第2話 自己紹介
航空機墜落事故から数時間が経った。
乗客の避難は終わり、落ち着き始めた頃。
「おじさん……名前は?」
通夜のような雰囲気に満ちる公園で、少女は言った。
池に浮かぶ航空機の残骸を見つめながら、表情は見えない。
――原因は赤のフルフェイスマスク。
バイクのヘルメットに近いもので頭全体を覆ってる。
目元部分は遮光用のバイザーがあり、容姿は分からない。
黒服なんて大人びたもんを着てるが、年端もいかないガキだ。
『ヒーロー』の真似事のつもりか、それとも本物の『ヒーロー』か。
なんにしても、着陸成功に一役買ったのだけは確か。敬意を表すべきだ。
「俺はエデン・キース。見ての通り機長をやってた。今、職を失ったところだがな」
鍔付き帽子を取り、素顔を見せ、名と肩書きを語る。
短い金髪のイケてるナイスガイの姿が見えているはずだ。
自分でもなんだが、トム・クルーズに似てるとよく言われる。
服装は、バシッと決まった濃紺のジャケットとシャツとネクタイ。
両腕の袖には機長の階級を示す、四本のストライプが刺繍されている。
足元には黒の革靴を履き、磨き上げられた表面には軽く泥がかかっていた。
「へぇ。そうなんだ」
すると少女は、俺を見向きもせず、淡泊な反応を見せた。
社交辞令として聞いただけ。そう言わんばかりの冷たい態度。
こいつの両親でも血縁者でも何でもないが、さすがに見過ごせん。
「おいおい、嬢ちゃん。自分から聞いといてそれか? 後ろめたい事情があるのはお察しするが、マスクを外して名乗るのが筋ってもんだろう」
我慢できずに俺が指摘したのは、現在進行形の出来事。
学歴や家庭環境は知ったこっちゃないが、どうも目に余った。
「筋ってなにそれ。ヤクザ? マフィア? ドン・コルレオーネ?」
「当たらずとも遠からずだな。映画だと無礼を働いたやつらは、大体消されたろ?」
「私、ここで消されるの? ……こわぁい」
言葉遊びの延長線上か、少女は自らの肩を抱き、わざとらしく震える。
「安心しな。一度目は警告、二度目はズドンだ」
指鉄砲を作った俺は、流れとノリに合わせて、引き金を引く素振りを見せた。
「良心的だね。だったら私はローズ・マリー。顔は訳あって見せられない」
「芸名か? まぁいい。それより、ローズはこれからどうするつもりだ?」
雑すぎる自己紹介を終え、探りを入れるのは未来の話。
正直、アテはない。今しがた仕事を奪われたせいで露頭に迷っていた。
「護衛かな。おじさんの」
「出会ったばかりの俺? 何が目的だ?」
「機長は貴重だから。あ、洒落でもなんでもないよ、ガチの方」
「……この惨状なら、確かにな」
見渡した先には、着陸に失敗した航空機の数々が見える。
世界同時に起きた事件なら、機長は絶滅危惧種になるだろう。
ローズの立場は分からないが、言ってることには説得力があった。
「所属は連邦捜査局か? 中央情報局か? それとも、国防総省か?」
「そのどれでもないかな。国土安全保障省の管轄下にある組織」
「9.11以降にできたテロ対策ユニットか。具体的な名称は?」
「――超常現象対策局。英語ならSupernatural Countermeasures Bureau。略してSCB。私はそこの代理者ってなわけ」
今の説明で納得がいった。一通りの目的と素性が明らかになった。
顔を見せられないのも理解できるし、機長の護衛に違和感がなくなった。
――ただ。
「まだ義務教育中のガキだろ? どうして政府に仕えてる。ジャック・バウアーの真似事をするのはいいが、現場に出るには年季と経験が足りないように見えるが」
「はぁ? キムの活躍なんて眼中にない感じ? 舐めるのは勝手だけど、これでも私は強い方だっての。それに組織は完全実力主義だから、年齢とか関係ないんでね」
些細な疑問に対し、ローズは真っ向から反抗する。
早くも険悪なムードが漂い、関係値はマイナスに傾いた。
彼女にどう思われようとなんでもいいが、許せないことがある。
「ボスの下に案内しろ。俺が直々に文句言ってやる」
「最初からそのつもりだから。……こっちきて、早く!!」
ローズは手招きし、俺は険しい表情で歩みを進めていく。
偽善か、義噴か。どちらにせよ、答えはすぐに分かるはずだ。
◇◇◇
セントラル・パークの池のほとり。
そこで機長エデンを眺める人物がいた。
声が聞こえ、視界に入りにくい絶妙な位置。
三本線のストライプが入った裾を掴み、口走る。
「機長は一体、誰と話されているんだ……」
若い青髪の副操縦士は、エデンの奇行に狼狽える。
激しい口論をしながら歩いている隣には、誰もいなかった。