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神の箱庭に棲む少女  作者:
エピローグ
36/36

太陽の配達人

 崩れ落ちた箱庭は海の底へと沈んだ。

 世界最古の遺跡は、現在ではすっかり海底都市となっている。


 リアラルティアではその後、何度か大きな戦争があった。

 結果として多くの血が流れたものの、ヴァリス様の手腕により無事に勝利することができた。


 小国が乱立していた西の大陸は大国リアラルティアに統一され、長く続いた戦争は終焉を迎え、太平の世が訪れたのだ。


 戦時中のリアラルティアには、箱庭より導かれた一匹の鳥が守護神として祀られた。

 フェニックスと呼ばれたその鳥は人々に愛されていたが、やがてある日を境に忽然と姿を消し、二度と戻ることはなかった。


 箱庭に生きた不思議な少女トワの生死は、未だに明らかになってはいない。

 でも私は、今も彼女がどこかで生きているんじゃないかと思っている。


 そうあってほしいと、願う自分がいる。


「はぁ……疲れた」


 仕事を終えてふっとため息を吐く。

 するとコンコンとドアがノックされた。

 ペンを脇に置き「どうぞ」と声をかける。


「リアナ、少し時間はあるか」


 入ってきたのはヴァリス様だった。

 珍しい来客だ。


「どうなさったんですか? 仰ってくだされば、私からお伺いしましたのに」


「構わん。友の顔を見るのに、理由などあるまい」


 友、とヴァリス様が呼んでくれることが嬉しい。


 箱庭に行く前までは冷徹な皇帝だったヴァリス様も、すっかり丸くなった。

 心境的な変化があったのかもしれない。


「ヴァリス様、本当に顔を見に来ただけですか?」


「やはりお前の目は誤魔化せんか」


「ひょっとして、箱庭から逃げ出してきた動物についてとか?」


「よくわかったな」


「今、私たちが抱えている問題と言えば、それくらいですから」


 箱庭が崩落してから、箱庭に巣食っていた数多の動物たちが海を渡り、大陸に生息するようになった。

 それらは基本的には自然の中で生きているものの、時折人里に降りてきては甚大な被害をもたらす。

 ここ数年は、それらへの対処が大きな課題となっていた。


 特に北の大陸の被害が大きいらしい。

 人が少なく、自然が豊かな土地なのが理由だろう。


「そこまで察しがついているなら話が早い。実はこの間の国際会議で、北の大陸に関する奇妙な噂を耳にしてな。お前の意見を聞きたいと思ったのだ」


「奇妙な噂?」


「本来、箱庭にいた動物の駆除は多数の重火器を用いてそれなりの人数で対応するものだと思うが……どうも最近、それを単独で行う人物がいるらしくてな」


「すごいですね。凄腕の狩人、ということですか?」


「ああ。ただ、大型の武器などは使わず、いずれも刃物一本でほふってしまうらしい」


「とんでもないですね」


「私でも無理だ。人間業ではない。ただ、その人物の特徴がどうも妙でな」


「妙、というのは?」


華奢きゃしゃな女性だというのだ」


 ヴァリス様は顔を上げる。


「私と同じ白銀の髪と赤い瞳をし、変わった刺繍の入った服に身を包んでいるらしい。話し方にも癖や訛りが散見されると聞いた。極めつけに、フェニックスに酷似した緋色の大きな赤い鳥を連れているそうだ」


 私は、小さく息を呑んだ。


「……その人の名前は?」


「わかっていない。ただ、心当たりはあるだろう?」


 ◯


 北の大陸にある辺境の村に、巨大な獣の死体があった。

 ケルベロスと呼ばれたその獣は、三つの首を持つ熊よりも大きな犬である。

 作物や家畜を荒らす害獣だったが、長らく対処できずにいた個体だった。


 その巨大な獣を屠ったのは、たった一人の女性だ。


 背中まで伸びた白銀の髪と、太陽に酷似した幾何学模様の刺繍が入った服。

 すらりと伸びた手足は白く、肌には傷一つない。

 そしてその瞳は、赤く太陽のように輝いていた。


 女性の傍には、大人が乗れそうなほど大きな鳥の姿があった。

 四本の足で歩く、世にも美しい緋色の羽を持つ鳥だ。


「お嬢さん、本当にいいのかい? 討伐してもらったのに、報酬もいらないだなんて」


 女性が腰に刺したナイフでケルベロスを解体していると、近くにいた老婆が声をかけた。

 声を掛けられた女性は、ニカリと笑う。


「大丈夫! ケルベロスの毛皮とか売ればお金になる!」


「若いのに逞しいねぇ。手際もいいし。旅の途中かい?」


「うん! 色々と見て回ってるんだー」


「何か変わったものでも見れたかい?」


「変わったものかー。そうだなー」


 女性は少し考え、やがて太陽のような笑みを浮かべる。


「全部!」




 村を出た女性は、回収した素材を見てニシシと笑みを浮かべた。


「これだけあったら、しばらくはお金に困らないなー」


「クェッ!」


「よしよし、今日はご馳走だぞ」


 鳥は女性に向かって嬉しそうに頭をこすりつけた。

 女性はその頭を優しく撫でると、空を見上げる。


 空は雲一つない快晴で、穏やかな陽の光が降り注いでいた。

 地面に落ちた陽だまりは緑を鮮やかに彩り、世界を希望で満たしている。


 全身に太陽の光を受け、女性はぐっと伸びをした。


「アキナの故郷ってどこだろ? お墓とかあると良いな?」


「クェッ!」


「じゃ、行こうテト!」


 その後、各地を旅する不思議な狩人の噂が広まるようになる。


 その人物は混沌とした世に多くの光をもたらした。

 多くの人々を笑顔に導き、いつも太陽のように明るく、どこに行っても愛された。


 人々は誰もが狩人を「太陽のような人だ」と言い、いつしか彼女は『太陽の配達人』と呼ばれるようになった。


 今も太陽の配達人はどこかで旅をしている。

 彼女が歩く先には、必ず穏やかな太陽の光が降り注いでいた。




 神の箱庭に棲む少女


 ――おしまい

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