第3節 皆既日蝕
数名の見張りを飛空艇に残し、トワたちは塔へと向かう。
最初は不安を露わにしていたトワも、徐々にいつもの調子を取り戻していった。
「ねぇねぇ」
トワが兵の一人に話しかけると、相手はチラリとトワを一瞥した。
返事はないが、トワは構わず話し続ける。
「その筒? 銃って言うんだよね。どんな仕組みになってるの?」
「おい、触るな! 危ないだろ!」
「ちぇっ、ケチだなー」
天真爛漫なトワの雰囲気に呑まれたのか、張り詰めていた空気は徐々に緩んでいった。
誰にも相手にしてもらえず退屈したトワは、唇を尖らせて何気なく空を見上げる。
弱々しい光を放つ太陽の姿がそこにあった。
「やっぱり今日は何だかお日様の光が弱いなー」
「日蝕だからね」
いつの間にか隣にリアナが立っていた。
「日蝕って?」
「太陽が影に隠れる現象よ。太陽が欠けるから、陽の光が弱く見えるんじゃない?」
「ふーん。そうなのかー」
よくよく太陽を見ると、確かに端の方が少し欠けて見えた。
「日蝕は五十年に一度しか起こらないからね。奇しくも今日がちょうどその日みたい。私も実際に見るのは初めて」
「五十年に一度……」
「トワは何度も見たことあるんじゃない?」
「うん。でも今まで気づかなかった。何で今日だけ分かったんだろ?」
「そう言えば、今回の日蝕は皆既日蝕だって国の学者たちが騒いでたっけ。普通の日蝕と少し様子が違うのかも」
「皆既日食って?」
「太陽が完全に隠れてしまう日蝕よ」
「お日様が消えちゃうの?」
リアナの言葉を聞いて、トワの顔に不安が浮かぶ。
その様子を見たリアナは苦笑した。
「一時的に、だけどね。そんなに怯えなくても大丈夫よ」
「なら良いけど」
そこでふと、トワは腕組みする。
「リアナ、日蝕はお日様が影に隠れるんだよね?」
「そうよ」
「何の影に隠れるの?」
「えっ?」
リアナはしばらく考えたあと、首を傾げる。
「確かに、何の影かしら……」
知らないというより、疑問に思ったことがないという印象を受けた。
すると、先頭を歩いていたヴァリスがこちらにやってくる。
塔は見えているのになかなか着かない状況に疑問を抱いたのだろう。
苛立ちと焦りが顔から伺える。
「トワ、目的地はまだ遠いのか?」
「んっとね、お日様がいるうちには着くと思う。近そうに見えて距離あるから」
「ふん、今日中に箱庭を出られれば良いがな。あまり長居はしたくない」
ヴァリスは周囲を見渡す。
「それにしても、恐ろしい化け物に襲われるものかと思っていたが、意外とそうでもないな」
「確かに? 今日はあまり見ないかも……」
言いかけたトワは「違う」と呟く。
「全くいないんだ……」
◯
数時間後、トワたちはようやく塔にたどり着いた。
空を見上げると、ずいぶん進んだ日蝕が、太陽を半分以上隠してしまっている。
「ここが目的の塔か」
「ねぇ、トワ。本当にこの中に神様がいるの?」
「わかんない。トワ、中に入ったことないから……」
「しかし、入口らしきものが全く見当たらないな」
塔の周囲は分厚い外壁に囲まれていた。
だが、中に繋がる入口らしきものは見当たらない。
ぐるりと外周を見て回ったが、四方全てが壁になっていた。
「ヴァリス様、やはり入口らしきものは見当たりません!」
探索から戻ってきた兵の報告を聞き、ヴァリスは困ったように腕を組む。
「ではどうやって中に入る? 何か仕掛けでもあるんじゃないか。どう思うリアナ」
「私も探してみましたが、それらしきものは何も……」
「トワ、本当に何も知らないのか?」
「壁が動いたりする仕掛けはたくさんあるけど、この辺で見たことはないかも」
「どこかに隠されている可能性もあるか。ただ、見当もつかないな」
重たい空気が一行の間に流れる。
トワは塔を囲む外壁に目を向けた。
石が積み重ねられた壁は高く、簡単には越えられそうにない。
トワ一人なら登ることは難しくないが、全員が中に入るのは不可能だ。
ふと、外壁を眺めてトワは首を捻った。
「この辺、もしかして……」
トワは探るように壁に手を触れた。
すると、突如として壁に光の切れ目が入り、人が通れそうな通路が音もなく出現する。
予期せぬ現象に、トワは目を丸くした。
「開いた!」
「本当か!?」
ヴァリスが近づいてくる。
「どうやって開けた?」
「触れたら入口ができた」
「何だと?」
ヴァリスは通路の壁に触れたが、何の変化も起きなかった。
「ただ石壁だ。トワの一族にしか入れないような仕組みになっていたのか?」
トワは壁に触れた自身の右手を見つめる。
「入口が空いたのは、トワが巫女の娘だから……?」
呟くトワを見て、ヴァリスは意味がわからないと言いたげに怪訝な顔をした。
「まぁ良い。とにかく道は開けた。中に入るぞ」
「う、うん……」
塔の内部は広い空間だった。
天井が吹き抜けになっており、先が見えないほど高く伸びている。
塔の途中にはいくつも窓が設けられており、そこから陽の光が差し込んでいて中は明るい。
ただ、階段やハシゴの類はなく、階層も設けられていなかった。
一見すると、ただ窓があるだけの長い筒状の建物だ。
床に大きな円が描かれた一帯があり、円に沿って太陽言語も記されていた。
円の外側に上昇、内側に下降を意味する言葉が刻まれている。
ヴァリスはそれを興味深げに観察した。
「これは精霊工学の陣だな。だが、どうやって起動させる?」
「トワ、分かるかも」
「何?」
「確か、中心に立った気がする……」
その言葉をたどるようにトワが陣の中心に立つと、床の陣が輝き始め、仄かな光が放たれた。
「みんな、陣の中に入って」
言われるがまま、皆がトワの周囲に集まる。
すると、身体が軽くなるような浮遊感とともに、音もなく床が上昇を始めた。
ぐんぐん高さが増し、地上から遠ざかっていく。
「何だこれは……昇降機か?」
「私たちの国のものとは全く異なりますね……」
「トワ、何故これが動くと分かった? 中に入ったことはないと言ってただろう」
「分かんない……。でも何となく、こうしたら動く気がした」
曖昧なトワの返事に、ヴァリスたちは困惑したように顔を見合わせた。
数分の上昇の後、やがて塔の最上階へと到着した。
昇降機から降りたトワたちは、恐る恐る部屋に足を踏み入れる。
そこは雲よりも高い場所に存在し、十二の方角に天窓が設けられた、大きな祭壇のある広い空間だった。
天窓の外には太陽の姿もあったが、既に日蝕でその大半が覆い隠されている。
外から差し込む陽の光は、部屋の中心にある巨大な黒い鉱石を照らしていた。
その鉱石を見たトワは、一歩後ずさる。
暑くもないのに、額から汗が流れた。
「おぉ……、間違いない。神が告げたのはこの場所だ……。ということは、あの鉱石が神の眠る御神体か?」
ヴァリスはまるで少女のように目を輝かせ、興奮したように頬を上気させる。
追い求めた場所にたどり着けて感動しているのかもしれない。
彼女はふらふらと魅入られたように、黒い鉱石へと近づいていった。
「これをリアラルティアに持ち帰れば、国は救われる……」
「ヴァリス、待って!」
鉱石へと手を伸ばすヴァリスに、トワは思わず叫んだ。
だが、その声は届かない。
ヴァリスの手が鉱石へと触れてしまう、その時――
天に浮かぶ太陽が、影に覆い隠された。
光が消え、空が真っ暗になる。
「皆既日食……?」
異変を感じてリアナが空を見上げた。
ほぼ同時に、闇が天から降り注ぎ、鉱石に触れるヴァリスの肉体を包みこむ。
突風が発生し、堪えきれずその場にいた全員が身を屈めた。
暗闇で視界が奪われるも、目が徐々に慣れてくる。
誰もが倒れる中、ヴァリスは微動だにもせず部屋の中央に立っていた。
「ヴァリス……?」
声をかけるも、返事はない。
明らかに様子がおかしかった。
ヴァリスはゆっくりと、こちらに振り返る。
「ひっ……!」
どこからともなく、短い悲鳴が上がった。
目の前に立っていたのは、ヴァリスではなかった。
皮膚が剥がれた老人のような、人の姿をした異形だった。
その顔は怨嗟に満ち溢れており、身体に闇をまとっている。
闇の化身トコヤミが、ヴァリスの肉体に降臨していた。
「ば、化け物だ! 撃て!」
誰かが叫び、端を発したように兵たちが銃を構える。
「待ちなさい! 撃っちゃダメ!」
リアナの制止も虚しく、一斉に銃弾が発射された。
火薬の弾ける音と共に閃光が走り、弾は正確にトコヤミの体へと着弾する。
何十発もの鉛玉が、トコヤミを貫いた。
「ヴァリス様!」
リアナが悲痛な叫び声を上げる。
だが、撃たれたはずのトコヤミは何事もなかったかのようにゆっくりと兵たちの方を向くと、その中の一人に向けて静かに手を突き出した。
「な、何だ……? 止めろ!」
叫び声が上がった次の瞬間――
ヒュッと風を切る音が走ったかと思うと、体に切れ目が入り、兵はバラバラになった。
「殺られた! 武器を持ってる!」
「撃て! もっと撃て!」
更に銃弾が打ち込まれる。
だがトコヤミは一切動じることなく顔を上げると、今度はゆっくりと両手を振った。
黒い霧がトコヤミの体から溢れ出す。
「リアナ、逃げよう!」
「ダメよ! だってヴァリス様が……!」
「今は助けられない! トワたちが先に死ぬ! テト!」
「クェッ!」
トワはリアナを連れて昇降機へと飛び込んだ。
トワの呼びかけにテトも追従する。
その直後、溢れ出た黒い霧が一気に部屋中に広がった。
霧に触れた兵士たちは魂を吸われたかのようにやせ細り、骨だけとなって絶命する。
黒い霧に触れる前に、トワは昇降機を動かす。
最後に見たトコヤミは、不気味な笑みを浮かべていた。




