第九章 「開戦前夜」
日本国内基準表示時刻11月20日 午前0時7分 長崎県佐世保 高崎岸壁
それは、通常ならば在り得ない光景だった。
かつては「日米同盟」の名の下、在日本アメリカ海軍の占有状態にあった高崎岸壁は、今や三隻の輸送艦艇の、舳先を並べる処となっていた。この日の午後三時――――三隻がその提携港たる広島県呉より入港を果たした直後――――に開始された物資の揚収作業は真夜中となった現在に至るまで続き、ここから直線距離にして50キロメートル余り離れた大村より続々と到着する車両や装備、そして人員を飽きることなく飲み込んでいた。
全通した上甲板と、煙突と一体化した右寄りの艦橋を持った艦といえば、海上自衛隊には二種類、計五隻しか存在しない。その内二隻は「ひゅうが」型ヘリコプター搭載護衛艦。後の三隻は海上自衛隊最大級の艦艇、「おおすみ」型揚陸艦だ。
揚陸艦「おおすみ」型は、「転移」前の国際情勢の変化から沸き起こった海外派遣及び災害派遣に対するニーズ、そして陸自装備の大型化に対応する形で建造された大型揚陸艦である。
その最大の特徴は、やはり全通甲板を採用したことに起因する航空母艦を思わせる特異な艦型だ。前半部を車両甲板、後半部を航空甲板と二つに区切られたそれは、従来の制限に囚われない柔軟な物資の積載と運搬を可能とした。ただし、その上甲板は空母のように固定翼機の運用能力を持たない。
輸送人員の居住施設、車両格納庫など艦内の物資積載施設は艦前方に集中しているが、それはまた「おおすみ」型の持つもう一つの特徴を言い表していると言える。「おおすみ」型揚陸艦は、Landing Craft Air Cushion――――通称LCAC――――と呼ばれるホバークラフト型揚陸艇を二隻艦後部に搭載し、一切の揚陸作業はこれを以て行うようになっているのだ。LCACはその特性ゆえ凡そ世界中に存在する海岸部の七割に上陸可能とされ、不整地への強行上陸に威力を発揮する。
――――その「おおすみ」型二番艦 LST-4002「しもきた」の兵員居住区。
いち早く物資と人員の揚収作業を終えたこの艦では、迫る出港の刻に備え、乗艦した西部方面普通科連隊の隊員達がすでに就寝に入っていた。
西部方面普通科連隊は第一空挺団と並び、有事の際の、緊急派遣部隊的な性格を有する精鋭部隊であり、指揮官から曹士に至るまで粒よりの精鋭を揃えていたが、未だ見ぬ土地で待つ只ならぬ将来を予感してか、隊員の多くがなかなか眠りに就けないでいるようであった。照明の落ちた居住区からは、蚕棚のような寝台の中で誰もが毛布に身を包みながらも、溜息や歯軋りの他、ヒソヒソと会話を交わす物音、なにやらぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。そうした彼らの心中を察してか、普段は口やかましい巡検の陸曹も、ただ室内を一瞥し足早に立ち去っていくのみだ。
――――その寝台の一角。
下段の長田 勇一等陸士が、上段の城 武陸士長に話しかけていた。彼らは高校時代から先輩後輩として付き合いのある間柄だった。
「ねえ先輩……?」と、長田一士。
「何だよ……?」と、城 士長。
「おれたち、このままスロリアに行かされるって話だけど、本当ですかね?」
「ああ、そうだろうよ」
「ああそうだろうって……俺、来年結婚する予定なんですよ。向こうで死ぬのは御免ですからね」
「だから何だ。俺は今年離婚したばかりだ。もう何も捨てるものなんてないさ。もし向こうで死ねば、忌々しい慰謝料からも解放されるからいいやな」
「そんな……俺、国に帰って子供も作る予定なのに」
「ガキを作るだぁ?……小銃とでもヤッてろやボケ」
「やっぱり……家族持ちって、有事に弱いですね。俺なんてめっきり……」
「いや……そうでもないよ」
「え……?」
「どんな漫画にだって、主人公には守るべきものがあるじゃあないか。だから主人公は強いんだ」
途端に、上段が明るくなったように城には感じられた。
「そ……そうですよね」と、上段からの声は明らかに弾んでいる。
「そうともさ」と、守るべきものを失くした男は、天井をぼんやりと見つめながら言った。
――――そして、別の区画の寝台。
先程から続く奇妙な寝台の軋みに、下段の高津 憲次 三等陸曹が声を上げた。
「コラ、せんずりなら便所でかけ。喧しくてかなわん」
「す、すいません……」
下段から凄まれた山崎 徹一等陸士が恐縮する。山崎と高津は教育隊時代から新入隊員と教班長の間柄として面識があった。そして今年、二人はたまたま同じ部隊に配属されたのだ。
「……震えが、止まらないんです」
「何だ?……風邪でもひいたか?」
「違います。その……自分は、怖いんです」
「怖い……? 未だ敵地に乗り込むのも本決まりじゃないっていうのにか?」
「やっぱり……敵地に乗り込むんでしょうか?」
「……さあな。でもなあ山崎よ」
神妙な顔を、高津はした。こんな真面目な顔を、かつての教え子には見られたくなかった。
「男なら、誰もが一度は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たなきゃいかん。男の人生は遅かれ早かれ、そうなるように出来ている。だからもう考えるのは諦めろ。そのときにならなきゃどうにもならん」
まあ、何とかなるものさ……という言葉を、高津は喉に出しかけ、飲み込んだ。あのクルジシタンの、四六時中銃火の交錯する街角に身を晒し続けた歴戦の勇士である彼ですら、今度始まるであろう戦争からの生還には、確証が持てなかったのだ。
「……」
不意に、上段が静かになった。急に不安に駆られた高津は、また声を上げた。
「山崎?……どうした?」
「……すいません……じゃあ、諦めます」
「オウ……そうしろ。諦めろ」
「一等陸士 山崎 徹。悩むことを止め、たった今からせんずりをかきますっ!」
「だから便所行けつってんだろ。タコ!」
――――LST-4002「しもきた」艦橋。
地元地方紙の取材班に割り当てられた幹部専用の部屋で、間宮 真弓らをはじめとする|SNN《サンケイ‐ニュース‐ネットワーク》の取材班は、帰り支度を始めていた。
「間宮さん……?」
「…………」
「間宮さんってば」
「……何よ?」
「もう、地方の仕事には慣れたでしょう?」
躊躇いがちに問いかける取材クルーを、真弓は仏頂面で睨み返した。
元々は本店の局アナだった真弓が、上司と不倫騒ぎを起こして出向の形で系列の地方局に飛ばされて、すでに二ヶ月は過ぎていた。そうした過去ゆえか、真弓は自分の属する組織と、自分自身の現況に対し鬱屈した思いを抱えており、それは今でも晴れそうにはなかったのだった。だが傷心の身ではあっても、そして地方に在っても、局の仕事は容赦がない。本店が必要とする取材でも特にきついものは、地方のような下請けに押し付けられる傾向にある――――その日の取材も、その種の下請けであった……はずだった。
そして昨日の午後から今時分にかけて、自衛隊の「転地訓練」の取材に懸かりっきりだった真弓たち取材班は、所定の取材を終えこれから社に戻り、夜を徹して取材記録の整理に取り掛かるところだった。だがテレビカメラを収める内、自分達が苦労して取材した全てを、本店ではゴールデンタイムの報道番組で散々カットした挙句に、何の苦労もしたこともないような同期の局アナがしたり顔で、さも自分の手柄であるかのように自論を滔々と述べるかと思うと、真弓としては発狂したい気分にも襲われるというものだ。しかも彼女の方が、同期の中では「男食い」として局内でも有名な存在だったのに……!
頭に血が上って来るのを、真弓は感じた。思えばその喧嘩っ早さが、上司に煙たがれたが故の地方出向だったのかもしれない。だが今思い返してももはや詮無いことだ。
――――そのとき
コンコン……コンコン。
ノックに応じてドアを開けた先には、カート一杯に荷物を抱えた局員がいた。訝る真弓に、局員は困惑したかのように笑いかけた。
「これ、デスクからの贈り物です」
「デ、デスク……?」
局員達はそう言うとそそくさと立ち去っていく。それを呼び止める間も無く、大きな鞄の中からけたたましい電子音が鳴った。その電子音を、真弓は新入社員研修の際聞いたことがあった。同じく残ったクルーと協同して鞄を開け、その中にあるものが予想通り、衛星アンテナを利用した通信機であることに愕然とする。今度は何処かの外国にでも取材に行けとでも言うのか?
意を決し、真弓は送受話器を取った。通話可能を知らせる電子音の後、送話器は強引で倣岸不遜なデスクの濁声を真弓の耳に響かせた。
『……よかった、時間通りに到着したんだな』
「ちょっとぉデスクぅ……何やってるんですか!? 無駄に衛星電話回線使わないでくださいよぉ。通話料高いんだから」
『お前達、滞在は延期だ。防衛省には本店を通じてもう許可を貰っておいた。船旅を楽しめ』
「ちょっとデスク!? 聞いてないですよ。そんなの」
デスクは声を潜めた。
『お前達ようく聞け、今夜からきっかり一週間後、お前達は歴史的瞬間に立ち会うことになる』
その瞬間、真弓は自分の心臓が凍りつくのを感じた。
「デスク?……それってまさか……」
『そうだ。そのまさかだ。防衛省にいる大学時代の友人から掴んだ情報がソースだから間違いない』
「…………」
『どうだ?……嬉しいか?』
「それ……ちょっと微妙」
『戦争は間違いなく始まる。そして今現在、お前たちが乗り組んでいる輸送艦は、間違いなく反攻作戦の先鋒となる。今の内に衛星電話の調整を念入りにやっておけ、外洋に出て暫くすれば、無線封止ですぐに使えなくなるぞ。特に間宮、おそらく一週間後、系列テレビ局の報道特番にお前の顔がでかでかと映し出されることになるから心の準備をしておけ。わかったか?』
「…………」
『返事は? 声が小さいぞ!』
「わかりましたぁっ!」
『グッド・ラック』
ガチャ……プー・プー・プー……
「間宮さん……」
二人の会話を聞いていたクルーが、蒼白な顔を真弓に向けた。回線の切れた送受話器を握り締める手もそのままに、真弓は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「本当に、始まるんだ……」
日本国内基準表示時刻11月21日 午前3時17分 新潟県 陸上自衛隊高田駐屯地傍 幹部用官舎
昨夜の、ちょうど一一時に布団に潜り込んで以来、佐々 英彰は眠りに付くか付かぬかのうちに夜を過ごした。
まどろみかけた目で目覚まし時計を睨み、ちょうど設定時刻の三時直前に針が達しかけたのを眼にした瞬間、延びた手がスウィッチを切った。目覚まし時計が鳴り出すまでに起きることが出来たのは都合が良かった。布団から起き出し、何気なく見遣った隣の布団では、妻の良子が子供のような寝息を立てていた。その寝顔に胸を撫で下ろし、佐々はそっと寝床から抜け出した。
普段駐屯地に出勤するのと同じ作業服を着込むと、手早く身繕いを済ませた佐々は子供部屋へ続くドアを開けた。ベッドの中で悠太郎と暁子、ともに小学生の二人の子供は、布団を蹴飛ばした寝姿と、そして無邪気な寝顔で自衛官の父を迎えた。
布団を掛けてやりながら、佐々は手を延ばし二人の頬に触れる。暖かさと柔らかさの調和が、彼の分厚い掌の中で踊っていた。それが、父親の顔を綻ばせた。
ふと、背後に人の気配を感じ、佐々は妻が起き出した事に気付く。そして振り向いた先で、妻の良子は暖かい笑みで彼女の夫を見守っていた。
「……ご飯、用意しますね」
「いや、直ぐに行かなきゃあ……」
「空港まで送って行けないの?」
「遠足じゃないんだから……」と、佐々は苦笑する。
入り口でたっぷり時間を掛けて長靴を吐き、サンドバッグ状のホールドオールを肩に提げた。それが彼の、旅立ちに臨む出で立ちだった。
「子供達のことを、頼む」
「すぐに……帰って来れるのよね?」
その言葉に、口に出すことすら躊躇うような響きを佐々は感じた。今回の出張はあくまでスロリアへの転地訓練であり、先週に彼の率いる第2普通科連隊に下った命令の内容も、それに準じたものであった。
だが……現在となってはそれを信じる隊員もいないし、彼等の家族もまた、「転地訓練」という彼等のスロリア展開の名目を間に受けていない。隊員の家族の中には、彼等の身を案じる余り、説明責任を求めより上級部隊の司令部まで掛け合いに行く者もいると聞く。
良子は、歩道に面した入り口まで送ってくれた。それでも途中、手紙受けにぎっしりと詰った黄色い反戦ビラが眼に入ったとき、佐々はさすがに苦々しい顔を隠せなかった……警察は巡回を強化すると約束してくれたのに。
「……じゃあ、行ってくる」
「あなた……しっかりね」
何気ない一言であったのかもしれないが、良子の言葉は佐々には重く響いた。何よりも、まっすぐに自分を見詰める彼女の凛とした瞳が、それ以上を彼に語りかけていた。
妻はやはり判っている。自分が死地へと赴くことを。
暫く妻と視線を交わし、佐々は頷いた。そしてもう妻を振り返らなかった。
普段なら車を使う道を、佐々は歩いて行った。妻に送らせることで余計な負担を掛けたくなかったし、旅立つ前にじっくりと、日本の土を踏みしめておきたかった。幸い、集合時刻までは時間がある。新聞配達のカブと行き会い、ジョギング中の若者と擦れ違い、駐屯地の広大な敷地に接する歩道を歩く内、一台のクラウンが佐々の傍で速度を落とし、止まった。
「連隊長、お乗りになりませんか?」
第2普通科連隊の先任陸曹 大山 寿信曹長が、開いた窓ガラスから顔を覗かせていた。口数が少なく、口を開いたとしても無愛想なこの歴戦の勇士の好意が、上官に対する心服に拠るものであることを佐々は知っていた。
佐々が頷き、後部座席に身を滑らせると、車は再び走り始めた。
「昨夜は、よく眠れましたか?」
「ああ……」
そこまで言って、突然の睡魔が生欠伸となって佐々に襲い掛かった。訝しげな眼と共に、大山は佐々を見遣る。付けっぱなしのAMラジオが、混信交じりでも明瞭に早朝のニュースを流していた。
『―――――スロリアを不法占拠する武装勢力の行動は一層に活発化しており、一連の陸上自衛隊の転地訓練は、それらの脅威に対処する意味合いもあるものと思われます――――防衛省の発表に拠れば、訓練期間の満了とともに部隊は順次本土に撤収する予定―――――』
「暢気なもんだ、明日にでも戦争が始まるっていうのに……」
「それはそれで、余裕が在る証さ」
第12旅団司令部の置かれている相馬原駐屯地より、ヘリコプターの機影が消えすでに久しい。その他の装備と共に民間契約の事前集積船に積み込まれ、すでにノイテラーネへと向かっているのだ。出発の日に至るまでの僅かな日々を、第12旅団は空中機動力無き空中機動旅団として過ごしていた。
そして今日……第12旅団を構成する多くの将兵は、空路スロリアへと赴く運びとなった。今頃隊員の多くも起き出し、出発の準備をそれぞれに進めているはずだ。
「君は、道場はいいのか?」
と、佐々は聞いた。官舎住まいではない大山は高田市内の一角に居を構え、ボランティアで公民館を使い、近所の子供達に剣道を教えていた。その教え方が上手いのかどうかはわからないが、生徒の数は日々増え、道場も県内ではかなりの強豪として知られていると聞いている。
「教える者は、他にもいますから」
と、そっけなく大山は言った。
駐屯地の正門は歩哨の他、先月から配置が始まった県警機動隊によってがっちりと固められていた。反戦団体や過激派の侵入を防止する措置であるとはいえ、パトカーの他、全ての窓に金網を巡らせた輸送用バスまで正門付近に配するという物々しさは、駐屯地で勤務するこちら側から見れば守られているというより逆に閉じ込められているという感すら受ける。
その警官にガンを飛ばしながら車を正門に滑り込ませるのは、大山の日課のようなものらしい。わざわざ窓を開け、舌打ちと共に立哨の警官を睨みつける先任陸曹に、苦笑を禁じえない佐々だった。だがそれが、演習場や基地ではあたかも軍人の鑑のように振舞うこの男の、微笑ましい一面であることもまた事実だ。
「最近警官の態度がよそよそしいとは思っていたが、君の仕業だったのか?」
「とんでもない、連中の方が非友好的なんですよ」
苦笑混じりの掛け合いに、佐々はしばし前線に赴く者としての緊張を忘れた。
日本国内基準表示時刻11月25日 午前0時頃 某巨大インターネット掲示板にて
267 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:32:45 ID:7TjXzWXX0
舞鶴近くに住んでる者だけど、最近自衛隊の動きがおかしい。
268 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:34:23 ID:9SjFzNAW0
>>267
具体的に、詳しく。
270 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:35:09 ID:IFTR786RE
舞鶴に泊まっている全艦が昨日のうちにどっか行っちゃった。
273 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:35:45 ID:657FfGbH1
当方築城。全機の発進を確認。8機西の方へ飛んで行ったのを見ました。
277 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:36:13 ID:FFt761H2a
俺の兄貴(海自二曹 護衛艦乗り)談
「今度の航海は当分帰れない。」
家族が問いただしてもそれ以上教えてくれません。
280 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:36:44 ID:dhi45hXWq
某大手企業(電機関係)に勤めている者だけど、昨日から某機械の受注が増えました。
この場では詳しく言えませんが。ズバリ戦争に必要な物です。
281 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:38:11 ID:2sURoLliA
これってやっぱり戦争? (((;゜Д゜)))ガクガクブルブル
282 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:39:54 ID:Fy12Ki9qI
>>281
そういうおまいのIDスロリア。
283 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 0:40:04 ID:yY87jK8hH
ネ申IDキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!
302 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 1:23:13 ID:gY13h7jK9
なあちょっと聞いてくれよ。何か最近、折れんとこのGPSおかしいんだよ。
ぜんぜん正しい場所示さねえ。これって戦争と関係あんの?
303 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 1:24:02 ID:x88p0KkhH
そういや俺も。
304 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 1:24:51 ID:yM8l9KrwT
奇遇だな、俺の車もそう。
305 名前:タネアカシ◆RtwJ2cUt 投稿日:20××/11/25(●) 1:27:41 ID:tTe43hJ8i
つJDAM
つJSOW
307 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 1:24:51 ID:Ss4Q76fHM
ハッ(;゜Д゜)Σ 誘導爆弾か? ……っということは……
309 名前:名無し君@転移後1X周年 投稿日:20××/11/25(●) 1:26:33 ID:YhG67kL9o
戦争!?ヒィィィィィィィ(((((;゜Д゜)))))ガクガクブルブル
日本国内基準表示時刻11月26日 午後5時12分 浦賀水道洋上 護衛艦DDG-171「はたかぜ」
半速で波間を割る左手からは、観音崎の灯台が未だ淡い光をこちらに投掛けていた。
―――――出港準備が下令されて後は、暴風の如き喧騒の内に全ては過ぎた。山積みされた食料品を積んだトラックが続々と埠頭に身を横たえる「はたかぜ」に横付けし、同時に、当日たまたま非番のところに非常呼集をかけられた隊員が、私服のまま続々と船に乗り込んできた。
未だ完全に物資を揚収しない内に、艦のガスタービンエンジンが鋭い金属音を立てながら稼動を始め、束の間の休息を打ち切られ、その衝撃も癒えない乗員たちを、内心で慌てさせた。
一体、何が起こったというのか……?
抱いた疑念を各々の胸中で育てる間も無く、先任海曹(CPO)の号令が甲板に響き渡った。あたかも、疑念を抱く暇すら許さないかのように……
「抜錨用――――――意……!」
そして―――――
パッパラパーパッパラパーパッパラッパパァー――――……
出港を告げる鋭いラッパの音。多くの乗員にとって聞きなれた音色ながら、この日ばかりはそれは特別な重みをその響きの中に孕んでいるかのようであった。
護衛艦 DDG-171「はたかぜ」とその乗員約260名が、東スロリア洋上の警戒任務より母港横須賀に帰港して、未だ二週間も経っていなかった。7月の紛争勃発以来一ヶ月、それも二度に及んだ警戒任務の間、誰もが戦闘の近いことを予期し、そのための覚悟を決めていた。
基準排水量4600トン。「はたかぜ」型は、先代の「あまつかぜ」、「たちかぜ」型に続く海上自衛隊の第三世代の対空誘導弾搭載護衛艦として計画され、就役した。もちろん、その就工、就役共に「転移」前の話だ。
その主任務はCIWSや短距離艦対空誘導弾を使った個艦防空より一ランク上の、艦隊周辺に接近する航空機、ミサイルに対処する艦隊防空にある。そのための主装備が、艦首部に前面配置された中距離艦対空誘導弾スタンダードSM-1MR発射装置だ。
フェイズドアレイレーダーの恩恵で一度に四十に上る多数目標を把握できるイージス艦と違い、誘導装置の都合上「はたかぜ」型が一度に捕捉、追尾できる空中目標は二つまでだが、ミサイルは発射後に飛翔方向をコントロールできるため、必ずしも事前に目標を捕捉しておく必要はない。つまり、現在海自が6隻保有しているイージス艦を除けば、老いたりとはいえその防空戦闘能力はこの世界でも未だ最優秀の艦だった。乗員の練度も高く、戦う場と機会さえ与えてくれれば、この老艦でも大いにやって見せるという気概と活力とに満ちていた。
……だが、その戦時海域への派遣任務の間、全ては何事も起こらずに過ぎた。乗員の誰もが拍子抜けとも安堵とも取れぬ複雑な感情を抱えながらも、母港へ向かう船足はさすがに速かった。いわゆる旧海軍用語でいう「ホームスピード」というやつだ。そのホームスピードで母港に入った矢先、取って返すように再び出動命令が下り、「はたかぜ」は現在こうして暗がりかかった東京湾を脱し、一路南へと艦首を向けていた。
「出港下令から三時間三五分……悪くない」
と、「はたかぜ」の艦橋、艦長北出 二等海佐は時計を睨みながら頷く。そして、視線を転じた先には机一杯に広げられた海図。艦の位置を示す赤い点は、今まさに、浦賀水道を抜け出そうとしていた。
反射的にもぎ取ったハンドマイクに、北出は呼びかけた。
『……総員上甲板、総員上甲板!……』
…………?
突然の指示に乗員は戸惑いながらも上甲板に上がり、程無くして灰色の救命衣と藍色の作業服の組み合わせとが、見事な整列で艦を飾り立てた。
『本艦はこれより九州南方海上で友軍と合流。再び東南スロリア海上へ向かう……総員、各自の故郷へ敬礼……!』
…………!
その瞬間。明らかに艦の雰囲気が変わった。
海を隔てた本土を睨む眼――――
光るものを溜めている者がいた。
敬礼を送る手を震わせる者もいた。
疑念は、明らかな確信に席を譲った。
ローリダ領ノドコール国内基準表示時刻12月03日 午前9時34分 ローリダ植民地軍駐屯地
現地で後方支援部隊に合流を果たしたタナが、ロー‐ル‐スラとレイミ‐グラ‐レヒスの、二人の旧友と歓喜の内に再会を果たしたとき、植民地ノドコールの様相は大きく変わっていた。
結局、タナの賭けは成功した。現地の従軍看護婦募集窓口は、「スロリアの聖女」を、比類ない歓迎を以て迎えたのだ。そして久しぶりで制服に身を包んだ体を鏡に映し、タナは沸き起こる高揚と本土の生活からの開放感に、しばし身を任せたものだ。
ローは、タナがいない間も勤務を続け、今では前線勤務の看護婦40名を与る婦長となっていた。軍内の階級も曹長待遇であり、無精髭も荒々しい前線還りの古参兵たちが彼女と擦れ違う度、改まった態度で彼女に敬礼するのがタナには微笑ましい。
出会った当初は少女らしい初々しさを色濃く残していたレイミは、彼女なりに数々の場数を踏んだ故か、今では第一線の看護婦としての風格を漂わせているように見えた。手際の良さもすでにタナのそれを越え、時としてタナは、そのような彼女に気後れにも似た感情に襲われることもままあった。
だが、そのような微笑ましさの一方で、自分がいない間のノドコールの変わりように、タナは愕然とする。
最初の驚愕は、入港の時点でやってきた。
港内に船が入ったときに見えた、埠頭の一角から黒々と立ち上っていた煙が、現地種族の暴徒による食糧倉庫襲撃であることを知ったのは、その埠頭に足を踏み入れた直後のことだ。完全武装の兵士が、戦車まで引き連れて港一帯を警戒するという光景は、タナが初めてここに足跡を標した当初は見られない光景だった。
市内に展開する兵士の数は目に見えて増え、それとともに彼らの横暴をも目立たせていた。彼等の狼藉は、前線で荒んだ心故だけではなかった。現地種族に対する純粋な差別と軽侮から、彼らは平気で現地種族を傷付け、彼らの物を奪い、彼等の家に火を放った。当然現地種族とて無抵抗というわけではなく、増援の集結に合わせるかのように急増した暴動は連日のように起こり、ノドコールの各都市ではもはや内乱と呼ぶに等しい武力衝突すら起こっていると聞く。それがあくまで風聞に留まっているのは、元々敷かれていた報道管制が、さらに厳しくなっていることの表れでもあった。
そうした光景を軍差し回しの兵員輸送車の荷台から見るにつけ、タナの胸中に再びあの疑問が浮かび上がってきた。
これで……ニホンとの戦争に勝てるのか?……もし勝てるとして、果たして私達の勝利に正義はあるのか?
煩悶にも等しい胸中をそのままに、与えられた職務をこなしていた中、野戦病院の待機所にいたタナの名を、ローが呼んだ。
「タナ、お客さんよ」
と、意味ありげな笑みとともにローは手招きした。指差した方向に眼を凝らし、タナは驚いた。
「やあ……」
オイシール‐ネスラス‐ハズラントスが、外で彼の幼馴染が顔を出すのを待っていた。その彼も、今や旅立った時と同じ一種礼装ではなく、カーキ色の野戦軍装に身を包んでいた。だがそれで生来の精悍さと端正な容姿が変わるはずも無かった。
タナが部屋を出る際、ローは耳打ちする。
「……しっかりね。タナ」
野戦病院の中庭を散策しながら、二人は会話を交わした。
「驚いたよ。君も一緒に来ていたなんて」
「うん……」
気まずそうに、タナは頷いた。
「軍務はいいの……?」
「ああ、一時休暇を貰ったんだ。勲章と一緒にね。君のには及ぶべくも無いが……」
と、胸を肌蹴た先には、金色の従軍武功章が鈍い煌きを放っていた。市内の武装勢力掃討任務の際、同僚の命を救った功で受賞したのだと彼は言った。
「まあ……」
驚くタナに、ネスラスも満更でもないという風に微笑む。
「ネスラスも……前線に行くの?」
「命令が下れば……勿論、覚悟はしているさ。でも……」
「でも……?」
「後方だというのにここの状況は酷すぎる。まるで戦場だ。僕も部下をすでに二人失った」
ネスラスが語ったのは、まさに泥沼化した反乱勢力の掃討任務だった。反乱勢力は廃墟、そして郊外のスラム街、さらには下水道まで利用し、植民地軍に巧妙な伏撃を仕掛け、少なからぬ被害を与えていたのだ。
「これで戦争が始まったら、どうなるのかしら」
「戦争?……そんなもの、すでに始まっているさ」
そこまで言って、ネスラスは唇を噛み締めた。若さゆえの、現状に対する焦りと怒りを、タナは見たように思った。
「風の噂では、ニホン人は東方のノイテラーネに大軍を集結させているそうだ。戦車まで揃えているらしい」
「…………」
「僕らは反乱軍の掃討をしにここに来たんじゃない。ニホン軍と戦うためにここに来たというのに、今では市内警備という下らない任務に借り出されている。ニホンの連中と戦うのは、専ら植民地軍の仕事というわけさ。」
「ネスラス……私には戦争のことはよく判らないけど、焦っては駄目よ」
「わかってる……僕はわかってるけど……」
ネスラスは俯いた。
「…………?」
「正直、不安なんだ。こんな状況で我が軍は戦えるのか……と」
タナはネスラスの顔を覗き込むようにした。
「ネスラス……不安を抱くのはあなたの自由よ……でも、判っていて欲しいの。何処にいて、どんなに悩み苦しんでいても、あなたにはあなたの帰りを待っている人がいるということを」
「タナ……?」
真摯な眼差しに気付き、青年は紅潮した頬と共にタナを見返した。自ずと延びた手が、タナの上腕を抱いた。
「…………」
一方でタナは困惑を覚えた。自分の励ましを、この幼馴染は真に受けている?……解こうとしても解けようはずのないネスラスの手に、タナが追い詰められかけたそのとき――――
「タナさん。急患ですよ。早くいらっしゃいな!」
口煩い他分隊の婦長の呼びかけに、反射的にネスラスの手が解けた。呆然とするネスラスから後退りで離れると、タナは再び笑いかけた……それもぎこちない笑み。
「だから……頑張ってね」
「…………」
力なく頷くネスラスの顔を、踵を反して駆け始めたタナは見ていなかった。
ローリダ国内基準表示時刻12月06日 午前1時19分 首都アダロネス 共和国海軍本部
一台の公用車が共和国海軍本部の重厚な造りの正門を潜ったときには、周囲は清清しいまでの静穏に包まれていた。
首都アダロネスの中央部に位置する国防省や陸空軍の司令部とは一線を画すかのように、共和国海軍の司令部は中央部からやや距離を置いた、高級住宅街に近い一角に敷地を持っている。別に海軍と他の軍の間に何かしら政治的な軋轢があったが故ではなく、海軍本部が建っている一角こそ、かつては建国当初から政府の中枢が置かれていた場所であったのだ。つまり、海軍本部はその後に連なる行政機構の移転から、ただ一つ取り残されたかたちとなっていた。
その庁舎の壮麗さと歴史的価値の高さ、そしてなによりも質素剛健を旨とする共和国海軍創設以来の主旨に従うかのごとく、海軍は未だ古く、伝統ある造りの庁舎を使用していた。吸い込まれるかのような闇夜の中で衛兵の敬礼を受けながら、将官専用ナンバーをつけた車はそのまま本部入り口の停車場に滑り込み、そこで止まった。入り口へと連なる淡いガス灯の連なりが目には優しく、それでいて場の荘厳さを一層引き立てる。
公用車の主、海軍参謀長 ギルメス‐ダ‐コーティラス上級大将が副官を伴って海軍本部の大会議室に入ったときには、すでに席の大方は共和国海軍の制服の、白と青とに埋まっていた。白は将官を表し、青は高級士官を表すのだ。
「遅れた理由を聞こうか、参謀長」
と、海軍総司令官ディラガス‐ド‐ファ‐ロス元帥が言った。薄くなりかけた頭髪に比して、揉み上げまで届こうかという豊かな口髭と、幾重もの皺に覆われた鋭い眼光が、痩身の中にも歴戦の老将であることを無言と威厳の内に主張している。遅参者に対する射るような隔意は隠しようがない。
「総司令部に於ける三軍間の調整会議がずれ込み、遅参となりました。申し訳ありません」
「よろしい、座れ」
司令官に就任する前、国防軍士官学校の校長をしていた元帥はかなり容儀に喧しい。コーティラスが着席したのを見計らい、元帥は口を開いた。
「地上軍の作戦が来月初旬より開始されるということは諸君らも知ってのとおりであろう? 我々海軍としては、地上軍の攻勢発起に先立ち、潜水艦隊をスロリア東方海域に進出させ、ノイテラーネとニホンとの海上交通を遮断する事を決定した。作戦期間は二週間。作戦に投入する潜水艦は八隻を計画しておる」
その言葉に、場がどよめいた。八隻とは、共和国海軍の保有する大型潜水艦の三分の一が作戦に投入されることを意味した。そして共和国海軍の潜水艦はこれまで二週間以上の作戦行動に従事したことが無かったし、そのようにも造られていない。
一同の驚く様子を確かめると、元帥は一人の将官の名を呼んだ。
「アルフォディナス中将……!」
「ハッ……!」
一人の将官が、反射的に立ち上がった。共和国海軍潜水艦隊総司令官 ガヴァラス‐ズ‐アルフォディナス中将である。無精髭と日焼けした肌の似合う、彫りの深い顔が、見るからに生粋の潜水艦乗りであることを連想させる。スロリア方面での通商破壊作戦に際しても、潜水艦隊は彼の指揮で動くことになっていた。
「現在スロリア南西海域に展開している潜水艦は何隻かね?」
「二隻であります。なお、スロリア北西にはかねてからのご命令通り、一隻を進出させておりますが……」
「名は『アルゲロス』だったな? 中将」
「はぁ……」
と、アルフォディナス中将は釈然としない表情を浮かべた。命令には従ったものの、完全に味方の制海圏下にある海域への潜水艦配備に、何の意味があるのか?
「『アルゲロス』にはわしの名と権限で秘密の作戦命令を出しておいた。これは国防相からの要請に基づくものである。この場を借り、改めて君の承認を得たいが」
「承認いたします……ですがその前に、共和国潜水艦隊に属する全ての艦と将兵に責任を持つ者として伺いたい。閣下は如何なる御了見で、潜水艦を動かしたのですか?」
「それは、海軍ではわしとコーティラスの胸の内にのみ入っておればよい。この秘密任務が成功した暁には、我等が獰悪なる宿敵ニホンは、否が応にも、戦いに臨まざるを得なくなる」
「…………?」
元帥の意味ありげな笑みに、アルフォディナスは顔を曇らせた。その彼に、コーティラスは笑いかけた。
「安心したまえガヴァラス、任務の成功と君の部下の安全は保証するよ。君んとこの戦力を少し拝借しただけだ。ちょっとした雑務にね」
笑みに篭るものが、自分の性格には受け容れ難い冷酷さであることに、アルフォディナスは気付いた。
スロリア地域内基準表示時刻12月06日 午後11時38分 北西スロリア沖 ローリダ船籍貨客船「サンヴァンロナ」号
船団は、夜空の下で南へと進んでいた。
護衛の哨戒艦が船団から離れて、すでに久しい。
その一隻、「サンヴァンロナ」号は合計1400名の植民地への移住者と必要な家財を載せ、他の船と同じく「天命の地」ノドコールへと向かっていた。昼の間は甲板を駆け回る移住者の子供達の上げる嬌声と、甲板上で洗濯物を干す傍らで井戸端会議に夢中になるご婦人方の声で、さながら洋上に出現した街の如くに騒がしかった上甲板も、今ではそれら全てが掻き消えたかのようにひっそりとしている。ただ、幾枚かの取り忘れた洗濯物が、夜風に吹かれて心細く棚引いているだけだ。
「サンヴァンロナ」船長ロナウスは、当直に立った船橋で、煙草を燻らせながら凪いだ海原に目を凝らしていた。植民地沿いに南下しただけあって、航海は容易で、そして単調だった。ノドコール領に属する島嶼を始めて視界に入れたのは、先日のこと。うまくいけば、あと二、三日で目指すノドコール港に入ることができるはずだった。
……見上げれば、満天の星空。下の船室で眠りを貪っている移住者たちは、「天命の地」に第一歩を記した暁には、あの星空を励みに開拓に勤しむことになるのだろう……などと、彼は柄にもない感慨に浸っていた。
「ふー……寒い寒い」
と、上甲板の見張りを終え、暖を取ろうと船橋に入って来た甲板長バルガナンに、ロナウスは手ずから飲み物を勧めた。古酒と蜂蜜を混ぜたお湯だ。湯気と共に漂ってくる古酒の香りに、バルガナンは喉を鳴らすのだった。
「船長、南に来ても寒さは和らぎませんね」
「この辺の海は、来年の二月まで冷える」
首もとのマフラーを締め直しながら、ロナウスは据え付けのストーブに石炭をくべた。
「甲板長……昨夜俺宛てに電報が来たよ」
「何ですか?」
「うちの長男のレジスが、軍に志願したそうだ」
「それは……おめでとう御座います」
と、バルガナンは顔を綻ばせた。だが内心はそうでもない。一家の重要な一員を兵隊に取られるということは、家族にとってそれだけ負担であり、悲劇なのだ。七人兄弟の次男であるバルガナンの末弟もまた徴兵され、今頃スロリアの何処かで軍務に就いているはずだった。
「戦争……早く終ればいいな」
「どうしてです?」
「早く終れば、それだけレジスも前線に行かずに済む」
「…………」
出すべき言葉を見つけられず、バルガナンは黙り込んだ。それは船長ならずとも、出征兵士を家族に持つ人々の切実な願いであるはずだった。
「……大丈夫でしょう。船長」
と、飲み物の入ったポットをカップに注ぎながら、バルガナンは言った。
「船長のお子さんがこの海を渡ってくる前に、戦争は終ってまさぁ」
「甲板長の弟も、早く帰って来れればいいな」
「ええ……」
と、バルガナン何気なく視線を向けた海の涯―――――
「あれ……何だ?」
暗い水平線の彼方で蠢く何かを、船乗りの眼が捕らえたときには、もはや遅かった。
『船長っ!……魚雷接近! 二時!』
上甲板からの報告に、脱兎の如く立ち上がったロナウス船長がタコグラフの把柄を掴み、一杯に回した。機関全速の合図だ。反射的に舵輪に噛り付いたバルガナンが、それを左一杯に回す。それが襲撃に対する精一杯の抵抗だった。
急激に左に傾いた船体に気付いた乗客が、寝ぼけ眼もそのままに船体の異状に気付いたそのとき―――――
決して丈夫とは言えない「サンヴァンロナ」の船体を襲った烈しい衝撃は、獣の如く船腹や隔壁を食い破り、凄まじい海水の奔流を呼び起こした。浸水は圧倒的な破壊力を以て無防備の移住者達に襲い掛かり、女子供、そして老人の分け隔てなく押し倒し、命を奪っていく――――――
命中からわずか五分……船尾を下にして沈んでいく「サンヴァンロナ」を、遥か遠方の海中から見詰める無機的な光。
『輸送船……一隻撃沈しました』
司令所に陣取る水雷長の報告に、発令所の潜水艦「アルゲロス」艦長 カシオダス中佐は、無言のまま時計を睨んだ。だが敵を撃沈し、勝利を得た喜びはそこにはない……それもそのはず、彼等が今しがた二本の魚雷を撃ち込んだのは、紛れもなく味方の輸送船団だったのだから。艦長ですら、外見は平静さを装ってはいるものの、時計を睨むそのこめかみにはギラギラと脂汗を滲ませている。
「海軍本部に打電しろ。こちら『オルフォス14』、任務完了……以上だ」
怪訝に思った通信士官が、疑念の目を向けた。
「ノドコールの艦隊司令部ではないのですか?」
「これは……ロス元帥閣下直々のご命令だ。お前達はこれ以上詮索してはならんし、このことは死ぬまで他言無用だ……わかったか?」
「わ……わかりました」
海軍総司令官の名を出された途端、その場の誰もが、艦長に対する疑問と非難をその喉元まで出しかかった所で止めた。震える指もそのままに打電を終えた通信士官が報告した。
「艦長……打電、終わりました」
「深度20に付け。針路2-3-5」
潜水艦「アルゲロス」は艦長の命令に従うまま、幽霊のようにゆっくりと、そして吸い込まれるように海の深淵へと消えて行った。
この一連の出来事―――――「サンヴァンロナ号事件」―――――は、後にローリダにおいて「スロリア戦争」の直接の原因として知られることとなる。
ローリダ国内基準表示時刻12月07日 午前0時3分 首都アダロネス 第一執政官官邸
秘書官に起こされ、共和国第一執政官ギリアクス‐レ‐カメシスは、官邸の寝室からガウン姿のまま一歩を踏み出した。
「どうしたの?……あなた」
と、傍らで寝ていた夫人が、ベッドから這い出ようともせずに呼びかける。カメシスは振り向き、微笑みかけた。
「なんでもない。直ぐに戻る」
直ぐには戻れないことぐらい、秘書官の強張った表情からすぐにわかる。たっぷり三分ほどかけて歩いて執務室に入り、繋いだ電話の先からは聞き覚えのある声が、恭しげに執政官の名を呼びかけた。
「執政官閣下……私です。ドクグラムです」
「おおドクグラムか……」
と、その直後に声を潜めるようにする。
「……上手く行ったのか?」
「……はい。親愛なる第一執政官閣下」
「よし……すぐにこのことを国中に発表するのだ」
「もうすでに……広報部を通じ記者会見を設定させております。あと五分で開始致します」
「うむ……よくやった」
会話を終え、カメシスは秘書官を執務室に招じ入れた。
「今から全閣僚を招集するのだ。それと元老院の召集も……急ぐのだ!」
そのときには、もはや打算めいたにやけ顔は、既に消えていた。
日本国内基準表示時刻12月07日 午前8時7分 首相官邸
『――――私、栄えあるローリダ共和国第一執政官 ギリアクス‐レ‐カメシスは全ローリダ市民に訴える。市民諸君よ、祈ってほしい。文明人としての節度を持たぬ、慈悲の心なき敵の毒牙に斃れ、悪魔の如くに冷たき海原に飲み込まれていった罪無き人々の魂よ安らかなれと。そして市民諸君よ、赤竜の旗の下に集うのだ。銃を取り、刀を取れ!……親愛なる市民諸君、自由のために、そして正義のために戦おう。野蛮なる侵略者を「天命の地」より叩き出し、再び蛮行への意図を持たせぬよう徹底的に殲滅するのだ!』
よくもこのようなことが言えたものだ……!
テレビ放送を見守る神宮寺総理の手が、わなわなと震えていた。
先程から世界同時に、そして連続的に放送され続けている「武装勢力」首班の演説は、今頃日本の各放送媒体を通じ、全国民の目に入っているはずだった。そして神宮寺の眼前でふてぶてしいまでの真摯さをむき出しに語りかける、過剰なまでに装飾された衣服を着た老人に、好意の眼を寄せるものなど、この場にも、そして日本国内の何処をひっくり返してみても、もはや誰もいないはずだ。
首相官邸会議室に置かれた液晶スクリーンの中で、自信に満ちた表情を浮かべる老人に蘭堂 寿一郎は眼を細めた。
あれが、ローリダ共和国の元首か……感慨にも似た感触を、蘭堂はこみ上げる怒りと共に押し殺した。外目の人当たりこそは良さそうなものの、彼等の意図が在りもしない蛮行をでっち上げ、戦争の大義を創り上げることにあるのはもはや明らかだ。
戦争は避けられない!……こちらの戦争回避の努力に対する彼等の回答がこれでは、今後の戦争回避も、そして関係修復も日本国民は許さないだろう。今現在、明確に「日本の敵」となった彼等は、まさに最悪の選択をしたのだと、蘭堂は確信する。
その蘭堂の思いを他所に、演説は続く。
『――――長き折衝と相克の末、我々はこれまでの文明人としての譲歩と寛容とが徒労である事を知り、彼らニホン人が、人間と呼ぶにも値せぬ獣であることを確信するに至った。獣は鞭により馴らされることでしか人間と共存できぬ。それすら叶わぬ獣に、我々は獣の抹殺を以て対するしかない。獣どもはすでに、その汚らわしい躯一体のみでは到底購いきれぬほど多くの女子供を手に掛け、多くの土地に業火を放ち、多くの文物を破壊した。かくの如き獣と干戈を交えるに当たり、これまで戦争のルールとして認められていたことは悉く放棄されねばならない』
「植草統合幕僚長、入ります」
召喚を受け、秘書官に先導され入ってきた植草幕僚長に、神宮寺は向き直った。彼には事前に桃井防衛大臣を通じ、スロリア西北沖におけるローリダ輸送船撃沈の報について事実関係の確認を行わせている。
「植草幕僚長、潜水艦の件は間違いないのだな?」
「藤堂海幕長にも二度問い合わせました。当時刻、該当海域に自衛隊の潜水艦は間違いなく、一隻も展開しておりません。現在他海域に展開中の全潜水艦にも確認は取れております」
「よろしい、この件に関しては、正午前の記者会見でわし自ら否定する。それと……」
神宮寺の眼が、ぐっと真剣さを増す。
「……スロリアのローリダ軍が、この機に乗じて東進する兆候は?」
「そのことでありますが、防衛情報本部より幾つか報告が入っております。まず、昨夜の輸送船沈没時刻を境に、東部の敵前線を中心に、無線交信の頻度が急激に高くなっております。また、今朝の四時一〇分、偵察衛星が前線に於いて二個師団相当の敵地上軍の終結を確認いたしました。そして同時刻、AWACSと偵察機の報告では敵前線の三つの飛行場に、ノドコールを発進した作戦機が現在に至るまで数十機単位で進出と集結を続けております」
「……では、敵の再侵攻は期限通り明日か?」
「恐らくは……」
そのとき、植草の携帯電話が鳴り、電話に応じた植草にさっと緊張の色が走った。
「どうしたね?」
「南スロリア沖中部で、潜水艦『うずしお』が東進中の敵潜水艦四隻と接触。現在追尾中とのことです」
神宮寺は頷いた。
「ところで、輸送艦隊は今どの辺りにいる?」
「すでに護衛艦隊主力と会合を果し、スロリア南部のゴルアス半島東南岸より三〇〇キロの海域にて待機しております」
「聞くまでも無いだろうが、改めて聞こう、植草君……」
神宮寺の口調が、改まったものに変わった。その瞬間、居合わせた閣僚の誰もが、身構えるように神宮寺に向き直った。
「作戦開始のタイミングは、何時がいい?」
「……叩くなら、今です。総理、ご決断を」
神宮寺は眼を瞑った。その間も、カメシスの演説は続く。
『――――精強にして神の祝福を受けし国防軍よ立て、武器を執りニホンの名のつく全てを掃滅せよ。キズラサの神は言われた。我が息吹を受けし兵よ、汝は不死なり、偉大なり、邪教の地に赴き我が敵を征せよ……と、忠勇無双にして信仰篤き共和国国防軍の将兵諸君、もはや神意は示された。この上は神の勝利と栄光を磐石なら占めねばならぬ。前進し、その力を以て共和国と民族の敵と戦うのだ! 共和国市民は汝らを神に対するのと等しき敬意と、母の如き愛を以て見守り、諸君らの凱旋を迎えるであろう!……』
神宮寺は頭を上げ、言った。
「よし……やろう!」