第9節 一族の成れの果て
数日後、僕たちは箱庭の高所にいた。
高台のようになった場所で、階下には居住区や宗教区の施設が見える。
「ミヤコ、こんなとこで何するの?」
「飛行装置の試作機をテストしてみようと思うんだ」
僕は背負った飛行装置をトワに見せる。
装置を見たトワは小さく感嘆の声を上げた。
「おー、今までとはすこし形が違う」
「この間トワが連れて行ってくれた足湯がヒントになったんだよ」
「どういうこと?」
「あの足湯には、二つの陣が描かれてた。お湯が発生する陣と、薬の効果を付与する陣が別々に描かれていたんだ。そこで思ったんだよ。陣の効果は重ねがけすることができるんだって。効力が弱い陣でも、重ねることで強くなる。そしてその性質を利用すれば、色んな現象を起こせるんじゃないかと思った」
「どうやるの?」
「これを見て」
僕は飛行装置の中を見せる。
四枚一組になった歯車をいくつも作って、層にしたものだった。
歯車には金属棒を通しており、その表面には塗料で陣の一部を描いてあった。
それらは手元のレバーで回転するようになっている。
「元々飛行装置に使っていた歯車に、陣に使う構文の一部を描いたんだ。歯車四つを上手く噛み合わせれば、陣が一つ完成するようになってる」
「おぉー、すごい」
「あとは同じものを複数作って重ねておけば、陣の効果を重ね掛けして高く飛ぶことができるってわけさ。薄い紙に描いた絵を重ねて、一つの絵にするようなイメージだよ。これで重力に反発する力を生み出したり、風で前に進む力を作るんだ」
「高さも変えられるの?」
「高さも速度も調整できるよ。歯車を回して、発動する陣を変えるんだ。そのための効果を持たせた陣を組み込んである」
僕は飛行装置をポンと叩いた。
「この装置は、四十枚の歯車を使って最大で十組の陣を作れるようにしてある。重力制御、風力制御、姿勢制御、それらの強弱の調整。組み合わせ次第でちゃんと操作すれば、理論上は空を飛べるはず」
「ふーん?」
トワは不思議そうな顔で首を傾げている。
流石に理屈っぽすぎたかもしれない。
僕は小さく笑った。
「口で説明するのは分かり辛いかもしれないね。とにかく見るのが早いよ。上手く行けば、きっとすごく画期的なものになる」
僕はそう言うと、高台の端に立った。
下には箱庭の古代都市が広がっている。
落ちればただではすまないだろう。
「見てて、今からこの装置を使ってみせるから」
僕は歯車を回転させて陣を調節する。
すると、徐々に身体が軽くなり、足先が地面から離れた。
陣の効力で浮力が生まれ、僕の身体を浮かび上がらせているのだ。
慎重に身体を回転させて振り返ると、トワとテトが驚きの表情を浮かべていた。
「ミヤコすごい! 飛んでる!」
「クェッ!」
やった、無事に成功した。
次は実際に前に進めるかを試してみる。
僕は陣を調節して、風の陣を起動して推進力を生み出した。
スッと滑るように、僕の身体が徐々に前へ進んでいく。
高台から飛び出た身体は、ちょうど古代都市の真上を浮遊していた。
階下には大きな建物が建っている。
もし今落下したら、ひとたまりもないだろう。
「よし……あとは徐々に高度を下げて、着地出来れば……」
呟きながら歯車を調整すると、不意にガクンと身体が落下を始めた。
弱めていた重力が元に戻っている。
重力を強めすぎたのだ。
「おわっ!?」
「ミヤコ!」
トワが咄嗟に手を伸ばすものの、その手は届かず空振りしてしまう。
成すすべもなく落下し、僕の身体は建物の屋根へと叩きつけられた。
老朽化していた屋根が堪えきれずに崩れ、瓦礫とともに中へと落下する。
地面に叩きつけられ、しばらく痛みに身悶えした。
息ができない。
「痛たたた……」
恐る恐る体を動かしてみる。
幸いにも骨は折れていないようだった。
奇跡的に助かったのだろう。
我ながら死ぬかと思った。
本来なら助からない高さから落下したはずだ。
風の陣のお陰でわずかばかり浮力が残っていたのと、上手い具合に屋根が崩れて衝撃が殺されたのも幸運だった。
「我ながら段階を飛ばしすぎたな……もう少し訓練して操作に慣れないと……」
身体を起こしながら背中の飛行装置を確認する。
壊れていないみたいでひとまず安心した。
「おーい、ミヤコー! 大丈夫かー!?」
どこからかトワの声がした。
顔を見せたいが、天井が遠くてとてもできそうにない。
飛行装置で飛べば落ちてきた穴から出られるだろうが、事故が起こったばかりではそれも憚られた。
「こっちは大丈夫!」
「良かった! トワもそっち行くね!」
「危ないからいいよ! 他に出られる場所がないか探してみる!」
「分かった!」
トワの気配がしなくなったのを見届けて、改めて部屋を見渡す。
すっかり傷んだ道具類や、陶器が多数置かれていた。
物置だろうか。
奥に出口が見える。
外に出てみると、部屋の外は長い廊下になっていた。
いくつか部屋があり、とても住居には見えない。
空から眺めた時、かなり大きい建物だと思ったから、何かの施設だろう。
薄暗く、静謐な空気が漂っている中を歩き進む。
薄暗い廊下の奥は、最奥部が妙に明るかった。
部屋に差し込んだ日光が漏れているようだ。
その光に誘われるように、僕は奥へと進む。
すると、スッと足元に風が流れはじめた。
空気が廊下の奥へ吸われていく。
何故そう思ったのかはわからないが……呼ばれている気がした。
最奥の部屋までたどり着き、中に入ろうとしてふと足を止める。
妙な気配がした。
何かいる。
動物かと思ったが、様子がおかしい。
人がいる気がした。
そんなはずないのに。
恐る恐る中を覗き込む。
「ひっ……!」
思わず小さな悲鳴を上げた。
部屋の中に、何百人もの人間の石像が置かれていたから。
小さな子供から老婆まで、石像の種類は様々だ。
どれも精巧な造りをしており、髪の毛一本一本まで作り込まれている。
そして、まるで拷問にでもあったかのように、どの像も苦悶の表情を浮かべていた。
生きている人間がそのまま石化したかのようだ。
「何だここは……」
意を決して部屋の中に足を踏み入れる。
視線や、息遣いすら感じる気がした。
人混みの中にいるような錯覚を覚える。
薄気味悪い場所だ。
箱庭は太陽を崇める神聖な遺跡だと思っていたから、こんな物があるだなんて思いもしなかった。
人身御供、という言葉が自然と脳裏に浮かぶ。
試しに、近くの石像に恐る恐る手を触れてみた。
肌の表面が妙にザラついている。
表面が焼けただれていて、火傷したようになっていた。
何の目的でそんな造りにしたのかは定かではない。
よく見ると、石像は皆、トワと似た意匠の服を身にまとっていた。
「やっぱりこれ、トワの一族の人たちか……」
トワはこの場所のことを知っているのだろうか。
そう思っていると、不意に視界の端を何かが横切った。
「トワ?」
声を出すも返事はない。
トワじゃないことは確かだった。
「誰かいるなら返事してくれ! 僕は敵じゃない!」
声を掛けながら、視界に映ったであろう誰かを追う。
石像の隙間を縫って奥へと進んだ。
「出てきてくれ!」
影を追うと、部屋の奥にある石像が目に入った。
窓から差し込む日差しに照らされたその像は、他の石像とは違う、特別な印象を受ける。
まるで神職の巫女が身につけるかのような独特な装飾物を身にまとっているのだ。
美しい女性の像だが、その顔には見覚えがある。
「この像の人、トワに似てる……」
呟いたその時、先程僕が通ってきた廊下から低く籠った唸り声が聞こえた。
何かがいる。
振り返るのとほぼ同時に、壁を突き破って巨大な獣が姿を現した。




