第5節 光と闇
空を覆っていた闇に切れ間が生まれ、天から一筋の光が差し込む。
それは串刺しになっていたトワを照らしたかと思うと、胸を貫く長剣を燃やした。
失われたトワの四肢がそれまでとは比べ物にならない速度で再生を果たし、全身から溢れ出るように光が発される。
まるで太陽のように。
目を覚ました私は、ゆっくりと手足を動かした。
これは……私の肉体じゃない。
私がトワの身体を操っているんだ。
「太陽……巫女を依代に眠っていたか」
顔を上げるとトコヤミがそこにいた。
「今さら目覚めたところで遅い」
トコヤミは、私に触れようと手を伸ばす。
「終わりだ。死ね」
かつてはあれほど恐ろしかった存在なのに。
どうしてだろう、今は随分小さく見える。
「無駄だよ、トコヤミ」
私の顔を掴もうとしたトコヤミの手を、肉体から放たれた光で蒸発させた。
光に焼かれたトコヤミは、苦しげなうめき声を上げた。
手を覆っていた闇が祓われ、中からヴァリスの腕が姿を見せる。
「おのれ……!」
激昂したトコヤミは、全身から黒い霧を解き放った。
祈りの間で兵たちを絶命させた、あの霧だ。
広がった黒霧は、私を包み込もうと広がる。
だが私が指先で触れると、体を包む光が伝播し、黒霧はただの霧と化して消失した。
私の光が、トコヤミの闇を凌駕していた。
かつては触れることすら叶わなかったのに。
「何故だ、何故勝てない……」
「私とトワの間には絆がある。それは私の力をより正確に発揮してくれる。他者の肉体を利用するだけのあなたとは違うの」
何千年と共に過ごしてきたから分かる。
私とトワの繋がりが、私の力を高めてくれたのだと。
私が手を翳すと、光が強くトコヤミを照らしてボロボロと闇を崩した。
獣が咆哮するようなうめき声を上げて、トコヤミが膝をつく。
するとその中から、トコヤミに呑まれたはずのヴァリスが顔を出した。
私はヴァリスを抱きしめると、トコヤミから引き剥がす。
ヴァリスに触れると、微かに胸が上下していた。
まだ生きている。呼吸があった。
依代としていたヴァリスの肉体を失い、ドロリとした液体のような闇の残骸だけがそこに残る。
「トワ、ヴァリスをお願い」
私はそう言って、光と共にトワの中から抜け出した。
姿を示した私を、肉体の戻ったトワが呆然と見つめる。
「テト……?」
その声には応えず、私はトコヤミに向き合う。
「トコヤミ……あなたは私が連れて行く。私と共にこの世から消えてもらう。最初からこうするべきだった。この世界に神はいらない。だって皆、自分たちの力で立ち、生きることができるから。私たちは、光と闇をこの世界に置くことが役目だったの。それ以上でも、それ以下でもない」
「黙れ! 我が安寧を乱した分際で、我に言葉を述べるな!」
「私たちは同じだよ。ただ安心できる場所が欲しかっただけ。あなたは孤独を安寧と呼んだ。けれど本当の安寧は、誰かに理解してもらうことなんだ。対等な立場で話せる理解者がいれば、それだけで心は満たされる。私はそれを大切な友達に教えてもらった。だからトコヤミ……これからは私が一緒にいる。私があなたの対等な存在になる」
「ほざけ! 我が安寧は、無の中にこそある! 我に触れるな!」
闇の残骸となったトコヤミは叫ぶも、その声はどこか弱々しい。
私はトワに振り返った。
「トワ、私といてくれてありがとう。あなたは私のたった一人の対等な友達だった。誰もが使命や役目のために私と距離を置く中、あなただけが私と肩を並べて話してくれた。そんなあなたに私は、確かに救われたんだ」
「嫌だよ……テト。いなくならないで……! トワを一人にしないで!」
トワは目から涙を溢れさせる。
「トワ、ずっと一人だった。でも寂しいって思ったことなかった。それは、テトがいつも一緒にいてくれたから! でもテトがいなくなったら、またトワ一人になっちゃう!」
私が消えてしまうことは、トワにとってトールが死んだ時と同じくらい悲しく、そして寂しいことなのかもしれない。
でも、私は知っている。
トワは大丈夫だと。
だってあなたは、私よりもずっと……太陽のような人だから。
「一人になるんじゃない。だってあなたはこれから、多くの人に会うんだから。あなたには辛い想いをさせてしまった。だからどうか自分の人生を生きて。行きたいところに行って、やりたいことをやって、たくさんのものを見て欲しい。私や、みんなの分まで」
私はトワを抱きしめた。
「ここに縛られたみんなの魂は、私がトコヤミと共に連れて行く。大丈夫、寂しくなんてないよ。いつも、太陽からあなたを見守ってるから」
私はそう言うと、抜け殻同然となったトコヤミに触れ、光を放つ。
広がった光は塔全体を包み込み、最上階にあった黒の太陽石を粉々にした。
その衝撃は箱庭全域へと広がり、地響きと共に建物を崩落させる。
箱庭が、崩壊を始めていた。
瓦礫は次々と降り注ぎ、崩壊は箱庭全体に広がっていく。
「テト!」
「さよなら、トワ」
そして瓦礫が辺りを呑み込んだ。
◯
飛空艇に残る兵たちの元へと戻ってた私は、突如として崩壊を始めた箱庭に混乱していた。
建物が次々と崩れ落ち、床は端から海に沈んでいく。
地面の揺れが酷く、まともに立つことも難しかった。
自分たちがいる場所も長くない。
「リアナ様! もう保ちません! 離陸許可を!」
「ダメよ! まだトワとヴァリス様が戻ってきてない!」
私は祈るように塔へ繋がる道を見つめた。
塔は崩れ落ち、その姿はもうない。
でも、もしトワたちが生きているとしたら、必ずこの道から戻ってくるはずだ。
「トワ……ヴァリス様……」
ギュッと両手を握りしめたその時。
「クェッ!」
突然鳴き声を上げたテトが、どこかへ向かって飛んでいってしまった。
「テト、待って! どこにいくの!?」
止める間もなく、テトは瓦礫の隙間を縫って姿を消してしまう。
追いかけることもできずに呆然としていると、すぐにテトは再び姿を現した。
その背中には見覚えのある人物が横たわっている。
「ヴァリス様!」
私が近づくと、テトはヴァリス様を背中から降ろした。
私はヴァリス様を抱きしめる。
「ヴァリス様! ご無事ですか、ヴァリス様!」
「う、うぅ……」
声を掛けるとヴァリス様は苦しそうに呻いた。
大きな外傷はなく、大事はないように見える。
思わず安堵の息が漏れた。
「そうだ、トワは……?」
テトに尋ねるも、悲しげな鳴き声が返ってくるだけだった。
建物が崩れ落ち、塔への道も埋まってしまう。
「リアナ様! もう限界です!」
「くっ……」
兵の声に急かされ、私は唇を噛みしめた。
仕方なくヴァリス様を背負い、テトと共に船に乗り込む。
「緊急発進! すぐにここを脱出する!」
瓦礫に外装をやられながらも、何とか箱庭から飛び立つことができた。
空から箱庭が崩壊する様子を眺める。
世界最古の広大な遺跡は、その形を失い海へと沈んでいった。
「トワ……」
私が呟くと、背後の座席に横たわっていたヴァリス様が目を覚ました。
「リアナ……私は、どうなった。神は無事だったか?」
ヴァリス様は鉱石に触れるまでの記憶がないようだった。
その姿を見て、私は静かに決心する。
「いえ……残念ながら、私たちの求める神はいませんでした。いえ、最初から神様なんていなかったのかもしれません」
「何だと……」
「あなたが今まで道を切り拓いて来たのは、神の力ではなく、あなたご自身の力だったんです。だからリアラルティアに帰りましょう、ヴァリス様。そして、これからのことを考えましょう。私もあなたの右腕として、これからはちゃんと……支えてみせます」
「それがたとえ茨の道でもか?」
「望むところです。ただ、あなたの手を血で滲まないようにするのが、私の仕事です」
「生意気なことを言うようになったな……」
ヴァリス様は呆れたようにふっと笑みを浮かべると、天井を仰いだ。
「悪い夢を見ていた気がする。まるで憑き物が落ちたみたいだ」
窓から光が差し込み、二人は外へ目を向ける。
青空の中心には、変わらぬ太陽の姿があった。




