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EP4:A.R.I.S

「ねえ、今日どこか行かない?」

放課後、教室を出ようとしたライラにエリナが声をかけた。

ライラは申し訳なさそうに首を振る。


「あー、ごめん。今日は行けない」


「……あ、そういえば検査の日だっけ。毎週大変だね。どこか悪いの?」

「昔からちょっとね。あんまり言いたくないんだけど」

「そっか。 なら、ついでに過眠症も診てもらったら?」

「うるさいなー。今日は寝てないでしょ?」

「うそつき。一限目、爆睡だったよ」

「よく見てるね。」


二人は顔を見合わせ、ふっと笑い合った。

教室には穏やかな空気が流れていた。


今日は週に1回の検査の日だった。多い時は2回。

なんでも、PSIの研究は医療や人間のさらなる可能性を拓くのに役立つらしい。

――表向きには。


ライラが向かうのは,、治安のいい上層区にそびえる「人体・生命科学の先端研究機関」。

A.R.I.S.(Advanced Research Institute for Somatics)というらしい。


名目上は医療機関だが、PSIそのものを知る者はごく一部の関係者に限られており、都市伝説にすらなっていない。


普段なら上層の入場自体に高額なチケットが必要だが、ライラは特別なパスを与えられており、専用ルートから出入りすることができた。


さらに、この研究に協力する見返りとして支援金が振り込まれている。

それによって彼女の家は中層での生活を維持し、彼女を現在の学校に通わせることも可能になったのだ。


受付を抜けると、いつもの担当医が出迎えた。

落ち着いた声に案内され、ライラは検査用の部屋に入る。


隣の更衣室で検査着に着替える。


器具を取り付けるために肌の露出が多くなる仕様で、細身の自分の体を見下ろす。

自分の女性らしい起伏に乏しいことに、ほんの少しむっとしたが、

動きやすいからいいの、と気持ちを切り替えた。


女性技師の指示に従い、ライラは透明なカプセルに横たわった。

手足、腰、腹部、胸元、首、そして頭にはヘッドギア。

多数のコードが繋がれ、脳波や生体エネルギーの流れがスクリーンに映し出されていく。


それが終われば、別室で実際にPSIを発動する測定が待っている。

紫電をまとう手を吸引デバイスにかざし、力を流し込む。

さらに発動状態のまま走行や跳躍などの運動を行う。


全体で2時間ほど、説明を含めれば3時間近い。

毎週繰り返されるこの検査だけで生活の保障が成り立つのだから、苦痛にはならなかった。

むしろ検査の後に語られる研究者の説明は、ライラにとっていつも飽きることのないものだった。


検査が一通り終わると、白衣の医師たちが小さな会議室に集まった。


ライラの前には3人ほどの担当医が並び、その中心に立つのはリーダー格の男性医師だった。年齢は四十代半ば、知的な眼鏡の奥に探究心の光を宿している。


「さて、今週の結果だが……」

彼はホログラムを操作し、立体映像のグラフを示す。

「アーテリオンの充実度がいつになく高い。細胞活性も顕著だ。何か特別なことでもしたかね?」


ライラは表情を変えないよう努めた。

自警活動で力を使ったせいだろうが、それを口にするわけにはいかない。


「特に何も……少し運動したくらいです」

曖昧に濁すと、医師は頷き、次のデータを示した。


「生体エネルギーの総量も先週より増加している。エーテリオンと生体エネルギーは相互に影響し合うのは知っているね。生体エネルギーが満ちるほど、君自身のPSIも底上げされていく。」


「はい。」


医師が続ける。

「本質的にはPSIは”生体エネルギーを自在に操る力”ともいえる。君たちの意思に反応しエネルギーの形を変換することで、特異者の超人的な身体能力やPSIが生まれているのでは。というのが現在の見解だ。」

「ただ、多大なエネルギーを消費するため、食欲や睡眠欲が異常なほどに増加する。」


ライラは無言で頷く。


「また、報告がある限りでは、硬質化、磁力、浮遊など様々だが、君の場合はエネルギーそのものを放出する形に近い。だから純粋なエーテリオンや生体エネルギーの作用を確認しやすい。私が思うに――」


こうなると彼らは止まらない。

リーダー医師はホログラムに次々とデータを映し出しながら、身振りを交えて語り始めた。


「エーテリオン粒子。まだ仮説の段階ではあるが、これは生命体の細胞が持つ未知の副産物と考えている。

代謝や神経伝達に伴って発生する微細な放射性の波動。だがこれは概念的で、具体的な原理は不明だが。」


彼の指先が宙を払うと、粒子が舞うような立体映像が浮かぶ。


隣の女性医師が頷き、別のグラフを示す。

「生体エネルギーとの相互作用についても興味深い。エネルギー量が高まるほどエーテリオンの生成が促進され、逆にエーテリオンが安定すると生体機能そのものが底上げされる。二つは鶏と卵の関係に近いわけです。」


リーダー医師は得意げに続ける。

「つまり、PSIとは単なる身体機能の異常な強化ではない。“生命活動そのものの拡張現象”と言い換えができる。」

「これはまさに人類の可能性だ。医療の応用や人類が新たなステージへ進むための大事な研究だ。」

「核融合が実用化してから100年余り、技術ソフトは飛躍的に進化したが、肝心の人間ハードは変わっていない。PSIやエーテリオンの研究は我々の使命だ。」


「……なんとなく分かりました。使いこなせたら、もっと色んなことがイメージ通りにできるようになるかも?」


リーダー医師は満足げに頷いた。


「その通りだ。さすがNCの生徒だな、飲み込みが早くて助かるよ」


「……」

(まぁ、成績はちょい下なんだけどね。しかも最近は下降気味だし)


ライラは心の中で苦笑した。


「ところで、やはり“運動”が気になる。詳しく聞きたい。」

「軽いランニング程度か、それとも……激しく動き回ったり?」


リーダーの医師はさらりと追及する。


ライラは笑ってごまかした。

「ほんの気分転換程度ですよ。学校帰りに走ったり、少し筋トレしてみたりとか。特別なことは何も。」


医師は一瞬だけ彼女を観察するように視線を止めたが、それ以上は追及しなかった。


その後も、ライラは学習端末に記録していた食生活や睡眠データを提出し、いくつもの細かい質問に答えていった。


検査室を出るころにはすっかり疲れていたが、担当医たちはむしろ上機嫌に見えた。


「今回はいいデータが取れた。しばらく分析に没頭できそうだ」

誰かがそう言うと、他の医師たちも頷き合う。


今日の検査はこれで終了。

結果の詳細はまた来週――その間に彼らは解析と実用化研究を進めるのだろう。


ライラは白衣の集団を一瞥し、静かに伸びをする。


検査を終え、白衣の研究者たちに軽く会釈して廊下を歩いていると、反対側から大柄な影が近づいてきた。


通りすがりざまに目に入ったその人物は、目算でも2メートルは超えていそうだ。肩幅はドア枠に迫りそうで、分厚い鎧のような筋肉がさらなる威圧感を生む。


顔立ちは彼女にとって興味のない類だったが、誰が見ても整っているのは間違いなかった。

彼の隣を歩くようなことはあまり想像できない。


(あの人も“そう”なんだろうな)


ライラは歩きながら横目で観察する。

(……でもあの体格なら、PSIなんてなくても十分強そうじゃない?)


ふと、巨大な腕で掴まれ、高速でジャイアントスイングされる自分の姿を想像してしまった。

思わず吹き出しそうになり、慌てて咳払いでごまかす。


廊下の先でドアが閉まる音を聞きながら、ライラは小さく首を振った。


施設を出る際、研究員から厚紙のケースを手渡された。

「検査協力のお礼です。ご家族でどうぞ」


中には3枚のチケット。上層の観光エリア行きだ。

一般市民には簡単に手が出せない高額のもので、華やかなホログラムの印刷が目を引く。


ライラは驚き、思わず口元を緩めた。

「いいんですか!?ありがとうございます!」


(たまにはこういうのも悪くないかも……)

夜風に吹かれながら帰路につく。


今週は、しっかり寝て体力を溜めておこう。


――週末に思いきり遊ぶために。いや、正確には、街の闇をまた懲らしめるために。

そう息巻いたとき、彼女の瞳に淡く紫の光が宿った。

【エーテリオン(Etherion)】

核融合が実用化し文明が飛躍的に進歩したのが100年ほど前。その際に発見された粒子。

体内に存在しており、特異者たちのPSI発動の媒介粒子として作用し、メカニズムはまだよくわかっていないがこの粒子や生体エネルギーが相互作用し、個々に異なる能力がPSIを発現させると考えられている。


【生体エネルギー】

通常の人間の細胞が持つ潜在的に眠る莫大なエネルギー。

特異者は意識的に開放することができ、超人的な身体能力(反射神経、筋力、耐久力)を備えている。

そして、エーテリオンと相互作用しているとされる。


【A.R.I.S(Advanced Research Institute of Somatics)】

通称「アリス」。上層に位置する医療機関を装った研究施設。

表向きは先端医療の研究所だが、実態はPSIの解析と応用研究の拠点。

ライラは協力者として毎週検査に参加し、生活支援を受けている。


【ノヴァセントラル高校】

ライラが通う、いわゆる“自称進学校”。NCと呼ばれる。

偏差値は~58。高いとも低いともいえない微妙なラインだが、ネームバリューだけは妙に浸透しているため、世間的にはそれなりにいいところと思われている。

男女共学で、中層出身の生徒も比較的入りやすい。課題は多いが、やたら細かい校則や内申点管理に力を入れるなど、妙な方向に厳しい。


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