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神の箱庭に棲む少女  作者:
第3話 トワと賢者コペル
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第2節 太陽一族の末裔

 トワの案内を受け、箱庭を歩く。

 わしの足腰が弱いことを知ったトワは、テトの背中にわしを乗せてくれた。

 ゆったりと歩くテトの背中は羽毛で覆われており、乗り心地は抜群じゃった。


 道すがら、冒険家アキナや、機械技師ミヤコの話をすると、トワは嬉しそうに笑った。


「アキナもミヤコも、またトワに会いに来るって言ってくれたんだー。アキナが死んだのは知ってたけど、ミヤコも死んじゃったんだね……」


「そうじゃのう。お前さんが思うよりも速く、この世界の時は流れておる。でも彼らの知恵と技術が、わしをこの場所に連れてきてくれた。物事というのはすべて繋がっておってな、彼らの偉業は、確かに受け継がれておる。お前さんとわしが出会えたのも、彼らのお陰じゃ」


 少し話すだけでわかった。

 トワは裏表のない、素直な女の子じゃと。

 彼女は決して嘘をつかず、また人をたばかるようなこともしない。

 アキナやミヤコを友人だと語るのも、彼女にとってはそれが事実で、二人との縁が今も風化しておらぬからじゃろう。


 それが事実だとすれば、やはりこの子は何千年も一人で生きてきたことになる。


 ただ、どうやってそんな長い時を生きたのか、その理由はとんと思いつかなかった。

 箱庭の力が理由かもしれんが、そうなるとトワ以外の人間が死んでしまった理由に説明がつかん。

 賢者と呼ばれ、何もかもを知ったにもかかわらず、わしは何も分からなかった。


 ただ……『わからない』という事実は、少なくともわしにとっては嬉しいことじゃった。


 知らぬということは、少なくともわしにとって幸せなことなのじゃから。


「コペルは賢いんだよね? この世界のこと何でも知ってるの?」


「全てではないが、大半のことは知っておるよ」


「じゃあ、箱庭のことも分かるのか?」


 わしは首を振った。


「ここだけなんじゃよ。わしにとって『未知』なのは」


 わしが笑みを浮かべると、トワは不思議そうに首を傾げる。


「わしは、今まで出会って来た本はすべて読みつくした。それはそれはたくさん読んだものじゃ。本を読み、知恵をつけていくうちに、わしのつけた知恵がやがて人々の役に立つようになってのう。それが嬉しくて、もっと学ぶことに夢中になっ。そしていつの間にか賢者と呼ばれ、知らぬことはほとんどなくなってしもうた」


「じゃが」とわしは言葉を継ぐ。


「それは同時に、わしにとって退屈の始まりじゃった。特にここ数年は、新しい知識と出会う機会もなくなってしもうての。それがどうにも、張り合いがなかったんじゃ」


 雄大な箱庭の景色の中を、サッと一陣の風が通り抜ける。

 その風をわしは肌で感じた。


「わしは未知を知るのが好きなんじゃ。だからここは良い。ここにはわしの知らぬことばかりじゃ。ここはすべて、未知に溢れておる」


「ふーん? 知らないのが楽しいってよくわかんないなー」


「ほっほっほ、そうかもしれんのう。知らない楽しさが判るには、まず知る楽しさに触れねばならんからのう」


 話しているうちに、箱庭の風景が少しずつ変わり始めた。

 石柱や植物に囲まれた通路だったのが、見上げるほどの高い建築物が並ぶ古代都市へと変化していったのじゃ。


「立派な都市じゃな……。これらは集合住宅の類か。確かに、ここで大勢の人が暮らしていたなら、図書館があってもおかしくはなさそうじゃ」


 都市にあるのはいずれも長方形の箱型の建物ばかりで、時の流れを象徴するようにいたる場所から植物が生えておった。

 静寂に満たされた都市は、どこか神聖さすら感じられた。


「素晴らしい文明じゃのう。わしの住んでいた南の大陸でも、ここまでの大都市はありゃせん。それを当時の技術で造ったのは驚きじゃな」


「南の大陸ってどんな場所なの?」


「暖かく、人やものが行き交う場所じゃよ。誰もが陽気で、賑やかなところじゃ。そして、それはそれはたくさんの人が住んでおるのじゃよ。この大都市を埋め尽くすほどの人がな」


「楽しそうだなー」


「トワは箱庭の外には出たことがないのかい?」


「うん。トワ、生まれてからずっとここにいるんだ」


 何故かトワはジッと、自身の手に刻まれた黒い紋様を眺めておった。

 何か言いたげじゃが、言葉を呑み込んでいるように見える。


「トワも、もっとコペルみたいに色んなことを知りたかったな。トワ、今まで何も気にせずに生きてきたから、コペルに教えてもらうまで『知ること』が大事だって思ってなかった」


「知ってたら、何が変わったと思う?」


「わかんないって思わなくなったかも。もっとコペルにこの場所のこと色々教えてあげられたと思う」


「それは素敵なことじゃのう」


 トワは小さく肩を落とす。

 自身が無知であることを自覚し、落ち込んでいるようじゃった。

 知識の重要さを知らなかったのじゃろう。

 そんな彼女の肩に、わしは優しく手を置く。


「お前さんが抱えておる事情はわからんが、物事を始めるのに遅いということはないよ。今からでも十分間に合う」


「トワもコペルみたいに物知りになれる?」


「ああ。わしが見たところ、お前さんはとても聡明で筋が良い。きっと、わしより遥かに賢くなれるじゃろう。大切なのは、知ろうとすることだけじゃ。そしてお前さんは今日、『知ること』の大事さを知った。大切な一歩を踏み出したと言えるじゃろう。あとは学ぶだけじゃ」


「じゃあトワ、コペルからたくさん色んなことを教えてもらう!」


「ほっほっほ、構わんよ」


 ◯


 わしはトワと共に、古代都市の建物の中を探索して回った。

 箱庭は今より何千年と前に造られた古代都市じゃ。

 しかしそこには、朽ちた食器類や、寝具に家具など、人が暮らしたであろう痕跡が数多く残されておった。

 もっとも、それらはまともに使える状態ではなかったがのう。


 近くには市場や憩いの場のような広場も設けられておった。

 すっかり面影はなくなってしまっているが、かつてこの場所では人の交流が盛んだったのじゃろう。

 ただ、観察すればするほど、わしの中にあった違和感は膨らんでいった。


「まるで突然人が消えてしまったようじゃな……」


 部屋の片隅には、すっかり傷んでしまった玩具のようなものが置かれておった。

 それはわしに、かつてのここに住んでいた者たちの暮らしを想起させる。

 ふと見ると、いつの間にか傍におったはずのトワの姿がなかった。

 つい先程まで同じ部屋におったはずなのに、妙なことじゃ。


「テト、トワはどこへ行ったのかね?」


「クェ?」


「コペルー! すごいの見つけた! こっち来て!」


 外から声がしたので出てみると、トワが何かを見上げておった。

 その視線の先にあったのは、建物の側壁に描かれた大きな壁画じゃ。

 原始的な画風で、陽の光が植物を育んでいる様子が描かれておる。


「おっきい絵だなー?」


「ふむ、何のために描かれたものじゃろうな。都市を彩るため……と言うわけでもなさそうじゃが」


「これはね、お日様の神様がすごいんだって言ってるんだと思う」


「ほう、太陽信仰の現れか」


 そのメッセージをひと目見て紐解くことができるということは、トワにもこの文明に関する造詣があるということじゃろう。

 太陽の神を認識しておるものだけが感覚的に理解できる、共通認識のようなものかもしれん。

 そこで試しにもう一つ、抱いた疑問を尋ねてみることにした。


「トワ、もし知っていたら教えてはくれんかね」


「何?」


「この古代都市には、仕掛けのようなものがいくつかあった。見たところ、箱庭は太陽の光を非常に重視しておる。仕掛けのいくつかは日光を取り込むために造られたものじゃろう。じゃが、壁が動いて妙な出っ張りが生まれたり、意図的に壁に植物が生い茂るよう設計されている場所もあった。その意図が読めん。どう思う?」


「うーん、そだなー。壁の出っ張りは、手ぇ掛けたら近道になるかも?」


「何?」


 思わず眉を顰めた。

 構わずトワは続ける。


「石に手が引っかかれば上に登れるし、壁の蔦もトワやだったら手ぇ掛けて昇ったり、降りたりできる」


「それはトワだけができるものかね?」


「お父さんだったら同じようにできるよ。トワとお父さん、箱庭を飛び回ってたから」


「親子して凄まじい身体能力じゃ……。確かにそうして見ると見え方が変わるかもしれん。蔦や木の根、石壁のくぼみや出っ張りも、トワには道になり得るのか……」


 もし、太陽一族にそうした身体能力を有する者たちが大勢いたとしたら。

 全ての仕掛けには、明確な理由が生まれる。


「トワ、わしは確信したことがある」


「何?」


「お前さんはやはり、かつてこの場所を作った一族――太陽一族の末裔じゃ」

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