EP5:Delighting to Infiltrating
休日、ライラはネオリス市へエリナ、ミーナ・クロイシェ、カホ・サイオンと出かけていた。
目当ては最近話題のスイーツ店「ネオン・デライト」。
青と紫のゼリーに強い炭酸、粒が口の中で弾け光る――そんな「フラッシュパフェ」がSNSで人気を集め、長蛇の列ができるほどの店だった。
店内ではほとんどの客が同じパフェを掲げ、口の中を光らせて写真を撮っている
「やっと座れたね。ほんと人気だなあ」
「ミーナの提案で朝イチに来たのに、結局1時間待ちだもんね」
「でもそれで済んでよかったじゃない。口コミだと3時間待ちの日もあるって」
「何色になるのかな」
軽口を叩き合っているうちに、目当てのものが運ばれてきた。
「わあ……ギラギラしてる」
「はやく食べよ!」
甘党のカホは目を輝かせ、すでにスプーンを握りしめている。
「ねぇ、タイミング合わせて食べようよ」
エリナが笑いながら制止した。
「いいね!」
タイミングを合わせ、4人は同時に口へ運ぶ。
ぷち、と粒が弾け、強めの炭酸の刺激とフルーティな甘さが一気に広がった。
次の瞬間、口の中が淡く発光する。赤、青、緑、黄――それぞれが異なる色に光り、思わず互いの顔を見合わせて笑った。
「なにこれ! スゴっ!」
「動画見返そう!……あっ」ミーナは肝心の録画を忘れていたようで、頭を抱えている。
「また来ればいいんじゃない?」とライラはフォローするが、ミーナは相当ショックを受けているようで最初のテンションがかなり落ちている。
対照的に、カホはそんなことお構いなしにパフェを次々とかき込み、それに対しエリナは「もっと味わって食べなよ」と苦笑している。
甘い時間の中、ふと店内のホロスクリーンが切り替わり、ニュース映像が流れる。
低層クロマ区で違法改造ドローンが暴走、警備隊に死傷者が出たという速報だった。
一瞬、店内のざわめきが弱まる。
だがすぐに皆またパフェや写真に夢中になり、空気は元に戻った。隣区とはいえ低層での出来事。
市民にとっては遠い日常で、メディアが近いからこそ大きく報じているにすぎない。
「……物騒だね」
エリナだけが小さくつぶやき、スクリーンを見つめるライラに目を向けた。
「うん……」
その後、ライラは画面に意識を奪われたまま、友人たちの雑談に適当に相槌を打つ。
「ライラはどうなの? 気になる男子とかいる?」
ミーナが唐突に話を振ったときも、彼女はついニュースを見ながら答えてしまった。
「うん……」
「えっ、マジ!?」
「誰!? 気になる!」
カホとミーナが身を乗り出し、店内の喧騒と同じくらい賑やかに声を上げた。
エリナは驚愕し口を押えている。
「あれ? 私なんか変なこと言ってた?」
誤解はしばらく解けなかった。
その後も付近のゲームセンターやガジェットショップに寄るなど、友人たちとの時間を楽しんだ。
しかし、胸の奥で静かに重い感覚を抱えていた。
クロマ区。その名が、彼女の胸の奥に重く沈んでいた。
翌日、昼を回った頃。
ライラはクロマ区へ足を向けていた。
ニュースだけでは得られる情報が少なすぎる。自分の目で確かめ、耳で拾わなければ意味がない。
区境に近づくと、空気は一変していた。
通りには警備車両が並び、簡易バリケードが設置されている。
ドローンが上空を旋回し、監視の目を光らせていた。
交通規制も敷かれ、一部の通りは封鎖されている。
「……厳重だなぁ」
思わず小さくつぶやく。これでは近づくこともままならない。
仕方なく、規制区域の外で足を止め、警備隊のやり取りに耳を澄ます。
正式に聞き出そうとしても門前払いは目に見えている。だが、断片的な会話なら拾える。
「東の方でまた出たらしい。幸い被害はなかったが……」
「それにしても、あの改造ドローンども、どこで作ってるんだ?」
「この前、巡回中の警備ドローンが1機盗まれたんだろ。あれも使われてるんじゃないか」
「それ、この前も話題になってたよな。しかし、何のつもりだろうな?」
断片的な愚痴交じりの会話。だが、それだけでも十分だった。
東の区画に向かえば何か掴めるかもしれない。盗まれた機体の行方も気になる。
ライラは人混みに紛れ、静かに歩き出した。
ライラは会話を頭の中で反芻しながら、東側へと足を向けた。
まだこちらは規制が薄い。検問もなく、通行止めの標識も見当たらない。
だが、すぐに違和感に気づいた。
昼下がりだというのに、通りにはほとんど人影がない。
開いているはずの店のシャッターは固く閉ざされ、窓越しに気配を感じることもなかった。
「……いつもこのくらい静かならいいのにね」
低層の治安を皮肉るように小さくつぶやきながら周囲を見渡す。
つかの間の平穏。だが、住民たちの沈黙が、この区域に何かが潜んでいることを雄弁に物語っていた。
――ここらで“出た”という情報はどこから流れてきたのか。
もし一般人でも気づくほどの特徴があるなら、単なる暴走ではなく、不自然な挙動をしていたのだろうか。
路地を進むと、瓦礫の山の中に、警備用ドローンの残骸が転がっていた。
円形の機体の中央に半球体を備え、かつては360度を監視できたはずの眼。
だが今はカメラも基盤も抜き取られ、ただの空洞になっている。
ジャンクショップに売られるのは珍しくない。
だが、この壊れ方は妙だった。
武装ユニットも姿を消し、残ったのはホバーの駆動部と外殻だけ。
まるで、必要な部分だけを的確に持ち去られたかのようだった。
ライラは拾い上げた残骸を一瞥し、胸の奥に不穏な感覚を覚えた。
これはただのスクラップではない。――誰かが意図的に、警備用ドローンを“材料”にしているのかも。
ライラは残骸を離し、歩を進めた。
すると、前方で金属音が響く。
路地裏から現れたのは、警備用妙にゴテゴテしたアームを備えた機体だった。
細長いピッキングアームが複数伸び、壊れたドローンを器用に抱え上げている。
「あー、かわいそうに。」
思わずつぶやく。
しかし違和感があった。
警備隊の残骸回収機に見えなくもない。
それならもう少ししっかりしている機体のはずだ。
現に配線などはあとから付けたようにむき出しで、ベースとなる機体も警備用に似ている。
さらに、進む方向は拠点のある西側ではなく、東。先ほど耳にした“出没エリア”のほうへ向かっていた。
その違和感が、ライラの胸を強く刺した。
――これは偶然じゃない。誰かが、意図的に壊れたドローンを集めている?
彼女は足音を忍ばせ、機体を尾行する。
低層の路地を縫うように進む先に、錆びついた工場の影が見えてきた。
近づくと、思いのほか活気があった。
何人かの作業員が自然に出入りし、廃品回収の車が資材を積み下ろしている。
看板には<リサイクルセンター>の名が掲げられ、敷地内には仕分けられた金属片や再利用品らしきものが山積みにされていた。
配送トラックへと引き渡される荷もあり、見た目だけならば真っ当な事業所にしか見えない。
だが――先ほど目にしたドローンの搬入を思い出す。
「……リサイクルねぇ」
ライラは物陰に身を潜め、しばらく様子をうかがった。
もし勘違いなら、今すぐ立ち去ればいい。
見つかっても、道に迷ったと言って謝れば済むだろう。
だが、あの搬入が事実なら。
裏で何が行われているかは、もはや明白だった。
通報するにしても、警備隊はすでに現場で手一杯。
無闇に動いても混乱するだけだ。
まずは偵察のため、この怪しげな工場に潜り込むことにした。
外観から見ても、この工場は長らく放置されていたのが分かった。
壁には無数の亀裂が走り、サビついた鉄骨がところどころむき出しになっている。
窓枠も割れ、ガラスの欠片すら残っていない。
ライラは人目を避け、裏手へ回り込んだ。
瓦礫の山を跨ぎ、崩れかけた柱を抜ける。
地面に落ちた鉄屑が足元で音を立てそうになるたび、わずかに身体をひねってかわす。
「ほんと、ボロいな。もう少し綺麗にしたら?」
小声で吐き捨て、視線を上げる。
二階へ続く階段は途中から崩落していた。
だがライラにとっては大した障害ではない。膝を軽く曲げ、足裏に力を込め跳躍。
ひと息に2階の床へ飛び乗り、着地と同時にしゃがみ込み周囲を確認する。
その先、壁の一部に口を開けたような大穴があった。
「ここから入れそう」
鉄骨の切れ端を避けながら身体を滑り込ませた。
ライラは息を潜め、暗がりの中へと足を踏み入れた。
2階の通路は、長らく使われていないせいか足を踏み出すたびに埃が舞った。
散乱した紙束や崩れた棚、黄ばんだ飲料ボトルが床に転がり、どれもいつの時代のものか分からない。
壁には落書きの痕跡すら残っており、人気のないこの棟は完全に放置されているように見えた。
しかし、通路の隙間から下を覗き込むと――光景は一変する。
1階には大きな仕分け機が据えられ、回収された金属片や部品を次々と分別していた。
作業員たちは油に染みた手で手際よく組み立てを進め、運び込まれた資材を慣れた様子で形にしていく。
特に変わった様子はない。
笑い声や作業の掛け声すら混じっていて、殺伐とした気配は感じられない。
「うーん。思い違いかな」
首をかしげるが、搬入されていたドローンのことがどうしても引っかかる。
このままでは確信が持てない。
もう少し奥まで――奥にあるらしい第2工場へと続く通路を見ておきたかった。
2階の通路を回り込めば、下へ降りずとも先へ進めるはずだった。
しかし、曲がり角を抜けた瞬間、正面から作業員が上がってきた。
「……あんた、誰だ?」
工場や低層には場違いなライラの姿に、油で黒ずんだ作業着の男が、驚きと警戒の入り混じった目でこちらを見据える。
ライラは一瞬の間を置いてから、肩をすくめて答えた。
「あ、すみません。ちょっと道に迷って。廃墟だと思って入っちゃったんです」
男はきょとんとした顔になり、次いで声をあげて笑った。
「ははっ、失礼なやつだな。オンボロでもこうして動いてんだよ」
冗談めかして言いながら、男は腕を軽く振った。
「まあ、ここは従業員以外入っちゃいけねぇ。用がないなら出るんだな」
軽くあしらうような調子だが、敵意は感じられない。
ライラもにこやかに会釈して、通路の奥へ進む足を止めた。
内心では安堵と同時に、今の一瞬で心臓を掴まれたような緊張が残っていた。
男は大げさに肩をすくめてから、階段の手すりに片肘をかけた。
「ったく、こんなとこ迷って入ってくるなんざ、物好きだな。ここは危ないぞ。鉄骨だって錆びてるし、床だって抜けちまうかもしれねぇ。かわいい顔が汚れちまうぞ」
「……そうなんですね」
ライラは苦笑しながら、愛想笑いを浮かべて相槌を打つ。
「まあ、俺たちは慣れてるからいいけどな。ここじゃ回収したガラクタを仕分けて、まだ使えるもんを組み直したりしてんだ。見た目はボロでも、意外と役に立つんだぜ」
男は軽口を叩きながら、工具袋を腰に叩きつけるように揺らした。
「へぇ……」
またも曖昧に返す。
「出口は向こうだ。案内するよ。なに、他の連中には誤魔化しといてやるから…」
そこで男はふと眉をひそめ、ライラの背後に視線を送った。
「……そういえば、あんたどこから入ったんだ? 正面なら他の人がいるはずだが」
心臓がひとつ、大きく跳ねた。
「……裏の階段からです」
ライラは咄嗟に口をついて出た言葉に、自分でも内心舌打ちした。
「裏? でも、あそこは崩れて…」
わずかに沈黙が走る。ライラは苦笑いでごまかす。
「えっと、気をつけて通りました」
「……そうか?」
男は腑に落ちない顔で彼女を眺め、何か言いかけたとき――
「おい!」
下で従業員が騒ぎ出した。
「回収ドローンの監視カメラに映ってたんだ。妙なガキが後をつけてやがった!」
一瞬で場の空気が変わった。
男の目が細まり、ライラの足元から頭の先までをなめるように見回す。
「……へえ。偶然にしちゃ、できすぎだな」
「ごめんね」
男がこちらに視線を固定したその瞬間、ライラは一歩踏み込み、ためらいなく腹部へ膝蹴りを叩き込んだ。
うめき声を上げる暇も与えず、壁際に押し倒す。意識が飛んだのを確認すると、ライラは襟を掴んで奥の物陰へと引きずり込んだ。
しかしそこに待っていたのは、油でべっとりと汚れた床と壁。男の作業着から染み込んだ匂いまでまとわりついてくる。
「……うわ、くっさ。べとべとだし、最悪」
鼻をひくつかせながら、思わず小声で愚痴をこぼす。
それでも、無駄口を叩いている場合ではなかった。さっき駆け込んできた従業員が騒ぎ立てていたのだから、この工場に裏があるのはほぼ確実だ。
だが――決定的な証拠が欲しい。
廊下を覗くと、数人の従業員が奥の通路へと消えていく。
その先は第2工場と思しき区画。
ライラは息を整え、靴音を忍ばせながら後を追った。
錆びついた鉄骨の影に身を潜め、ライラは息を殺した。
第2工場と呼ばれている棟の内部は、表の工房とはまるで別物だった。
ずらりと並ぶのは、改造された警備用ドローンの群れ。
本来なら制圧に用いられるはずのテーザーガンは無理やりレーザーガンに換装され、冷却のためか巨大なヒートシンクがむき出しに取り付けられている。
剝き出しの配線が青白い火花を散らし、ある機体には電磁ブレードまでが据え付けられていた。
粗雑さと凶暴さが同居した姿に、思わず舌打ちしたくなる。
「くそ……本当に見つかったんじゃないのか」
作業員のひとりが声を潜めて言う。
「黙って仕事しろ!」
怒声が響く。工場長らしき大柄の男が、油まみれの作業服のまま、威圧するように従業員たちを見回していた。
「いいか、俺たちの目的は工場の再建だ。こんなオンボロを立て直すには金がいる。そのためにドローンを改造して売る……ただそれだけだ」
「でも……ニュースで騒ぎになってます。死人まで…」
「テストだ。組織に言われてやっただけだ!」
苛立った工場長の声に、場の空気が沈む。
「確かに少しやりすぎた、そこは調整はする。だが今さら引き下がれるか! 俺たちはもう後戻りできねえんだ!」
(今更なに日和っているの)
死人が出る事件を起こしておいて、今さら人道的に“調整”する?
どの口が言うのか、と心の中で毒づいた。
通報すれば警備隊は来るだろう。だが数十機もの改造ドローンが稼働を始めれば、被害は計り知れない。
――ここである程度、壊しておくしかない。
さらに奥に足を忍ばせると、出荷待ちと思われる機体が数十機。
黒い影の群れが整然と並び、赤いセンサーライトが不気味に点滅している。
ライラは息を吸い込み、紫電をまとわせた。
「……こんなの、街に出すわけにはいかない」
次の瞬間、紫光と共にドローンの列へと飛び込んだ。
【エリナ・フェイ】
ライラの親友。金髪ポニテと赤いリボンがトレードマーク。
まじめで成績優秀だが、意外とスリルや刺激に惹かれる一面を持つ。
リオ・サヴェリオ(隣のクラスのワイルド系男子)とはこの前のデート以降、順調に仲を深めているようで、定期的にライラに報告しており、ライラはそのたびに苦笑している。
【ミーナ・クロイシェ】
明るく活発で運動神経がいい。髪は短めのボブ。
食べ物の流行に敏感で、ネオン・デライトへ行くのを提案した。
【カホ・サイオン】
大人しめな性格と丸いメガネ、黒髪ロングが男子にこっそり人気。
エリナと同じく優等生寄りだが、スイーツには目がなく大の甘党。
【ネオリス市】
中層に広がる商業都市で、最新の流行や娯楽が集まる活気ある街。
【クロマ区】
ネオリス市に近い低層に位置する。低層でも比較的治安はいい。