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EP3:Dreaming, Arming, Manifesting

鈍い音が響いた。

拳から腕にかけて、鈍重な手応えが突き抜ける。骨を打ち据えた確かな感触。

吐き出された呻き声が、耳の奥を震わせた。


胸の奥に広がったのは痛みではなかった。

熱だ。焼けつくような熱が体中を駆け巡り、心臓を暴力的に打ち鳴らす。

息が荒くなる。頬が吊り上がる。もっと――もっと、という衝動が止まらない。


視界の端に、恐怖にひきつる顔。

さっきまで散々いじめて嘲笑っていたくせに、今は"わたし"を怯えた目で見ている。

その表情が、どうしようもなく甘美だった。


「……ありがとう!」

「ライラちゃんのおかげでたすかった!」

誰かの声がした。

けれど遠い。霞んでいる。


"わたし"の耳に焼き付いたのは――その声ではない。

心にこびりついたのは――ただひとつ。


“わるいひとをやっつけた!”という快感だけだった。


それが、今でも"私"を魅了する。





――まぶたが開いた。

天井の白がぼやけ、光が差し込む。

世界は何事もなかったかのように、静かな朝を迎えていた。


私用の端末にはエリナからの連絡がいくつか来ていた。

低層で撮った街並みの写真。リオとのツーショット写真。

一緒に買ったであろうノイズがアクセントになるホログラム・チャーム。


どうやらかなり感触は良さそうだ。

だが、ライラは写真を送られずとも知っていた。


デート当日の夜、前日に厄介払いをしたとはいえ何かあった時を考えてこっそり後ろからついていき一部始終を見ていたからだ。

特に危険は無く、無事にその日を終えたので安心していた。


「やったじゃん!」と返事。


しかし、「次はもっと奥まで行くつもり!」と、すでに次の予定も企画しているようだ。


「勘弁してよ……。」

大きなため息をつき、枕に顔をうずめた。



夜を迎える。

週末の連休の夜はライラが最も待ち望んでいた時間だ。

学校のことを考えずに活動できる。


ライラは今夜、噂に聞いていた低層の決闘会場を訪れていた。

黒を基調とした目立たない服装に身を包み、群衆に紛れ込む。


廃ビルを使用した会場では、粗悪に改造された武器が飛び交っていた。

電磁ブレードは振動が安定せず火花を散らし、ナノ振動ロッドは出力過剰で軋みをあげる。

プラズマヌンチャクは電力リミッターが外され、いつ爆発してもおかしくない代物だ。


それを振り回す闘士たちに、観客は賭けと熱狂を繰り返していた。

暴力そのものが娯楽として消費され、低層各地で同じような催しが流行していると聞く。

治安を維持する警備隊が頭を抱えるのも無理はなかった。


「男の人って、いくつになってもこういうのが好きなのね。」

ライラは心の中で冷ややかに吐き捨てる。


今夜の目的は、その実態を撮影し、情報を警備隊に流すことだ。


正面入口には金属探知と身体検査。特に後者は小汚い男が一方的に行っており、数人前に並んでいた女性が男と揉めていた。


(せめて女性の検査官くらい用意しなさいよ。)

カメラが見つかるのも嫌だし、何より触られるなどまっぴらだった。

こんな場所にわざわざ自分で足を運んでおいて、そんな配慮を期待する方が間違いなのだが。


仕方なく横手に回り、崩れた通路から潜入する。壁は崩落したまま補修もされておらず、隙間は大人一人が通るのもやっとだ。細身の彼女だからこそ無理に押し込めた。


「きったな……。」

悪態をつきながら埃を払い、深呼吸して顔を上げると、熱気と歓声が渦巻く会場がすぐそこに広がっていた。



見回りが来ても怪しまれないように、直前にくすねていた簡素なホロチケットを付け直す。これを通じて賭けの投票などが行われる。


賞金は小規模ながらも、低層の住人にとっては十分な額らしい。

改造武器も決闘そのものも、本来は取り締まりの対象だ。それを堂々と見世物にしているのだから、この場がどれだけ無法地帯かは言うまでもない。


ライラは会場の様子や裏の動きを探ることにした。

会場の様子、誰が武器を流しているのか、そのルートを映像に収め、後日匿名で警備隊へ渡すつもりだ。


彼女は観客席の隅に腰を下ろし、組んだ腕のグローブをさりげなく持ち上げた。

甲の部分には円形の光る装飾が施されているが、実際には超小型カメラが仕込まれている。

暗がりの中では、分解でもしない限り人間の眼で気づくことはできない。


会場のざわめきが一段と大きくなる。

試合が始まった。

簡素ながらも、レーザー演出や投影スクリーンが用意されており、意外にもしっかりとした舞台装置だ。

観客は立ち上がり、手を叩き、野次を飛ばして熱狂していた。


ルールは単純だ。

生死は問わず、倒れたほうの負け。

使えるのは近接武器に限られているが、それ以外の制約は一切ない。


目つぶしも、股間を狙った攻撃も、侮辱の言葉を浴びせ合うのもすべて“見どころ”として扱われる。

それがこの場の常識であり、観客たちが歓声を上げる理由でもあった。


ライラは冷めた瞳でその光景を見つめ、その様子を映像に収めていた。


両者がぶつかり合うと、火花が四方に散った。

電磁ブレードは相手の肩口を浅く裂き、血と火花が入り混じる。観客席からは歓声と賭け声が飛ぶ。


次の瞬間、片方の選手が容赦なく股間めがけてプラズマヌンチャクを叩き込んだ。

鈍い音が響き、相手は呻き声をあげて崩れ落ちる。


「うっわ、痛そ……。」

ライラは思わず顔をしかめた。


だが観客は大喜びだった。椅子を叩き、口笛を鳴らし、下卑た罵声が飛び交う。

「ケツにブチ込め!」

「ションベン飲んで出直せ!」

聞くに堪えない言葉の応酬に、ライラはひきつった笑いを浮かべながら、その光景を眺めた。


何試合かを撮った後、別の階に降りると、改造武器や部品を売るフロアや選手募集の張り紙が並んでいた。


ライラは怪しまれることもなく、それらをばっちり映像に収める。

あとは映像やスクリーンショットを座標と共に発信し、警備を呼ぶだけ――そう思っていた。


その瞬間、視界のホログラムに赤い警告が走る。


"CRITICAL TRANSMISSION ERROR: TRANSMISSION BLOCKED"


「げっ……!」

ライラは舌打ちをした。

この程度の電波妨害が仕込まれているのは当然かもしれない。

小規模な会場だから大丈夫だろうと、どこかで油断していたのだ。


最悪、会場を出てから送ればいい……そう割り切ろうとした矢先、胸の奥に嫌な感覚が走る。

――発信を試みたこと自体が、相手にキャッチされたのかもしれない。


階段を上ろうとした瞬間、複数の足音が迫ってくるのが聞こえた。

短い会話の断片からも、外部への通信を試みた人物を追っているのは明白だった。


ライラは息を呑み、階段を駆け上がる。

だが踊り場に並ぶ部屋に身を隠しても、追跡者は迷いなく進んでくる。特殊なゴーグルで熱源を探知しているのだろう。


彼らの手には改造された電磁ブレードが握られていた。直撃すれば、さすがのライラでも無事では済まない。


やがて行き止まりが見え、振り返ると三人の男が階段口を塞いでいた。

「もう逃げ場はないぞ。こんなところで何してる?」


ライラはガラにもなく、甘えるような仕草で声を震わせる。

「その……ウロウロしてたら友達とはぐれちゃって。お兄さんたち、一緒に探してくれますか?」


もちろん嘘だ。通じるはずもない。

男たちが口を開くより早く、ライラの身体から紫電が走る。


一気に間合いを詰め、先頭の男の手首をつかんで捻り上げ、その場に崩れさせた。

落ちた電磁ブレードをすかさず拾い上げ、掌をかざして起動させる。


オレンジ色の刃が唸りを上げて伸びた。

違法改造によりエネルギー超過で今にもショートしそうだ。


「こんなの振り回してたら、危ないでしょ!」


残る二人の表情が険しく引き締まる。

添えていたもう一つのブレードを同時に起動し、二刀の構えを取った。

崩された男も呻き声をあげて立ち上がり、背中から予備のブレードを抜き放つ。


刃が閃き、空気を裂いた。

交差するたびに火花と紫電が散り、狭い通路を白く照らし出す。


ライラに武器の心得はない。だが、解放されたPSIによる圧倒的な膂力と反射神経が、その差を埋めていた。

刃を弾き返され、よろめいた男の股間に、容赦なく膝を蹴り上げる。


「ぐ、ああっ……!」

情けない声とともに、男は崩れ落ちた。


「こいつ!」

「このぐらい、いつも見てるでしょ!」


怒声を上げ、残る二人が二刀を同時に繰り出す。斬撃と突きが嵐のように押し寄せた。

ライラはひたすら被弾を避けることに集中する。とにかく直撃さえもらわなければいい。


かすめた刃の熱で、トレーナーの袖が焦げ、ショートパンツの布地には焼け焦げが広がった。

髪の先もいくらか切られたかもしれない。紫の光に照らされ、焦げた匂いが鼻を刺す。


背後に壁。逃げ場が塞がれる。

だが、ライラは踏み切った。跳躍。二人の頭上を飛び越え、位置を逆転させる。

その最中に、天井から垂れていたケーブルをブレードで一閃。降りしきる火花が視界を覆い、男たちの動きをひるませた。


その隙を見逃さず、顎を狙った掌打が一人を昏倒させる。残る一人に、ブレードを振り下ろす。

二刀を交差させて受け止めようとしたが、ライラの膂力には抗えなかった。

金属が悲鳴を上げ、刃ごとへし折られる。


直前に出力を切っていたため命を奪うことはない。

だが、叩き込まれた一撃の衝撃で、男は壁に叩きつけられ、そのまま意識を失った。


見回りを倒したものの、下の階からは新たな足音が迫っていた。

この様子ではキリがない。

やはり早く通報して警備隊を呼ぶべきだろう。


だが、今のままでは妨害電波に阻まれて発信できない。

――ならば、元を断つまで。


ライラは屋上を目指して駆け上がった。

廃ビルとはいえ、内部に大量の電気が供給されているのは会場の様子から明らかだった。

その供給源が屋上にある保証はなかったが……


「……あった!」


古びた電源設備。その横に、不釣り合いな新しめの白い筐体が増設されていた。

表面にはノイズ混じりのホログラムが浮かび、そこから屋内のどこかへ電力が送られている。


おそらく、会場そのものや妨害電波の発信装置に向けて。

制御盤には簡易の錠がかかっていたが、PSIで強化された力の前では無力だった。


ライラは拾い上げていた改造ブレードを起動し、制御盤へ突き刺す。

轟音とともに火花が飛び散り、廃墟の内部は瞬く間に暗闇へと沈んだ。


観客のざわめきと怒号が下から響き渡る。

すかさず、ライラはグローブに手をかざす。

ホログラムに文字列が走った。


"TRANSMISSION COMPLETE"


グリーンに輝く表示が、送信の成功を告げていた。

じきに警備隊が到着するだろう。


制御盤を破壊し、場内の明かりが一斉に消えた。

これで増援も混乱する――そう踏んでいたが、すぐに甘さを思い知らされる。

暗闇の中、複数の赤い光点がこちらに向かって浮かび上がる。


彼らもまた、特殊な暗視ゴーグルを装着しているのだ。


一方ライラは、解放中のPSIが紫電をまとい、髪や瞳までも淡く発光している。

闇に隠れるどころか、かえって標的を強調してしまっていた。


「……どうしようかな。」


手元には、もはや使い物にならないブレードの残骸しかない。

囲まれれば時間の問題だ。


「これしかない。」

次の瞬間、ライラは躊躇なく走り出し、屋上の縁へ飛び出した。

吹きすさぶ風。足下に広がる闇。


向かいのビルがわずかに近いのを見定めると、全身に力を叩き込み、跳躍する。

紫電の尾を引いて、少女の身体は宙を駆けた。


ビルまでの距離は、決して近くはない。だが、PSIで強化された脚力が壁を越えさせる。

着地と同時にコンクリートを滑るように転がり、立ち上がる。

呼吸を整える暇もなく走り出した。


背後では怒声と光弾が飛び交い、暗闇に赤いゴーグルの光点が動き回っている。

追撃の気配を振り切るように、ライラは低層の夜を駆け抜けた。


やがて――。

甲高いサイレンが響き渡った。

通りを塞ぐように装甲車両が現れ、重武装の警備隊員が展開していく。

さらに頭上にはドローンが編隊を組み、機械仕掛けの警備ロボまでもが光を放ちながら進軍してくる。


紫電を収めたライラは、路地の暗がりに身を隠した。


自分の役目は終わった。あとは公的な力に任せればいい。

サイレンの音を背に受けながら、彼女は静かにその場を離れていった。


これで、この会場の件は解決するだろう。

けれど、胸の奥にわだかまるものがあった。

自分の手でうちのめしたのはただの見回りだし、最終的に制圧したのも警備隊だ。

もっと何か、大きなものを――。


「……なんか、つまんない。」


誰に聞かせるでもなくつぶやくと、彼女は闇に紛れ、足音を消した。


今夜は、いつもより長くPSIを使ったせいで、全身が鉛のように重かった。

結局、翌日は夕方まで眠りこけてしまう。



さらに運の悪いことに、明後日の登校日には朝イチで小テストがあるのをすっかり忘れていた。


「……終わったかも」

机に突っ伏したまま、心の底から絶望する。


だが、不思議なものだ。

なんとなく覚えていた内容が頭に残っていて、答案はギリギリ及第点に届いた。


――数日前に、エリナと一緒にやった予習が効いたらしい。

(……ありがと、エリナ)


小さくつぶやき、胸の内に秘めた。

今週は控えておこう。そう決めて、まだ疲れが残る身体を叩いて授業に臨んだ。


【違法改造決闘】

ブラックデュエルと読む。

低層各地で開かれており、大規模になると莫大な金が動く。

闘士は命懸けだが、最近の格差拡大や一発逆転を狙って参加する人は増加傾向にある。


【電磁ブレード】

刃に電流を流し、触れたものを灼く違法改造刀。元々はただの警棒。


【ナノ振動ロッド】

超音波震動をのせて、骨まで砕かんとする打撃武器。元々はただの警棒。


【プラズマヌンチャク】

巻かれた高温の電熱帯が光るためそう呼ばれる。元々はただの警棒。折ってつなぎ合わせている。


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