表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

一章 恐怖の大会



「おはよ」「おはようございますアレク」

 時間ぴったりにトレジャーハンターの宿所に泊まる彼が屋敷まで迎えに来てくれた。いつも通り話をしながら政府館まで歩く。

「昨日の夜、レティさんに教えてもらってやっとテレビを観たんです。昨日起きた出来事を紹介する」

「ニュースか?小さい女の子と観る番組じゃないぞ。まぁ夜だともう子供向けのはやってないか」

「アレクやカーシュはどんな番組を?」

「俺達どっちもテレビ持ってないんだ。“白の星”じゃチャンネルは一つしかないし。それにクレオ、あれ結構高いんだぞ?」

「そうなんですか?どれぐらいです?」

「十五万。下手したら二十万超え」

「そ、そんなにするんですか!?」後者なら僕が連合政府から給付されている手当の約二ヶ月分だ。

「ああ。俺も今の所シャバムで置いてあるのを見たのは、お前の所と政府館ぐらいだ」

 と言っている内に政府館の玄関前へ。


――かーごめかごめー。籠のなーかのとーりーは――


 玄関横の開けた場所で、十数人の子供達が輪になってくるくる回っている。今日も元気に遊んでいるようだ。昨日はかくれんぼ、その前はサッカー。不死族の子供達に混じり、地元の就学前の子達もいると言う話だ。


――いーつーいーつーでーやーる――


「あれ……やけに静かですね」

 普段なら僕達と同様に出勤する政府員の人達が大勢いるが、今日に限ってロビーに一人もいない。偶々だろうか。

 ロッカーで専用のスリッパに履き替え、いつも通り三階の誠さんの執務室へ。


「おはようございます」ガチャッ。


彼は僕達に気付かず、椅子に座ったままぼぅっ、と窓の外を見ていた。何時にも増して心此処に在らず、そんな感じだ。机の上にはサインが必要な書類が三センチ程度あるものの、手を付けた様子は無かった。

「誠さん?」

大きな声で呼んで、やっとこちらに意識が戻ったようだ。

「!あぁ、もうそんな時間ですか……おはようございます二人共」

 黒目に覇気が無い。眠いんですか?まだ屋敷で休んでいた方がいいのでは?そう尋ねると今にも折れそうな細い首が横に振れた。

「心配掛けて済みません……大丈夫です。この時期になると、思い出してしまうんです……昔の事を……」

「御友人を?」

「ええ……私には勿体無いぐらい良い友達ばかりでした……」辛そうに目を伏せる。「もう二度と会えないのに、記憶の中に彼等は何度も訪れて……」

 親しい人達との死別。幸い僕にはまだないけれど、きっと身を裂かれる程辛いのだろう。不死の誠さんは何度もそれを経験して、深く傷付き……。

「特にクレオ君に出会ってから彼の事ばかり……それぐらい良く似た氣なんです」

「聖者様あの、あんまし思い詰めない方がいいですよ」僕が口を開くより早く、アレクが助け船を出した。「新しい友達作って楽しんでる方がその、死んだ人達も安心って言うか」

「楽しむ……?」

 誠さんは怪訝そうな顔付きになって、どうして楽しめるんです?逆にそう訊いてきた。

「私はずっとずっと、ここで待っていなければならないのに……」

 拳を握り締め、今にも涙を流しそうになりながら零した一言。

「……済みません。来てもらって早々ですが、しばらく席を外して下さい。朝の内はエルの手伝いを……午後には仕事を用意しておきます」

「聖者様……」

「あなたのせいではないんですアレク君。大丈夫、少し休んで落ち着けば……」


 バタン。


「拙った……」

「落ち込まないで下さい。アレクが言わなかったら、僕が同じ事を言っていたはずです」

 ドアの前を離れ、二番目に良く行くエルさんの執務室へ足を向ける。

「しかしありゃ鬱病だ。一回医者に診せた方がいい」

「鬱病?」

「気分がどん底で死にたくなる心の病気。滅多な事は起きないと思いたいが」

 確かにあの様子、本当に死ねるかどうかは別として、衝動的に飛び降りるぐらいはするかもしれない(僕が目覚める前のエレミアでは頻繁にそう言った自殺があったらしい)。耳を澄ませば地面に叩き付けられる音が、


 ドスン!


「「っぎゃああっっっ!!!」」

 僕達は慌てて誠さんの執務室へ戻り、ガンガンとドアをノックした。


 キィ……。「誰、ですか……クレオ君?どうかしましたか……?」どうやらぼんやりして落下音も僕達の悲鳴も聞こえていなかったらしい。「まだ何か?」


「ぶ、無事ならいいんです!あの、誠さん!くれぐれも窓の戸締りだけはきちんとして下さいね!」

「?はぁ……気を付けておきます」


 パタン。


「本気で焦った!何なんだよさっきの紛らわしい音は!?」

 来た道を戻りつつアレクがぼやく。

「人間にしては軽い感じでした。棚の上から何かが落ちたとか」

「そ、そうだな。あんな話していたから吃驚しただけだ。きっとそうだ」


 コンコン。


「エルシェンカ様、アレクとクレオです。失礼します」

 返事が無いままドアを開ける。執務室に部屋の主はおらず、代わりに仲間の二人がいた。

「おはようございます二人共。ルザ、今日は屋敷をとても早く出ていましたね。不死省の方で何か頼まれていたんですか?」

「ええ、ちょっと準備があったから。ねえあんた達、エルシェンカとデイシー見なかった?」

「いや。なあクレオ?」

「はい。来る途中でも見かけませんでした。どうかしたんですか?」

 カーシュは政府館の中なのに武器の長い鎌を持ち、ルザも死霊術士の杖を手にしていた。そして二人共、何故か右手首に同じ青いゴムバンドを巻いている。

「ならいい。その様子だと向こうはまだ接触してきてないみたいだな」

「?何の話だカーシュ?」

「ゲームだよ、年に一度の。どうだ、俺達のチームに入らないか?二人がいればこっちが勝ったも同然だ」

「ああ、いえカーシュ。僕達は誠さんに、お昼まではエルさんを手伝うよう言われてきたんです。残念ながらゲームには参加できません」

「そう言う事だ、済まん」

 彼等は軽く肩を竦め、誠さんの命令ならしょうがないな、と呟いた。

「だけど今日は多分仕事にならないぜ。少なくとも政府館の中じゃ」

「??」

「カーシュ、行きましょう。この様子なら向こう側に付かれる事もないでしょう」

「ああ」


 バタン。


「仕事にならないってどう言う意味だ?」

「さあ……」

 僕は机の上の書類の山の高さを掌を使って測る。凡そ五十センチ。

「相変わらず結構溜めてる。多分これ、誠さんの分も入っているんだろうな」

 二人は旧来の友人だ。思わしくない精神状態を案じ、仕事量を調整していても不思議ではない。


 ギィッ。「「ぎゃあっっ!!」」


「何驚いているんですか~?」

 本棚の前の床板が開き、下からデイシーさんが顔を覗かせた。

「さっきの廊下の悲鳴もお二人ですね~。驚いた~、危うくルザちゃん達に見つかる所だったじゃないですか~!」

「仕方なかったんです。てっきり誠さんが飛び降り自殺したのかと思って。音もそれっぽかったですし」

「お兄様が~?燐お兄様がいるからまず無理だと思いますよ~」それから床に転がっている書類の束を指差す。「音の正体はあの資料です~。この隠し扉を急いで閉めた拍子に落ちたみたい~よっと」

 穴から這い出して束を抱え上げ、本棚の隙間に捻じ込むように入れて終了。

「大お爺様~起きて下さい~!朝ですよ~!」穴の上からのんびりそう叫ぶ。

「分かってるよデイシー」

 のろのろ這いずり出てきたエルさんはしょぼついた目で僕等を睨んだ。

「とにもかくにもコーヒーだ。君達もいるかい?」

「あ、はい」

 コーヒーメーカーに水と挽いた粉がセットされ、しばらくして苦味と酸味の利いた香りが部屋中に漂い出す。抽出された黒い液体をカップに入れ、完成。

「朝はやっぱりこの一杯が無いと始まらないな。……ふぅ、安心したらお腹が空いてきたよ」

 コーヒーメーカーの机の抽斗をゴソゴソ。未開封だった大豆クッキーの袋を破き、一枚口の中に放り込んだ。

「美味い。君達もどうぞ」

「ありがとうございます」

 カフェインが効いてきて、緩慢な動きだったエルさんはあっと言う間にいつもの調子になった。

「それにしても参ったね。今日が大会だなんて……確かに言われてみればそうなんだが、隠蔽工作が働いたとしか思えない情報伝達の遅さだ。お陰でこっちの事前準備は昨日の午後の夕方から数時間だけ、今頃連中暴れ回っているぞ。ここは何としても嗅ぎ付けられないようにしないと」

 そう言って穴の中、赤いストライプが入った缶に視線を向ける。

「連中、って?さっきのルザやカーシュとも関係あるんですか?」

「大ありです~。ルザちゃん達はこの缶を探しているんです~」

「え?何のために?」

「勿論、蹴るためですよ~」

「蹴る?」

 だって缶蹴り大会ですから~、と彼女は続けた。




 一、缶は両チーム三つずつ。

 二、蹴った相手チームの缶は不正防止のため、必ず蹴った当人が大会終了の判定時まで所持しておく事。

 三、大会は政府館ロビーの時計の午前九時から午後三時まで。

 四、殺人及び悪質な傷害以外の妨害行為を認める。


「え?」四項目に書かれた一文に思わず目を疑う。「あの、缶蹴りってそんなに危ないんですか?エレミアには無かったので教えて貰えると有り難いです」

「あんなの子供の遊びだよ遊び。怪我なんてしても精々擦り傷ぐらいのものさ。なあデイシー?」

 二杯目のコーヒーを啜りつつエルさんが答えてくれた。

「そうですね~。でもこの大会はそんな甘い物ではありません~。何せ相手は不死省全員です~。現に大会開始数分にして、こちらの戦力は相当削られているようですし~」

「こちら側と言うと、不死省以外全部って事ですか?」

「便宜上、皆聖族側って言っています~。昔、旧連合政府を聖族政府と言っていた名残ですね~。不死の人達は未だ恨み心頭ですからよく好んで使ってます~聖族共の糞ったれ~とか」デイシーさんが口にすると、悪口と言うより寝言みたいだ。

「削られてると言うのは?」

「どうやら昨日の昼、食堂の茶に一服強力な下剤を盛られたらしい。ここに潜っている間に携帯で連絡を取ったが、とても家から出られる状態じゃないそうだ。去年の画鋲スリッパと玉葱エキス爆弾もいい加減酷かったけど、まさかこんな悪質な手段を打ってくるとは思わなかったよ。今年の作戦発案は間違い無くジュリトだ。あいつにとって僕等は本気でゴミ以下だからな。この機会に完膚無きまでに叩き潰すつもりなんだろう」

「サブリーダーは多分リュネさんですね~。大お爺様嫌われてるから下手に出ていくと危険危険~」語尾を上げて何故かちょっと嬉しそう。

「圧倒的な戦力差は理解できただろ?と言う訳でクレオ、アレク。こっちにつけ」

 どうしてそうなる、と僕は無意識に表情で語っていたようだ。

「大会は今年で三回目だ。向こうが去年負け越して、現在一勝一敗。連中は意地でも二勝目をもぎ取るつもりだ。一族の結束は固いし、違反ギリギリの武器だって使ってくるだろう。君等はあんな卑怯な奴等に味方するつもりかい?」両掌を上にしてやれやれとポーズを決める。「絶対後悔するよ?」

「あの、一ついいですか?」アレクが手を上げた。「大会って事は賞品あるんですよね?」

「トロフィーだけだよ。あっちはあくまで不死族の名誉のため、そしてこっちを徹底的に貶めるためだけにやっている。何だ、報酬がいるなら払うよ?今は一人でも多く手駒が欲しい」

 明らかに不利なこちらを手伝えば、ルザやカーシュ、不死の人達と嫌でも戦う羽目になる。勝てる自信は正直全く無い。対して、向こうにつけば恐らく殆ど危険な目には遭わないだろう。ここの事を教えればすぐに決着が付く……って、それじゃ完璧に裏切り者だ!

「どうするクレオ?」

「言っておくけどゲーム放棄は出来ないよ。政府の組織員は基本的に全員強制参加だ」

 悩むなあ……ディーさんならこんな時、コインの裏表とかであっさり決めてしまうんだろうなあ。どうしよう……。

「因みに防衛団は毎年こちら側ですよ~」「入らせて下さい」隣のアレクがギョッ!と目を剥く程速く、条件反射で即答した。

 デイシーさんが人差し指を唇に当て「勧誘成功ですね~ふふふ~」にっこり笑ってみせた。



 バタン。「戻りました」

「どうでした?」

 光源は白熱電球のみの会議室にはジュリトともう一人、不死省には珍しい顔がいた。

「珍しいですね。あちらの人間がここにいるなんて」

 あちら側の部署と協力態勢で臨む仕事は、年に片手の指で足りる程度だ。こちらの部署に立ち入らせる事自体滅多に無い。

「あなた方だけでは心許無いので協力要請を。――ええ、あなたが任務を完遂してさえくれれば。約束は守りますよ」

 漂う空気からして、どうやら要請とは名ばかりらしい。無表情で立つ顔見知りに心底同情する。

「それでルザ、エルシェンカは見つかりましたか?」

「いえ、執務室にはクレオとアレクしか。デイシーの姿もありませんでした」

 神父は眉を顰め、そんなはずはありません、きっぱり言い切った。

「目撃情報と照らし合わせても、彼等があそこに隠れているのは間違い無い。もう一度探してきなさい。今度は床と壁板を全て引き剥がしてでも……いえ」そこでジュリトの言葉が止まった。「あなたはどう思います?」

 あちらの裏切り者が述べた意見を、意外にもジュリトは真摯に聞く。

「確かに。一度は敵が踏み込んだ場所に潜伏しているなど馬鹿の所業。今頃別の隠れ場に移動しているはず」そう言って私達の方に視線を向ける。「あなた達は勝利に必要な缶の奪取に回りなさい。エルシェンカと孫娘の件は」裏切り者に目配せし「あなたに一任します。どこかの間抜け達より余程貢献してくれるのでしょう?」

 サラッと謙遜する相手。実力者と噂されるだけの事はある余裕の見せ様だ。しかも実際その通りなのだから性質が悪い。

「――ええ。発見次第拘束して情報を聞き出して下さい。手段は問いません」



 聖族側を示す赤いゴムバンドを肘まで上げ、シャツの袖に隠す。

『圧倒的不利な僕達に必要なのは、何よりもまず相手の情報だ。さっきの話に乗るフリをして奴等のアジトに乗り込み、缶の在処を突き止めてきてくれ』

『スパイはバレたら拷問と相場が決まってますからね~気張って遂行してきて下さい~』

 大変な役目を負わされた僕達は執務室を出、まずは不死省の人を探して廊下を歩く。

「騙せると思うか?」不安そうにアレクが訊く。

「信じてくれないようなら、取り合えずルザ達を呼んでもらいましょう。二人は僕達を仲間に入れたがっていましたし、多分疑わないはずです」

 結果的には騙す事になってしまうが、仕方ない。元はと言えば向こうのフライングが悪いんだ。それに、

「まあ、上手くやらないと味方のシルクさんに迷惑掛けちまうしな」心を読まれたかと思って吃驚した。「精々頑張ろうぜ」

「え、ええ!」

 エンジンが高鳴っているのを聞きつつ、僕は辺りを見回した。外は雲一つ無い晴天だ。


「おや、クレオ殿」


 いきなり廊下の角から制服姿のシルクさんが顔を出し、回路が危うくショートしかけた。

「お、おはようございます!奇遇ですね。シルクさんも不死省の缶を捜索中ですか?」

「ああ。そうか、二人はこちら側に付いたのだな、ふむ。充分気を付けた方がいい。連中は何せ強者ばかり、さっきも隠れてやり過ごした所だ」

 防衛団期待の彼女でさえ正面衝突を避ける程なのか……バンドを出したが最後、僕達なんてあっと言う間に袋叩きにされそうだ。

 ハルバートを背に、彼女は普段通り微笑んだ。その右手首には僕と同じ赤。

「バンドを見せていないと言う事はスパイか」

「ああ」

「シルクさんも隠した方がいいんじゃないですか?危険ですよ」

 僕の心配に、防衛団は例年聖族側だからな、どうせ顔を見られた時点でバレてしまうさ、あっさり言った。

「缶の情報が欲しいなら地下の不死省の会議室に行ってみるといい。昨夜からあの辺りは頻繁に人の出入りがある。恐らくあそこが向こうの作戦司令室だ」

「あ、ありがとうございます!」

 流石シルクさん、既にそんな重要な手掛かりを掴んでいるなんて!彼女のためにもこの勝負、絶対勝たないと!!

「同僚も連中の姦計に嵌ってしまい、今年の参加者は結局私一人だ。お互い何としても一矢報いてやらんとな」

「はい!」

 その後彼女は何故か顎に手を当て、少し困ったように辺りを警戒した。

「ところで、こちらの陣営の大将はどこにいるのだ?何分先程来たばかりでな、作戦を知らないまま単独で動いてもいいが……」

「それなら」

「待て、誰かが聞き耳を立てていないとも限らん。耳打ちしてくれ」

 形の整った石膏のような耳が僕の目の前に差し出された。僕は触らないよう細心の注意を払って口を近付ける。

「エルシェンカさんとデイシーさんは執務室です」

「そんな見つかり易そうな場所にか?」軽く驚いた声で言った。

「大丈夫、実は床下に隠れられる空間があるんです。床板さえ閉めてしまえばまず気付かれません。現にさっきルザ達が幾ら探しても見つけられませんでした」

「成程、盲点だな。では早速出向いて指示を仰ごう」

 記憶回路にしっかり形状を刻み込んだ耳が遠ざかる。エンジンがドキドキしっ放しだ。

「クレオ殿?また機械の具合が悪いのか、顔が赤いぞ」

「い、いいえ!異常はありません!」

「ならいいが」

 彼女はガラガラ……と窓を開け、こんな良い天気の日に争いとはお互いついていないな、朝の新鮮な空気を吸いながらそう言った。

「ええ、皆でピクニックにでも行きたい気分です」

「それはいい。偶にはリサも外へ連れ出さないとな」

 窓の外を覗いた相棒が奇妙そうな顔をしていたので、僕は尋ねた。

「どうしましたアレク?猫でもいるんですか?」

「――シルクさん、あんた謀ったな」

「え?」言葉の意味が分からず、僕は間抜けな声を漏らした。


 ドタドタドタッ!!


「うわっ!?」

 廊下の三方向から青バンドの人達が押し寄せてくる。明らかに狙いは僕達だ。

「でかしたぞ防衛団の!」先頭の大剣を持った男の人が叫ぶ。「二人だけか!?」

「執務室の床下に副聖王と彼の孫娘がいる。至急人をやってくれ」

「了解だ!お前等、行け!ぬかるなよ!!」

 おおっ!リーダーの声に劣らぬ威勢の良さ、数人の男達が僕達の来た道を駆けていく。

「で、こいつ等はふん縛って一緒に会議室へ放り込んどけばいいのか?」

「余り手荒にしないでくれ。彼等は私の友人なんだ」

 友人と言う単語に喜びを感じつつも、心の大半を支配していたのは驚愕だ。

「し、シルクさん……まさかシルクさんも」

「スパイだぞ。但し不死省側の、な」

 サラリと言われた告白に頭がクラクラする。

「どうして……?さっきは毎年聖族側だって」

「色々事情があるのだ。赦してくれとは言わないが、弁解するなら私も本来なら騙したくはなかった。正々堂々雌雄を決す、大会とは本来そういう物だろう靭殿?」

「心底同情するぜ。ジュリトの奴の策さえなきゃ、今頃俺と本気の真剣勝負ができていたってのにな」

「それはまた別の機会に。さて」ザッ、靴底に金属が入っているのか重そうなブーツで一歩踏み出す。「気は進まないが、貴殿等を拘束しないと任務不履行と見做されるのでな。大人しくしていてくれ」

 スパイでもシルクさんは優しく、やっぱり僕の大好きな女性のままだった。彼女にこんな卑怯な真似をさせるなんて――!!

「クレオ。お前高い所大丈夫だったよな?」唐突にアレクが尋ねた。

「え、ええ……いえ、落ちるのは苦」

「何を」

「動くなよ!!」「わっ!!?」

 “透宴”の縄が身体に巻き付いたと思った次の瞬間、僕は窓の外に放り出されていた。縄が解ける軌跡で樹の枝と枝の間に落ちる。


 ガサガサガサッ!!


「っ……」衝撃による回路の異常は――無い、良かった。「アレク!!」返事は聞こえない。シルクさん達に取り押さえられてしまったようだ。

 葉っぱや折れた枝を掻き分けて下へ降りる。かなり高い所に落ちたようだ、中々地面が見えない。

と、生い茂る葉の隙間から、太い枝に寝そべる十六、七歳の女の子の上半身が覗いた。

「誰です?」さっきの事もあって、警戒しつつ彼女に近付く。色白な人だ、リサさんみたいにどこか悪いのだろうか?蜂蜜色の髪も細く、風に吹かれれば切れてそのまま溶けいきそうだ。乳白色のローブには、不可思議な形をした金色のアクセサリーが何個か付いていてキラキラ光っていた。

「七十七羽はエリヤ。言の葉を以って人を導く者」

 身動ぎすると両側の袖がぱさっ、軽い音を立てた。

「あ、あなた腕が……」

「七十七羽の事を知らないの?クレオ・ランバート、鍵を外す一人よ。七十七羽はあなたをよく知っている」

「か、鍵?」何を言っているんだこの人?「あなたは一体」

「俗世の評判ならば百発百中の預言者、と言った所。実際は当てるでなく、節理のまま当たるのだけれど」

「あの、よく分からないのですが……」まだ言葉の勉強が足りないのかもしれない。チンプンカンプンだ。「お名前はエリヤさん、でいいんですよね?」

 彼女は、笑った。途端神秘的な雰囲気は消え、普通の女の子らしい質感が現れる。

「面白い。七十七羽は親愛の証として宣告を与えたいわ」

「せ、宣告?」

「言の葉によって願いを叶えましょう、初回無料で。どう?普通ここまでサービスしないけれど、今回は特別よ」

 降って湧いた提案に、しかし僕はただ混乱していた。「あなたは神様、なんですか?」でなければ願いの成就なんて出来ない筈だ。

「人?冗談でしょう?」

「いえ、人ではなくて神様」

「七十七羽は人に非ず。言うなれば創られた宇宙の外より飛来した一粒」

 益々訳が分からない。仮に他にも預言者がいるとして、皆こんな人ばかりなのかな。

「願い事は何でもいいんですか?僕、エレミアに帰りたいんです。出来ればレティさん達と一緒に」

 僕の本心からの願いに、しかし両腕の無い預言者は小さく首を横にした。

「それは無理、七十七羽の力だけではとても叶わないわ。同様にエレミアの住人、あなたの会いたいと望む者についても不可能」

「そうですか……」

 ディーさん達をこちら側に呼ぶ事も無理なのか……。ショックを受ける僕に向け、エリヤさんは枝の上で器用に頭を近付けた。

「落ち込む事は無いわ。他の大抵の願いなら叶えられる」

「――なら、例えばどんなに理不尽な程不利な状況の中でも勝つ、とか出来ますか?」

「簡単な事。だけどそう……七十七羽としては面白くない。勝敗の決まった試合なんてあなたも嫌でしょう?」

 彼女が微笑むと同時に、襟元のアクセサリーの一つが光った。

「勇有る者を助くは強き智と古き絆。夜の群衆は翻弄され、裏切り者は天よりのば」

「ま、待って下さい!!」

 慌てて止めに入った僕を訝しげに睨むエリヤさん。アクセサリーの輝きがあっと言う間に消える。

「中断したせいで二文目は無効化されたわ。何か都合が悪い事でも言ったかしら?」

「シルクさんは止むを得ない事情があって向こうに付いたんです!罰なんて駄目です、絶対に!」

「……妬けてしまうわ。ふふ」

 謎めいた笑みを浮かべ、「いっそ止めずに言ってしまえば良かった」恐ろしい事を平然と呟く。

「安心しなさい、預言はピリオドまで謳わなければただの言の葉。けれど一文目の宣告通り、あなたには二つの助力が現れる。精々有効に活用するといい」

「え……ほ、本当ですか?」確かに一人きりで三つの缶を探すなんてとても無理だ。味方は幾らいても足りない。

「クレオ・ランバートは預言を信じざるを得なくなる」くすくす。「七十七羽の預言は百パーセント。心配しなくてもすぐに証明されるでしょう」


「エリヤ!!」


 何時の間にいたのか、樹の幹の横に立つ二十代の男の人がこちらを見上げていた。開いているのか閉じているのか分からないぐらいの薄目。“白の星”でよく見かける白い着物、腰の両側に帯刀している。襟足までの白髪は癖で所々跳ねていた。

「兄よ。七十七羽を迎えに来たみたい」

「もう客が行列で待っているぞ。今降ろすから動くんじゃない」

「この程度なら平気よお兄様」

 そう言ってエリヤさんはフワリ、体重を感じさせずに飛び降りる。目の錯覚か、一瞬背中の左側に朱色の翼が見えた気がした。

「ほらね」僕の方を見上げて「紹介するわお兄様。七十七羽のボーイフレンドのクレオよ。早く降りて来なさい。大丈夫、私達以外見える所に人はいないわ」

 彼女と違い落下に若干のトラウマのある僕は、幹にしがみ付きながらずるずる降りていくしかなかった。途中でお兄さんが手を貸してくれ、ようやく地面を踏む事に成功。

「済まない。妹が妙な宣告をしなかったか?エリヤは見ての通り気紛れで、時々余計な力を使って他人に迷惑を」

「お兄様、クレオに変な事を」

「分かっている。お前の力は容赦が無いんだ、十二分に気を付けていないと」エリヤさんの言葉を遮って言う。

「宜しい。ふふ」

 どうやら兄妹の力関係はエリヤさんが優位なようだ。

「あ!エリヤ、さっきのボーイフレンドと言うのは取り消せ!彼はお前の恋人でも何でもないだろう!?」

「あらお兄様。ボーイフレンドは単に男の友達って意味よ。まぁ、それ以上になる可能性も無くは無いけれど」

 え?

「い、いえその……僕にはもう好きな人が……」

「安心しなさいクレオ。事恋愛に関して、七十七羽はこの力を使うつもりは無いわ。多少間接的に行使する程度よ」

 お兄さんが細い肩を掴む。

「初対面の人間を煙に巻くな!いいから来い、客が待っているんだぞ!」

「待たせておけばいいのよお兄様。七十七羽の預言を当てにする人間なんて器が知れているわ、そうでしょう?」

「我々は養われる身だぞ?働くのが当然だ」

「少なくとも七十七羽は負担になっていない方よ?義兄様のようなグルメでもなく、猫道楽のお兄様とも違うもの」

「あれは道楽ではない!ただ道端に捨てられているのが可哀相で」

「拾って毎日餌を与えれば充分道楽よ。今十匹はいる?家主が猫派だからいいけれど、そろそろ減らさないと、お兄様ごと放り出されてしまうわ」

「日常生活に介助が必要なお前よりは役に立つ」

「それが幾度と無く食料問題を解決してきた恩人に向かって言う言葉かしら?」

 今更疑問だけど、腕の無いエリヤさんが一人でどうやってこの樹に登ったのだろう?両腕があっても掴めそうな所は見当たらないのだけど。

「まあいい、お兄様の顔を立ててそろそろ行きます。クレオ」

「はい」

「今度は七十七羽の店で会いましょう。次はもっと色々話を、エレミアの事とか聞かせて。何時でも歓迎するわ」

「ええ。機会があれば伺わせてもらいます」

 彼女はお兄さんに連れられ市街地の方角へ歩いて行った。あ、こんな所で立っている場合じゃなかった!不死族の人達が来る前に移動しよう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ