第6節 父のナイフ
夜、トワと焚き火を囲む。
この光景もだいぶ見慣れてきた。
箱庭で過ごす時間は、思ったよりもずっと早く過ぎ去っていく。
静かな夜だった。
トワは僕の向かい側でナイフの手入れをしていて、そのすぐ横ではテトが安らかに眠っている。
夕食を終えたあとのひとときのように落ち着く光景だと思いながら、僕は飛行装置の点検を確認していた。
「相変わらず解決策はなし……か」
このままだとずっとここで生活するハメになる。
トワがいるから暮らすことは難しくなさそうだけど、このまま一生箱庭で過ごしたいとは流石に思わない。
今のところ箱庭には妙な仕掛けがたくさんあるが、どのような原理で動いているのかは想像もつかなかった。
「ちょっとは兆しがあると良いんだけど……」
独り言をいいながらふと見ると、トワのナイフが目に入った。
綺麗に磨き上げているが、刃がボロボロで傷みが酷い。
「トワって、ずっとそのナイフで戦ってたの? 僕がリヴァイアサンに襲われた時も?」
「そだよ?」
尋ねるとトワは平然と頷いた。
「昔はお父さんのナイフを使ってたんだけど、壊れちゃったから自分で真似て作ったんだー。でも、流石にもう限界だなー」
「父さんの……」
その言葉に、妙に心が揺さぶられた。
少し考えたあと、ベルトにつけていたナイフを取り出して、トワに差し出す。
鞘に入った片刃のナイフだ。
「トワ、もし良かったらこれ、もらってくれないか」
「それは?」
「僕の故郷で作られたものだよ。特別な金属が材料になってて、しなやかで切れ味が良いんだ。大抵のものはこれで切れる。現存する刃物の中では最高峰の切れ味だと思うよ。それにちゃんと手入れすれば、何百年と使える」
「すごいなー。本当にもらっていいの?」
「うん。君にもらって欲しいんだ。僕の研究に付き合ってもらってるお礼に」
トワは僕からナイフを受け取ると、鞘から取り出して火にかざして眺めた。
黒い刃には刃紋が浮かび、そこには曇り一つない。
伝統的な職人の手によって生み出された、本物の業物だ。
「トワ、こんなナイフ初めて見た」
「そのナイフを作ったのは僕の父さんなんだ。世界一の金属を、世界一の職人が形にしたんだよ」
僕は焚き火に目を向けると、故郷の光景を思い浮かべる。
それは実に鮮明に、僕の視界に広がった。
※
僕の村は刃物が名産品で、昔から鍛冶職人が多い場所だった。
外から弟子を取る人も多かったけど、大抵は世襲制で、親から子へ伝統の技術は継承されてきたんだ。
鍛冶職人の長男として生まれた僕もまた、当然のように家の跡を継ぐものだと思っていた。
そんな時、大陸の中央からやってきた旅行客と出会った。
それが、僕の人生を変える出会いだった。
「すいません、この辺りに宿があると聞いて、道を教えてほしいんですが」
「案内しますよ。どこから来た方なんですか?」
「僕たちはヤマトですね」
髭の生えた痩せた男性で、感じのいい人だった。
大都市ヤマトで働く機械技師で、生活を豊かにする機械を日々開発しているのだと彼は言った。
すぐに仲良くなって、色々な話を聞いたよ。
彼は僕に、機械が普及すればみんなの生活がぐっと楽に、便利になるって教えてくれた。
僕は自分が触れたこともない未知の分野の話に、すぐに夢中になった。
それで機械工学に興味を持つようになって……。
ヤマトで機械技師になりたいと思ったんだ。
「少し相談があるんだけど」
「どうしたの? ミヤコが相談なんて珍しいわね」
「実は……」
絶対に反対されると思った。
だけど意外なことに、家族は僕のことを応援してくれた。
「それがお前の決めた道なら好きにすれば良い。元より、世襲制で技術を継承するなんて古臭い文化だからな。ただ、一度決めたからには、必ず最後までやり遂げなさい」
「毎日ちゃんとご飯を食べるのよ?」
「家のことは私が引き継ぐから、兄さんは立派な機械技師になって。私たちを楽にしてよ」
「ありがとう、父さん、母さん、サクラ、本当にすまない……」
そして僕は、東の大陸の中心都市ヤマトに移り住んだ。
あの技術者の人に頼み込んで、弟子入りさせてもらって。
順調に見えた機械技師の道だったけど……。
僕は全然ダメだった。
僕とヤマトの人々には、致命的なほどまでに教養に差があったんだ。
都会の人はみんな、子供の頃から色んなことを学んでいた。
でも昔から職人の仕事ばかりしていた僕は、基礎的な学力や一般常識が全然なかった。
手先が器用だったら技術者になれると思っていたんだ。
でも実際には、数学や物理学を始めとして、様々な知識が必要とされた。
毎日必死で勉強したよ。
昼間は見習いの仕事をこなして、夜は色んな方法で知識をつけて。
だけど全然結果を出せなくて、同年代の同業者からはずっとバカにされてた。
「最悪の弟子を取ったもんだな」
「親のバカが遺伝してるんだ」
「田舎者は田舎で鉄でも打ってろよ」
酷い言葉を何度も投げかけられたよ。
自分がバカにされたことよりも、家族や師匠をけなされることが何より辛かった。
「焦らなくても良い。積み重ねていることは必ず糧になっている。その調子で努力すれば、ちゃんと結果もついてくる」
師匠は僕にそう言ってくれたけど、手応えのない日々を繰り返していた僕はとてもそうは思えなかった。
本当にこのままで良いのかって悩んでた時――
あのアキナの冒険譚に出会ったんだ。
「師匠、この本はなんですか?」
「ああ、それは世界中を巡った、歴史的な冒険家による旅の記録だな」
たまたま師匠の書斎で見つけた本。
技術書の中に紛れ込んでいたから、異様に目立って見えたのを覚えている。
僕はその本を夢中になって読み込んだ。
そして、箱庭について知って「これだ!」と思ったんだ。
箱庭に存在するという、未知の技術。
もしそれを持ち帰って、機械に組み込むことができれば……。
みんなを見返せるかもしれない。
※
「それでミヤコはここまで来たのかー」
「まぁ、そのせいでこうして帰れなくなってる訳だけど……」
我ながら話していて情けなくなってくる。
そりゃ馬鹿にもされるよな。
乾いた笑いを浮かべたあと、僕はトワに渡したナイフに目を向けた。
「……そのナイフは、僕が村を出る時に父さんがくれたものなんだ」
「そんな大事なもの、トワがもらって良いの?」
僕は頷く。
「君は僕の命の恩人だし、僕がそのナイフを持っていても腐らせてしまうから。君みたいな人に使ってもらった方が、道具も嬉しいと思うんだ。鍛冶師も技術者も、使うために道具を作るから」
「じゃあ、遠慮なくもらう! すっごいきれいなナイフだなー! 使うのが楽しみだ! ありがとうミヤコ!」
「どういたしまして」
トワは小刀を眺めながら目をキラキラと輝かせている。
その様子が妹と重なり、思わず笑みが浮かんだ。




