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神の箱庭に棲む少女  作者:
第2話 トワと機械技師ミヤコ
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第4節 神様の言葉

 夜、トワと共に焚き火を囲んで夕食を取る。

 塩焼きになった魚は肉厚で、シンプルだけどとても濃厚な味がした。

 どうやら昼間出会った時に彼女が海辺にいたのは魚を獲るためだったらしい。


 暗闇の中、焚き火の炎だけが僕らを照らし出す。

 トワは箱庭での暮らしを嬉しそうに話した。

 こんなに楽しそうに話すなんて、本当に人と喋るのが久々なのだろう。

 焼き魚を口に運びながら、僕は彼女の話に耳を傾ける。


「普段は野菜や果物を採ったり、お魚を捕まえたり、ウサギや鳥も食べる! あ、でも龍はすっごいごちそうなんだ! あとはたまに虫も食うよ!」


「トワは本当に狩りをして生きてるんだね」


「それくらいしかやることないからなー」


「箱庭の中のことは全部わかるの?」


「ううん。色々歩いたりはするけど、知らない場所の方が多いよ?」


「変わった場所とか、よくわからない仕掛けがある場所とかはあったりするのかい?」


一本頂いっぽんいただきって呼んでるすごく大きな柱があるよ! それから、ミヤコの言ってる機械かはわかんないけど、触れると壁が動いて道ができたり、階段が出てきたりするとこもある! 何回も通った!」


「そんな場所があるのか。だとしたら動力源は何だろう。その辺を調べることってできるかい?」


「うん、大丈夫だよ。夜は獣が活発だから、明日になるけど」


「じゃあ明るくなってからにしよう。この辺は大丈夫なの? 寝込みを襲われたりとか……」


「このあたりは小さな動物しかいない!」


「良かった。安心したよ」


 夕食を食べ終えて一息つくと、トワが大きなあくびをした。


「そろそろ眠たくなっちゃった。トワ、もう寝るね」


「じゃあ僕も顔洗って寝ようかな」


 立ち上がって裏の水場に足を運ぶ。

 夜の箱庭は真っ暗だ。

 先程まで明るい場所にいたこともあり、視界が利かない。

 仕方なく、暗闇に目が慣れるのを待った。

 どこか遠くから虫の鳴き声が聞こえる。


「静かな夜だな……」


 目が慣れてきた頃合いで顔を洗っていると、あるものが目に入った。

 水場の中心に影のようなものがある。

 水中で揺らめいていた。


「何だろう、これ」


 昼間見た時は気づかなかったけど、石でもあるのだろうか。

 恐る恐る手を伸ばして触れてみた。

 どうやら水場の底が掘られて絵が描かれているらしい。


 僕はそっと、指先でそれをなぞる。

 絵というよりは、陣かもしれない。

 シャーマンが用いる呪術的な陣が、水場の中心に描かれていた。

 何かの儀式的なものだろうか。


 もっとよく確かめようと深く手を入れると、奇妙な感触を覚えた。

 泉が湧き上がるかのように、静かな水の流動が生まれているのだ。

 水流の発生源は、陣からだった。


「これは一体……?」


 穴でもあるのかと思って探してみるも、それらしきものは見つからない。

 よくよく観察してみると、水場の構造が明らかにおかしいことに気がついた。

 排水口はあるのに給水口がない。

 水を出す場所はあるのに、水を入れる場所がないのだ。

 なのに水は減らず、表面ギリギリまで張っている。

 ずっと、トワがどこからか汲んできた水を溜めているのだと思っていた。

 でもどうやら違うらしい。


 僕には、描かれた陣から水が湧き出しているように見えた。


 ◯


 翌朝、明るくなってから水場を調べていると、トワが起きてきた。


「ふあぁ……。ミヤコおはようー。起きるの早いな?」


「トワ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「うん?」


 昨日起きた出来事をトワに伝える。

 話を聞いたトワは、首を傾げた。


「水場の陣?」


「ほら、ここの中心に掘られてるだろ?」


 水場の中心部を指すと、「ほんとだ」とトワが呑気な声を上げる。


「呪術や儀式で使うようなものだと思うんだけど、何か知らないかい? 一応メモしてみたんだけど」


「どんなの?」


 陣を記したメモを見せようと、手帳を開いてみる。

 そこで、異変に気がついた。

 陣を記したページが、異様なほど湿っているのだ。

 慌てて中を開くと、水が滴り落ちる。


「うわっ、何だこれ! 何で濡れてるんだ!?」


 慌ててそのページを破り取った。

 前後の紙は少し濡れたが、他は無事なようでホッとする。

 一人で焦っている僕を見て、トワはきょとんとしていた。


「ミヤコ、どうしたの?」


「いや、陣を書き記したページが何故か濡れてて……。水に落としてないのに、おかしいな……」


 濡れてしまったページを見ると、インクが滲んでしまっていた。

 水性のインクを使っていたのが仇になったようだ。

 かろうじて何が書かれているかはわかるが、記録としては使えそうにない。


 あとでメモし直さないとなと考えていると、図を見たトワが何か思い出したかのように「あっ」と声を出した。


「トワ、これ知ってる」


「本当かい?」


「うん。他の水場にも描かれてるよ。あと、植物がたくさんある場所とか、お日様が集まってる場所とかにも似たのがある。見に行く?」


「是非!」


 寝ぐらから少し歩くと、庭園のような場所にたどり着いた。

 割れた床から草が生え、壁には蔦が生い茂る。

 窪みには水が溜まり、ちょっとした池のようになっていた。

 表面に浮かぶ蓮の葉が、水を緑に彩る。

 朽ちた人工物が自然に還っていくような、独特な美しさがあった。

 ここまで自然豊かな場所は東の大陸でも滅多にない。


 樹が生えた一帯があり、よく見るとそこには果実が実っていた。

 見たことない種類だが、食べられるのだろうか。


「よくここで果物を採るんだー」


 トワは機嫌が良さそうに果物を採取すると、「朝ごはん!」と言って僕に投げてよこした。

 慌てて受け取り、服の袖で軽く拭いて一口かじってみる。

 中に蜜が入っているみたいに甘かった。

 クドさのない、自然な甘みだ。

 糖分が足りない身体に染み渡るのを感じる。

 感動していると、トワが地面の一画を指さした。


「ほら、見てミヤコ! さっき言ってたのこれだろー?」


 指された場所を見ると、確かに僕が見つけた水場の陣とよく似たものが床石に刻まれていた。

 円の内側と外側に、太陽を模した文字のようなものが書かれている。

 象形文字だろう。

 思い返せば、ここに来るまでの様々な壁や柱にも似たものが刻まれていた。


「何て書いてあるんだろう」


「『太陽の下に記す 木々よ栄え 豊穣の実りを示せ』だって」


「読めるのかい?」


「うん」


 トワは何でもなさそうに文字をなぞる。


「これはねー、神様の言葉なんだ」


「神様の言葉?」


「お日様の神様が教えてくれた言葉なんだって。お父さんが言ってた」


 箱庭でいくつか彫刻物や壁絵を見かけたが、それらはいずれも太陽を象徴するようなものばかりだった。

 恐らく、この箱庭を生み出した一族は太陽を信仰していたんだ。

 そして、太陽を象った文字を生み出し、遺跡に刻んだ。

 だとすれば、床に描かれたこの陣は、何らかの儀式の痕跡の可能性もある。

 そしてこの文字が読めるということは、やはりトワの一族がこの箱庭を生み出したに違いない。



『神様の言葉』



 トワの口にしたその言葉が、妙に引っかかった。


 そもそも、考えてみればおかしい話だ。

 何故僕とトワは、言葉が通じているんだろう?


 僕の暮らしている東の大陸では、風の言語を用いる。

 でも、伝説の冒険家であるアキナは北の大陸の出身者で、土の言語を話す人だった。

 僕の読んだ本も、元々土の言語で記されたものを翻訳家が訳したものだ。


 かつてトワの一族がアキナと接したというのであれば、彼らはきっと土の言語でアキナと会話をしたはずだ。

 なのに、どうして僕とトワの会話は成立してるんだ?

 よくよく考えると風の言語を彼女が話せるのは妙な気がした。


「トワって、もしかして複数の言語を話せたりするの?」


「どういうこと?」


「僕とアキナは違う言語を話すんだけど、こうしてトワと会話が成立するのが不自然だと思って」


「トワは普通にお話できるよ?」


「いや、そうじゃなくて。……ごめん、何でもないや」


 出身によって話す言葉が違うという前提知識がないと、たぶん説明しても伝えるのは難しい。

 トワはひょっとして、ここに記された文字の言語――神様の言葉を話しているんじゃないかと思ったのだが、さすがに考えすぎかもしれない。

 アキナがたまたま風の言語を話せる人だったと考える方が自然だろう。


 それにもし、トワが神様の言葉を話していたとしても、おかしな話であることに変わりはない。

 だって言葉の壁を越えて、世界中の誰とでも意思疎通ができるということになるじゃないか。

 そんなことあるはずない。


「ねぇ、トワ。他の陣に書かれた文字も読めたりする?」


「うん! 大体読めるよ」


「じゃあ、悪いんだけど色々教えてくれるかな?」


「わかった!」


 いずれにせよ、今は眼の前の陣の解読が先決だ。

 そうすれば、色々とわからない点が見えてくるかもしれない。

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