第6話 ブリーフィング
海兵隊ってのはよく勘違いされるが、海の専門じゃない。
独立した判断で動ける、陸海空のプロが集まった精鋭部隊だ。
自前で歩兵、戦車、航空機、補給部隊を持ち、すぐ動くのが売り。
――モットーは『なるはやで戦力をお届け』。
言うなれば、部隊のデリバリーサービスってもんだ。
短期滞在に重きを置き、長期滞在の場合は陸軍にお任せ。
国内や国外問わず、災害やテロが起こった場合は、大忙しさ。
世界の警察たるアメリカ合衆国の命令によって、派遣が決定する。
作戦の計画と実行は海兵隊が独自で行うわけだが、最終指揮権は別だ。
作戦の『ゴーサイン』を出すかどうかは、一人の権力者により左右される。
――アメリカ合衆国大統領。
お上の気分次第で、決行寸前の作戦がポシャることもある。
その分、決断の責任も重いわけだが、現場からすれば糞食らえだ。
海兵隊を辛くて辞めたいと思ったことはないが、命令系統は不満だった。
『リバティ島上陸作戦は中止。繰り返す、リバティ島上陸作戦は中止――』
今でも耳に残っているのは、命令の伝言ゲームの末に届いた言葉。
権力者と顔を見合わせることもなく、準備万端だった作戦が頓挫する。
『国家の一大事に……何が大統領だ!! ちくしょう!!!』
投下寸前だった航空機の中で、ヘルメットを投げつける。
眼下には、何も知らない自由の女神が呑気に突っ立っていた。
それが、昨年の12月25日に起きた事件。俺が海兵隊を辞めた要因。
当時の大統領――レオナルド・アンダーソンが俺の人生を捻じ曲げた。
「………………また、あの夢か」
目が覚めるとそこは、見覚えのない黒い病室だった。
状況は理解してる。なぜこうなったかは大体予想できる。
――ローズが助けた。
そんで恐らくここは、超常現象対策局の施設だろう。
気を失う前の目的地だった『マンハッタン南端』が濃厚だ。
流れから考えて、連れてこられた経緯と状況説明が行われるはず。
「お加減はいかがですか?」
思った通りというべきか、現れたのは長い銀髪の男だった。
白のスーツに袖を通し、中性的な顔立ちだが、顔の彫りは深い。
(またイタリア系か……。因果なもんだな)
断定できるほどに、母国の特徴が浮き彫りになっていた。
差別するつもりは毛頭ないが、何か裏があるように思えてくる。
「おかげさまで上々だ。……あんたは?」
とはいえ、無視を決め込むわけにもいかず、話を転がす。
関係が悪化すれば、立場が危うくなるのは俺、だろうからな。
「私はレオナルド・アンダーソン。米国の前大統領です」
「……冗談にしては笑えねぇな。俺の経歴を知って言ってるのか?」
頭にかぁっと血が上りそうになるも、すぐに気付いた。
レオナルドは黒人だ。誰が聞いても冗談だと伝わるだろう。
因縁がなければ笑えるが、過去のことを考えれば全く笑えねぇ。
気になるのは、分かった上で言ったのか、分からずに言ったのかだ。
同じようで違う。冗談でも、場合によっては許せないケースが存在する。
「それはいったん、脇に置きましょう。混乱を招くだけなので。それより気になっているのではありませんか? あの時、なぜ……ローズがいなくなったのかを」
正体不明の男が切り出したのは、抱いていた疑問点。
最も気になった、と断言してもいい不可解な行動だった。
「ああ、聞かせてくれ。その延長で、身の上話を語るんだろ?」
「それは後のお楽しみ……。それより、ローズのことはどこまでご存じで?」
「国土安全保障省の管轄下……超常現象対策局に所属する代理者とか言ってたか。機長は貴重だからって、くそつまらねぇ洒落を添えて護衛の任務に就いたってのは本人から聞いた。それ以上のことは何も知らねぇな」
足並みを揃えるようにして、こちらの情報を伝える。
恐らく、知らない部分を補足するために聞いたんだろう。
一方的に話すよりも効率的だ。情報の漏れがなく伝えられる。
この時点で、多少の弁が立つ相手というのは、察しがついていた。
「そこまで知っているのなら、話は早い。『護衛』が彼女の任務だとして、優先順位が繰り上がるほどの人物が現れれば、どうなると思いますか?」
「それは当然、俺から離れて、別件を優先するだろ。機長よりも貴重な人材なんて、世の中にはごまんといるだろうからな」
「それが……前大統領である私だとしたら?」
ほぼ最短距離で踏み込んできたのは、俺の地雷。
ここまでくれば、冗談でしたでは済まない一言だった。
「言葉を選べよ、性悪男……。その冗談は笑えねぇって言ったよな!!!」
点滴と心電図の電極を引きちぎり、ベッドから起き上がる。
勢い余るままにズカズカと近付いて、イタリア男の襟元を掴む。
それで気分は収まらず、右拳を振りかぶり、容赦なく顔面に放った。
「学びませんね。それで痛い目に遭ったばかりでは?」
しかし、止まる。男の言葉と雰囲気に圧倒される。
まるで別人にでもなったような、禍々しいオーラがあった。
「…………っっ」
身体は自ずと震え、寒気が走っていく。
一度目なら勘違いで済むが、これで二度目。
間違いない。これは、勘違いでもなんでもねぇ。
――格が違う。
戦う土俵にすら立ってない。
因縁を消化できる実力が備わってない。
「さて、話の続きといきましょう。私の正体と、あなたが感じた違和感はさておき、仮に前大統領という重要な役職があの状況で現れたとしたら、ローズのとった行動になんら不審点はない……そう思いませんか?」
腕を払い、襟を正し、男は仕切り直す。
読み通りと言わんばかりの切り替えの早さだった。
「あ、ああ……。俺でもそうする。彼女を怨んではない」
「それを聞いて安心しました。次の任務にも同行できそうですね」
「聞きたいことは山ほどあるが……次ってのは、一体何をするつもりだ?」
ある種、強引に分からされた形で話は進む。
男の正体がハッキリしないまま、未来に目線が向く。
任務というワードには、逆らえない引力と興味関心があった。
「――飛行空母の奪還。街に蔓延る骨を一掃できる兵器の回収任務です」
◇◇◇
拳を納め、機長の制服を着て、案内された部屋に進んだ。
そこに広がっていたのは、黒のブリーフィングルームだった。
部屋の最奥にはモニターがあり、マンハッタンの地図が映される。
中央には仰々しい長机があり、左右に分かれ、座っている先人がいた。
――関係者は計六名。
俺、ローズ、レオナルド辺りが見知った面々。
残りは博士、営業マン、マフィアみたいなやつらだ。
位置関係から察するに、博士が作戦指揮を担当するらしい。
白衣を着た背の低い紫髪の女性で、モニターに棒を伸ばしている。
「揃ったようですね。私が本作戦の指揮官を担当するミアと申します。時間がないので、各々の自己紹介や質疑応答は後回しにさせてもらって、ざっくりと本題に進ませてもらいたいと思います。……まずはこちらをご覧ください」
馴れ合う時間を与えることなく、ミアは取り急ぎ話を進める。
様子から見て、切迫している状況なのが手に取るように伝わった。
気付けばモニターには、飛行空母と思わしき画像が映し出されていた。
「戦略飛行空母『ガンダールヴ』。詳細は省きますが、マンハッタンの災厄を払う兵器を積んでおり、その奪還が目下の最優先事項となります。収容されている場所ですが、マンハッタン北端にあるインウッド・ヒル・パークの地下にあります。厳重なセキュリティと、自律型AIを活用した二足歩行兵器が警備を担当していますが、突破された報告があり、極めて深刻な状況となっています。敵勢力の存在は掴めず、もし仮に『ガンダールヴ』を悪意ある第三者に利用された場合……世界は滅亡します」
早口で語られるのは、ミアが切迫している理由。
一秒でも時間を削り、なるはやで戦力を届けたい意図。
空気は重苦しくなるものの、一体となるのを肌で感じ取った。
「何か質問はありませんか?」
差し迫る中、ミアは参加者に歩み寄る姿勢を見せる。
必要最低限の説明した上で、足並みを揃えようとしている。
――ただ。
「「「「「……………………」」」」」
この場にいた五名は颯爽と立ち上がり、背中を向ける。
自己紹介をするまでもなく、世界の一大事を前に心は一致していた。