表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

強さは誰かのために

 白い霧が、静かに山道を包んでいた。

 ぼんやりと揺れる木々の影が、まるで生き物のように揺らめいて見える。


「……なんか、不気味だね」

 リュカがぽつりと呟いた。


「うん。でも、この先の峠を越えれば、次の町に着くはずだよ」


 フィオナは小さく笑いながら、肩掛けのマントを揺らす。


 霧に包まれた山道を、二人は慎重に歩いていく。

 けれどその足取りは、どこかぎこちない。

 特にリュカの表情には、迷いが浮かんでいた。


 フィオナの魔眼が暴走した時──

 あのときリュカは、確かに彼女を抱きとめた。

 恐ろしいほどの“圧”の中、それでも彼女を放っておけなかった。


(あれは……本当に、僕の意志だったのかな)


「ねぇ、リュカ」

 フィオナがぽつりと声を落とす。


「……私のこと、怖くなった?」


 リュカは驚いて顔を上げた。


「えっ、いや、そんなこと……!」


「本当?」

 フィオナの声は淡々としていたが、その瞳の奥に微かな不安が揺れていた。


「この目のせいで、私は……人から何度も拒まれてきたの。今さら怖がられても、驚かないつもりだけど……」


「違うよ」


 リュカは首を振る。


「怖いのは……僕のほうなんだ」


 フィオナがきょとんとする。


「僕は、誰かを守れるような人間じゃない。君の力を見て、正直、すごく圧倒されたし……僕じゃあ、何もできないんじゃないかって……」


 言葉を絞り出すように口にするリュカに、フィオナはそっと足を止めた。

 彼女の瞳が、霧の中で静かに揺れる。


「……ありがとう。そう言ってくれて」


「え……?」


「自分の弱さを、ちゃんと口にできる人って、少ないから」


 そう言って、フィオナはまた歩き出した。

 その背中が、少しだけ小さく見えた。


***


 山道はやがて急斜面に差しかかり、足場の悪い岩肌が現れる。

 リュカは先に進んでいたフィオナを見て、「気をつけて」と声をかけた、まさにその時──


「きゃっ……!」


 フィオナが足を滑らせた。


「フィオナ!!」


 咄嗟に手を伸ばす。

 でも──


(動かない……!?)


 体が強張り、思うように動かない。

 あの“無意識の力”は、発動しない。


(どうして……!)


 リュカはもどかしさを噛みしめながら、それでも力任せに手を伸ばし──

 二人して、斜面の草むらに倒れ込んだ。


「痛っ……!」


「フィオナ、大丈夫……?」


 フィオナはわずかに顔をしかめたが、すぐに笑みを浮かべた。


「大丈夫。私こそ、足を引っ張ってごめんね」


 その笑顔が、リュカの胸に刺さる。


(僕はまた……守れなかった)


 ⸻


 その夜、二人は簡素な野営を組んだ。

 焚き火の炎が揺れる中、リュカは手の平を見つめる。


(あのとき、どうして動けなかったんだろう)

(“守りたい”って思った。でも、それだけじゃ……)


「リュカ?」


 フィオナがそっと近づき、リュカの腕の擦り傷に薬草を塗ってくれる。


「……ありがとう」


 リュカは視線を落としながら呟いた。


「僕は、君みたいに強くなれない。何かを守る力が欲しいって思ってるのに……全然、うまくいかない」


 その言葉に、フィオナは少しだけ驚いたような顔をして──ふっと微笑んだ。


「リュカ。私、嬉しかったよ。あのとき、滑り落ちそうになった時、真っ先に私に手を伸ばしてくれた」


「でも、結局助けきれなかった」


「ううん。リュカは“私を守ろうとした”の。それだけで、私はもう救われてるんだ」


 焚き火の音だけが、しばらく響いた。


 ⸻


 その時だった。

 茂みの奥で、“カサリ”と草を踏む音がした。


「……来るよ」

 フィオナが即座に立ち上がる。


 姿を現したのは、小型の魔物──“ハウルフォックス”。

 霧の中に潜む、音もなく忍び寄る危険な獣。


 フィオナが構えた瞬間、魔物が飛びかかる。


「やめろッ!!」

 リュカが体を張って、フィオナの前に飛び出した。


 ──でも、力は発動しない。

 それでも、動いた。


(怖い。怖いけど……)


(それでも、僕は──彼女を守りたいんだ!)


 その身体は魔物の爪を受けた。

 痛みが走る。


 フィオナの瞳が一瞬、紅に光った。


「リュカ、下がって!」


 光が走り、小石が魔力を帯びて飛び、魔物の顔面を撃った。

 怯んだ魔物が逃げ去っていく。


 ──静寂が戻る。


「大丈夫!?」

 フィオナが駆け寄ってくる。


 リュカは、息を切らしながら小さく笑った。


「うん、なんとか……。ねぇ、フィオナ」


「……?」


「また、力は出なかった。でも、僕は……もう逃げない。絶対に、君を守るって、そう決めたから」


 フィオナの目が、わずかに潤んだ。


「……ありがとう」


 焚き火の炎が、二人の影を長く伸ばしていた。

 白い霧の奥から、微かに新たな気配が迫りつつあることに、まだ二人は気づいていなかった──。

応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ