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マンハッタン狂詩曲  作者: 木山碧人
第九章 死の街
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第5話 洗礼

挿絵(By みてみん)





 そこは、こじんまりとしたイタリア料理店だった。


 白いテーブルクロスが引かれ、椅子で囲う席がいくつか。


 壁には洒落た絵画が飾られ、小粋なジャズのBGMが流れていた。


「立て……」


 ただ聞こてくるのは、不快な音色。


 感情や思いやりの精神に欠けた非情な言葉。


「………………」

 

 グラリと揺れる視界の中、無理をしてでも立ち上がる。


 そこには、ボルサリーノハットを被るマフィア気取りの男。


 両拳には血がこびり付き、奥には黒服に囲まれるラウルがいた。


 ――役者と舞台はそれで十分。


 フルフェイスマスクを被る『ヒーロー』はいない。


 ワケを詳しく語ることもなく、とんずらこきやがった。

 

 なぜこうなったかは、ボルサリーノ野郎が口を割るはずだ。


「ラウルを渡せ。逆らえば、痛めつける。従えば、見逃してやる」


 思った通りのタイミングで、男は再び脅しをかけてくる。


 あいつを欲しがる理由は不明だが、人身売買に似た何かだろう。


 男との実力差は明白で、身のほどを考えるなら諦めるのが無難だった。


「誰が従うか、ばーか。そいつはな、うちの大事な社員なんだ。引き抜きたいなら、アメリカン航空に筋を通せ。電話番号は800-334-7200までだ。カスタマーサポートに繋がれた挙句、シャープのたらい回しにあって、人生の貴重な時間を30分ほど浪費するだろうよ。それを承知で、正々堂々と真っ正面から仕掛けてみろってんだ」


 ただ、不利を承知で真っ向から歯向かう。理由は述べた通りだ。


 何度目か分からないファインティングポーズを取り、鋭い視線を向ける。


「ヒュー。言うねぇ。口が達者な野郎だ」


「舐めてんのか、コイツ。誰に口利いてんだ」


「身の程ってもんを分からせてやれ……カルロ!」


 取り巻きのヤジが飛ぶと、明らかになったのは名前。


 マフィアかどうかは分からんが、出身は恐らくイタリア系。


 ファミリー名が分かれば絞り切れるが、そこまで都合よくはない。


「加減は止めだ。次も生きていられる保証はないが、いいんだな?」


 カルロは左手の小指に金の指輪をはめ、警告。


 平坦な表面には『L』という文字が刻まれていた。


 確かあれは、『シグネットリング』と呼ばれる代物だ。


 最低ランクでも数千ドル、あのレベルなら数万ドル以上。


 封蝋の印にも使えるらしいが、現代社会では機能不全だろう。


 気にすべきは購入層。男女問わずのデザインだが、好むのは……。


「殺し屋ビジネスを立ち上げた、あの『ルチアーノファミリー』が相手とは光栄だね。ボスか幹部かは知らんが、罪もないカタギを痛めつけた上に惨殺した挙句、悪評が広まって、表社会からも裏社会からも干されてくれ」

 

 指輪の情報をもとに仮説を重ね、探りを入れる。


 生き残れるかどうかは置いといて、反応次第では所属が割れる。


「御託はあの世でするんだな。……くたばれ」


 望んだ回答が返ってくることはなく、振るわれるのは左拳。


 今までの攻防から勝利を確信し、避けられるとも思っていない。


「舐め、やがって!!!」


 一か八かの状況で放つのは、ボディブロー。


 カルロの隙だらけな腹部に向かって、右拳を放つ。


 初速がこちらが上。先に叩き込めれば十分に勝機はある。


「――ッッ!!?」


 しかし、届かない。拳はカルロの腹部前で不可思議に停止。


 見えない壁に阻まれる感覚があり、全身の毛穴がブワッと開いた。


(何か、ある……。俺の知らない何かが……)


 明確な根拠こそないものの、違和感が確信に変わっていく。


 仮に事実だったとしても手の施しようがなく、喧嘩は終わりを迎える。


「……………がっ!!!」


 カルロの拳は右頬を叩き、身体は宙に舞った。


 窓を突き破り、向かいの店の扉を破壊し、ようやく停止。


 もう痛みすら感じない。立っているか寝転んでいるかすら分からない。


『『『『――ギ、ギ、ギ』』』』


 そこで聞こえてきたのは、骨共のB級っぽい声音だった。


 瓦礫の下から現れ、囲い込むようにして戦闘態勢に入っている。


(最悪中の最悪だ……。どこまでツイてねぇんだ、今日の俺はよぉ……)


 迎撃できる体力はなく、骨との戦闘経験は皆無に等しい。


 これまでの道中は、便利な『護衛』が全てやってのけていた。


 頭が弱点なのは分かるが、万全の状態だとしても凌ぐのは難しい。


 『ヒーロー』が遅れて登場するのを願いたいが、現実ってもんは非情だ。


(せめて、一体でも……っっ)


 極限の状況下で、標的に絞るのは最も近い位置にいる骨。


 攻撃するタイミングを伺い、今にも飛び出そうとしてる個体。


 倒しても意味がないとは分かっていたが、身体は勝手に動き出す。


「――――骨畜生が、俺を殺せると思うな!!!」


 火事場の馬鹿力のようなものか、不思議と力が湧いた。


 標的にした骨の思考が手に取るように分かり、軌道が読める。


 前方に跳躍して、両腕を突き立てる、芸のないワンパターンの技だ。


「――らぁぁぁぁっっ!!!!」


 そこに拳を合わせる。敵の勢いを利用し、地面に叩きつける。


『…………ガ、ギ――』


 バキリと音を立て、頭蓋骨はイメージ通りに粉砕。


 目標としていた『一体撃破』は成し遂げた形になっていた。


『『『……ギ、ギ、ギ』』』


 それを見て、嘲笑うような骨共の声が聞こえてくる。


 理性があるのかないのか、馬鹿にしてるのだけは分かった。


(クソが……っ。もう少し強ければ、ラウルも、こいつらも……っっ)


 本日三度目の窮地に追い込まれ、メンタルは失意のどん底。


 自分自身の不甲斐なさを呪うばかりで、抵抗する気力はなかった。


 というか身体がもう動かない。とっくに限界を超えていて、熱暴走状態。


「…………」


 バタンと仰向けに倒れ、崩れた天井を見つめる。


 ザ・世紀末と呼べるような殺風景で、風情は最高だった。

 

 残すイベントは、人ならざる者に無抵抗のまま蹂躙されるだけだ。


『『『―――――』』』


 案の定、骨共が襲い掛かってくるのが見える。


 足の指先一本すら動かせず、されるがままだった。


 後悔はあるが、死の覚悟は墜落した時に済ませている。


 これといって思い返すこともなく、感情は無に等しかった。


『『『ギ――』』』


 期待も失望もないまま聞こえてきたのは、骨の断末魔。


 頭蓋骨は的確に砕かれ、空中で瓦解するのが視界に入った。


 どうやったか、なんてものは知らんが、誰がやったかは明らか。


「まだ……見えてる?」


 そばには、遅れて登場したクソったれな『ヒーロー』がいた。


 相変わらず赤のフルフェイスマスクを被り、その表情は見えやしない。


「そこは、まだ……生きてるだろ? ボケ、ナス――」


 そこで視界は暗転。正真正銘、限界を迎えた。


 後のゴタゴタは、有能な護衛様に全部お任せだった。

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