第6節 卵
私たちはトールを火葬し、その灰を海へと流す。
そうすればトールが箱庭の外に出られる気がした。
トワはずっと泣いていたけれど、そんな彼女に私は寄り添い続けた。
今の私にできるのは、それくらいだったから。
「トールはね、気高き戦士だった。彼ほど強い人を、私は今まで見たことがない。だからトワ、あなたのお父さんを誇りに思って」
「うん……」
すっかり泣き腫らしたトワは、ようやく顔を上げる。
「そう言えば、お前名前は何て言う?」
「私はね……テト」
「テトって……お日様の神様と同じ名前だ……」
「そうだよ」
私が太陽神であることは、伏せることにした。
伝えればまた距離ができてしまう。
「テトは、お父さんと友達だったの?」
「それは……」
どう答えようかと考えていると、ぐぅっとトワから間抜けな音がした。
トワはお腹を押さえる。
「お腹減った……」
「何も食べてなかったもんね」
でもそれは、トワに元気が出てきた証だ。
私は立ち上がる。
「トワ、食べ物を取りに行こう」
私たちは食物を探して小動物が多く生息する場所へと向かうことにした。
だがその途中で、妙な気配を感じる。
足を止めると、トワが怪訝な顔をした。
「どうした?」
「ちょっと気になる気配があって……」
街中にある大きな建物。
かつて市場だった場所だ。
気配はこの中からする。
私たちは足を踏み入れる。
建物の中は大きな広場になっており、朽ちた天幕が垂れ、かつて人が使っていたであろう道具や露店の形跡が残っていた。
天井は高く、大きな柱がいくつも立っている。
窓がいくつも設けられており、屋内だが中が明るくなるよう設計されていた。
奥に進むと、妙に草花が生い茂る一帯があった。
陽の光が特に強く差し込んでいる。
近くに水場もあるみたいだったから、どこからか植物の種が運ばれて、ここで育ったのかもしれない。
中心には、巨大な卵が置かれていた。
「卵? こんな大きいの初めて見たなー」
驚いているトワをよそに、私は卵に近づき、手を触れる。
命の脈動がした。
生きている。
だが、凍えて死にかけていた。
親がここを巣にしたまま、どこかで死んでしまったのかもしれない。
「ねぇ、テト。この卵、食べられるかな」
「ダメだよ、食べちゃ」
私は目を瞑ると、太陽の位置を少しだけ動かす。
すると、窓から差し込んだ光が卵を強く照らした。
凍えていた卵に陽の光が辺り、脈動が強まる。
「これでもう大丈夫」
私は笑みを浮かべた。
「この子は太陽が祝福してる。きっと、トワにとって特別な鳥になってくれるよ」
「お日様が祝福してるのかー。それは食べられないなー」
「あとでここに毛皮を持ってこよう。夜になってもこの卵が凍えないように包んであげるの」
「わかった」
外に出た私たちは、当初の目的通り動物のいる一帯へと足を運ぶ。
元々は果樹園だった場所だけれど、今では植物が育ちすぎて茂みのようになっていた。
果物を狙ってやってくる小動物を狩るのだ。
「見えた、あそこらへんに動物がたくさんいるんだ」
「うん」
だが茂みへと近づいた時、私はトワを制止した。
木々が踏み潰されたように倒れ、地面には何かが這いずったような跡が残っている。
その大きさの生き物には、心当たりがあった。
「トワ、ここはダメ。引き返そう」
「何で?」
「近くにヒドラがいるかもしれない」
「ヒドラ?」
「すごく大きくて、たくさん頭がある毒蛇だよ。あなたがまだ赤ん坊だった頃、トールが戦って、唯一勝てなかった相手」
「お父さんが勝てなかった……? それはちょっと会いたくないかも」
「そうだね。他に良い場所を知ってるから、狩りならそこでしよう」
「テト、何でそんなに詳しい?」
「ここは……私の家みたいなものだから」
私を見たトワは、不思議そうに首を傾げていた。
◯
狩りを終え、食事を取るトワを私は眺める。
「テトも食べればいいのに。本当にいらないのか?」
「うん、私は大丈夫」
精神体である私は何かに干渉することができない。
感触を確かめることくらいはできるけれど、それだけだ。
父を亡くして傷心していたトワは、まともなものを食べて少しずつ元気になっているみたいだった。
「トワは、太陽神テトについて何か聞いてる?」
「みんなをたくさん助けてくれたってお父さんが言ってた」
助けてくれた……か。
「本当にそうなのかな」
「えっ?」
「太陽神テトは特別な存在じゃない。とても弱くて、頼りない存在なんだよ」
「そうなの?」
「うん。トワの一族の人たちは、いわばテトと仲良くしてくれた人たちかな」
私はパチリパチリと音を立てる焚き火に目を向ける。
「太陽神テトは闇の化身と戦って、失敗したの。闇の力はテトが思っていたよりずっと強くて、太陽一族の大半が死に絶えてしまった。テトはあまりに無力で……大好きだった人たちが犠牲になるのを、ただ見ていただけだった。トールが死んだのも、トワが一人ぼっちになってしまったのも、全部テトのせいだよ」
私はギュッと拳を握りしめる。
唇を噛み締めると、自然と涙が浮かんだ。
「みんな優しかったのに、死んでしまった……。私は、誰も助けられなかった。せっかく信じて頑張ってくれたのに……。ごめんね。ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「テト、何で泣いてる? 大丈夫か?」
トワが心配して顔を覗き込む。
私は小さく首を振って顔を上げた。
「大丈夫。ごめんね、トワ」
無理やり笑みを浮かべた私を見て、トワは何か考えているようだった。言葉を選んでいる。
「お父さんも、お母さんも、たぶんみんなも……きっとお日様の神様のこと怒ってないと思う」
「どうして?」
「だってお父さん『お日様に感謝しろ』っていつも言ってたから。それによく晴れた日は、みんないつも笑ってたんだって。みんな、お日様のこと大好きなんだよ。トワも、お日様が好きだ」
「トワ……」
彼女の言葉で、何故か昔のことを思い出した。
祭りの準備をしようとして賑やかだった故郷の村のことを。
あの時、確かにみんな笑っていた。
私がいなければ良かったのにと、ずっとそう思っていた。
でも、全部が全部悪かったわけでもないのかもしれない。
話していると、少しずつ日が暮れてきた。
夕陽が沈み始め、私の存在は足先から薄れていく。
トワに気づかれる前にここを去らないと。
「そろそろ行かなきゃ。トワ。あなたに会えてよかった」
「もう行っちゃうの? 夜は危ないぞ? トワの家に泊まっていけばいいのに」
「ごめんね。私、夜はここにいられないの」
少しだけ考え、口を開く。
「ねぇ、トワ。もし良かったら、私がいない間、あの卵のこと見守ってあげてくれる? あの子はきっと特別な存在になるから」
図々しいお願いだろうか。
そう思ったが、トワは嫌な顔一つせず頷いてくれた。
「良いよ。夜の間、トワがあの卵見とく」
「ありがとう、トワ。また明日、会いに来るね」
「約束だぞ」
「約束……?」
予期せぬ言葉に、内心驚く。
約束なんて、誰かとするのは初めてだ。
それが何だか嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。
「うん、約束ね……!」




