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終章 初夏の暑夜



「やれやれ……」

 机下の用済みになった赤いストライプの缶二つを回収しながら一人呟く。


 キィッ……。


「誰―――エルシェンカ?こんな所で何を……あ」

 養父の執務室に入って来たルザは瞬時に状況を悟ったようだ。ムッとした後、肩を竦めて「私達の完敗だわ。まさか敵の陣地のど真ん中に隠すなんて……発案者はデイシー?それともあなた?」

「いや、燐だ」

「?あいつが?」

「ああ。昨日隠し場所を探していたら、廊下でバッタリ会って。面白そうだとか言ってこの下を貸してくれた訳」

「あの裏切り者……!!お父様が大変な時によくもまあ暢気な真似を」

 憤慨の表情で地団駄を踏む。

「違う違う。あいつはね、だから協力したんだよ。君達が乱痴気騒ぎを起こして、誠に少しでも現実を見せるために。缶があっさり見つかったらその時点で大会終了だ。時間一杯まで勝負を続行させれば」

「お父様が参加されるかも……?無理よ、今年のあの人の落ち込みようは普通じゃないのに……」

 全く同感だ。最近の誠は特に、明らかに感情が“死”に向かっている。永い時間を待つ痛みに堪えかねて……酷い話だ。僕も不死族達も何もできなかった。ただ二百年苦しみ続けるのを見守るしか。

「まだ目を覚まさないのかい?」

「ええ。ずっとうわ言であいつを……呼んでいるわ」

「そう……ジュリトはさぞやブチ切れているだろうね。しばらく近付かない方がいい」

「あんな殺気立った奴、誰も近寄れないわよ。早くお父様には目を覚ましてもらわないと」

 彼女は躊躇いがちに目線を下方に向けた。

「昼間蹴られた脚、大丈夫なの?結構本気でやられていたみたいだけど」

「おや、心配してくれるの?」

「べ、別に!引き摺っていたりされたらお父様が悲しむと思っただけよ」

 結局優しい娘なんだよな。反発しつつも何だかんだで面倒ちゃんと見るし。

「骨に異常は無いよ、軽い青痣程度さ。相手は頭脳派の神父だったし。これが毎日中庭でサッカーしまくっている連中なら折れていたかも。ぞっとしないね」

 安堵の表情をしかけた彼女は、ハッ!として首をブンブン振った。

「それは残念!あんたがいなくなれば連合政府は私達不死省の物だったのに」

 強がるなあ。ツンデレ。

「ああ。僕も休暇が取れなくてガッカリだよ」



「――!!」

 行政機関らしき建物の正反対に移動し、商店街から離れた暗幕のテントへ侵入。夜になるまで身を潜めるためだ。クレオ・ランバートの修理は完了した。あれ以上あそこに留まる必要性は無い。


「あら、可愛らしいリトル・エンジュ。あなたも七十七羽の預言をお望み?」


 有り得ない。目のセンサーには誰も引っ掛からなかった。いえ、彼女は。

「――天使人?こんな所で何を……」

「リトルこそ、人の世界に降りたなら子供らしい喋り方をすればどう?七十七羽的にはユニークでチャーミングだと思うけど」

「目が機能しなかったのはあなたのせい?」

「何だ、リトルも左なの。でも七十七羽より大分端の方?」

「末羽」

「あら可愛い」

 データベースには無い一羽。両腕の欠損から推測するに身体を使うタイプの能力ではない。預言、それか。

 テントの中には橙色の光を放つランプシェードが一つ。私は促されるまま彼女の向かいにある黒色の椅子へ座った。目の前の丸テーブルには、様々な不純物の混じった水晶の欠片が不規則に置かれていた。認識できないスピリチュアル・エーテルが放出されている可能性はある。

「記念に一つ如何、コウノトリさん?」

 反射的に両腕に力が籠るのを見て、彼女は理解不能な笑顔を浮かべた。

「こんなレプリカにも多少の効果はあるの。思い込みと言うご都合主義な力が働いて、ね」

「レプリカ?ではスピリチュアル・エーテルは?」

「極微量。龍商会に行けば効力の高い物もあるけれど、値段もそれ相応。草花でも愛でる方が余程恩恵を受けられるのに。人間って矛盾した生き物」

 それだけは同感だ。優先度を無視した行動を取るくせに、精神的に深い満足を感じている。未来へ必要な下準備より一杯のコーヒーと一口チョコレートを優先し、知識よりうたた寝の心地良さを選ぶ。しかも、それで充分幸福だ。理解出来ない……けれど、その度私のシステムにはバグが起こる。

「邪魔をしました」ここにいる理由は無い。別の休息地を探そう。

「一日いてもいいのよ。つまらない悩みを聞いて、適当な預言を振っ掛けるだけの退屈な仕事。今日はお兄様も終わるまで迎えに来ないし、丁度話し相手が欲しかったの。御褒美は豪華ディナーでどう?フルコースでも何でも奢ってあげる」

「――結構。興味ありません」

「ダイエット中なの、痩せっぽッちのリトル・エンジュ?今に飛べなくなって……ああ、止めておかないと。お兄様のお説教、単調で眠くなってしまうもの」欠伸。「ただでさえさっきランチを食べたばかりなのに」

 テントの外に複数の人間の気配。どうやら皆彼女の預言を受けたいようだ。

「そうね。コウノトリを余り引き留めたら悪いわね」

「さよなら」

 私は入ってきた暗幕の隙間から出る。機能を回復した目を使い、再び隠れ場所を探し始めた。




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