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神の箱庭に棲む少女  作者:
第4話 トワと暁の神テト
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第2節 影

 翌日から、私は山の中にある古びた小屋へと籠もることにした。


「テト、どうしたの突然……」


「これはみんなのためにどうしてもやらなければならないことなの」


「他の人じゃダメなのか?」


「うん。私にしかできない」


 お父さんもお母さんも、明らかに困惑していた。

 でも、強く否定することはしなかった。

 私が光の化身だと知っていたから。

 普通の娘に生まれてこれなくてごめんなさいと、心で謝罪する。


 私は起きている時間の大半を祈りに捧げた。

 疲れたら眠りにつき、起きればまた祈りを捧げる。


 誰も小屋には近づかなかった。

 食事を運ぶ時以外は寄らないよう強く言い渡したのだ。

 人に会えば、気持ちが揺らぐ気がしたから。


 そうして祈りを捧げ続けて数ヶ月が経つと、私の体に異変が生じた。

 全身が光に包まれ、足先が光に呑まれ始めたのだ。

 光は日が経つごとに強さを増し、やがて全身を包んでいく。


 そして、完全に体が光に包まれる頃には、私の肉体は人の原型を留めなくなった。

 あの時見たような光る天球となり、そのまま私は空に昇る。


 こうして、私は太陽となった。


 太陽となってからも、私の意識は消えなかった。

 光と共に朝をもたらし、光が射さない場所は闇を迎える。

 そうして、世界には朝と夜が規則的に巡るようになった。


 ただ、私の肉体は太陽と化したが、何故か精神は人間だった頃の姿を保ったまま地上にあり続けた。

 目を瞑ると天球からの景色が浮かび、目を開くと少女のまま地上に立っている奇妙な状態が続いた。


 私は太陽であり、同時に少女だった。


 肉体のない体は疲労することなく起き、朽ちることなく存在し続ける。

 そしてこの世界の摂理と一つになったことで、私は人間だった頃には分からなかった世界の規則を知ることができた。

 万物に語りかける言葉や、身体能力を高める方法など、私の得た知識は明らかに人智を超越していた。


「畑の害虫が酷くてなぁ。農作物が食い荒らされて困ってんだ」


「このままじゃまともに飯も食えやしねえ」


「それならいい方法を知ってるよ」


 私がいくら話しかけても、誰も返事をしてくれない。

 この知識を誰かに届けたいと思ったけれど、精神体となった私の姿を視認できる者はいなかった。

 人間を超えた知識を得たけれども、同時に私は漠然と人々が生きて死ぬまでを観測し続ける存在になってしまったらしい。


 何年も何年も、時間は静かに流れ続けた。


 肉親も死に、知っている村人もすっかり代替わりを果たし、やがて私の知っている人も消えた。


 それでも私は、自分の生まれ育った村の変化を見守った。

 そうして、千年の時が経った。



 ――太陽暦1000年



 数年ぶりに私が村の様子を見に訪れると、それまでとは違うことが起こった。


「誰かそこにいるの?」


 草葉の陰に立つ私に、気づく人が現れたのだ。

 村の子供のようだが、外見が違う。

 村の人間は焼けた肌と黒や茶色の髪をしていたが、その少女は私と同じ白銀の髪と赤い瞳を有していた。

 自分以外にそのような特徴の人間を見るのは初めてだった。


「あなた、私がわかるの?」


「うん。姿が見えないけど、どこにいるの?」


 どうやら少女に私の姿は見えていないようだ。

 眼の前に立っているのに、少女の視線はあさっての方向を向いていた。


 久しぶりに人と話す感覚に、私は密かに高揚する。

 深く深呼吸して、気持ちを整えた。

 なるべく落ちついて声を出す。


「私はテト。あなたの村を見守っている――精霊のようなものだよ」


「テトって、太陽の神様と同じ名前だ」


「……そうだね」


 千年ぶりの人との会話は懐かしい感覚で、同時に嬉しかった。


「あなたの名前は?」


「トカプだよ」


「じゃあトカプ、一つだけ頼まれてくれる?」


「なぁに?」


「村のみんなに伝えて。もうすぐ嵐が来るから備えた方が良いって」


「どうしてわかるの?」


「私は精霊だから、色んなことが分かるの。頼まれてくれる?」


「うん、良いよ」


 私の願いを聞いたトカプは、素直に家へと戻っていった。

 こっそりそのあとを追ってみる。

 家の中を覗くと、ちょうどトカプと両親が話しているところだった。


「もうすぐ嵐が来るから、備えて欲しいって」


 娘の言葉に、トカプの両親は顔を見合わせた。


「急に何の話だ? 何故嵐が来るとわかる?」


「森で教えてもらったの」


「教えてもらったって、誰に?」


「テトって名前の人」


「テト……?」


 トカプの両親はすぐに太陽神の名であると気づいたようだった。

 そして私の言葉はすぐに村長へ伝えられ、村全体へと広がる。

 人々はトカプの言葉を信じ、避難した。

 大きな嵐が村を襲ったのは、その数日後だ。


「やはりこの子が聞いたのは太陽神テト様の言葉だったんだ。トカプは巫女だ。太陽神の言葉を届ける、我らが巫女なんだ」


 村の人々は、トカプを神の声の代弁者として扱った。

 トカプという伝道者ができたお陰で、私は自分が持っていた知識を人々に届けることができた。


 万物と意思疎通する言語、自然界に働きかける精霊術、生活の知恵や優れた建築技術、身体能力を高める方法まで。

 私が与えた助言はいずれも多くの福をもたらし、一族を繁栄させた。

 そして得た知識を彼らはより多くの人々へ広げ、人類の文明は飛躍的な発展を遂げた。


 当初は私と対等に話してくれていたトカプは、やがて成長し大人になると、太陽神である私を畏怖し敬うようになった。

 それまで妹のように思えていたトカプが突然他人行儀になってしまい、私は寂しく思う。

 でも、今まで通り話してほしいと言っても、トカプは聞かなかった。


「テト様……我らが一族を導いてくださりありがとうございます」


「うん……。お疲れ様、トカプ。どうか安らかに」


 年老いて息を引き取ったトカプを看取り、私は再び一人になった。

 それ以降も、私の声を聞く巫女は数世代に一人現れた。

 いずれも女性で、私と同じ白銀の髪と白い肌に赤い瞳を持っていた。

 私の知恵を授かった一族は、太陽神テトを信仰することから、いつしか太陽一族と呼ばれるようになった。



 ――太陽暦1500年



 ある時、私は太陽を隠す影の存在に気がついた。


「何だろう?」


 地上から空を見上げ、思わず呟く。

 太陽わたしと地表の間に、大きな影があった。

 それは太陽を少しだけ欠けさせている。

 影の正体はわからなかったけど、妙な胸騒ぎがした。


 ふと妙な気配がして振り返ると、薄暗い木陰に影のようなものが立っていた。

 空間を切り取ったかのような、ぽっかりとした人型の影。

 それが何かを、私はよく知っていた。


「トコヤミ……」


 かつて夢と現の狭間はざまに現れた、自分の死を願う闇の化身。

 夢の中の存在にも思えたそれは、以前目にした時よりも明瞭な姿を持っていた。

 トコヤミの表情は闇に包まれて見えなかったけれど、何故だか不気味に笑っているように見える。


 薄ら寒いものを覚えた。


「あなたが……太陽を隠そうとしているの?」


 私の問いに答えることなく、トコヤミは空間に溶けるように姿を消した。

 太陽を見上げると、先程まで存在した影もすっかり消失している。

 去ったのだと思うと同時に、この現象はまだ終わりを迎えていない……むしろ始まりなのだと悟った。


「もし太陽が消えてしまったら、どうなるんだろう……」


 きっと良くないことが起こる。

 不安だけが私の心に残った。


 それから五十年に一度、太陽が欠けるようになった。

 その現象は人々に日蝕と呼ばれるようになり、回を増すごとに規模を増した。


 日蝕は太陽を少しずつ、だが確実に覆い隠していく。

 そして日蝕が起こる度に、トコヤミは必ず私の前に姿を現した。

 前回出現した時よりも、更にハッキリとした姿で。


「太陽の力が弱まると共に、トコヤミの存在が強まっているんだ……」


 このまま行けば、あと二回――百年もすれば、影は太陽を完全に覆ってしまう。

 その時、トコヤミは完全な姿でこの世に姿を現すだろう。

 そうなれば、一体どうなるか。


 一つだけ心当たりがあった。



 ――早く死ね。



 トコヤミの言葉が、脳裏をよぎる。


「そうか……トコヤミは私を殺したいんだ……」


 トコヤミは太陽と私を同時に消すことで、この世から光を奪おうとしている。

 どうやって精神体である私を殺すつもりなのかは分からないけれど、このままだときっとそれは成し遂げられてしまう。


「私がトコヤミを消さないと……」


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