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神の箱庭に棲む少女  作者:
第3話 トワと賢者コペル
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第1節 賢者

 ――太陽暦4605年



 南の大陸にある港町カフカ。

 この街一番の書店に、足繁く通う老人の姿があった。


 白髪に柔らかく長いヒゲを生やし、メガネを掛け。

 頭には珍しい形の帽子を被っておった。

 それは、学者だけが被ることの許された帽子じゃった。


「邪魔するよ」


「おお、コペル先生、いらっしゃい」


「新しい書籍の入荷はあるかね?」


「今日は東の大陸の本が入ってるよ。ちょうど商船が来たんだ」


「東の大陸か、どれ、見てみよう……。ふぅむ、読み尽くしたものばかりじゃのう。たまには新しい知識を得られる本が読みたいものじゃが」


「無茶言うなよ。今さら先生が何を学ぶって言うんだ」


「それもそうじゃな……」


 幼い頃から、わしは本が好きじゃった。


 本に触れ、未知を知る。

 そして新たな知識を得て、より深い洞察力を得る。

 そうして人生を豊かにすることが、わし――賢者コペルの生きがいでもあった。


 じゃが、こうしてすっかり老いさらばえた今となっては、それも過去の話になってしもうた。


「どれも知った知識ばかり。新しいものに事欠かないと言われたこの港町も、すっかり退屈な場所と化してしまったのう」


 わしはそっとため息を吐く。


「この退屈を埋めてくれる場所はないものかの……」


 狭い店内にひしめく書物を何気なく眺めていると、ふと一冊の本が目に入った。

 機械技師ミヤコの残した、精霊工学に関する本じゃった。

 わしが人生で最も好きな本の一つじゃ。


「箱庭、か……」


 その遺跡の名は、この世に一つだけ残った……わしの知る『未知』じゃった。


 ◯


 帆を張り、船は海を走る。

 天候はよく、海は凪いでおった。


 風一つない中じゃったが、この船が走る分には何の問題もない。

 なぜならこの船には、約五百年前の技術者が組み込んだ精霊工学が利用されておるからじゃ。

 それは何もない場所に風を生み、船を進ませてくれる。

 今や人類の叡智は、本来なら実現不可能な旅をも可能にしてくれた。


 潮の流れは悪くない。

 記録では、箱庭の周辺には海獣リヴァイアサンが存在するという。

 じゃがよく晴れた海の温かい日であれば、安全な渡航が可能とされておった。

 世界に残された、箱庭に関する確かな情報の一つじゃ。


 船を進めていると、海の中に突如として細長い針のようなものが出現する。

 それは、遠方からでも確認できるほどの高い塔じゃった。

 塔に向かって進むと、やがて大きな遺跡が見えてくる。


「……見えた。あれが箱庭か」


 こうもあっさりとたどり着くとは、拍子抜けじゃ。

 それだけ、人類の文明が発達したということなのじゃろう。

 今まで渡航すら難しかった箱庭は、今や探索可能な場所に成り下がりつつある。

 じゃが、その遺跡を調べようなどという酔狂な人間はこの世にはいなかった。


 この賢者コペルを除いてはな。


 箱庭に降り立ったわしは、その圧倒的な規模の遺跡に思わず目を奪われた。

 見上げるほどの大きな建造物たち。

 かつては多くの人々が住んだであろうその場所は、今は荒廃し自然に呑まれておる。

 太古の文明が自然に還る儚さと滅びの美しさが、そこには同居しておった。

 それはまるで、この賢者コペルの行く末を物語るかのように。


「素晴らしい光景じゃな……」


「クェッ!」


 不意に声がして目を向けると、そこに巨大な緋色の鳥が立っておった。

 猛禽類にも似た顔立ち。

 面妖なことに四本の足があり、背中には大きな翼が生えておった。

 神話で語られるグリフォンにも思えるが、それにしては鳥の特徴が色濃く残っておる。


 緋色の鳥は目が合うとジッと首を傾げてこちらの様子を観察していた。

 箱庭にいるという危険な獣の類かとも思うたが、それにしては人馴れしているようにも感じる。

 知性のある動物じゃと、すぐに気づいた。


「お前さん、この箱庭の住民かね」


「クェッ!」


「ほっほ、元気な鳥じゃのう」


「こらー! テト!」


 わしが鳥と対話を試みていると、空から女の子の声がした。

 驚いて見上げると、上から一人の少女が落ちておった。

 少女はまるで空飛ぶ魚のように宙を泳ぎ、まっすぐこちらに向かってくる。


 どこかにぶつかってしまうのではないかとヒヤヒヤしたが、地面が近づいてきたのを見た少女は、器用なことに壁の出っ張りを使って速度を落とした。

 そのまま近くの壁を蹴り、踊るようにわしの目の前へと着地する。


 まさかこの生涯で、空から少女が降ってくる現場に遭遇するなど思ってもみんかった。

 地面に降り立った少女は、緋色の鳥へと鋭い眼光を向ける。


「テト! お前は大きいんだから急に近づくとビックリしちゃうだろ!」


「クェッ!」


 少女の言葉に反抗するように緋色の鳥は鳴き声を上げた。

 一人と一羽は、わしを蚊帳の外にしてしばらく睨み合う。

 わしはゴホン、と咳払いをした。


「こりゃ驚いたのう……。まさか空から人が降りて来るとは」


 わしが声をかけると、少女はこちらを見た。


 肩まで伸びた白銀の髪。

 太陽を模した幾何学模様が刺繍された民族衣装。

 白と黒の紋様が浮かび上がった独特の白い肌。

 何よりその赤い瞳からは、強い意思のようなものが感じられた。


 天からの使いかと、本気でそう思うた。


「お前さん、空から来たのかね?」


「ううん。あそこから降りてきただけだよ?」


 少女は数十メートルほどの高さがある柱の上を指差す。

 わしは思わず「信じられん」とズレたメガネを直した。


「あんな場所から人が降りて助かるものかね」


「嘘じゃないよ?」


「わかっておるよ。ただ……驚くべき身体能力じゃのう。まるで羽でも生えておるみたいじゃ」


「トワに羽ないよ? テトにはあるけど!」


 トワと名乗った少女は、緋色の鳥の背中をぽんぽんと叩く。

 背中を叩かれた鳥は妙に誇らしげな顔をした。

 やはり、人の言葉を理解しておるのじゃろう。

 名前はテトというらしい。

 ただ、わしが気になったのはこの少女じゃった。


 ……トワ。


 その名前に覚えがあった。


 偶然でなければ、生きた時間が異なる二人の人間が、その名を告げている。

 冒険家アキナ、機械技師ミヤコ。

 箱庭から生きて帰って来た二人の偉人が、本でトワという少女について言及しておった。

 そして更に奇異なことに、彼らの告げた特徴もまた、少女と一致していた。


 わしはずっと、この『トワ』なる人物が、同一人物ではないかと考えていたのじゃが……。

 ここで出会ったのは偶然か、それとも必然じゃろうか。


「お前さん、トワというのかね。素敵な名じゃな」


「ヒゲもじゃは名前なんて言う?」


「わしはコペル。南の大陸より来た学者じゃよ。人類学者じゃ」


「じんるいがくしゃ?」


「簡単に言えば、人の生活を豊かにするための研究をしておるんじゃよ。人はわしのことを、賢者コペルと呼んでおる」


「ふーん? 何だかすごそうだなー」


 人懐っこい子じゃ。

 悪い子ではないのは確かじゃろう。

 コロコロと変わるトワの表情は、大国リューゼで暮らす孫娘を思い起こさせた。

 自然と緊張が解け、わしの表情も穏やかなものになる。


「トワはここに住んでおるのかね?」


「そだよ?」


「他にも人がおるのか? お前さんのような女の子が一人で居られる場所ではないと思うが……」


「トワ、お父さん死んでからずーっとここに一人で暮らしてるんだ」


「ほう、それはすごいのう」


 半ば予想していた答えではあったから、驚きはなかった。


「コペルこそ、どうやってここに来た? ここって大陸から遠いぞ?」


「天候を読み、潮の流れに沿って船を走らせただけじゃよ。この賢者コペルにかかれば生物の隙を突くなぞ朝飯前じゃ。とは言え、テトが現れた時は流石に肝を冷やしたがの」


「クェッ?」


 わしはしばらく考え、そして彼女に告げる。


「わしの乗ってきた船は、機械技師ミヤコが考案した船なんじゃよ」


「ミヤコ?」


「知っておるかのう?」



「うん! ミヤコはトワの友達!」


「そうか……。やはり、そうじゃったか……」


 色々なことが、ストンと腑に落ちた気がした。

 そしてまた、より一層わからなくなった。


 何故この子が、まだ生きているのか。


「それなら、お前さんの友達のお陰で、わしはここに来られたということじゃな」


 目の前の少女は、一体何者なのじゃろう。

 トワはまさに、未知そのものじゃった。


「コペルは、もしかしてトワに会いに来てくれたの?」


「お前さんに会えたことは嬉しく思っておるよ。じゃが残念ながら、わしがここに来た理由は別にある」


「そっかぁ……。じゃあ、何のために?」


「ここに長年住んでおるお前さんなら知っているかもしれん。本を見かけはしなかったかね」


「本って、紙が束になったやつ?」


「見たことあるのか?」


「うん。ミヤコがずっと前に見せてくれた」


「ずっと前、か……。それなら、恐らくトワの言っている本と、わしの探している本はまた別物じゃな」


「じゃあ、どんなの?」


「太陽一族に関する本じゃよ」


「太陽一族?」


 わしは深く頷く。


「この世界にある様々な文化や思想は、歴史をたどると、いずれもある一族が広げたものだと判明しておる。それが、太陽を神として信仰する太陽一族じゃ。遥か太古の時代に生き、様々な文明や思想の礎を築いたと言われる伝説の一族じゃよ」


「そんなのがいるのかー」


「ただ不思議なことに、彼らが存在したことは確かなのに、彼らに関する明白な記録はほとんど残っておらん。世界に大きな影響を与えたというのに、その痕跡がほとんど残されておらんのじゃ。まるで意図的に消されたかのようにな。これはかなり不自然なことなのじゃよ。明らかに人の手が加わっておる」


 見上げた先には、半壊した建物がそびえ立っておった。

 その壁には、太陽を模した象形文字や記号が多数描かれている。


「かつて箱庭を探索した者たちの記録によれば、ここには太陽への信仰や、太陽を中心とした思想の痕跡が多数あるらしい。恐らく、この箱庭こそが太陽一族の最後に暮らした場所なのじゃろう。だとすれば、彼らは自分たちの『知識』を、この場所に隠した可能性が高い。そうして、自分たちの知識を悪用されないようにしたんじゃよ」


「でもトワ、ずっとここで暮らしてるけど、本なんて見たことないよ?」


「必ずしもそれは本の形をしているとは限らん。紙の束かもしれんし、彼らであればもっと別の方法で記録を残している可能性もある。少なくとも言えることは、彼らの知識の倉庫――いうなれば図書館のようなものがここに存在しておるかもしれんということじゃ」


「図書館?」


「たくさんの本が集まった場所じゃよ。箱庭にある図書館じゃから、箱庭図書館じゃな」


「箱庭図書館かぁ。いい響きだなー」


 トワは年頃の少女のように目を輝かせる。

 その表情は、あまりに無垢じゃった。


「確かにトワもここのこと全部知ってるわけじゃないから、調べたらあるかもな? でも、どこらへんにあるのかわからないや」


「それならわしに考えがある」


 わしは肩に掛けていた小さな皮の鞄から一枚の紙を取り出した。


「これはわしが文献を頼りに作った箱庭の地図じゃよ」


 そこには、箱庭を上から俯瞰した見取り図が描いてあった。

 過去にこの箱庭に実際に訪れ、記録を残したのは二人だけ。

 彼らの記録を頼りに巡った場所を特定し、地図を作り、おおよその建物の配置を記しておいた。

 ただ、描かれているのはほんの一部で、白紙の部分の方が多い。


「何でこんなに真っ白なの?」


「箱庭に関する情報は少なくてな。分かってないことの方が多いんじゃよ。少なくとも言えることは、この地図で描いた場所には本を見つけた記録はなかったということじゃ」


「じゃあ、何も描かれてないところに本があるの?」


「もしかしたらな」


 とは言え、地図に描かれていない場所全てを調べるのはあまりにも無謀な話じゃった。

 何十年とかかるじゃろう。

 わしにはそれほどの時間は残されていない。


 するとトワはしばらく考えた素振りを見せたあと、白紙の部分を指差した。


「トワ、この辺知ってる。よく狩りで行くよ。ここは建物の中に何度も入ったけど、本は見たことない!」


 思わず「ほう」と感嘆の声が漏れる。


「なら、トワの話を参考に埋めていけば、より場所を絞れそうじゃのう。反対に、トワが行ったことのない場所はあるかい?」


「えっと……」


 トワは箱庭の東側に位置する一帯を指した。


「この辺りは動物も果物も少ないからあんまり行かないかも。入ったことあるけど、ちゃんと調べてない」


「ならまずはそこに向かうとしよう。トワ、良ければ箱庭を案内してはくれんか?」


「うん!」

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