示時刻12月9日 午前7時29分 スロリア亜大陸東部 中南部戦線
『弾着ぁー……く、今!』
蒼空を切り裂く滑空音、直後に上がる轟音と土柱――――それらの数と勢いは衰えることを知らないかのように敵の陣取る丘陵を覆い、同時多発的に破壊の手を広げていった。本隊に続き前線に展開した第8特科連隊がいち早く布陣、本隊の前進を支援するべく展開した155㎜榴弾砲FH-70の砲列が次々に炎を吐き出したのだ。
仰角をつけた砲身から放たれた弾丸は触発信管の起動により敵陣の地表で炸裂し、砲座や塹壕、そして指揮所といった構造物を、それらを守るべき遮蔽物もろともに吹き飛ばしていく。特科連隊の砲撃は的確だった。OH-6D偵察ヘリコプターによる航空観測と迅速な火砲の展開との組み合わせは明らかにローリダ軍の機先を制し、今なお圧倒を続けている。
守るローリダ軍にも、当然敵の攻勢に対する備えはあった。戦前に形成された彼らの前線を固める32門の野砲と8門の榴弾砲とで形成された砲兵陣地は、むしろこちら側からの攻勢を意図して築かれたものであるはずだった。だが、彼らの有する砲列はその射程外からの一方的な射撃によって叩き潰され、陣地は砲撃により無残なまでに耕されていく。彼らの砲列の中には果敢な反撃を企て、実行するものもいたが、それらは一度砲撃を試みるや、自らの発した弾道から特科連隊の有する対砲レーダーにいち早くその所在を察知され、次の瞬間には即座にそれに倍するすさまじい反撃を受け、永遠の沈黙を強いられていくのだった。
『――――ヒバリより報告。敵陣の反撃の兆候なし。各隊に前進を要請。送れ―――――』
低空を飛行する観測ヘリからの報告が進撃の合図だった。通信回線を同種の命令が同時多発的に交錯し、即製の予備陣地にハルダウンしていた73式装甲車、96式装輪装甲車、軽装甲機動車が一斉にエンジンを轟かせ雪崩の如くに動き始めた。前進命令が下りたのだ。土煙を上げ平原を疾駆する装甲車両。その上部から身を乗り出した乗員が擲弾銃、そしてM2機銃による濃密な弾幕を形成し、敵残存部隊の反撃を封じ込めていく。
『――――こちらクーガー、目標を確認、只今より攻撃開始―――――』
進撃を先導するOH-6D観測ヘリに続き、ローター音もけたたましく隊列の上空を高速で通過して行ったのはAH-1S対戦車ヘリコプターの編隊だった。編隊を解き、今なお抵抗を続ける敵陣の一角に機首を向けた一機の両翼が煌く、吐き出されたロケット弾の束は怒涛のごとくに目標に収束、着弾し、敵の抵抗をそれこそ面単位で制圧していった。各所に穿たれた綻びを集中攻撃、あるいは迂回機動により拡大し、敵兵の死体の折り重なるかつての陣地を、装甲車両は続々と乗り越えていく。
第8師団には、勢いがあった。PKFを通じて最初の武装勢力占領地の奪回以来、敵の逆撃の悉くを封じ、部隊は返す刀で敗走する敵軍を追撃し、一部は敵の防戦ラインに殺到している。
島 亘 三等陸曹の率いる分隊もまた、そうして醸成された勢いの中にいた。
数時間前の戦い――――それも、分隊長として体験した最初の戦い――――で収めた勝利の余韻などとうの昔に吹き飛んでいる。それまで巨体を悪路に揺らしていた96式装輪装甲車が不意に止まり、降車を告げるブザーが鳴った。
「全員降車!」
声を張り上げるまでも無かった。後部ハッチが開かれるや木島一等陸士をはじめとする分隊員は脱兎のごとくに車内から飛び出し、次の瞬間には散開、伏射の姿勢を取っている。つい数時間前に経験した実戦が、彼らの動きに一層の機敏さと余裕を与えていた。彼らだけではなく、いっせいに停車した96式装輪装甲車、73式装甲車からも普通科隊員が続々と飛び出し、同じく散開、前進に取り掛かっていた。
「…………」
自らも身を伏せたすぐ至近に横たわる人影を見出し、島三曹はまじまじとそれを凝視した。煤煙に汚れた緑色の軍服が、若い青年の死体に纏われていた。だが敵に対する感傷に浸るのも一瞬、島は無言のまま後続の隊員に合図を送り、前進の指示を与えた。身を起こし、背を屈めたままで傾斜を上り、すでに敵兵の死体で埋まった塹壕を2、3条飛び越え、分隊は傾斜の頂上に達する。
「…………!」
傾斜の向こう側の麓から前方200mほど先、これまで突破した防衛線よりひときわ高く作られた土壁を認め、島は反射的に身を伏せ、目を見張った。長城のごとくに広がる土壁の上からは、陣取った敵兵が下方に位置するこちら側へ向かい盛んに小銃や機銃を撃ちかけてくる。それが敵の根拠地であり、そして最終防衛ラインであることを彼らは悟った。
「総員退避、遮蔽物に身を隠せ!」
敵は待ち構えていた?……衝撃を押し殺し、襲い掛かってくる弾幕を避けながら島は通信機のマイクを摘んだ。回避が間に合わず迂闊に前方に出た他隊の隊員数名が被弾して倒れ、それは同僚の衛生兵を呼ぶ声となって周知される。
「衛生兵!……来てくれ!」
『こちら第2小隊、迫撃砲の支援を要請。送れ……!』
『―――――こちら迫撃砲小隊。まもなく展開を完了する。それまで待て』
同じく傾斜に取り付いた他隊の隊員は、一斉に応射を始めている。複数の銃声と火線の交差は時を追うごとに濃密さを増し、戦闘が正念場に差し掛かっていること、そして敵の防戦の必死なることを島のような末端の隊員にも窺わせた。土壁に陣取る敵兵が普通科部隊の銃撃に倒れ、敵兵の反撃は跳弾となって普通科隊員の防弾服を擦り、そして突き刺さる。
89式小銃の、残りの弾丸をフルオートで敵陣に撃ち込むと、島 三曹は小銃に新しい弾倉を叩き込んだ。
「装填……!」
咆哮する小銃、跳ね上がる薬莢……射弾は一人の敵兵を捕らえ、敵兵は土壁から落ちてそのまま動かなくなった。
『―――――こちら迫撃砲小隊。展開を完了、敵陣の位置報せ。送れ』
『―――――座標E-12-C。信管VTを要請、送れ』
『―――――迫撃砲小隊、只今より射撃開始―――――』
交信終了と、反射的に頭を伏せるのと同時。
やや遅れて上空を裂く迫撃砲弾の滑空音。それも一発、二発ではない。普通科部隊の後方に展開を終えた81㎜迫撃砲一個小隊四門が一門につき九発、計36発の砲弾を20秒間の内に撃ち出したのだ。
滑空音は幾重にも渡り上空で交差し、破壊への重奏を鳴り響かせる。
着弾―――――怒涛のごとき弾着音!
近接信管を持った砲弾は地表スレスレで炸裂、高速で飛び散った破片が立てこもる敵兵を引き裂き、吹き飛ばしていく。
落雷にも似た衝撃が、空気の波となって周囲に伝播する。遮蔽物越しに何かの雪崩れるような音を、島は聞いたように思った。
ヘルメットやボディアーマーを打つ小石や破片。
血の臭いとも火薬の臭いとも区別の付かない感覚が、嗅覚を責め立てる。
弾着により濛々と立ち上る灰色の煙に覆われる一方、迫撃砲の着弾は土壁の一角に大きな穴を開けていた。―――――そして島は反射的に身を起こし、部下も彼に続く。
斜面を駆け下り、平地を走破するや、土壁の穴から応戦しようと身構えた敵兵を89式小銃の一連射で倒す。期を同じくして殺到する普通科隊員、そしてなおも応戦を続けるローリダ兵の間で、状況は近距離を奪い合う接近戦となった。崩れかけた敵陣に殺到する濃緑の戦闘服の一団。それを押し止める術を防衛側はもはや持っていなかった。迫撃砲の第一撃で敵兵の大部分が死傷、生き残りもまた敵の未知の攻撃に驚き、個々に遁走にかかっていた。
『第2小隊追撃やめ! 追撃やめ!』
通信回線を流れる小隊長の指示、背を向けて逃げる敵兵に向けられた怒涛のごとき射撃音が水を打ったように収まり、やがては戦場に静寂が戻っていく。だが勝利を確信するのにはまだ早い。
「防衛線を構築し、敵の反撃に備えろ。急げ……!」
部下を顧み、島は声を上げた。塹壕構築に猿臂を振るう者。分隊支援機関銃を据え付ける者。敵の塹壕から01式軽対戦車誘導弾を構え、敵の反撃に備える者。初めての実戦を経たのにもかかわらず、皆が訓練どおりに手順をこなしている。
遠方では他の分隊が逃げ遅れた敵兵を一箇所に集め、その中で特に重傷者は衛生兵による治療を受けていた。その周囲に散らばる敵兵の死体とかつては敵兵であった肉片……それらに心を動かされるには、皆はあまりに長く戦場に身を置き過ぎている。
ヒュゥゥゥゥゥゥ――――――……
思い出したように上空を割く新たな滑空音を聞き、島は反射的に空を仰いだ。島たちには知る術も無かったが、師団幾下の特科連隊ではなく、西部方面隊に属する第3特科群の203㎜自走榴弾砲大隊が前進陣地を形成、なおも健在な敵陣に対し射撃を開始したのだ。砲弾は、敵の逃げた方向―――――皺のように重なり広がる低い丘陵の向こう側―――――で次々に弾着し、どす黒い火柱を吹き上げた。
一息つき、島は部下を集めた。土砂や硝煙にひどく汚れ、やつれてはいても、彼らの目はギラギラと生気溢れる輝きを放っていた。戦闘が始まる前――――それもごく数時間前――――からは想像もできない容貌。それはまさに死線を潜った歴戦の勇士の姿であった。生まれ変わったような部下一人一人の顔を食い入るように見つめ、島は言った。
「全員、怪我は無いか?」
「ありません……!」
全員の、ほぼ同時の返事。そこから溢れ出んばかりの気迫に、島は内心で気圧された。人間は、わずかな間にこうも変わるものなのか……?
「前進命令あるまで待機、各自休息を取っておけ。戦いはまだ長いぞ」
烈しい咽喉の渇きを覚えたのは、部下を解散させて間もなくのことだった。
スロリア地域内基準表示時刻12月09日 午前7時40分 スロリア中南部 ゴルアス半島西岸
東岸を発進したヘリコプター編隊は、すでに先頭集団の前方眼下に変わり果てた敵飛行場の全容を見下ろしていた。
東岸の拠点を発進して一時間三〇分……兵員輸送にCH-53E四機とUH-60J四機、そして対地支援に武装したSH-60Kを四機、計12機のヘリコプター編隊は各機に西部方面普通科連隊の精鋭約260名を載せ、一路先制攻撃後の武装勢力飛行場制圧へと向かっていた。
CH-53Eは、元来掃海任務用に海自で使用されていた大型輸送ヘリコプターだ。最大55名の兵員を搭載することが出来、またヘリでありながら最大で2000kmの長距離を飛行することが可能なことを買われ、揚陸部隊の東岸進出と期を同じくしてノイテラーネの基地を発進、6機が東岸に進出してきた。そしてもう二機種、攻撃部隊には有効な戦力が加わっている。
JV-22というのが、その名前であり、ティルトローター機というのが、その機種であった。ティルトローター機は小型の主翼を持ち、その両端に97.5度まで回転可能な巨大なローターとエンジンを備える。この機構によりヘリコプターのような垂直離着陸とホバリングを可能とする一方で、通常のターボフロップ機と同様の速度で、同様の長距離を飛行可能としている。
事前の計画に基づき制空権が掌握され、東岸に拠点が確保された直後、JV-22はCH-53Eと同様にノイテラーネの空港より発進、3000キロに喃々とする航続距離とヘリコプターのような垂直離着陸性能を生かし、迅速なまでに前線拠点に航空輸送網を形成してしまった。JV-22はその輸送キャビン最大9トンの物資を搭載できる。兵員なら24名、軽装甲機動車も一台積める。ヘリ部隊が飛行場に拠点を確保した直後、これらJV-22部隊もまた進出し、続々と増援部隊を送り出す予定となっていた。
最後の一機種……前述のSH-60Kに加え、制圧部隊にはさらに強力な対地支援機が加わっていた。AC―130J支援輸送機である。
支援輸送機とは言葉の綾で、その実は対地攻撃機だ。AC-130Jは旧来のC-130輸送機を改造した対地制圧機であり、地上部隊の火力支援及び敵部隊掃射に威力を発揮する。
105㎜砲、40㎜機関砲、20㎜多銃身機関砲……AC-130Jの搭載するあらゆる武装は全て機体の左半分に集中している。目標上空で左旋回を繰り返し、強力な弾幕を降り注ぐ独特の運用方法のためだ。
『―――AWACSより報告、目標上空まであと五分……』
報告と同時に、一気に増速したAC-130Jが編隊の前に出、腹を見せながら遠ざかっていくのを、UH-60Jのキャビンから身を乗り出した姿勢で、長田勇 一等陸士は目にした。
「うわぁ……」
思わず、構えていたMINIMIの銃身を握る腕に力が篭る。風圧で吹き飛ばされそうになるブーニーハットを必死で抑えながら、長田はAC-130Jの挙動を見守った。彼の予測が正しければ、本隊に先行したAC-130はこの後距離を取り、左旋回で敵陣上空に突っ込むはずだ。
「センパーイッ!」
と、ローターの爆音に負けじと長田は背後の城 武 陸士長に叫んだ。
「アンダヨォ――――ッ!」
と、目を剥いて城は怒鳴り返した。
「攻撃が始まりますよぉ―――!」
と、鵬翼を翻し接敵姿勢に入るAC-130Jを、長田は指差した。
「そんなもん、見りゃあわかるだろうが! ボケ!」
と言いつつ、城もまた、AC-130Jの迫力ある旋回に見入っている。
『――――こちらスザク。只今より掃射を開始する』
始まる!……と、皆の視線がAC-130Jの煌く左半身に集中した。
『――――発射!』
ヴゥー!……ヴゥー!……ドドドドドドッ!……ドン、ドン、ドン……!
バンクの姿勢に入った機体から、異なる発射音とともに放たれた弾幕は、次々と眼下の廃墟に着弾し異なる大きさの土煙を吹き上げた。空からの集中砲火に、地上で生残っている敵は一溜りも無いだろう。
「スゲェ……!」
と、ヘリが傾きそうになるかという勢いで、隊員たちは一方に寄り、支援輸送機の猛攻に目を見張った。湧き上がる硝煙の臭いは、ヘリの高度まで漂い、隊員たちの嗅覚を擽るのだった。
『―――スザク、掃射終了……帰還する!』
『―――キザクラよりキツツキへ、降着、降着、降着』
『―――こちらキツツキ、降着了解!』
直援のSH-60Kが前に出、ぐんと高度を落とした。そのパイロンには、四発のヘルファイア対戦車ミサイル! 降着地点上空に達し、ヘリコプターが平衡の姿勢を保ったところですかさず、分隊長が指示を飛ばした。
「ファストロープ下ろせっ!」
同時に、銃手が搭載していた74式機銃を構え直し、身を乗り出して土煙渦巻く地上へと向けた。一気に全員は降りない、ファストロープを伝って少数が先行し、地上の安全を確認した後に本隊の降下が始まる。銃手の任務は、機上から地上部隊の降着を援護することにある。
城と長田もまた、その先行班に指定されていた。敵地一番乗りの栄誉に属するか、それとも降りたところを敵に狙い撃ちにされ非業の死を遂げるか……この時点では未だ二人にはわからなかった。
―――そして、別のヘリ。
「山崎っ、早く準備をせんか!」
高津 憲次 三等陸曹の急かす声に、山崎 徹 一等陸士は蒼白な顔で頷いた。その表情はあたかも、今更のように、自分がこれから体験しようとしていることが実戦であることに思い当たったかのようであった。その山崎の、摩擦防止用の手袋を嵌める手が震えているのを、高津三曹は見逃さなかった。いきなり飛んできた高津の手が、山崎のブッシュハットを弾き飛ばした。呆然として高津を見詰める山崎の両肩を掴むようにして、高津は声を荒げた。
「この大馬鹿野郎! この期に及んで何を震えているんだタマナシ!」
「…………!」
「いいか山崎、俺たちがこれから行くのは戦場じゃない! 俺たちはこれより、生まれて初めてソープに行くんだ! 戦場じゃない、わかったか!?」
「わっ……わかりましたァ!」
「わかりましたじゃねえ! てめえ、胸の徽章を見てみろ!」
山崎一士の胸には、陸上自衛隊の精鋭たることを示すダイヤモンド章が鈍い光を放っていた。山崎は遂二ヶ月前に、このレンジャーの証を獲得していたのだ。
「レンジャァ―――――!」
力の限りに叫ばせた瞬間、山崎の顔に生気が戻るのを高津は見た。
「よっしゃ!」
山崎の胸に拳を当てたまま笑顔もそのままに振り向き、高津は操縦士に叫んだ。
「これより降下する。俺が先だ」
ファストロープをしっかりと掴んだまま、背中から先にヘリより身を乗り出した。そして一呼吸の後、高津の足は勢い良くキャビンを蹴った。
ロープを掴む握力、ロープに絡めた足、訓練で培われた感覚―――――それらを使い、絶妙の力加減で落下する。
山崎もそれに続いた。もはや恐怖は消えていた。高津よりも勢い良く、加減を知らないかの速度で降りていく山崎に、高津は目を剥いた。
「このバカッ……!」
落下する!……と高津が心中で絶句した次の瞬間。体勢を立て直した山崎は地上スレスレで身体を止め、そこからゆっくりと着地した。
続けて高津も設置した。すかさず銃を四方に構え、ダウンウォッシュに身を屈めながら、フックを解いた山崎に近寄った。
「バカ、おれより早く降りるやつがあるか」
「……スンマセン」
「そんなことより警戒だ。警戒!」
「はいっ……!」
弾かれたように89式小銃を構える山崎。その背後をカヴァーするように高津もまた銃を構えなおした。四方に銃口を巡らせ、緊張とローター音の下の静寂が一通り過ぎ去った後、高津はマイクを手で押さえ、口元に近づける。
「……こちらワン、グラウンドオールクリヤー!」
それに続くかのような、同じ内容の通信が降り立った地上の各所より湧き、通信網に密集する。
同じく敵地に第一歩を標し、銃口を向けた土煙の先――――――そこにあるものを見出し、城士長と長田一士は目を細めた。
「…………?」
小銃の引き金に当てた指が、震えた。やがてそれは二人の視界の先で、明確な人影となった。
「誰かっ……!」
……返事は無い。再び、城は声を荒げた。
「誰だ!」
「頼むっ……撃たんでくれぇ!」
次の瞬間、彼らの目に飛び込んできたものは、ぼろぼろの衣装を纏った、恰幅のいい老人の泣き顔だった。とっさに伸ばした手が老人を引きずり倒し、恐怖に歪む老人の後頭部に城は銃口を押し当てた。老人に付き従う数人の男たちに長田が銃を向けると、男たちは慌てて両手を上げひざまづいた。
「先輩!……こいつ非戦闘員ですよ?」
「わかるもんか……!」
色をなして城を押し止める長田を、城はきっと睨み付けた。老人は驚愕に蒼白にさせた顔をそのままに、這いつくばった姿勢のまま二人のニホン兵のやり取りを見守っているしかない。
こいつらが……ニホン人?
老人―――――アティケナス‐サラ‐リーカスにとって、それは一生涯分の驚愕を使い果たしたところで到底表現しきれる現実ではなかった。この野蛮な連中は、あたかも下界に神が降臨するかのように空から降りてきたのだ。かつては東方に覇を唱え、神の王国を建設するべく文明の粋を凝らした数多の攻撃機と将兵で溢れていた前線の一大拠点は、開戦からわずか一日足らずの内に征服されるべき敵ニホンの手に陥ちようとしている……!
そのニホン人が、銃口を頭に押し当てたままリーカスに聞いた。
「おいお前、他に仲間は……!?」
「…………?」
「だから、他に仲間がいるか聞いてるんだよ!」
城が質問の声を荒げた直後、遠方から断続的な銃声が聞こえてきた。89式小銃の発砲音ではなかった。反射的に隊員たちは伏せ、上空に陣取ったUH-60Jに据付けられた74式機銃が応戦するべく咆哮する。ローター音と発砲音との入り混じった異様な轟音がリーカスをさらに脅えさせ、老監督は頭を抱えて身体を震わせるのだった。
『こちら降着班、敵兵の死亡を確認、脅威は排除された。送れ―――――』
通信が流れたそのとき、城と長田、そしてリーカスの上空を、ひときわ巨大な影が航過した。地上からの誘導に従いホバリングに入ったCH-53が後部ハッチを開き、同時に下ろされたファストロープからは西普連の本隊が続々と降下してくる。異様な風体をした男たちに支配されゆく自国の基地を、老監督とその部下たちはもはや何の手も打てず呆然と見守っていくしかなかった。
「あっけねえな……」と城。
「……なんか、拍子抜けってやつですね」
と、長田もまた苦笑する。
捕虜を一箇所に纏め、銃の構えを解いたばかりの二人の直上を、狙うべき相手のないSH-60Kがただ虚しく通過して行く。
スロリア地域内基準表示時刻12月9日 午前8時37分 スロリア亜大陸東部
UH-60Jヘリコプターより頭を乗り出し、俊二は下方に眼を凝らした。
空中の隊列から見下ろした遥か先は、すでに戦場だった。
硝煙の支配する荒れ果てた大地、一面に刻まれた戦車の轍が、さながら地上に描かれた巨大な落書きのように思われた。それが幾重にも連なり、味方の進撃の勢いを無言の内に印象付けていた。その轍の先、かつては敵の防衛線が延びていたであろう溝は、各所が砲爆撃によって穿たれたクレーターで切断され、敵兵のものと思しき明るい緑色の制服が、溝を埋めるかのように積み重なっていた。
「すげえな……第8師団」
と、ヘリコプターの中で誰かが言った。確かに、昨夜からの第8師団の戦いぶりはすごい。度重なる敵の反撃を数時間で封じ、逆に後退する敵を追撃する手際の良さに、少なからぬ感銘を覚えたのは俊二だけではなかった。情報に拠れば第8師団はすでに230両の敵戦闘用車両を破壊、二つの敵防衛線を突破し、2000もの捕虜を得ているという。
「この分じゃあ、俺たちの出番はお預けになりそうですね」
と、松中一士が言った。それに俊二が頷き、頭を上げた地平の向こうで立て続けに炎の柱が上がる。炎の柱は地平を舐め尽くさんとするかのように広がり、期せずして皆の目を釘付けにした。紅蓮の炎の広がる上空を高速で航過していくF-2Aの機影が二機、空自の攻撃機が敵陣上空にナパーム弾をばら撒いたのだ。機影を認め反射的に上空に目を凝らしたときには、雲の向こうでは空自機の曳く飛行機雲が縦横無尽に連なり、F-15Jの機影までもが高速で飛び交っていた。
こちらに近付いてくる黒点の連なりに、俊二は眼を凝らす。黒点は程無くして、AH-1Sの梯団となってこちらに合流を図ろうとしているかのように見えた。UH-60J、UH-1J、OH-6DJ、そしてCH-47JA、さらにはAH-1S……およそ陸上自衛隊の保有する殆どの機種のヘリコプターが、この空域に集結していた。この場にいないものと言えば、OH-1やあのAH-64DJ「ロングボウ‐アパッチ」ぐらいなものだ。
……だが、それらの機の多くが通例では考えられない重装備が施されていた。UH-60Jは通常の軽機関銃の上に対地攻撃用のロケット弾ポッドを左右二基ずつ搭載し、UH-1Jもロケット弾及び12、7㎜M2重機関砲で武装している。OH-6Dもまた、ミニガンを搭載し偵察任務の上に対地支援に当たることとなっていた。
『こちらハヤブサ-リーダー、目標を視認。全機攻撃態勢を取れ』
指揮官機に搭乗する佐々二佐の命令に、隊列は一気に動いた。縦列を維持したまま高度を下げるOH-6D、散開し匍匐飛行に入るUH-1J、エシュロン隊形を崩さずに目標上空に殺到するUH-60J。一糸乱れぬそれは、さながら空を駆ける騎兵隊の突撃だった。
「これで『ワルキューレの騎行』でも鳴り響けば言うことなしなんですけどね!」
「あいにくウチの隊長はキルゴア中佐ほど狂人じゃないからなあ!」
緩やかに降下する機内で、安全のために抜いておいた弾倉を取り出すと、俊二はその底をヘルメットで軽くごつき、89式小銃に叩き込んだ。予め弾の揃えを良くし、給弾をスムーズにするための知恵だった。他の隊員もそれに倣い、次には転落防止用のベルトを点検し、そして機銃手はMINIMI機銃の装填レバーを引いた。
『全機……状況を開始せよ!』
操縦席越しに覗く眼前には、すでに全面一杯に連なる敵の鉄条網が広がっていた。その先には、同じく縦横無尽に延びた塹壕、地上では慌てふためくローリダ兵と思しき影が駆け回り、それぞれの持場や機銃座に取り付くのが見えた……だが、もう遅い。
直後、地上スレスレにまで高度を下げたUH-60Jの両翼が煌き、ロケットの火矢を連続して吐き出した。着弾の火柱が塹壕の敵兵を舞い上げ、砲座を炎上させる。さらに各機より延びたロケット弾の束は後方の幕舎をも吹飛ばし、地上の敵兵をさらなる混乱の渦に叩き込んだ。
混乱の間隙を縫い、低空で敵陣上空を航過する機内から、俊二たちは撃った。撃つ度に撥ね上がる薬莢、キャビンに充満する火薬の臭い……それすらものともせず、彼らは攻撃の快感に酔いしれた。地上で吹き上がる炎、雪崩を打って倒れる兵士、逃げ惑う兵士……それらの惨状が走馬灯のように隊員たちの眼前に駆け巡り、機体の上昇とともに消え去って行った。そこに代わる代わる新たな攻撃ヘリがロケット弾や機銃弾を打ち込み、破壊を比較級数的に拡大していくのだった。
『……ツー、車両を破壊』
『……セヴン……銃撃を受けた。われ操縦困難、安全圏まで退避したい』
『……セヴン、許可する』
『……イレヴン、一名負傷!』
『……スリー、援護する』
複数の無線回線に入ってくる通信は生々しくはあっても、味方の優位は変わらなかった。三本目の弾倉を使い果たした俊二が見上げた先には、断末魔に瀕した敵陣の上空を、味方のヘリコプターが勝ち誇ったように舞い、縦横無尽に銃撃を続けていた。
『これより降下する!』
操縦士の声に我に帰ったときには、すでに味方の各機も着陸態勢を取り、兵士達を下ろす段階に入っていた。
縮まる高度。
間隔の広がるローターの回転。
司令部と頻繁に連絡を交わす操縦士。
高度を落とすにつれ、生暖かくなる空気。
この世ならぬ生臭さすら、その中には感じられる。
高鳴る鼓動。そして――――
着地!……銃手に急かされるまでもなかった。四本目を装填し終えた俊二は、脱兎の如くにヘリより飛び降り、部下とともに散開。そして屈射の姿勢を取る。
初めて踏み入れた敵陣。破けた鉄条網の向こうには、塹壕と思われる溝が広がっていた。据銃の姿勢を崩さずに小走りに接近。松中一士もまた、その後に続く。溝の底を覗く程の至近に達した時、俊二は内心で愕然とした。
死体……!
急襲を受け、反撃する間も無く斃されていったローリダ兵の緑が、折り重なるようにして塹壕の底を埋め尽くしていたのだった。
「可哀相に……」
「当然の報いってやつですよ。隊長」
と、無感動に松中は言った。俊二としても、今はそれで納得するしかない。
気を取り直し再び前進。敵陣の奥では生残っていた敵兵が果敢に反撃してきたが、早足で続々と雪崩れ込んでくる普通科隊員の、研ぎ澄まされた速射の冴えに為す術も無く斃されていった。
俊二もまた一名を倒した。焼け焦げた天幕から躍り出、拳銃を向けた敵兵を一発で仕留めた。さらに銃を構えた一人を、松中がフルオートの一連射で倒した。
当初は激しいものが予想された掃討戦は激しさを覚えるまでも無く、敵陣突入からあたかも潮が引いていくかのような収まりを見せ、俊二たちが気付いた頃には、辺りは耳を疑うかのような静寂に包まれていた。
「終りましたね」
と、ドーランに覆われた顔から、白い歯を覗かせながら松中は俊二に笑いかける。
「ああ……!」
と、俊二が仰いだ先では、何やら戦争とは別の騒ぎが始まっていた。
「貴様ら……出ろ!」
「イヤアッ!……野蛮人、来ないで!」
駆けつけた先では、一竿の天幕を隊員達が囲み、なにやら困惑したように騒いでいた。傍聞きしたところでは、天幕に逃げ遅れた敵の女性兵が立て篭もっており、降伏を勧める味方と一悶着が起こっていたようであっだ。
「どうしたもんでしょうねえ……」
と、同じく事情を知った松中たちも、苦笑を浮べている。
俊二は、天幕の前に進み出た。そして仲間の了解を得、天幕へ通じるカバーを開ける。
カチャ……!
突きつけられた拳銃の銃口が、顔を出した俊二の鼻先で鈍い光を放っていた。俊二の眼前では、震える手で拳銃を構える最年長と思われる女性兵の他、三名の女性兵が彼女の許に固まり、初めて目にした日本人に、恐怖で肩を震わせていた。その何れの顔も、例外なく未だあどけない少女の面影を色濃く残していた。
「…………」
俊二は、内心で驚愕した。何故なら、彼女達の服装には見覚えがあったからだ。緑のコートに白いズボン、そして分厚い作業靴……俊二はかつて彼女らと同じ服装をした少女と、ともに旅を経験したことがあった。
「タナ……?」
問いかけてはみたものの、俊二の眼前にいるローリダ人は髪の毛の色、髪型、そして顔つきともにタナではないことは明らかだった。問いかけられた少女達の方も、震えるのも忘れキョトンとして俊二の方を凝視するばかり……
女性兵の脅えぶりに何かを察したかのように、俊二は小銃を床に置いた。そして彼女達の前でヘルメットを脱いだ。さらにドーランを拭い、素顔をさらけ出し少女達に笑いかけた。
「さあ……もう戦闘は終ったんだ。大丈夫……大丈夫だから」
「…………」
やがて少女は、気が抜けたように銃を構える手を下ろし、抵抗を止めた。俊二の手招きに従い少女達が外に出たとき、既に天幕は見渡す限りに完全装備の普通科隊員に囲まれていた。
「…………!」
俊二の影に隠れるようにする四人を、俊二は諭すようにした。
「大丈夫……皆いい奴ばかりだから」
少女達が怖がるのも無理は無いのかもしれない。ローリダ兵のそれに比して汚らしい迷彩。その迷彩色の甲冑のような重厚な服に身を包み、顔まで緑色に塗りたくった屈強な男達……それが大軍で空から不思議な兵器に乗ってこちらに迫り、あっという間に味方の司令部を空から叩き潰してしまったのだから……
「おーい! 敵の司令官を捕らえたぞ!」
遠方からの新たな声に、隊員の関心は一斉にそこへと集中する。後には、俊二たちの分隊八名と、四人のローリダ人少女が残された。
「へーえ……武装勢力には女の兵隊もいるんですね」
と、松中が悄然と座り込む彼女達の一人に会釈する。彼女は射る様な視線で彼の好意を突き返すのだった。
「怒ったところも、またステキ」
おどけた口調に、分隊員たちは笑い、少女達は憤然として地面を凝視するのだった。
「おい村田、チョコレートでも食わしてやれよ。持ってるの知ってるぞ」
「ローリダ人にやるくらいなら、豚にでも食わせた方がマシですよ」
と、肉刺の潰れた手に包帯を巻きながら、村田 正 一等陸士が言う。
「仮にも女の子だぞ。良く見りゃあ結構美人揃いじゃないか。ファッションは頂けないけどなァ」
「からかうのはよせよ」
と、俊二は少女達に水筒を差し出した。キョトンとして俊二を見上げる四人に、俊二は回し飲みするよう勧める……それでも、頑なさを崩さない四人の前で、俊二は水筒の水を飲んで見せた。毒など入っていないことのアピールだ。そして、再び水筒を差し出す。今度は上手くいった。貪るように水筒の水をがぶ飲みする少女達に、俊二は目を細めるのだった。
「分隊長……」
と、そのとき嶮しい表情で松中が歩み寄ってきた。「敵に甘い」とでも叱るつもりなのだろうか?……と、俊二もまた内心で身構える。
「隊長……狙ってるでしょう?」
「え……?」
「惚けないでくださいよ、女の子に自分の口付けた水筒の水飲ませるなんて、これ、普通は間接キスといいませんか?」
「…………」
「そうだ。隊長はずるい! 彼女らが味わった後で、またじっくりと味わうつもりなんですね?」と村田。
「いや……そんなつもりじゃ」
弁解する間も無かった。有無を言わさず、分隊員たちが一斉に俊二に飛びついてきた。笑顔も眩しい隊員に組み敷かれ俊二は苦笑するしかなかった。そして戦場のど真ん中でドタバタとじゃれ合うニホン人を、ローリダの少女達は水を貪る手を止め、キョトンと見詰め続けるのだった。
――――負傷し、担架に身を横たえた姿で、ローリダ国防軍第57師団長 グラーフス‐フ‐ラ‐ティヴァリ少将は彼を捕らえた敵軍の指揮官と対面を果たした。
「……第2普通科連隊の佐々二佐です。閣下にはお目にかかれて光栄に思います」
手を掲げ、延ばした指先を頭部に充てるニホン式の敬礼は彼には奇異ではあったが、その挙動を目の当たりにするだけでも、自分の眼前に立つ均整の取れた体躯を持った男が、非凡な才幹と勇気の持主であることをティヴァリには感じさせた。それはまた、これまでの戦歴を自分たちより遥かに無能で、知性に乏しい相手との戦いに費やしてきたと考えてきた彼にとって、一種の驚愕ではあった。
……そして、彼にとっての驚愕はそれだけではなかった。空中より司令部を直接叩く敵の大胆さも然ることながら。彼の周囲に集りじっと会見の様子を見守っているニホン兵の姿に、深い感銘を覚えているティヴァリがいたのだ。味方の兵は戦闘の混乱の中で散り散りになり、彼自身ごく少数の護衛兵とともに包囲された直後、彼の周囲に出現した敵兵の動作、戦いぶりは、ある意味共和国国防軍兵士のそれを越えていた。ローリダ兵がただごく普通の人間に軍服を着せ、銃を持たせただけの存在だとするならば、彼の前に現れたニホン兵は、まさに強力な装備に身を包み、厳格な訓練と規律の末に形成された、まさにプロの兵士だった!
これが……我々が上層部より教えられ、信じてきた弱く卑怯なニホン兵の、真の姿なのか……? ティヴァリは眼前に立つ指揮官に一層目を凝らした。その肉付き、精悍な顔つき……指揮官自身、兵士としても相当の手練であるのに違いない。
年の頃は……若い。未だ五十にもなっていないだろう。四十を越えたばかりといったところか。
ティヴァリの凝視に関心を払わないかのように、佐々は言った。
「閣下の身柄は、我々が預からせて頂きます。我々としては閣下をあくまで思慮ある降伏を選んだ敵将として丁重にお迎えしたくありますので、ご安心くださると同時に事を荒立てぬようご高配賜りたい」
「それは……どういうことかな? わしを拷問しようというのか? この老いぼれから、貴公らは何を引き出そうというのかね?」
「拷問?……それは、我々日本人の社会通念では野蛮とされるものですが、閣下の世界ではごく自然な行為なのですか?」
「…………」
出すべき言葉を失い、ティヴァリは佐々を驚愕の色を以て見上げた。もしこの指揮官が言っていることが正しいとすれば、我々がこれまでニホンとその民について見知っていることは全て虚偽だということになる。
「わしはともかく……生残った部下に危害を加えないということだけは約束してくれるか?」
「日本武士道の名誉に代えて、約束いたします」
「武士道……?」
「我が国独特の戦士の概念です。簡単に言えば、勝者は敗者の名誉を守れ……といったところでしょうか」
ティヴァリは苦笑した。だが心なしか、その顔には安堵にも似た色が浮かんでいた。
「そうか……そうだな。わしは負けたのだった」
佐々は傍らの二階堂一尉に目配せした。二階堂は隊員に、ティヴァリをヘリに載せ後送するよう命令する。同じく捕虜となった僅かばかりの部下とともに移動する中、ティヴァリは佐々の名を呼んだ。怪訝な表情で振り返る佐々に、ティヴァリは片手を上げ笑いかけた。
「ブシドウとか言ったな……いい哲学だ。よく覚えておこう」
佐々は微笑みとともに、ティヴァリに再び敬礼を送るのだった。
かつてはその見渡す限りにローリダ軍兵士の凱歌に満ちていた前線は、今や捕虜となった彼らとPKFの負傷者を乗せ、元来た途を引き返そうと続々と離陸するヘリの遥か向こうで、百雷の如きクラスター爆弾の炸裂を未だ鳴り止むことなく轟かせていた。それはまた、スロリア東部はおろかノイテラーネすらも睥睨する直前にあったローリダ軍前線の、断末魔の象徴でもあった。
――――――12月9日 午前11時45分。ローリダ軍が東進の尖兵とするべく前線に配置していた三個師団は、PKFの空地立体作戦の前に戦闘開始後僅か七時間で壊滅。PKFはそのまま現進撃地点で補給と整備、戦力再編に入り、ごく短期間の内にそれらを終了しスロリア中部奪回へと臨むこととなったのである。この時点でのPKFの損害 死者17名。負傷者18名。ローリダ軍の損害 死者約8000名 負傷者約14000名 捕虜となった者3570名。だがこの段階で、ノドコールのローリダ植民地軍司令部が、後にローリダ戦史において「東スロリア会戦」と称される一連の戦闘の実相を把握するには、未だ少なからぬ時間が必要だった。
スロリア地域内基準表示時刻12月09日 午後1時21分 スロリア中南部 ゴルアス半島東岸
制圧に成功した敵飛行場より帰路についたCH-53EがPKF揚陸部隊の勢力圏内に入る頃には、操縦席から見下ろす森林には長大な矩形の空間が広がっていた。さらにはその空間を目指し、一機のC-2戦術輸送機が低空でアプローチを始めていた。
ゴルアス半島戦線ではC-2輸送機もまた、その搭載量と航続距離を生かし活躍を見せている。半島における拠点確保直後、C-2輸送機は間断ない物資の空中投下を行い、補給の面で上陸部隊を支援した。そして現段階では上陸した施設科部隊の突貫作業により、固定翼機専用の臨時飛行場すらその八割方を完成させていたのである。C-2の着陸は、その前線飛行場の機能を確認するための試行的な意味合いが強かった。戦術輸送という任務上、C-2は不整地での使用もまた運用想定に入れられている。そのための設計が、今回の作戦で試された形だった。
着陸……接地したC-2は滑走路一本を使いきる寸前で停止し、再び発進の体勢を取った。その発進を見届ける間も無く、CH-53Eはその駐機場へと高度を落としていく。
使い勝手のいいヘリコプターには、休む間も無く次のフライトが待っている。特に輸送量の大きいCH-53Eはなおさらのことだ。敵飛行場まで軽装甲機動車を運搬したこのCH-53Eは、PKFの攻撃を生残ったローリダ軍の捕虜を前線より連れ帰ってきた。そして彼らを下ろした後も、補給物資を積み前線へと取って返すのである。
「さあ、降りろ……!」
監視の隊員に促されるがまま、捕虜たちは項垂れたような様子で地上へと続くランプを踏みしめた。森を隔てた向こうから、先程のC-2輸送機が機首を上げ離陸していくのを、アティケナス‐サラ‐リーカスは、風圧で量の少ない髪の乱れるのをそのままに呆然と見上げていた。
これが……ニホン軍の基地か!
一生分の驚愕を全て使い果たしたかのような虚無感に、老監督は囚われていた。捕虜達の頭上を見たこともない回転翼機が高速で飛びまわり、地上では見たことの無い車両が周囲を疾駆していた。居並ぶ天幕と林立するアンテナの周囲を完全武装に身を包んだ兵士が行き交い、隊列は駆け足で胴体後部を開いたヘリコプターへと乗り組んでいく。
――――そして、海原へと目を転じれば。見渡す限りの軍艦の群れ。
特に、彼らの旗艦と思しき、平坦な甲板を持つ巨艦にリーカスは目を奪われた。その艦は甲板上に常時三~四機の回転翼機を駐機させ、それらの回転翼機は艦上で引っ切り無しに離発着を繰り返している。それはさながら、海上に浮かぶ移動飛行場だった。
「あれほどの大艦隊が、何処から湧いて出たんだ? ニホンの海軍は壊滅したはずじゃないのか?」
「でも……現に向こうにいるじゃないか?」
一箇所に集められたローリダ人たちは口々に語り合った。驚愕の後には、純粋な好奇心と探究心が彼らの胸中に残されたのであった。だが、彼等が会話を続ける理由はそれだけではなかった。
彼らは、恐れていたのだ……かつて彼等がニホン人にそれを為したように、自分達がニホン人に虐待され、殺されることを。とめどない会話は、その実恐怖を打ち消すためのものだった。
やがて重厚な装備に身を包んだ、一人の指揮官と思しき人間が、座り込み、話し込む彼らの前に立った。
「女……?」
見上げた誰もが会話を止め、そして我が眼を疑った。ヘルメットとボディアーマーに身を包み、肩に銃を提げてこそいたが、部下を従え彼らの前に立ったのは、紛れも無い女性。部下から渡された帳簿を一瞥し、彼女は言った。
「この中で最も高位の人間はいらっしゃいませんか?」
口調こそ丁寧だったが、その端正な顔は異様なまでに無表情だった。
「もう一度聞きます。最上位の人間は……?」
誰も手を上げる者はいない。上げた途端に連行され、人知れぬ所で射殺されるのが落ちだ……と、誰もが怯えた。
それでも、手を上げようとする者がいた。リーカスだった。だが老監督は手を上げようとして部下に止められた。秘書兼折衝係のトムナス―ファ―ラーガだった。
「おやっさん!……駄目ですよ。上げたら殺されます」
「この場でわしが挙げんと、みんな殺されるぞ……!」
リーカスは手を上げた。だが、上げた手は震えていた。
「あなた……前へ」
と、彼女は手招きした。恐る恐る前へ出たリーカスに、ニホンの女性士官は歩くよう促した。
周囲をニホン兵に固められ、付き従った先はあの飛行場を見下ろす高台。
「…………?」
兵士と同じ服装をしてはいたが、周囲を幕僚達に取り巻かれたその男からは、戦場に身を置き、戦場で起こる全てを司る者としての迫力が漂っていた。幕僚の説明を受けながら、静かな目付きで飛行場の設営状況を見守っている恰幅のいい老人を、リーカスは半ば畏敬のこもった眼差しで眺めた。
「あれがニホンの将軍かね?」
「陸将は、あなたに会いたいと言っておられます」
女性士官は、足早に阪田勲 陸将に近付き、敬礼した。
「武装勢力の最上級者をお連れしました」
「ご苦労……」
と、その瞬間、阪田とリーカスとの視線が交錯した。阪田の圧すような眼光に怯みながらも、リーカスは声を振り上げた。
「わしは……わしは、軍人ではない!」
「……では、何だというのだ?」
「わしは一介の民間人だ。ただ最年長だから皆を代表したに過ぎない……!」
「……ふむ」
阪田は顎を撫でた。
「わしらは……これからどうなるのだ? わしらを殺すのか?」
「ノイテラーネに後送する。そこで、戦争が終るまでの間、過ごして頂く」
「人質か?……わしらは人質というわけか?」
「いや……捕虜だ。君らはそれ以上でも以下でもない」
そこまで言って、阪田は顎を杓った。「用はない、連れて行け」の合図だと、リーカスにはすぐにわかった。
悄然ともと来た途を引き返して行くローリダの老人の後姿を見送りながら、阪田は言った。
「ローリダ人も、人間だな。外目は我々と変わらん」
「同感です」
と、スロリア方面派遣艦隊司令 島村 速人 海将も頷く。再び視線の先を飛行場に転じ、阪田は言った。
「西岸にも橋頭堡を固めねばならん」
「では、我々も出撃ですか?」
「……上陸地点は飛行場付近……ゴルアス半島の付根が最適だと思うが、どうか?」
「ハッ……小官も同感であります。敵海空軍の勢力圏内ですが、やれるでしょう」
「自信はあるかね?」
「勿論」
「では、君とは暫しお別れだな」
「そうなりますね」
阪田は無言のまま、太い手を差し出した。その手を握り返し、島村は白い歯を見せ笑った。
「……では、お先に行かせて頂きます」
「わしの部下を頼む」と、阪田は不器用な笑顔を浮べる。それが、島村には微笑ましかった。
「一兵も損なわず、作戦を成功させて見せます!」
阪田は、大きく頷いた。再び視線を転じた湾内。そこからはるか彼方に望む水平線に浮かぶ船影に、彼は目を細める。
今日、まさに今この時に拠点に入港を果たしたばかりの船団――――それは、自衛艦隊の護衛を受け本土より移動してきた増強第2、第13旅団の将兵と、その装備を載せた事前集積船団の先頭だった。
今回の戦闘は終わった。だが反撃はまだ終わってはいない。
スロリア地域内基準表示時刻12月09日 午後1時33分 スロリア中南部 ゴルアス半島東岸
―――――――――――――――――――――――――
日本国内基準表示時刻12月09日 午後1時33分 SNNスタジオ
―――――「―――この時間は、番組の予定を変更しスロリア有事関連の報道特別番組をお送りしております。えー……ハン‐クットの谷崎さん、現地の様子はどうですか?」
『……ハイッ、ハン‐クットの谷崎です。私は今、PKF陸上自衛隊の宿営地が置かれている場所に来ています。御覧ください!……かつては見渡す限りに自衛隊の戦車で埋まっていた一帯も、寂しい限りです。このことからも、PKFが武装勢力の掃討に如何に全力を傾けているかがわかります』
「谷崎さーん……戦況について変化はありませんか?」
『……えー……現地PKF広報の発表ではPKF地上部隊はスロリア東方の武装勢力掃討作戦の大半を終了し、3500名の捕虜を得ました。PKFは補給と部隊の再編を終了し次第、東部へ進撃する予定であるとのことです。現在のところ、PKFに先刻発表された以外に死傷者は出ておりません。また、地上部隊の進撃を支援するという観点から航空作戦は今後も継続し、武装勢力の本拠に打撃を与え続けるとのことです』
「――――あー……谷崎さん、ちょっと待ってくださーい。今スロリア中部にいる間宮さんと衛星通信が繋がりました……繋がりますかー?……間宮さーん? 間宮さーん?……」
『ハイッ!……間宮です。私は現在、スロリア中部に上陸した別働隊と行動をともにしています。別働隊はすでに武装勢力の拠点一箇所を制圧。現在新たな上陸作戦の準備に入っています。こちらも司令部より移動許可が下り次第、上陸部隊に随伴し新たな戦域へ向かう予定です』
―――――――――――――――――――――――――
――――『はいっ……ご苦労様でした――――、次は官邸――――』
出番は、当分回って来そうになかった。クルーより身振りで告げられた撮影の停止を受け、間宮真弓は大きく背伸びをした。
「かったるぅ―――――……現地報道って、こんなにきつかったけ?」
「間宮さん、ご飯にしましょうよ」
「食べたくなーい……」
駄々をこねる真弓を他所に、クルーは遅い昼食の準備に取り掛かっていた。食事の内容はわかっている。「差し入れ」と称し、PKFの航空輸送網を使って本社から送り届けられてきたレトルトのカレーだ。
「まったく……自衛隊の補給ルート使って何やってんだか……」
「一個5000円のレトルトカレーなんて、初めて見るぜ」
「送料が原価の十倍というのも、すごすぎだよな」
軽口を叩き合いながらも、遠足にでも行ったかのような明るさを持ってクルー達は食事の準備を進めていた。不承不承、真弓も手伝おうと踵を反しかけたそのとき――――
「あの人たち……何?」
自衛隊員の監視の下、報道クルーからそう遠くない距離で食事を取っている、みすぼらしい身なりの集団を、真弓は訝しげに見詰めた。
「あれは、武装勢力の捕虜ですよ」
「へぇ―――――……」
そのとき、真弓の脳裏で何かが煌いた。
「あんたっ……カメラカメラッ!」
カメラ操作のクルーを急きたてると、間宮真弓は小走りに駆け寄り、一隅に集められ食事を取るローリダ兵たちにマイクを向けた。突然に近付いてきたカメラに、捕虜達の群れは騒然となる風でもなく、手を付け始めた食事もそのままに、胡散臭そうに真弓達を見上げるのだった。
「現在のご感想をお聞かせ願えますか?」
「…………?」
自衛隊より配られた戦闘糧食のコンビーフ缶にフォークを突き立てたまま、リーカスは笑顔でマイクを向けるニホンの女性を見上げた。警備の自衛隊員が声を荒げ真弓たちを征しようとするが、リーカスは手を上げて「大丈夫」という素振りを示し、彼らを納得させた。
「お嬢さんたちは、軍人かね?」
「いいえ、日本の放送局の者ですが……日本の視聴者に一言お願いできますか?」
「君の国にも、放送局というものがあるのか?」
呆然として、リーカスは真弓を見上げた。
「皆さん、兵隊さんですよね?」
「違う、わしゃあ映画監督だよ」
「映画監督が、何で武装勢力に参加しているんですか?」
「決まっとる。映画を撮るためさ。ところでさっきから気になっておったが……」
リーカスは顔を曇らせ、言った。
「武装勢力という言葉を使うのは、止してくれんかね。我々には、ローリダ共和国国防軍という明確な正式名称がある。我々は根無し草のゴロツキでも侵略者でもない……ローリダという国の明確な国民であり、軍人だ」
真弓もまた困惑した。だが、その困惑の種類がまた、リーカスのそれとは違った。
「……でも、我が国の政府は方針としてあなた方を国とは認めていないし……局の方針としてもあなた方のことを武装勢力として扱うことになってますので……それ言われると、こちらも困るんですよねぇ……」
「…………!」
真弓がさらっと口に出してしまった一言に、リーカスたちは驚愕のあまり顔を見合わせた。
自分達がニホン人に国として、そして外国人として扱われていないことに、彼らは捕虜となって初めて気付いたのである。
―――――12月9日、午後5時24分。PKF海上自衛隊 スロリア派遣艦隊主力は抜錨、揚陸艦二隻に計500名の隊員を便乗させ、後続の輸送船団と合流し一路西方へと針路を取った。その総兵力5200。ゴルアス半島西岸部に上陸作戦を展開し、敵地奥深くに新たな橋頭堡を築くことが彼らの使命であった。
そしてそれは待ち受けるローリダ海空軍と、日本海上、航空自衛隊との間で繰り広げられるであろう熾烈な海空戦勃発の序章であったが、この段階では両者とも、それを予期する術を未だ持っていなかった。