第一一章 「Strike Back」
スロリア地域内基準表示時刻12月08日 午前4時40分 スロリア中北部 ローリダ空軍前線飛行場「スルヴェス02」
交互に重なり合う、二条の矩形の空間。
その一条の半分を埋め尽くし、ルデネス-10四発爆撃機6機は出撃へ向け銀翼を連ねていた。
ルデネス-10は旧式化故その戦いの場はすでに本土を離れ、翼は植民地の空を舞っていた。それでもこれまでの戦争では敵地の遥か後方まで侵入し、爆弾の雨を撒き、有効な対抗手段を持たぬ敵を恐怖のどん底に突き落としてきたものだ。
――――そして、12月8日。
この日、フィリカス中佐率いるルデネス-10を運用する「ルグテリ爆撃飛行隊」は、再進攻作戦最初の航空撃滅戦において栄誉ある先鋒を担うこととなっていた。昨夜から夜を徹して行われた爆撃準備はつい三時間前に終わり、事前の作戦計画の確認をも経てフィリカス中佐を始めとする隊員全員は愛機への搭乗を果し、あとは指揮所の要員が発進を告げる信号弾を打ち上げるのを待つだけとなっていた。
四基のエンジン音の、逞しいほどに機内に響き渡る一番機の機長席から、フィリカス中佐は周囲を見回した。その一角、隣接する滑走路の駐機場では、同じくレシプロ推進式のギロ-10対地攻撃機8機が、轟々と回るプロペラも勇ましく試運転を続けている。その両翼下には、合計八発の対地ロケット弾と爆弾が二発。彼らもまた、この日の記念すべき出撃の日に備え、入念に整備を行ってきた部隊だった。さらにギロ-10に隣接する別の駐機場では、ジェット推進式のギロ-18戦闘機が攻撃隊の直援任務に備え翼を休めている。
今に見るがいい……ニホン人。
愛機の機長席で、中佐はほくそ笑んだ。ルデネスは確かにローリダ本国では旧型もいいところだが、文明の遅れた異種族との戦争では優秀な兵器となり得る。そのことを中佐自身も幾度かのフライトで実証している。
野蛮人の遥か頭上に爆弾の雨を降らせ、連中を恐怖に慄かせるかと思うと、優越感が頭を擡げてくるのを覚えずにはいられない。所詮、何処に住みどんなものを食べているのかわからないような下等種族が我々の正義を揺るがすような悪行を重ね、我々のような神に選ばれた高等種族に刃向かうこと自体、大きな間違いなのである。
おれはこの戦争でニホン人にたっぷりと爆弾をおみまいし、勲章を貰って故郷に錦を飾るのだ!
中佐には想像できるのだった――――故郷で盛大に執り行われる凱旋パレードで、特大に飾り立てられたオープンカーの後席に立ち、住民の歓呼の声を受ける自分の姿が。そしてその理想は、直ぐに手の届く位置まで来ているように彼には思われた。
その光景を空の一点に思い浮かべようと、視線を転じた瞬間―――――
『光……?』
最初は、流れ星かと思った。
白み行く空を背景に延びる一筋の光の矢は、流れ星と呼ぶのにはそれは余りに動きが遅く、落ちる角度が浅過ぎた。そしてそいつは、一直線に近辺の対空陣地の方角へと向かっていた。
「…………!?」
流れ星は、二つ……否、落下の途上で複数の光るものを花粉のように下へばら撒きながら、次の瞬間には凄まじい速度で対空陣地の上空を突っ切って行った。
――――直後
全身を劈く轟音!……対空陣地の直ぐ上空で凄まじい火花が咲いた。火花は連鎖的に広がり、その至近の地上に連なるあらゆるものを火柱に包んだ。
「何だ!? 何が起こった……?」
『敵襲!……敵襲っ!』
絶叫のような通信の直後、今度は向かい側の対空陣地が百雷に包まれた。基地の防空能力が一瞬にして奪われたことを、この瞬間に中佐は悟った。
「司令部、敵は何処だ? 敵は……?」
喉頭式マイクにが鳴り立てる中佐に、副操縦士のキャス大尉が蒼白な顔を向けた。
「隊長、脱出しましょう!」
「馬鹿な! そんなことできるか」
中佐が眼を剥くその間にも、大尉は焦る手でハーネスを解き始めていた。
「…………!」
あまりの事態に言うべき言葉を持たず、憤然としてそれを見詰める中佐。
その憤然こそが、彼の最期の記憶となった。
直後、飛行場全体を襲った複数の爆弾が発進直前の爆撃編隊の直上で炸裂し、中佐諸共その編隊を吹飛ばし大音響と共に燃え上がらせた。
スロリア地域内基準表示時刻12月08日 午前4時41分 PKF 日本航空自衛隊「β」攻撃編隊
『――――敵基地上空まであと20マイル』
AWACSからの報告を聞いた瞬間、北条の意は完全に決した。
「……編隊長より全機へ、只今より攻撃機動に入る」
『……ツー』
『スリー……』
『フォア』
『ファイヴ了解』
『シックス!』
列機より入る了解の合図。
そして次の指示が飛ぶ。
「全機散開……!」
後藤一等空尉の率いる第二分隊のF-15EJ二機が一気に増速し、北条たちの側面で横転の姿勢のままに機首を下げた。フレアーを撒き、翼端からベイパーを曳きながら急横転する二機のF-15EJの両ハードポイントには、計二発のJSOW―――Joint-Stand-Off-Weapon――――が搭載されている。敵の対空陣地破壊の切札がこのJSOWだった。
JSOWは対空砲火の射程外より地上目標を破壊するために開発された滑空式の誘導爆弾だ。弾体そのものは展張式の滑空翼を装備し、一度切り離されるや、既定の高度で自動的に滑空翼を展開、弾体は搭載するGPSおよび慣性誘導装置により、レーザー等の母機からの誘導手段に頼らずして自動的に目標まで誘導される。その射程距離は投射高度に拠るが、20kmから最大65kmと幅が広い。
目標上空に達した弾体は分離、内蔵していた多数の複合効果弾をばら撒き、レーダー、砲台、物資集積所など広範囲に分散した目標を破壊する。防空の厳重な地上目標を、それも広範囲に破壊するのにこれ以上打ってつけの兵器はないと言える。
――――北条三佐の編隊が薄い雲を隔てたその地平線の彼方に、顔を覗かせた敵航空基地を目視したときには、基地北方より侵入した後藤一尉の隊はすでに攻撃態勢に入っていた。
『―――――目標捕捉……投射ッ!』
直後、飛行場の一点に土色の花畑が咲いた。花畑は炎を吹き上げ、かつては高射砲や機関砲が居並んでいたであろう一帯を爆風の連鎖の中に飲み込んでいく。そして時間を置いて飛行場を挟んだもう一帯にも、JSOWの放った爆風は吹き荒れた。
反射的に、スロットルを開いた。次に下げた機首の向こう側では、土と緑の入り混じったスロリアの大地が急速に競りあがってくる。
HUDの投弾ピパーもまた、接近しつつある敵飛行場の全容をその中に収めつつあった。その中で上昇する速度表示ゲージと下降する高度表示ゲージとが、急速に反比例した数字を叩き出している。
そして戦術情報表示CRTディスプレイは、現在愛機が適正な爆撃針路に入っていることを教えていた。あとは爆撃コンピューターとHUDが爆弾投下のタイミングを電子音と投弾線の表示で教えてくれる。
敵機……?
飛行場に居並ぶ後退翼の連なりに、軽い驚愕を覚える。その内1、2機が滑走を始めていることに気付く……だが、もう遅い。
「ツー、爆撃コースに入った。目視間隔を維持せよ」
『カチカチ……』
と、続航する列機の杉本二等空尉は、無線スウィッチを数度押し「了解」のサインを送る。切羽詰っている時や操縦に集中したい時によく取られる手段だ。よほど緊張しているらしい、と北条は勘繰ってみる。その緊張も、もう一息の辛抱。
……そのとき、『ジー……』という電子音が北条のイヤホンを打った。それこそが、自らの抱える凶暴な荷物を大地に解放する合図だった。
今だっ……!
『――――――投下ッ!』
投下ボタンを押した。
そして……上昇。
エアブレーキ20パーセント……加速を制動し上昇しかけたコックピットの中で、引きずり込まれるかのようなGが北条と後席の松浦二等空尉に襲い掛かる。急激に狭まる視界。上昇に転じたイーグルの中で、二人は必死に耐えた。急激なG-スーツの膨らみは、二人の下半身を砕くかのような勢いだ。
『チャフッ……!』
と、呻くような松浦の声。離脱に転じた瞬間が一番対空砲火に狙われやすい。追尾してくるであろうSAMに備え、チャフやフレアーのような欺瞞兵装を発射するのは攻撃の常套手段のようなものだ。もっとも、敵にSAMのような高速攻撃機邀撃に必須の装備があれば……の話だが。
白みかけた蒼穹に銀色の雹を撒き散らしながら、イーグルはなおも上昇した。上昇しながら、ここで初めて北条は急に機体が軽くなったような感触に襲われる。イーグルとは、かくも軽快な上昇をする飛行機であったのか?……再び機を水平に戻した時には、すでに高度ゲージは27000フィートを示していた。
『ツー、接近する』
と、松浦二尉の報告に促されるまま振り向いた先には、同じく投弾を終え、張り付くように此方に接近する杉本機。その無事な姿に安堵を覚える間も無く、無線には次々とAWACS経由で他の攻撃隊に関する情報が入ってくる。
『――――ツー、投弾終了……』
『――――スリー……機銃発射!』
『スリー……退避しろ。あとはこちらがやる……』
耳に感じる限りでは、攻撃に参加した全ての部隊が優位の内に攻撃を進めているようだった。それに安堵よりも意外さを抱く北条がいた。敵の具体的な戦力が詳らかではない現状で、緒戦は苦しい戦いになる覚悟もしていたのだが……
『――――こちらフクロウ2、一機撃墜!』
その報告に北条は別の意味で驚愕を覚えた。フクロウと言えば「C」攻撃編隊の直援部隊ではないか。連中、上空で敵機と空戦をやったというのか?……それにはさしもの北条も同じファイターパイロットとして軽い羨望を禁じえない。
……やがて、攻撃を終えた僚機が続々と安全圏へと集ってきた。
『全機!……全機います』
と、松浦が弾んだ声を上げる頃には、北条もまた編隊を組み終えた全機の数を数え終わっていた。彼の目の前には、出撃した時と同じ6機のF-15EJが、出撃した時と同じ姿で彼の傍を飛んでいた。
『「B」編隊……偵察機より戦果を確認しました。全機無事ですか?』
「ブラヴォ ワン、異状なし」
『ツー……』
『スリー……』
『フォア……』
『ファイヴ!』
『シックス……!』
よかった!……やはり全機いる。胸を撫で下ろす間も無く、北条は聞いた。
「戦果を知りたい。あと他編隊の戦況も」
『「B」編隊は所定の目標を全て完全破壊したことを確認。アルファ、チャーリーも戦果を上げつつある模様……ご苦労様でした。「B」編隊の周辺に脅威は存在しません。速やかに給油機と合流してください。給油機との合流ポイントは―――――』
「…………」
AWACSから知らされた座標をINSコンソールに入力し終わると、北条は背伸びするように上空を仰いだ。彼の眼前で直援のF-15J四機が編隊を崩さず、上から圧し掛かるように接近して来るのが見えた。一発のミサイルも撃たず、一個の増加タンクも投棄しないまま帰還するのは、彼らの方では不本意以外の何物でもなかっただろう。
嘆息し、北条は命令を下した。戦果よりも、全機が揃って還れることの方が何よりも嬉しかった。さっきの任務に比べれば、空中給油などどうと言うこともない。
「編隊長より全機へ……これより給油機との会合ポイントに向かう。ご苦労だった……!」
「B」編隊は間を置かずして直援隊と合流し、そのまま給油機との会合ポイントへと、適正高度と経済速度を維持し向かって行った。
日本国内基準表示時刻12月08日 午前5時12分 東京 総理官邸
初日の攻撃作戦の成否を、神宮寺総理は防衛省からの電話という形で知らされた。
『……攻撃は成功です。スロリア東部より中部の制空権は完全にPKFが掌握しました』
と、柄になく弾んだ桃井防衛大臣の声にも、神宮寺は無感動だった。
「だが、地上軍を撃破しないことには問題の解決にならん。その点も含め、統幕より今後の展開についてレクチャーを受けたいが、いいかね?」
『……では、二時間後』と、桃井の口調もまた、次の瞬間には元の冷静な彼女のそれに戻っている。
「……うむ」
電話を切ると、神宮寺は会議室のテーブルに居並ぶ閣僚達を見回した。その何れもが、作戦の成否に対する不安とともに、緊張の色を浮かべ総理の出方を伺っている。
神宮寺は、言った。
「奇襲は成功だ。前線の敵空軍は壊滅し、敵は空の傘を失った。とだけ言っておこう」
途端、場が安堵の空気に包まれたかのようだった。胸を撫で下ろす、とはこういう時のためにある言葉なのだろう。だが、和みかけた会議の雰囲気の中でも、当の神宮寺本人の顔色は冴えなかった。
一人の閣僚が手を上げた。蘭堂官房副長官だ。
「我が方の損害をお聞きしたい」
「統幕に拠れば損害はない。出撃した全機が任務を終えて安全圏まで退避後、現在帰路に付いておるところだそうだ。だが……」
神宮寺は、苦い顔をした。
「……問題はここからである。わしとしては、PKFに損害を出さない形で戦闘を進めたい。もし戦闘が膠着化し、PKFの損害が広がれば国民は必ずや非戦に傾くだろう。国民を納得させるには、この戦いは当初の予定通りやはり今月以内に終わらせるのが得策だ。実際の戦闘は制服組の仕事だが、諸君らにも何か知恵を出して欲しい。それがこの戦争にあたり、わしが君たちに望むことである」
……二時間後、植草幕僚長を伴い入室してきた桃井防衛大臣を、神宮寺総理は無感動な表情とともに迎えた。
「今回の戦果はいい、まず今後の展望を伺いたい」
神宮寺と同じく硬い表情を崩さない桃井大臣に促されるまま、植草幕僚長は一礼し、口を開いた。
「この攻撃により、少なくとも二週間は、敵の前線飛行場は使用不能となるでしょう。その間空自は作戦の第二段階としてスロリアに展開する全攻撃機戦力を投入し、敵地上軍の指揮通信網及び補給網を破壊します。使用兵器は主にJDAM及び赤外線誘導爆弾。そしてASM-2G空対地誘導弾です。
JDAMはGPS誘導により自動的に弾道を修正し、目標への命中精度を高めた誘導爆弾であります。赤外線誘導爆弾は目標の発する赤外線を識別し、それに従い自動的に弾道を修正するタイプです。精度はJDAMよりもやや落ちますが、それでも地上目標の精密破壊に多大な威力を発揮するでしょう。
ASM-2Gは従来型のASM-2空対艦誘導弾を改良した空対地誘導弾でありまして、自律航法による飛行後、レーダー走査及び画像識別により目標を選定、終末誘導には誘導弾本体より送信された画像情報を元に発射母機より目標を識別、あらゆる妨害を排しこれを破壊する性能を持っております。いわば敵を見分ける眼を持ち、自ら思考する能力をも持ったミサイルです。
これら何れの兵器も、最大の利点は敵の対空砲火の射程外より投射でき、味方機の安全を確保できるようになっているという点です。また、これらの兵器は夜間及び悪天候下でも使用可能です。
第三段階は、PKF地上軍と協同した、敵地上軍に対する全面攻勢であります。味方地上軍の進攻に脅威となり得る敵地上部隊を迅速に捕捉し、これを撃破することに第三段階の主眼が置かれます。主な使用兵器は無誘導のナパーム弾及びクラスター爆弾。これらの兵器は広範囲に敵の地上軍を殲滅もしくは甚大な被害を与えることが可能です」
「第二段階の準備はどうなっておる?」と、神宮寺。
「すでに準備を完了し、第一次攻撃隊6機がノイテラーネの各空港より発進致しました。後続の部隊も準備終え次第発進させる予定です」
「第二段階完遂に要する期間は?」と、蘭堂。
「三日。」と、植草は端的なまでの口調で言った。
「現在の空自以外の部隊の状況を伺いたい」
「海上自衛隊スロリア派遣艦隊は、ゴルアス半島東岸に展開を完了いたしました。また、陸上自衛隊揚陸第一陣は橋頭堡の確保に成功。PKF地上軍総司令部も無事、揚陸地点に移設を終了しました。直ちに西進させ、敵「C」飛行場を確保させます。
スロリア東部のPKF地上軍本隊は、黎明午前五時丁度を以て前進。東部に於ける航空作戦の第二段階終了を以て、敵地上軍との交戦に入ります。それまでは本格的な地上戦はありません」
「……わかった」
神宮寺は大きく頷いた。そして……笑った。
「もう……後戻りは出来んな」
「そういうことになります」と、桃井。
神宮寺は秘書官を呼んだ。
「記者会見の予定時刻は?」
「午前九時に設定しております」
「番記者の連中、待ちわびていることだろう」
「はい、入り口に殺到しています」
「八時に繰り上げよう。何時やったところで、再放送してくれるだろうからな」
神宮寺らしいジョークに、場から笑みが漏れた。神宮寺は傍らの坂井官房長官を見遣る。記者会見の先頭を切るのは官房長官、戦況要約及び記者への応対は彼の口から行われるよう既に打ち合わせが為されている。それに続き神宮寺が行うのが、いわば「宣戦布告」の演説だった。
坂井官房長官が、「心得た」という風に頷く。それを見、神宮寺は言った。
「さて……坂井君と蘭堂君、そして桃井君以外の皆にはわしの宿題を解くことは勿論のこと、それぞれの省庁に戻りいつも通りの職務に専念して頂きたい。それこそが諸君らが今回の有事に臨む、あるべき姿であるとわしは考える。わかったかな?」
神宮寺は周囲を見回した。閣僚達は無言だったが、その視線は生き生きとして彼らのリーダーに集っている。
「……では、解散!」
「宿題……とは?」
と、散会する会議室の中で桃井が蘭堂に聞いた。蘭堂は少し考える素振りの後、言った。
「この戦争の上手い終らせ方を、考えて来い……と」
スロリア地域内基準表示時刻12月8日 午前5時38分 スロリア中部 ローリダ空軍前線飛行場「ロドナス03」
一体……何が起こったのだ?
飛行場……否、かつては飛行場と呼ばれていた荒涼たる一帯に、アティケナス‐サラ‐リーカスは呆然として立ち尽くしていた。
時間にして、わずか五分……発端は対空陣地から起こった複数の爆発だった。
複数と呼んでもなお足りないほどの爆発の連鎖の末、当初はあれほどの堅固さと規模を誇っていた防空陣地は跡形もなく吹き飛び、後には耕運機で耕されたかのようなクレーターの連なりが広がっていた。
だが、驚愕はそれでは終らなかった。
爆発は、直後に申し合わせたかのように飛行場のど真ん中で連続し、飛行場に居並び出撃命令を待っていた作戦機を地上員や地上設備ごと鷲の如き正確さと嵐の如き荒々しさで跳ね飛ばし、ぶち壊した。それに搭載していた爆弾の誘爆も加わり、あたかも古代の神が雷の矢を放ったかのごとき地獄が、この矩形の空間の上に現出することとなったのだ。
一体……何が起こったのだ?
再び、その問いとともに、リーカスは周囲を見回した。彼は老境にある者として他人より人一倍、世の中で様々なものを見聞きしてきた方だと自分では思っていたが。これほど衝撃的で、わけのわからない光景を彼は知らなかった。
未だ燻り続ける、かつては第一線の作戦機だったものの残骸の山から、リーカスは反対方向の滑走路に視線を変えた。荒地を整地して造った飛行場は、始まりから端に至るまで、今やそのど真ん中に複数の穴を穿たれていた。決して狙いを外したというわけではなく、滑走路に穴を穿ったことの意図が、飛行場を使用不能にする意図に基づくものであることは明らかだった。
その光景を眼にしたとき、彼はこれが天災でも神の罰でもなんでもなく、敵の爆撃によるものであることに思い当たった。
「…………!」
彼は思い出した。爆発の間際、薄く垂れ込める雲の向こうから、ジェット機らしき鈍い金属音が聞こえたのを。当初は道に迷った友軍機だろうと誰もが思った。それを怪訝に思った基地の士官が、ノドコールの空軍作戦本部に照会しようとした矢先に、「爆撃」は始まったのだ。
……だが、これほどの惨事にも関わらず、リーカスたち映画取材班は殆ど無傷だった。
彼ら取材班のテントが基地からかなり離れた一角にあること。撮影クルーの一人が寝坊し、撮影に必要な機材の搬入準備が大幅に遅れたことが幸いした。そして爆撃の手は出遅れた彼らのところまで及ばず、敵は有力な航空施設のみに攻撃の手を絞ったのである。
だが、その敵の姿を、リーカスは一機たりとも見たことがなかった。
しかし敵?……敵とは誰だ? 一体誰が、こんな恐ろしい攻撃を仕掛けてきたのか?
それを考えたとき、立ち尽くすリーカスの顔から、次第に血の気が失われていった。
「ニホン……!」
状況から考えて、彼らしか有り得なかった。ニホン人……あの野蛮人は我々の知らない何か途轍もない方法を使って、何か得体の知れない新兵器を以て我々の基地まで接近し、このように攻撃を仕掛けてきたというのか?
「おやじさぁーーーーーん!」
秘書兼折衝係のトムナス‐ファ‐ラーガが、息せき切って駆け出して来た。
「何処探しても全然駄目だぁ……どうやら俺たち以外、全滅みたいですよ」
やがて、ラーガに続き彼と同じように探索に出ていた全ての撮影クルーが絶望した顔もそのままにリーカスの傍に集ってきた。彼等がラーガと同じ事を、自分のボスに伝えたくない気持ちは、リーカスには痛いほど判った。
「やはり……ニホン人が攻撃してきたのだろうか?」
と、悄然とするリーカスに、ラーガが声を荒げた。
「そんな馬鹿な。彼らには碌な飛行機もないそうじゃないですか?」
「でも、現にこうやって攻撃してきたじゃないか! しかも、もう滑走路は使えない! おやっさん、これは計画的な航空攻撃ですよ。やつら、俺たちの知らない何かすごい兵器でも持ってるに違いないんだ!」
「憶測でものを言うのは止めんか!」
と、リーカスは目を剥いた。
「……どっちにしろ、わしらがここで孤立したという事実は動かん。このまま救援を待つか、それとも自力で後方まで行くか……それを決めねばのう」
「あっ……!」
と、クルーの一人が山際を指差した。轟音を立てて見る見る接近してくる四機は、味方機の機影をしていた。それがリーカスたちを安堵させた。
「友軍機だ」
「今更来ても、遅いんだよ」
ラーガが吐き捨てた。だがそれに反駁する者はもはや誰もいない。飛行場の上空を低空で航過していく二機を目で追いながら、リーカスは放心したように呟くのだった。
「これから……どうなるのだろうなぁ……」
スロリア地域内基準表示時刻12月8日 午前5時50分 スロリア中部 ローリダ空軍前線飛行場「ロドナス03」上空
山を乗り越えた先には、かつては飛行場だったであろう荒涼たる大地が広がっていた。
建物や作戦機から燻る煙はどす黒く、竜巻のように延々と立ち上っている。銃弾でも撃ち込んだかのように飛行場に穿たれた複数の大きな穴は、一定の間隔を置き離陸を妨げるかのように、規則的なまでに並んでいた。
『隊長っ……!』
列機のクラス中尉が叫んだ。
『……一体、何が起こったのでありますか?』
「…………」
操縦桿を握る手を震わせながら、ギュルダー‐ジェス大尉は、レデロ-1のコックピットから眼下の惨状に視線を巡らせた。眼下で何が起こったのかを彼は知っていたが、それを表現すべき言葉を彼は持たなかったのである。
「こちらラヴァス01、基地は……壊滅した。繰り返す。基地は壊滅……!」
『……サン‐グレスよりラヴァス‐リーダーへ、状況を詳細に……』
「これ以上何を話せと言うんだ? 壊滅……文字通り壊滅だ! 何もかも残っていない」
それでももう少し詳細を確認しようと、ジェスは高度を下げた……ちょうど、防空陣地跡に差し掛かったところで。
「…………!」
複数の弾幕がいきなり眼前に湧き上がってきた直後、ガンガンガン!……という衝撃をジェスは感じた。反射的に開いたスロットルに任せるまま、レデロは高速で陣地上空を突っ切った。
誤射……!?
『大尉っ!……エンジンに被弾! 出力低下っ!』
「クラス! 機首を上げるな、失速するぞ」
巡らせた視線から、ジェスは自機の主翼に穿たれた二、三の弾痕を認めた。幸い、飛行そのものには支障なさそうだ。
だが……列機はどうか?
上昇に転じたレデロのコックピットから、地上を這うように飛ぶクラス機がエンジン部より勢い良く白煙を噴出しているのを認める。エンジンに損傷したついでに滑油タンクまで撃ち抜かれたのかもしれない。
「…………!」
ジェスは我が目を疑った。次の瞬間、クラス機は上昇に転じた。あの若いパイロットは経験豊富な隊長の言葉よりも、この恐るべき場所から離れたいという、いわばその場限りの生存本能に従ったのである。
「ばかっ……!」
低い声で、ジェスは叫んだ……そして次の瞬間。
『こちらレヴァス2、操縦不能!』
次の瞬間に来る錐揉みをジェスは想像した。しかもこの低高度では回復動作をすることも叶わない……もちろん、脱出も。
「クラス……!」
大地に叩き付けられ、土色の煙を噴き上げる列機を、ジェスは呆然と見下ろしていた。
ローリダ領ノドコール国内基準表示時刻12月8日 午前7時17分 旧首都キビル郊外 ノドコール駐留軍総司令部
エイダムス-ディ‐バーヨ大佐と植民地空軍司令官サルフ‐サラ‐ゴティアムス中将を乗せた車がノドコール植民地駐留軍総司令部の正門を潜ったとき、その豪奢な建築物は、蜂の巣をつついたような混乱に包まれていた。
大佐が異変に気付いたのは、サン-グレス飛行場は植民地空軍作戦司令部の指揮所に足を踏み入れて二時間後の午前四時三〇分を過ぎたあたりだった。それまで何の瑕疵なく稼動していた前線方面への通信網が突如途絶し、その後は死体のような沈黙を残すのみとなったのである。
「故障か……?」
「わかりません……回復を試みているのですが……」
「作戦発動直前になって、これとは……」
と、バーヨは苦い顔をしたものだ。植民地軍の作戦参謀が、いじけ切った顔で弁解する。
「申し訳ありません大佐。こういうことはいままでには在り得ないことだったのですが……」
「…………」
そのバーヨ自身も、最初は機械的、もしくは人為的なトラブルかと思った。そしてこれらの混乱は迅速に収拾され、第一次航空撃滅戦は何の苦もなく行われるだろう……とも。
だが午前四時四二分、訓練のためサン‐グレスを出撃した二機のレデロ-1が、ゴルアス半島方面に位置する前線飛行場「ロドナス3」付近で消息を絶った。そのとき、パイロットが通信を絶つ直前に残した言葉が、司令部の疑念を決定的にした――――実はそれは、PKFの航空作戦において「C」攻撃編隊の直援に当たった第203飛行隊のF-15Jが、AAM-4中距離空対空誘導弾を以て上げた空中戦における最初の戦果だったが、この時点で彼らにそれを知る術はなかった。
『――――大変だ!……飛行場が――――』
その直後に、疑念は広がった。
サン‐グレスでは「あくまで念のため」各飛行場につき二機、計6機の戦闘機を出し、各方面への偵察及び連絡任務に当たらせた。ときに午前五時〇三分。このときはじめて、空軍司令部は漸く事態を把握するに至ったのである。だがその事態というのが、彼らにはあまりに信じ難いものであった。
全飛行場が航空戦力諸共壊滅、それも三つ全て同時に……!? しかも偵察飛行の際、生残っていた対空陣地に敵機と誤認され、二機の味方戦闘機が撃墜されるという醜態すら演じられた。
衝撃は、たちまち植民地軍司令部にまで達した。
「ばかな……信じられん」
就寝中を起こされた駐留軍参謀長 ノイアス‐ディ‐ファティナス中将は、受話器を握る手を震わせ、絶句した。
「直ぐに会議を招集しろ。それとグラス閣下にはすでにこのことを伝えたのか?」
「それが……」と、電話の向こうで副官は苦い顔をした。この事態にもっとも指導力を発揮すべきノドコール駐留軍総司令官ナタール‐ル‐ファ‐グラス大将は、このとき実はキビル郊外の高級住宅地に託っていた愛人宅に入り浸っていたのである。しかも彼は、この住所と連絡先を司令部の主だった幹部には誰にも教えていなかった。
バーヨが車を降りたとき、植民地軍司令部の入り口では肩章を付けた高級士官が慌しく行き交い、本部と各地の部隊とを結ぶ通信室では怒声すら飛び交っていた。
『何故前進命令が出ない? 航空支援はどうなっている?』
『補給所が破壊された! これでは戦闘に耐えられない。指示を請う!』
「――――第二五砲兵大隊、通信途絶!」
「……第五補給所とも通信が繋がりません!」
「第112通信局、沈黙しています!」
居ても立ってもいられず、バーヨは通信隊司令に歩み寄った。
「一体、どうなっている?」
「東部の補給施設及び通信施設が次々に沈黙しています。あれを御覧下さい」
と、司令は部屋の戦略地図を指差した。地図の中のスロリア東部。かつてはそれら後方支援施設が点在していた箇所には、通信が途絶したことを示す×印が増え、それは決して元に戻ることは無かった。
「これは……!」
と、バーヨは絶句する。この状態が続けば東部に展開した部隊は各所で連携を寸断され、孤立してしまうだろう。
だが、前線の空軍が壊滅してしまった現在、空軍にそれを阻止する能力は残されていなかった。第一、サン‐グレスからこの東部まで進出し、空戦可能な航続距離を持つ戦闘機をローリダ空軍は保有していない。
混乱の続く通信所を後にして、バーヨは上階の作戦司令部に急いだ。だが、司令部の衛兵はバーヨが本国の参謀と知るや手を上げ入室を制する。
「何故だ? 私は総司令部の参謀だぞ。何故入れない?」
「ファティナス参謀長閣下のご命令です。入室はご遠慮ください」
「私は司令部付きのロート大佐だが、彼は私の知り合いだ。私に免じて許してもらえないか?」
と兵士の前に進み出たのはセンカナス‐アルヴァク‐デ‐ロート大佐だった。申し訳無さそうに会釈するバーヨに、ロートは先に部屋に入るよう勧める。
「なあに……困ったときにはお互い様です」
司令部では机に広げた地図を前に、参謀長ファティナス中将が蒼白な顔を硬直させていた。同じく顔を引き攣らせる参謀達の中で、ロートとバーヨの姿を認めたミヒェールが、ロートと視線を交わした。
「何を考えているんだ大佐? 部外者は通すなと言っただろう!」
と声を荒げたのは、保安参謀リタテル‐ル‐ホージ大佐だ。それを意に介する様子を見せず、ロートは地図に眼を凝らす。バーヨが見たところ、地図の表す現状は、通信室にあったそれと変わり映えしない。
その地図を一瞥した途端に、ロートは言った。
「参謀長、前線を下げるべきです。空軍の体勢が整えば何時でも反撃できます」
「小官もロート大佐に同意見です。ここは一旦後退し、体勢を整えるべきです。前線との通信が確保できる今の内に……!」
と、バーヨ。
……そして、ミヒェールもまた二人と同意見だった。このまま放って置けば、前線は混乱の内に崩壊する。それを口に出さないのは、参謀見習という自分の肩書きがこの場で意見を言う立場にないからだ。
「……私一人の一存では決められん。ここは司令官閣下の意見を伺わないことには」
搾り出すような声は、参謀長の苦悩を表していた。だが、ここでは誰かが決断を下さねばならないはずだ。この場で最高位にある誰かが。
ロートは、怪訝な顔をミヒェールに向けた。
「司令官閣下は……?」
「それが……未だ所在が掴めなくて……」
と、ミヒェールは困惑した顔を隠さない。ロートは再び聞いた。
「この状況を本国は知っているのか?」
「…………」
ミヒェールは言葉を失っていた。そのことに、ロートの顔からも一切の余裕が失われたかのようだった。
「……参謀長のご命令です。司令官閣下のご指示を仰ぐまでは本国にも伝えるなと」
と、囁くような声で彼女は教えてくれた。
「バーヨ大佐」
と、ロートはバーヨに向き直った。
「本国の空軍はどれくらい時間があれば増援を動員可能ですか?」
「小官が話をつければ、今日中にはもう一回攻勢に出られるだけの戦力が揃えられるだろう。増援は早い方がいい」
「参謀長、これを本国に報告すべきです、今直ぐに……! そして増援を仰ぎましょう」
ホージが眼を剥いた。
「出過ぎたことを言うな。アルヴァク‐デ‐ロート! たかが一無任所参謀ごときが口を差し挟むな」
「では、貴官の意見を伺いたい。この現状に際し、的確な対処案を貴官はお持ちなのか?」
「キズラサの神の御威光の下、正義の旗を掲げて向かう先に何の障害があろうか! 前進あるのみだ!」
「…………!」
唖然として、ロートと年の変わらないこの参謀を見返したのは、ロートだけではなかった。
「何だ? 一体何が起こったと言うのだ?」
と、副官を伴い割れ鐘のような声を響かせて入ってきたのは、まさにこの場の少なからぬ数が待望していた人間だった。作戦司令部に足を踏み入れた駐留軍総司令官ナタール‐ル‐ファ‐グラス大将は相変わらずふんぞり返ってはいたが、かえってそれはこの場に必要ない虚勢のようなものを、その場の少なからぬ人間に思わせた……あたかも、何か重要なことを誤魔化しているような。
「参謀長、状況を報せろ」
と、状況を知らされるまでも無く彼自身戦況地図に目を凝らすや否や、大将はこめかみに青筋を走らせてファティナスを怒鳴りつけた。
「これはどういうことだ? 何故空軍は動いていない!?」
「その空軍が壊滅したのです。閣下」と、バーヨが口を挟んだ。
「何……?」
ファティナスが色を為して言った。
「申し上げます閣下、早朝四時未明、ニホン軍の先制攻撃により、我が軍の前線飛行場は全てその機能を喪失いたしました」
「全てか?……全て全滅したのか?」
「全滅も同じです。閣下」
「…………」
言葉を失い、あんぐりと口を開けたまま参謀長を見据える大将に、バーヨは言った。
「閣下、まだ時間はあります。直ちに前線の部隊を後退させ、本国に報告を!」
「後退だと……?」
頷いたバーヨを、グラスは怒鳴りつけた。
「後退?……それは出来ぬ!」
「遅かれ早かれ、いずれこれは司令部の知るところとなります。ならば早い方がいい」
「そんなことはできない。ここで後退したことが本国に知れてみろ。本職の立場はどうなる? 君らは外野だからそう好き勝手なことを言っていられるのだ! 我が地上軍は必ずや混乱より立ち直り、ニホン軍を撃破するだろう!」
「…………!」
今度は、バーヨが絶句する番だった。出すべき言葉を失ったバーヨを無視し、グラスは空軍司令官のゴティアムス中将を睨み付けた。
「空軍司令官、サン‐グレスの空軍戦力は?」
「ハッ……レデロ-1の戦闘飛行隊が一個、ギロ-18の戦闘攻撃飛行隊が二個であります」
「制空権は確保できるのか?」
「それは……現状ではわかりません」
「わからない!? なぜわからんのだ?」
「現在我が軍の保有する作戦機の性能では、サン‐グレスよりスロリア中部以西の制空権までしか確保できないのです。前線基地が壊滅した現時点で、それ以東の作戦行動は保証しかねます」
「だがニホン軍の戦闘機はやすやすと我が軍の警戒網を突破し、長駆我が軍の前線飛行場に攻撃をかけて来たではないか? そもそもニホンには、まともな空軍など存在しないはずではなかったのか? バーヨ大佐!」
「確かに……仰る通りではありますが……これは、我々の観測が間違っていたと言うしかありません」
バーヨもまた、自らの不覚を認めるしかない。だが、彼は謙虚なるが故に植民地軍司令官の不興をさらに買う形となった。
「この無能者をここから叩き出せ! 今後、作戦企画に一切触れさせるな!」
バーヨに指を突きつけ、グラスは叫んだ。すかさず、ホージがしたり顔でグラスに言う。
「バーヨ大佐を作戦司令部に招じ入れたのはアルヴァク―デ―ロート大佐であります。彼にも相応の罰を与えませんと」
「…………!」
絶句したのはロートではなかった。今度はミヒェールただ一人が、その丸眼鏡の奥に隔意溢れる光を溜めてホージを睨みつけていた。
「そうだな……ロート大佐、別命あるまで謹慎でもしているがいい」
抗弁しようとするロートを、バーヨが止めた。
「……ロート大佐、行こう」
「しかし……」
戸惑うロートに、バーヨは語りかけた。
「ここにはもう、我々の居場所は無い」
幕僚達に背を向け、入り口まで歩き出した二人の後姿をミヒェールは目で追っていたが、やがて彼女もまた、意を決したかのように後を追った。だが、ロートは振り向きざまにそれを制した。
「君は残れ。責を負うのは我々だけでいい」
「大佐……」
ミヒェールは立ち止まった。そのとき真の軍人らしい命令を、彼女はロートの言葉に聞いたように思った。