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神の箱庭に棲む少女  作者:
第5話 トワと皇帝ヴァリス
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第4節 世界の終わりに彼女は歌う

 重たい稼働音とともに昇降機が下降する。

 暗黒の中、昇降機の陣から放たれる仄かな輝きだけがトワたちを照らしていた。

 隣では、リアナが力なくうなだれている。


「あれは一体何……? ヴァリス様は、どうしてあんな風になってしまったの?」


「わからないけど……、もしかしたら、ヴァリスは乗っ取られたのかも。悪い神様に」


「乗っ取られた?」


「お父さんは、この塔に悪い神様がいるって言ってた。あの黒い大きな鉱石が、きっと悪い神様を閉じ込めてた」


「じゃあ、ヴァリス様は封じられていたものを目覚めさせてしまったっていうこと?」


「もしかしたら……だけど」


「嘘よ!」


 激昂してリアナは立ち上がる。


「だってそれじゃあ、私たちが邪神を蘇らせるためにここに呼ばれたみたいじゃない! 何度もリアラルティアを救ってくれた神様が、あんな化け物のはずない!」


「悪い神様はきっと誰かの体に乗り移りたかった。だから、自分と話せるヴァリスの存在に気付いて……助けて、ここまで来てくれるようお願いした」


「何よ……それ。そんなはず……ないじゃない……」


 リアナは力なくうなだれる。

 トワの考えを否定できないようだった。

 その目には、失意と絶望が宿っている。


「皆既日蝕も重なってるし、これじゃあまるで世界の終わりみたいだわ……」


「世界の終わり……」


 口にしたトワは、天を仰いだ。


「あれは、お日様が消えるのを待ってたのかな……」


 すると悲壮な表情を浮かべたリアナが「どうしてこんなことになったの?」と膝を抱えた。


「こんな状況で、ヴァリス様もいなくなって、私にどうしろって言うのよ」


「リアナ、しっかりして」


 トワがリアナの顔を見つめると、虚ろな目をしていたリアナと目があった。


「まだヴァリスが死んだか分からない。助けられる可能性だってある」


「トワ……」


「リアナはこれからどうしたい? トワ、できる限りのことはする」


「飛空艇に見張りの部下がいるから、戻れば合流できると思うけど。本国に戻ったところで、どうすれば良いのか」


 リアナは苛ついたように「もう」と声を漏らした。


「にしても、本当に暗いわね。せめてもう少し視界が利けば良いのに」


「皆既日蝕だからかな?」


「ええ。でも妙ね。日蝕なんて、せいぜい数分程度って言われてるのに」


 その時、昇降機がようやく停止した。

 地上に着いたらしい。

 だが何の物音もしない。

 来る時は聞こえていた風の音も、小鳥たちの鳴き声や水のせせらぎも、すべて消え失せてしまっていた。


「とにかく、一旦戻りましょう。まずは状況を知らせて、対策を打たないと」


 二人が塔から出ようとしたその時。

 背後で、何かが落ちて来る音がした。

 トワとリアナが振り返ると、暗闇の中から、ヒタヒタと独特な足音と共に何かが近づいてくる。


 トコヤミだった。

 塔の最上階からここまで、二人を追って降りてきたのだ。

 雲よりも高い場所から、一直線に。


 トコヤミは怪我をした様子もなく、平然とトワたちの前に立っている。

 トワは腰からナイフを抜き、トコヤミに向き合った。


「テト、リアナを乗せて逃げて。トワがあいつを食い止める!」


「クエッ!」


「ダメよトワ! 一人じゃ危険だわ!」


 トワの腕をリアナが掴んだ。

 しかし、トワは小さく首を振る。


「大丈夫、トワ強い。簡単には死なない。だから、テトと一緒に行ってほしい」


「トワ……」


「あいつはきっと、良くないものを運ぶ。ここだけじゃなくて、色んな場所に。だから、倒さないといけない」


 その姿を見て、リアナは何も言うことができず、トワの腕から手を離した。

 トワの決心が固いことを悟ったのだ。

 トコヤミが一歩、トワに向けて近づく。


「テト! 早く行け!」


「クェッ!」


 トワの叫び声に反応し、テトがリアナを背中に乗せて走り出した。


「トワ!」


 外に走り去るリアナたちを見て、トワは泣きそうな顔で笑みを浮かべた。

 まるで、今生の別れのように。


 ◯


 足音が近づく。

 暗闇から、ヴァリスの肉体を器にしたトコヤミがやってくる。

 だらんと腕を下げて油断しているようにも見えるが、トワはゴクリと唾を呑み込んで後退りした。


「お前は、何が目的だ?」


「世界を闇で覆い、太陽を殺し、光を消す」


 くぐもった男の声。

 しわがれており、痩せた老人にも聞こえた。


「光が消えるれば終焉を迎える。闇は世を再び静寂で包む」


 トコヤミが言葉を告げる度に、トワの体に刻まれた黒の紋様が疼いた。

 それはトワや一族を箱庭に縛り付けた闇の呪いだった。


 呪いは、トコヤミに反応していた。


 ナイフを持つトワの手が、じっとりと汗で湿る。

 心臓の音が聞こえそうなほど早く鼓動していた。


「この世には何もいらない。ただ、一切の無だけが我が安寧なり」


 その言葉に息を呑み、トワは瞬きをする。

 次の瞬間、トワの目の前――鼻先がぶつかりそうなほど近くにトコヤミの顔があった。

 あまりの速さに、トワの反射神経を以てしても反応ができない。


 するとトコヤミはトワの顎をクイと寄せ「お前から太陽の気配がする」と言った。


「その白き紋……あの女、お前に祝福を与えたか。だが哀れな太陽の末裔よ。お前はあまりにも弱い。恐れるにも値しない。太陽はどこにいる。あの女を出せ」


 トワは答えず蹴りを入れたが、トコヤミは身をひねってそれを回避する。

 ほぼ同時に、手に持っていたナイフの柄で顎を打った。

 だがトコヤミは片手でトワの腕を捻り上げ、いとも簡単にナイフを奪い取ってしまう。


 それはまるで赤子と大人だった。

 トコヤミは、トワのすべてを凌駕していた。


 不意にトワは自分の体を支えられなくなり、その場に崩れ落ちた。


「な、何だ……?」


 急に体が言うことを聞かなくなったトワは、混乱し、足元に目を落とす。


 足がなかった。


 トワの太ももから下が、切断されていた。


 自覚した瞬間、トワは喉がれるほど絶叫する。

 痛みにのたうち回るトワを、トコヤミは静かに見下ろした。

 その瞳は暗く、深き闇に覆われている。


「あの女がお前に刻んだ祝福を呪え。それはお前が死に逃れることすらはばむ」


 トワの足から大量に血が溢れ出る。

 常人では助からない重傷のはずだが、出血はすぐに止まった。

 全身の白い紋様が輝くと同時に傷口が塞がり、足が再生を始める。


「何度でも刻み続けてやる。我がこの世を終わらせたそのあとも、痛みに苦しみ、さいなまれよ。お前の一族が我にした仕打ちを、永劫えいごうの時を以て償え」


 トワは這いずるようにトコヤミから逃れようとした。

 必死に外へと向かう。


 しかしすぐに追いつかれ、体を持ち上げられた。

 そのまま四肢を切断され、ヴァリスの長剣を心臓に突き刺される形で壁に固定される。

 血が噴き出し、体の治癒が追いつかない。

 全身が痙攣したが、トワに刻まれた白の紋様が気を失うことを許さなかった。


 皮肉にも、トワを癒やすはずの祝福が、トワを蝕んでいた。


「痛い……。助けて、お父さん、お母さん……」


 口と鼻から血を垂れ流し、虚ろな目でトワは呟く。


「テト……」


 意識が朦朧としているのか、消え入りそうな声でトワは口ずさむ。


「歌えや……歌え、踊れや……踊れ、皆が歌えば……お日様起きる、お日様……神様……ともにある、太陽起きれば……神様……笑う、太陽みんな……ともにある」


 紡いだ歌はどこまでもどこまでも遠く広がって――

 トワの中に眠る私に届いた。

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