表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンハッタン狂詩曲  作者: 木山碧人
第九章 死の街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/16

第15話 勧善懲悪

挿絵(By みてみん)





「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……」


 病院内の分娩室に響き渡るのは、生まれたばかりの赤ん坊の産声。


 今から何年前のことだったか。当時は副操縦士だったことは覚えてる。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」


 看護師に声をかけられ、へその緒が繋がったままの赤ん坊を抱く。真っ先に目に入ったのは頭髪だ。どちらの遺伝でもない銀髪が薄っすら見え、一瞬戸惑った。銀髪の男に浮気されたんじゃないかってな。……ただ、すぐ勘違いだと気付いた。耳は母親に似てピンと尖り、目や鼻や口は俺によく似ている。月並みな感想だが、これが俺の……エデン・キースとしての人生の頂点だった。俺の血を分けた子供が生まれたのもそうだが、母親となった彼女が無事だったことも同じぐらい嬉しかった。


「頑張ったな。ミーナ。名前はなんてのにするんだ?」


 目の前には、青い分娩着に袖を通した大人の女性。


 長い金髪を巻き髪にしており、身長は平均よりも高め。


 容姿は二十代後半。実の年齢は三十代後半だと聞いている。


「……『パンドラ』とでも名付けましょうか」


「その心は?」


「わたくしたちや人類にとって、『贈り物』になるという意味を込めて」


 その会話を最後に、ミーナ・グレンツェは姿を消した。


 まだ生まれて間もない、ガキ未満の俺たちの赤ん坊と共に。


 ◇◇◇


 戦略飛行空母『ガンダールヴ』が積む武装は、恐らくレーザー兵器。どういう仕組みかは分からんが、全人類をターゲットにすることが可能で、発射まで残り2分を切った。もうカウントを聞く余裕なんてねぇ。物理的に止められるのは、機長などの飛行に関連する専門的な資格を持つ者だけ。取得には最低でも200時間以上の飛行経験が必要で、2分以内に艦橋にある操作盤に接触できる人物は極めて貴重。


 つまり……全人類の命は俺一人の手にかかってる。


「――!!!」


 責任と重圧を右手で握り込み、俺は真っ正面に拳を放つ。


「…………」


 真っ向から受け止めるのは、もう一人の俺。


 詳細は不明だが、恐らく未来からきたエデンだ。


 意思の力か、それに付随した能力によるものだろう。


 ――なんにせよ、邪魔だ。


 現在、空母の支配権を握っているのは、ヤツ。


 同時に全人類に憎悪を向けている黒幕でもあった。


 存在を無視して、先に操作盤に触れようと意味がねぇ。


 『機長』の肩書きを持つのは確実で、どうせ書き換えられる。


 ――倒すか、倒されるか。


 原始的だが、それが勝利の鍵であり、人類の命運を分ける。


 例え研鑽を積んだ未来の自分でも、負けるわけにはいかねぇ!!!


「「――――らぁぁぁああああああっっっ!!!!!」」


 殴り合う。殴り合う。ひたすら殴り合う。


 顔に鳩尾に脇腹に、がむしゃらに拳を叩きつける。


 お互いノーガード戦法。思考回路は全くもって同じだった。


 ――だが。


「……どうした? 止まって見えるぞ、ウスノロ!!!」

 

 一発殴れば、三発にされて返ってくる。


 圧倒的な手数の差を前にして、目の前が霞む。


 威力も速度も技量も精度も段違い。敵う余地がねぇ。


 立っているかどうかの感覚すら消えて、意識は朦朧とした。


「これで――」


 未来エデンが放つのは、フィニッシュブロー。


 顔面パンチをお見舞いして、勝負を決めにかかる。


「パン……ドラ……」


 夢か現実か分からないまま、俺は娘の名を口走る。


 成長を見守れなかったことに心残りがあったのかもな。


 だからローズに娘の姿を重ねた。守ってやりたいと思えた。


「……………………」


 するとなぜか、迫る拳はピタリと止まった。


 未来エデンは、倒せる寸前のところで手を緩めた。


『人類焼灼まで残り1分。繰り返す、人類焼灼まで残り1分――』


 静まり返った艦橋に響くのは、終わりまでの時間。


 このまま何もしなければ、60秒後には人類は滅亡する。


 人類史では類を見ない危機を迎えながら、頭が急速に回る。


 考えるのは――未来の自分のこと。


 なぜこの場に立ち、人類に歯向かったのかを思案する。


 戦うんじゃなく、話し合うことに意味があったと今さら気付く。


「まさか……娘と人類を天秤にかけたってのか?」


 そこで思い至ったのは、根拠に乏しい予想だった。


 考察材料は『パンドラ』の名を出し、手加減したことのみ。


「人類を敵に回しても、娘を守りたい。それが親の心情ってもんだろ?」


 なぜか諦めたような表情を作り、未来エデンは語る。


 勝ち誇るべきところなのに、負けたかのように振る舞う。


 ――胸がグッと締め付けられるのを感じた。


 表面的な痛みとは全く異なる、内面的なものだ。


 理屈より感情が先行した。起こるべき未来を理解した。


 飛行空母の支配条件を満たしている人物は……もう一人いる。


「副操縦士であるラウル・スミスが命じる。黒骨ブラックスカルの元凶を破壊せよ」


 タッチパネルの操作盤に両手を乗せ、告げるのはラウル。


 内容は極めてシンプルで、誰にでも伝わる言葉を用いている。


『ターゲットの変更を確認。……対象者パンドラの焼灼を開始』


「やめろぉぉぉぉっぉぉぉおぉおおおおおお!!!!!!!!」


 拳の構えを解き、必死で手を伸ばすが、届かない。


 物理的に間に合わない。時間は残酷にも過ぎ去っていく。


「運命を呪え。お前はいずれ……俺になる」


 実の娘の終焉が差し迫る中、未来エデンは冷静に語る。


 なぜ途中で諦めたのか。どうしてラウルを野放しにしたか。


 過去を知っていれば、未来は変えられるはず。それなのに……。


「「「――――――」」」


 カッと辺りが眩しくなり、轟音が遅れて聞こえた。


 どういう仕組みか、窓には外部の映像が映し出される。


 見えたのは、空母底部。そこから、レーザーが発射された。


 ――放たれたのは、ハーレム地区。


 具体的に言えば、通りに広がっていた大穴部分。


 局所的に絞られた光線は、迷わず地下深くを目指す。


 1秒か、10秒か、100秒か、1000秒か照射が経過した後。


「――――あぁぁぁああぁあっぁああああああああ!!!!」


 ここまで響き渡ってきたのは、女性の悲鳴。断末魔。


 放浪者ドリフターの元凶となった悪者は始末される。世界に殺される。


「やった、ぞ……。晴れて私は、ルチアーノのボスに……」


 確かな実績を残したラウルは、満足げな表情で気絶。


 その胸元からは、ヒラリと紙とペンが地面に落ちていった。


「…………」


 未来エデンは落ちたものを拾い、筆を走らせる。


 その身体は消えかけ、役目が果たされようとしていた。


「これをローズに……。中は覗いてくれるな……」


 四つ折りにした紙を渡し、彼は優しく言い放った。


 受け取る以外の選択肢はなく、残された時間も少ない。


「お前はこの結末を望んでいたのか? それとも……」


「自分の目で確かめろ。今から12年後の9月5日がXデーだ」


 短いやり取りを交わし、含みのある回答が返ってくる。


 そこで未来エデンの姿は消え、人聞きに知る術はなくなった。


 次の瞬間、どっと疲れが襲い、糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


「…………くそったれ、人類」


 託された紙を懐にしまい、恨み節を吐き、意識が途絶える。


 娘が殺され、世界は救われる。それが、俺の人生の底辺だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ