表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンハッタン狂詩曲  作者: 木山碧人
第九章 死の街
1/16

第1話 メーデー

挿絵(By みてみん) 





 9月2日、アメリカ東部時間11:47:24。


 その日、世界から【火】の概念が消失した。


「……メーデー! メーデー! メーデー! こちらアメリカン213!! 両エンジンがトラブルにより、高度を維持できない。現在位置はマンハッタン上空。直ちに滑走路の指示を――」


 異常が生じたのは、飛行中の航空機のエンジン。


 機長が無線越しに助けを求めるものの、言葉を失った。


 ――目の前に広がるのは、絶望。


 数十機の航空機が流星群のように、マンハッタンに降り注ぐ。


 世界の終わりに思える光景に、助けを求める気力が失せてしまった。


 仮に『スーパーヒーロー』の支援があったとしても、順番は回ってこない。


「終わりだ……。何もかも……」


 悲嘆にくれる機長が取り出したのは、タバコとライター。


 万が一の場合に備えて、 最後の一服として用意したものだった。


「機長! 機内は禁煙です!!」


 すると声を荒げたのは、隣に座っている副操縦士だった。


 ルールに厳格なのは良いことだが、例外というものを知らない。


「うるさい! 今際の際ぐらい好きに過ごさせろ!」


 ガン無視を決め込み、タバコを一本取り出し、口にくわえる。


 流れるようにライターを口元に近付け、取り急ぎ火をつけようとした。


 ――しかし、付かない。


 何度繰り返そうが、カチッという空虚な音が響くだけ。


 オイル切れか、発火石の不具合か、それとも、運が悪いのか。


「ちくしょう。こんなことなら、海兵隊に……」


 最後の一服を諦め、思い馳せるのは、唯一の心残り。


 除隊前の送別会。軍服を着た自分の敬礼する姿が浮かぶ。


 辞めなければこうならなかった。恐らく死ぬことはなかった。


 後悔に押し潰されそうになりながら、窓越しの絶望に目を向ける。


「――――」


 そこには、赤いフルフェイスマスクを被った少女がいた。


 黒スーツに袖を通し、バイザー越しに見える顔と目が合った。


 なぜ。どうして。そんな疑問を解消する術は物理的に存在しない。


 無線で繋がっているわけもなく、隔てる窓の厚さで言葉は伝わらない。


「………………」


 ただ少女は、右手の親指をグッと立てた。


 肯定的な意味合いの強いハンドジェスチャー。


 OK、大丈夫、準備完了。様々な状況下で使われる。

 

 軍隊のみならず、世間一般で日常的に使われている合図。


 夢や幻覚のようにも思えたが、人間とは都合のいい生き物だ。


「……助かるのか? この状況で?」

 

 突如現れた希望に縋る。あり得ない光景を受け入れる。


「高度1500フィート! 機長! もう間に合いません!!」


 そんな中、絶望は同時に進行する。副操縦士が状況を報告する。

 

 仮にここでエンジンが直ったとしても、高度を回復させるのは難しい。


 再点火まで最低でも数十秒かかる。その頃には地面か建物に衝突するだろう。


「……諦めるな! こいつを信じて、最善を尽くせ!!」


 夢か現実か分からないまま、操縦桿を握り込む。


 衝撃に備えつつ、緊急着陸に向けての準備を開始する。


 近くには広大な公園。セントラル・パークが目に入ってくる。


 幸いにも一般人は見えず、芝生と池を緩衝材にできる可能性がある。


 着地の衝撃さえなんとかなれば、助かる見込みは万に一つぐらいはあった。


「こいつって? ……いいえ、プランは?」


「胴体着陸だ! 池を最後のブレーキに使う!!」


 それは言うまでもなく、未体験の領域だった。  


 ハドソン川に着水した前例もあるが、参考にならない。


 知識と経験は別だ。知った気で挑めば、必ず足元をすくわれる。


「こちら、機長。これより緊急着陸を行う」


 客室に通じる無線に言葉を乗せ、最低限の勤めを果たす。


 我に返らせてくれた少女に感謝しつつ、着陸地点を調整した。


 ――そこで訪れるのは、接地タッチダウン


「「…………ッッッッ!!!!!!!」」


 両翼が樹々をなぎ倒し、胴体が芝生を削り、機内は激しく揺れる。


 接地後、爆発してもおかしくなかったが、どういうわけか耐えていた。


 あの少女がやったのだと言い聞かせ、横転しないように機首を水平に保つ。


 ――そして。


「………………………………たす、かった」


 映画でも見ているような気分ながら、感想を口に漏らす。


 ユーモラスな言葉を添える余裕はなく、起きた事実を述べた。


「やるじゃん。……で、早速だけど、専門的な知恵を貸してもらえる? どれなら助かりそ?」

 

 生を実感する暇もないまま、聞き覚えのない声が聞こえた。


 隣にはフルフェイスマスクの少女。視線の先には墜落する航空機。

 

 よく見れば機内の窓は突き破られ、そこから侵入されていたようだった。


 ――もはや、現れた理由は何でもいい。


 彼女の言い分を察するに、当機のような事例を探している。


 落ちる角度に恵まれ、胴体着陸が可能となるようなパターンだ。


 諸々の事情をどうにか呑み込み、パイロットの見地から結論を下す。


「無理だ……どれも間に合わん」


「そっか……。そうだよね……」


 時間が止まるような奇跡はなく、航空機は街に降り注ぐ。


 ビルや建物をことごとく破壊し、不運だった人の死を見届けた。


 ――この出会いが、全ての始まり。


 終わりの見えない、生ある者たちの狂詩曲。


 死の街と化したマンハッタンの旅路が幕を切った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ