第3節 最後の話者
建物から出たわしらは、古代都市を更に奥へと進んだ。
トワは先程のわしの言葉を聞いてから、何やら元気がない。
今まで自分が何者かということについて、考えたことがなかったのかもしれん。
「トワ」
「何?」
「わしの言葉を気にしておるのかね」
「うーん……。太陽一族って言われても、よく分かんないなーって思って」
「そうじゃな。今さら自分の出生について言われても、中々ピンとは来ないじゃなろう。得てしてそういうもんじゃよ」
「コペルの話だと、太陽一族はすごい一族なんだよね?」
「恐らく、じゃがな」
「でもトワは、別にすごくないよ?」
「そうかのう?」
わしは顎に手を当て、まじまじとトワを見つめる。
「案外すごくないと思っておるのは、お前さんだけかもしれんぞ?」
わしの言葉を聞いたトワは、「そうかな?」とそっぽを向いた。
照れておるのじゃろう。
するとトワは誤魔化すよう前方を指さした。
「コペル! 大きな階段がある!」
通りの奥にあったのは、横幅が広く、余裕をもった造りの大階段じゃった。
百段はあるじゃろうか。
どうやらこの古代都市における高台の役割を果たしているらしい。
「行ってみようか」
「うん!」
テトがわしを乗せて階段を登ってくれる。
トワは軽々と段差を飛び越え、あっという間に上へたどり着いてみせた。
わしとテトは、そのあとをゆっくりと追う。
階段を登りきると、やがて開けた空間へと出た。
木々が生い茂り、太陽の光に照らされて美しくさんざめいて見える。
中心には高所に釣り鐘が吊るされており、繊細で見事な装飾が施されておった。
「すごく広いね! それにおっきな鐘!」
「ふぅむ、下の広場とは少し様子が異なる場所じゃな。祭事を執り行うような場所だったのかもしれん」
改めて鐘に近づくと、わしが思っていた以上に巨大な代物じゃと分かった。
大の大人が数人がかりでようやく持ち上げられるほどじゃ。
「あれほど大きな鐘を吊るすのは容易ではなかったじゃろうな。横に足場がある。身軽な者が登り、鐘を鳴らしていたのか」
「トワ、音聴いてみたい。鳴らしてみる?」
「いや、止めた方が良いじゃろう。見たところ随分と老朽化しておるみたいじゃ。衝撃を与えると落ちるかもしれん」
「そっかぁ、残念」
ふと、鐘の更に奥に目を奪われた。
視界を横切るような巨大な壁画が描かれておったからじゃ。
白銀の髪をした少女が、、太陽の中に立っている絵が描かれている。
少女は白い装束に身を包み、そこに描かれた模様はトワの服の刺繍とよく似ていた。
まるで太陽を背負うかのようなその姿は、わしには太陽そのものに思えた。
「これは……太陽を擬人化しておるのかのう? 周りに文字も記されているようじゃ。精霊工学の構文に用いられる文字と同じものか」
「『かつて光は少女から生まれた。少女は太陽となり光をもたらした』」
「トワ、読めるのかね?」
目を丸くするコペルに「うん」とトワは頷き、続きを読む。
「『我らは太陽と共に箱庭へ闇を閉ざす』」
闇。
どういう意味じゃろうか。
太陽の対となる、いわゆる敵対的な存在を示唆しているように思える。
記録には残っていないが、太陽一族は何かと戦っておったのかもしれん。
問題は何と戦っていた、じゃが……。
「ふぅむ、『闇』か」
考えておると、トワが不意に壁画を指さした。
「この女の子、見たことある気がする」
「本当か?」
「うん。でも、誰か思い出せないや」
トワの親族か、あるいは神の代弁者となる巫女のような存在じゃろうか。
「ふぅむ、わからんことだらけじゃな……」
わしは顎ヒゲを撫でながらしばらく壁画とにらめっこしたが、諦めてため息を吐いた。
「この絵が示す意味も、書かれている文字も、正確に理解するには時間がかかりそうじゃ」
「疲れちゃった?」
「少しな。ただそれ以上に、面白いと思うよ」
わしは髭を撫でる。
「不思議じゃのう。意味は分からずとも、眺めていると何となく内容が伝わってくる気がしてくる」
「何でだろ?」
「さてな。ただもしかしたら、ここに用いられている言葉には、特別な力が宿っているのかもしれん。言葉の壁や種族の違いを超えて意味を通じさせるような、そんな力がな」
この世界には主要な四つの言語がある。
それらは東西南北の大陸でそれぞれ発達し、北は土、東は風、西は水、南は火の言語として形作られた。
もしトワが不死の少女で、かつてアキナやミヤコと実際に交流した箱庭の少女トワその人だとするならば、複数の言語を巧みに使い分けていることになる。
それはあまりに奇妙な話じゃ。
なら、何故トワはわしと話せているのか。
そこから導き出せる可能性は一つしかない。
「この壁画に描かれた文字は、太陽一族が用いた言葉……言わば太陽言語なのじゃろう。そしてそれを読むことができれば、誰とでも話せる奇跡の言語になるのかもしれん」
「太陽言語……」
「トワが話しているのも、恐らく太陽言語じゃ」
「それってすごいの?」
「ああ、すごいぞ。トワは言わば、この世界に存在するただ一人の太陽言語の話者なのじゃからな」
そう考えれば、わしとトワがこうして当たり前に話せていることにも説明がつく。
我ながら突拍子もない考えじゃが、こうして実際に本物の太陽言語を目の当たりにすれば、嫌でも体感する。
知識の壁を超えて意味を伝える、神秘的な言語の力を。
気がつけば、茜色の夕陽が古代都市を美しく照らしていた。
陽が少しずつ傾きはじめ、陽の光が赤く染まり始める。
夕日に照らされた太陽を司る少女の絵は、こちらに微笑んでいるようにも見えた。




