第11話 進展
マンハッタン北端。インウッド・ヒル・パーク地下。
そこに広がるのは、機械的な迷路。出口の見えない要塞。
電気系統はショートし、頑強な自動扉は全て施錠されている。
本来なら予期せぬアクシデントなわけだが、我々には功を奏した。
「電磁操意――【構造掌握】」
私の意思能力は、電動の物体及び構造物のハッキングを可能とする。大抵の場合は、元々の電流を上書きするのに多大な労力を強いられるわけだが、停電している場合は省エネルギーで済む。本来、ワンフロアの掌握が限界だったところ、施設全体のマッピングに加え、全ゲートのコントロールを可能とした。
「どこまで見えた?」
辺りは暗闇に満ちる中、問いかけるのはカルロ。
二丁拳銃の引き金を引き、マズルフラッシュが瞬いた。
「オールコンプリート。最短ルートでお届けできるが、あいつは別だ」
放たれる銃弾が飛んだ先には、二足歩行の自律した黒い機械。
先鋭的なフォルムで、両腕と両脚を器用に動かし、頭部分はない。
武装は機関銃二丁。【火】の概念に依存せず、ハッキングは個別に必要。
「荒事はお任せあれってな」
「頭のない機械相手に負けるかよ」
「前だけ見てろ。後ろは任せときな!!」
そこに数名の援護射撃が加わり、機械は沈黙。
爆発を伴うことはなく、現フロア内の制圧が完了した。
「………」
返事をせず、心置きなく前だけを見つめる。
飛行空母の強奪まで、大して時間はかからないだろう。
◇◇◇
「前見ろじいさん、前、前、前!!!」
七人乗りの車内に響くのは、助手席に座るエデンの叫び。
視界の先に映るのは、道路交通法を守らない数匹の骨共だった。
「まか、せい――――っっ!!?」
運転する高齢者ドライバーは急いでハンドルを切るも、横転。
グワングワンと視界は揺れ、何回転かした後にようやく停止する。
「…………生き、てるか?」
逆さになった車内で、ふと問いかける。
辺りはガラスが飛び散り、てんやわんやの状態。
「どう、にかな……」
「問題ありませんが、外をご覧ください」
返事をよこしたのは、ヴォルフとレオナルド。
他も見た限り無事で、問題なのは外に広がる光景だ。
『『『『『『――――――』』』』』』
車に押し寄せてくるのは、大量の放浪者たち。
音を聞きつけたのか、数匹どころの騒ぎじゃなかった。
「ありがちな展開だが、まずいんじゃないか? 武器の大半はトランクの中だぞ? 俺の得物は使えんことはないが、索敵発破型のピーキーだ。この体勢の場合、即ドカン。敵味方諸共重力に圧し潰されるわけだが、どうする?」
ウィルは拳銃を握り込み、現状を端的にまとめる。
意思の力とやらを抜きにして考えれば、概ね正しい見解。
「……いいや、撃て。全責任は俺が取る」
ないものねだりをしても仕方がない。
ありものの手札で最善を選ぶなら、これしかない。
「正気か? 頭をぶつけて、気が狂ったんじゃないだろうな?」
「事細かに話している時間はねぇ。いいからとっとと引き金を引け!」
骨共の腕が車内に迫る中で、声を荒げ、決断を急がせる。
「あー、分かったよ。もうどうにでもなれだ!!!」
正気と狂気の狭間で、ウィルは引き金を引いた。
口径のでかい拳銃から発射されたのは、一匹のネズミ。
ボトンと車内に落ち、近くにいる放浪者に反応し、動き出す。
「――――」
エデンはシートベルトを外し、逆さになった車内上部に着地。
窓枠の外に出ようとするネズミ型爆弾を手で掴み、外に放り投げる。
「骨は外だ」
瞬間、重力の渦が発生し、衝撃で車は地面に沈み込んだ。
あわや圧し潰されるところだったが、身体の原型は留めている。
『『『『『『――――――』』』』』』
最も被害を受けたのは、外側にいた放浪者だった。
重力渦の発生地点は車の真上。球体状の圧が発生する。
外はギリ効果範囲内で、下はギリ効果範囲外という寸法だ。
博打だったが上手くいった。問題は山積みだが、ひとまず安心。
「ローズ……車体を持ち上げてくれ」
とはいえ息つく暇もなく、指示を飛ばすと、車体は上がる。
一足先に窓から外に出たエデンは服についたガラスを払いのける。
「やれやれ。ここはどの辺、だ――」
ふと空を見上げた先には、言葉を失う光景が広がる。
航空母艦をそのまま空に浮かべたような物体が見えていた。
「………………ガンダールヴ」




