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神の箱庭に棲む少女  作者:
第2話 トワと機械技師ミヤコ
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第5節 不安と予感

 その日はトワと箱庭を探索して、陣に書かれた文字を解読していくことにした。

 見つけた陣は全て紙に書き写すようにしていったけど、決まって水の陣を記すと紙が濡れてダメになった。


「どうしてだ?」


「さぁ?」


 首を傾げたけど、トワも僕もその理由はわからなかった。

 結局、水の陣は図と文字を分解して記すことにして、僕たちは調査を進めた。


「だいぶ進んだな……」


 日が傾き始めた頃、僕は手帳に書き記した図を眺める。

 今日一日調査をしたが、結局陣は三種類しか見つけることができなかった。

 水場の陣と、植物が繁殖する場所にある陣、それから妙に明るい場所にも陣があった。


 同じ陣を描き記したお陰か、少しだけ文字の種類の判別できる。

 もう少し情報があれば解読できそうだ。


 ふと、遠方に建つ大きな塔が目に入った。

 他の建物よりも一際大きな、頂上が雲にも届く塔。

 あの塔がなければ、僕は箱庭を見つけられなかった。

 それは夕陽に照らされ、異様なほど目立っている。

 これほど高い建物は見たことがない。


「トワ、気になってたんだけど、あの塔って一体何なんだい?」


 何気なく尋ねると、トワはあからさまに表情を硬くした。

 どうしたんだろう。


「あそこは……行っちゃダメなんだ。悪い神様がいるから」


「悪い神様?」


 その言葉に、何故か薄ら寒いものを覚えた。


「昔、悪い神様をあの塔に閉じ込めたんだって」


「じゃあ、トワの一族にとっては禁断の場所なんだね」


「そうだなー。それにね、あの塔に近づくと嫌な感じがするんだ。だからなるべく近づかないようにしてるし、中にはトワも入ったことない」


「トワにも怖いものがあるんだね。意外だな」


 リヴァイアサンを平然と倒してしまった姿からは想像もつかない。

 だがトワはいつになく真剣な眼差しをしていた。

 普段明るい彼女がこれほど表情を陰らせているのだから、きっとよっぽど嫌なのだろう。

 子供の頃の怖い話がそのまま染み付いているのかもしれないと思った。


「じゃあ、あの塔に近づくのはやめておこうか。調査は他の場所を中心にやろう」


「うん。それが良い。それならトワもお手伝いする」


 そう言ったトワは、どこかホッとしているように見えた。


 ◯



「ミヤコ、今日はどこを調査するんだー?」


「西の方を見てみたいな」


「それなら、前言ってた仕掛けがある場所に案内する!」


「頼むよ」


 箱庭に来て三日目。

 昨日一日歩いて分かったが、どうやら箱庭には都市のようなものが複数点在し、その内部は役割ごとに区画が分けられているらしい。


 民家や集合住宅が集まる居住区。

 果実や野菜が育つ自然区。

 物のやり取りをする商業区。

 宗教的な建物が集まった宗教区。


 そんな感じで、役割ごとに施設が集められているのだ。


 トワの寝ぐらは、南側の都市部にある自然区に位置していた。

 狩りに出やすく、また果物や野菜の収穫もしやすい場所だ。


「ミヤコ、こっちこっち!」


「待って、今行くよ」


 トワに先導してもらって鬱蒼うっそうと生い茂った森を抜けると、切り立った崖へとたどり着いた。

 不自然に途切れた道は、一見すると橋が崩れ落ちたようにも見える。


 道の端に台座に置かれた透明な水晶があった。

 よく見ると、台座には例の陣が刻まれている。


「見てて」


 トワが鉱石に触れると、突然水晶が輝き、左側の外壁から石の足場が飛び出して対岸に繋がる道が生まれた。

 予期せぬ現象に思わず声が漏れる。


「すごい……」


「だろー?」


 トワがもう一度鉱石に触れると、鉱石から光が消えて道が引っ込む。

 この鉱石で道を管理しているらしい。

 機械仕掛けにも見えるが、それらしき装置は見当たらない。

 どうやらこれも、僕の常識とは違う力で動いているみたいだ。


「アキナの冒険譚に書かれてた鉱石の仕掛けはひょっとするとこれかな……。これもやっぱり、あの陣の力なのか?」


「他にも似たのがあるよ」


「案内してくれるかい? なるべく数を見てみたい」


 トワに連れられるまま、今度は居住区の方へと向かう。

 そこにもいくつか、似たような装置が設置されていた。

 いずれも陣を記した台座と水晶が存在し、触れることで起動する。


 建物の壁が動いて地下道への入口ができたり、あるいは高所の広場に階段が出現したり。

 箱庭の仕掛けは、実に様々なバリエーションが存在した。


「すごく色々仕掛けがあるんだな。侵入者を阻むために作ったのかな」


「それもあると思うけど、あとはお日様を取り込むために工夫してるんだと思う」


「日光を?」


 確かに、言われてみると箱庭には太陽の光が行き届いている。

 道を流れる水路も、太陽の光を反射して屋内を照らす手助けになっていた。


「本当に太陽と共にある遺跡なんだな……」


 どのような目的でこの場所が作られたのか、改めて興味が湧く。

 ただの遺跡にしては、あまりに規模が大きすぎる気もした。

 遺跡というよりは、もはや国だ。


 それからもう一つ気になるのは、天まで伸びるあの塔だ。

 どうやらあの塔は箱庭の中心に存在しているらしい。

 トワも塔を目印に方角や現在地を判断していた。

 明らかに特別な塔だと思う。


 あそこに行ければ、もっと詳しいことが分かるのかもしれないけど。

 そこまで考えて首を振った。

 トワとの約束もあるし、やっぱりそれはできない。


「にしても、本当に道が複雑だね。まるで迷宮だ」


 居住区はかなり道が入り組んでいた。

 その上、仕掛けを起動させると道が変化してしまう。

 一人で歩いていたら、すぐに迷って出られなくなっていただろう。


 すると、前を歩いていたトワが不意に足を止めた。

 険しい顔をして周囲を見渡している。


「どうしたの、トワ?」


「静かに」


 トワの言葉に緊張が宿る。

 一瞬空気が張り詰めたが、すぐに彼女は肩の力を抜いた。


「良かった。近くにはいないみたいだなー」


「近くにって、何が?」


「ほら、これ」


 トワが指した壁には大きい爪痕がついていた。

 明らかに普通の動物のものじゃない。

 僕の身体くらいの大きさはある。


「これって……」


「ベヒモスの爪だよ」


「ベヒモス!?」


 思わず声を上げた。

 リヴァイアサンだけじゃなくて、ベヒモスまでいるのか?

 どちらも東の大陸に伝わる古い民話で語られる獣だ。

 でも、実在したなんて聞いたことがない。


「ベヒモスは縄張りを主張するためにこうやって壁に傷を作るんだー。以前来た時はこんな傷なかったから、たぶん最近ここらへんに住み着いたんだなー」


「巣があるってことかい!? 早くここから離れよう! もし鉢合わせでもしたら……」


「ベヒモスよりトワの方が強いけど、確かに会わない方が良いなー。今日は帰ろっか」


 仕方なく調査を切り上げて撤収することにする。

 歩き始めるトワを追いかけながら、僕はチラリと傷跡を眺めた。


「大丈夫だよな……」

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