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神の箱庭に棲む少女  作者:
第2話 トワと機械技師ミヤコ
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第7節 かつての理想

 箱庭で過ごして一週間が経過した。

 その日、いつもより早く起きて手帳とにらめっこしていると、横になっていたトワがムクリと身体を起こした。


「おはよう……ミヤコ……」


「トワ、おはよう。眠そうだね」


「ミヤコは早いな……?」


「ちょっと気になることがあってね」


「うん?」


 朝食の果物を一緒に食べながら、僕は手帳をトワに見せる。


「この一週間、トワが調査に付き合ってくれたおかげで僕なりに仮説を出せたんだ」


 手帳のページを広げて、トワに中を見せる。

 描かれているのは、いずれも箱庭で見つけた陣を記したものだ。


「箱庭で見つけた陣は、いずれも少し特殊な現象を生み出す場所に記されていた。そして陣には必ず『神様の言葉』が記されていた。それで思ったんだよ。この陣はただの模様や飾りじゃなくて、神様の言葉を通じて自然を操るための術式なんじゃないかって」


「術式?」


「うん」


 僕は頷く。


「神様の言葉を使って語り掛けることで、自然や物質を意のままに動かしたり、望んだ現象を起こすことができる……そんな術がこの箱庭では用いられているんじゃないかって仮説を立てたんだ」


 箱庭を調べてわかったことがある。

 それは、ここには僕の求めていた特別な機械技術など存在しないということだ。


 代わりに存在したのは、世界の常識を超えるような未知の術。

 そしてそれを生み出しているのが、神様の言葉を用いた陣だった。

 僕は手帳の一ページを破り、試しにそこに陣を描いてみた。


「陣の構築には円を使う。円の外側には太陽神への感謝の祝詞を。そして円の内側には自然界への命令を書き記す。水を生み出したかったら『水を作れ』って命令するイメージだね」


 説明しながら実際に紙に陣を記してみた。

 水の陣に、僕なりのアレンジを施したものだ。

 出来上がった陣を見てトワは首を傾げる。


「何も起こらないよ?」


「良いから、少し見てて」


 すると徐々に紙が湿り気を帯び始めた。

 やがて緩やかに水が生まれ、噴水のように溢れ出す。

 溢れ出た水は、紙が濡れてインクが滲むとすぐに止まった。


「すごいミヤコ! 水が出てる!」


「トワの解読した文言を元に、術式を少し変えて噴水を作ってみたんだ。きっとかつて箱庭にいた人たちは、日常的にこの術を操っていたんだろうね。彼らの術が、この箱庭の中に水を生み、自然を育み、仕掛けを動かしていた。僕たちが見つけたのは、言わばその遺品だ」


 この不思議な術の存在に気付いたのは、水場の陣をメモに残した時だった。

 水につけてもいないはずなのに紙が濡れ、インクがにじんでいた。

 それ以降も、水の陣を記すと度々同様の現象が起きた。

 そこで初めて、自分の記した陣が何らかの現象を起こしているのではないかと思ったのだ。


 こんな特別な術が存在するなんて、実際目の当たりにするまでは信じられなかった。

 でもきっと、この箱庭では僕の知る『常識』は通用しないんだ。

 民話やおとぎ話で語られる未知の生物が実在していたり、何百年もこの遺跡が残り続けていることがその証拠だと思う。


 この一週間、手帳に記した神様の言葉をトワに訳してもらったお陰で、文字の意味を理解し、文法を分析し、術式の構築をすることができた。

 仮説を元に条件を整え、実験結果を通じて考察と調整を繰り返す。

 機械工学の分野でも用いる方法を、活かすことができたと思う。


 東の大陸にも、これと似たような呪術というのは確かに存在する。

 でも実際には何の効力もなくて、信仰の延長として扱われることがほとんどだ。

 何の効力もないものだと思っていたし、実際、過去に何らかの効果を発揮したという実例はなかった。

 それは東の大陸だけじゃなく、きっとどの大陸でも一緒だろう。

 この箱庭を除いては。


 機械でも再現できない力が、ここでは確かに機能しているんだ。

 悔しいけど、こうして実証してしまった以上、それは認めざるを得ない事実だった。

 ただ、得られたのはそれだけじゃない。


「ちょっと試してみたいことがあるんだ」


「何?」


「神様の言葉を用いたこの陣と、機械技術を組み合わせるんだよ。そうすれば何かすごいことができるかもしれない」


「どうやって組み合わせるんだ?」


「そうだな……例えば機械で上手く術を操作できれば、もっと大型の飛行装置を作れるかも。風を使って空を飛ぶ船だって作れるかもしれない」


「何だかすごそうだなー」


「うん、本当にすごいよ。この技術には可能性がある。これは、機械の分野を超えて、人類そのものの常識を動かすかもしれないんだ。だから、そのための第一歩を始めたい」


「何するの?」


「こいつを動かすのさ」


 僕は飛行装置をポンと叩いた。


「陣の力で飛行装置を稼働させ、自在に制御する。上手く行けば、大陸に帰れるかもしれない」


 話していると、トワがジッと僕の顔を覗き込んでいた。

 近距離でマジマジと見つめられ、思わずドギマギする。

 顔が熱くなるのを感じた。


「ど、どうしたの?」


「ミヤコ、何だか楽しそうだなって思って」


「そ……そうかな?」


「だって笑ってる」


「えっ?」


 トワに言われ、自分の顔に触れてみた。

 グニグニと頬を動かしてみると、確かに笑っている。

 話している間に、自然と笑みが浮かんでいたらしい。


「ミヤコは本当に機械が好きなんだね」


「機械が好き?」


 何気ない言葉だったのかもしれない。

 だがトワの言葉は、妙に響いた。

 思えば機械に向き合って楽しいなんて思ったのは、久しぶりだったかもしれない。


「確かに……そうかもしれないね」


 最初に機械技術に触れた時を思い出す。

 機械はいつだって、僕に新しい可能性を示してくれた。

 見たこともない景色を実現してくれるかもしれないと思うと、いつも心が弾んだ。

 期待に胸が膨らみ、ワクワクした。


 でもいつからだろう。

 そんな感覚がなくなってしまったのは。


 機械を作って人々の暮らしを豊かにしたいという理想が、かつての僕にはあった。

 でも思えば、毎日必死で仕事と勉強をするうちに、苦しみが勝っていた気がする。

 僕の中にあった理想は、すっかり薄まっていたんだ。


 自分をバカにした相手を見返したい。

 そんな下らない想いにすり変わってしまっていたんだと、今さら気がついた。


「そうだよ、僕は元々、機械で人を幸せにしたかったんだ……」


 そんな当たり前のことをすっかり忘れてしまっていた。

 やっぱり僕はいつもこんな感じだ。

 肝心なことをすぐに取りこぼしてしまう。

 そんな自分に、思わず呆れた。


 でも、もう一度思い出すことができた。

 ならやることは一つしかない。


「トワ、僕……頑張るよ。必ず新しい飛行装置を完成させる。機械の可能性を広げるために!」


「うん!」

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