第14話 原動力
『人類焼灼まで残り3分。繰り返す、人類焼灼まで残り3分――』
艦橋内に響きわたるのは、無慈悲なアナウンス。
未来エデンとの戦闘から、約2分が経過しようとしていた。
「どう、して…………」
地面に転がるのは、大量の空薬莢とマフィアの面々。
最後の抵抗者のラウルは、その他大勢と同じ末路を辿る。
うつ伏せの状態で倒れ込み、辛くも動いた視線を上に向ける。
そこには、球状の黒い意思に包まれた髭面の男。未来エデンの姿。
そのさらに周囲には、赤と青の小球体を公転させるように纏っている。
「反意思防御機構。意思の力を有する存在は、何人たりとも俺に触れることはできねぇ。……言っとくが、精孔を閉じて対策しようが無駄だ。実力や才能の優劣に関係なく、一度でも意思の旨味を知れば、源となる光を完全に絶つことは不可能。このフィールドはそれを嗅ぎ付ける。対象者を拒絶し、あらゆる行動に付随する攻撃を無効化する。対意思能力者用の最終兵器だ」
惜しむことなく明かされたのは、彼の意思能力。
事実だとすれば、ここにいる面々では絶対に勝てない。
「何を代償に……そこまでの力を……」
制限や縛り、強い思い入れだけでは到底説明がつかない。
人としての大事な『何か』を犠牲にしなければ到達し得ない。
「サービスはここまでだ。……あばよ、副操縦士」
肝心な部分は明かされず、未来エデンは右足を上げる。
こちらの頭部に狙いを定め、容赦なく踏みつけようとしていた。
「――――」
しかし、想定していた終わりはやってこない。
慌ただしい足音と共に、終わりを食い止める者がいた。
「うちの副操縦士に手を出すんじゃねぇ!!!」
◇◇◇
艦橋で相対したのは、もう一人の自分。
直感的に理解できるほど酷似した存在がいた。
服も見た目も劣化してはいるが、まず間違いがねぇ。
「天敵のご登場か。俺が相手してやる。かかってきな」
髭面の男は蹴り払い、距離を取る。
素性が何にしても、こいつが騒動の黒幕。
戦略飛行空母『ガンダールヴ』を牛耳る艦長だ。
「俺たちは一人じゃねぇ。何としてでも……お前を止める!!!」
対話する時間はなく、気の利いた言葉も浮かばず、駆ける。
残り時間は約3分。こいつを倒せなければ、世界は終焉を迎える。
「「「――――――」」」
二対一の攻防。ローズと息を合わせた接近戦。
得物は弾切れで、持ち合わせる武器は己の肉体のみ。
俺は裏拳、ローズは足払いを放つが、男はバク転して跳躍。
空振りに終わったが、敵は逆さの体勢で空中に留まり無防備状態。
「アレで決める!」
「望むところ!!」
阿吽の呼吸で握り込んだ両手を差し出し、ローズは乗る。
それ以上深く語り合うこともなく、後の展開は決まっていた。
「せー!!」
「のっ!!」
掛け声に伴い両腕を振り抜いて、ローズは跳んだ。
速度が損なわれることはなく、タイミングに狂いはない。
木偶の坊を貫いた時よりも精度は増し、威力は段違いのはずだ。
「――――シャン、バラ!!!」
右足を突き出し、勢い余るままにローズは告げる。
恐らく、意思の力。思の丈を言葉にして、力に変える。
目には見えないが、鬼気迫った声音と熱量に凄味を感じた。
直線を描くように無防備な艦長へと迫り、跳び蹴りは衝突寸前。
人間が反応できる速度じゃなく、起こるべき結果は目に見えていた。
「――チョモ、ランマってな!!」
しかし、艦長は両足を開脚し、回転。
見覚えのある技を放ち、真っ向から迎撃する。
速さ比べでは劣ってねぇが、不可思議なことが起こる。
「……???」
先に到達したローズは、フワリと停止する。
低反発の素材に受け止められたように速度が落ちる。
「……ッッッ!!!!!」
そこに襲い来るのは、艦長が放つ回転蹴り。
ローズの側頭部に直撃し、地面へと墜落していく。
「ちっ――!!!」
反射的に走り出し、落ちるローズをキャッチ。
勢い余って操作盤に背中を打ちつけ、嫌な痛みが走る。
「…………」
腕の中では、ローズが項垂れている。
気絶したか死んだのか、現時点では不明。
ただ、今ので即死は免れたと信じたいところ。
マスクのバイザーが割れてたが、顔は見なかった。
そんなことよりも、感情が向かう先は別の場所にある。
「てめぇ……。ガキの頭を本気で蹴るとか、どういう神経してんだ!!!」
「そのガキを酷使したのはどこのどいつだ。巻き込んだ時点で同罪なんだよ!」
地面に降り立つ艦長と行うのは、生産性のない口論。
原初の記憶が呼び起こされ、本部に向かった理由を思い出す。
『ボスの下に案内しろ。俺が直々に文句言ってやる』
それが旅の始まり。ローズの護衛に協力したワケ。
流されるがままここに辿り着いたが、当初の目的は違う。
(そうだ……。俺は元々、ローズに足を洗わせるために……)
「ようやく思い出したって面してるな。何が世界を救うだ。目の前にいる女の子一人救えないで、いけしゃあしゃあと文句を垂れるな!!!」
畳みかけるように浴びせられるのは、罵声。
心と感情がこもり、言ってることには一理あった。
『人類焼灼まで残り2分。繰り返す、人類焼灼まで残り2分――』
そこで聞こえるのは、突入してから1分経過の合図。
後にも先にも60秒がこんなに長く感じることはきっとない。
濃厚すぎる情報に脳の処理が追い付かず、頭が真っ白になりかける。
「……関係ねぇよ」
それでも立ち上がる。体は勝手に動き出す。
大前提として、やらなければならないことがある。
下半身の感覚がなかったが、今はそんなのどうでもいい。
「なんのために立ち上がる。今のお前を突き動かす原動力はなんだ」
すると、不思議そうな顔をする艦長は理由を問うた。
そこでようやく形が見える。目を逸らしてきた心の輪郭。
『人類を救う』という表面的な問題に隠された、内面的な問題。
恥ずかしくて口が滑っても言わないことだが、ヤツならいいだろう。
「――無償の愛だよ!!! こんちくしょうが!!!!!」
世界が終焉に向かう中心地で響かせたのは、愛の告白。
見ず知らずのガキの面倒を見たいという、過ぎた願望だった。




