序章 初夏の冷夜
横になったまま抱え直す。
「………こ」
何度呼び掛けようと、ゆりかごは当然変化などしない。けれど腕を放す事は到底不可能。
記録に保存された彼女はいつも笑顔を浮かべている。私の頭部を抱き締めた温かな腕、血の通う柔らかな胸の感触を辿る。――我知らず、頬を涙腺から発生した液体が伝っていた。
炎、掌の赤、絶叫、激痛……一片の欠落も無く脳内に再現される。握力を強め、システムを妨害する感情、バグを抑制しようとした。
「……り」
寒い。あなたの腕の無い世界は、いつも、どこでも。
「山」
「谷」
「よし入ってこい」
暗闇の中、集合した不死族達は円陣を組んで座っていた。既に私とカーシュの入る隙間は無かったので、端に寄せられた空の椅子に腰掛ける。
「今年はこっちが西側だったわよね靭?」入口で合言葉を交わした大男に尋ねる。
「ああ。配置は一昨年とほぼ同じだ。新米のお前とカーシュは遊軍として動け」
「了解よ」「分かった」
部屋の壁際に置かれたホワイトボードには政府館とその周辺を簡略化した地図。赤丸で味方、青丸で罠が所狭しと書き込まれていた。守備用の配置図、ざっと見た感じ蟻の入る隙さえ無い。
(流石不死省きっての策士コンビ、ジュリトとリュネが描いただけの事はあるわ)心底こちら側で良かったと思う。
「私達二人はいいとして、後の三人はどう言う扱いにするつもり?」
LWP調査団の籍は向こう側だが、ボスのお父様はこちら側の人間。大会に際しては非常にグレーな組織だ。
「デイシー・ミラーは聖族側に付くでしょう。エルシェンカの身内だし」会議室の奥から白衣を着たリュネが顔を出す。「彼女、大会に参加するのは一応初めてよね?」
「ええ。でも私達と同じで一昨年から非公認のサポート役に回っているわ。ルールも当然熟知済み」
二回共主に後方支援、そしてエルシェンカの有能な参謀役として働いていた。
「成程。でも戦闘能力は大した事ないんでしょう?彼女、回復魔術の方が得意だって話よ」
「良く知っているわね」
「自慢したがりがべらべら話し掛けてくるから。私の研究を盗み見にくるついでに」思い出したのか眉を顰め、嫌悪感を顕わにする。
「ルザ・デュシス。出来ればあなたには、残りの二人がこちら側に来るよう説得して頂きたい。味方は一人でも多い方が有利ですから」
円陣の一辺にいた神父が頼む、いや命じた。こちら側な以上、当然NOは認められない。
「分かったわ。これ以上知り合いを相手にするのは私も嫌だもの」
特にクレオ。優し過ぎるあいつと勝負なんて無理な話だ。アレクと一緒にロディ達をけしかけて散々脅しつけてやればこちらに入る気になるだろう。それさえ本当は心苦しいのだけど、仕方ない。敵にしたが最後、この容赦無い連中に何をされるか分かったものじゃない。
「では」
皆が一斉に円陣の中央で互いの手を重ねる。外側にいた私やカーシュ、リュネも手を伸ばして上の方へ。両側から押されて窮屈。
「主よ、我等に勝利を!!」「おー!!」