君がいるから、君と一緒に
夜の帳が下り、焚き火が揺れていた。
リュカは、火の前に座っていた。ぱち、ぱち、と木が焼ける音だけが静寂を破っている。
「ねぇ、リュカ」
背後から、小さくフィオナの声がした。
あの一件から心を許してくれたのか、いつの間にかリュカ様じゃなく、リュカと呼ぶようになった。
「……どうして旅してるの?」
ふいに聞かれ、リュカは少し驚いた顔をして、火を見つめたまま答えた。
「うーん、困ってる人を助けたくて、かな」
「助けるために……?」
「うん。僕の両親もね、ギルドの冒険者だったんだよ。すごく強くて、優しくて……」
火の明かりが、彼の横顔を照らす。
「ある日、近くの村で魔物に襲われたって話を聞いて、真っ先に救助に向かったんだ。でも……それっきり、帰ってこなかった」
「……」
「まだ小さくて、あまりよく覚えてない。でもギルドの人が言ってた。『きっと今でも、どこかで誰かを助けてるんだ』って。それが本当かどうかは分からないけど、僕も……そうありたいと思った」
焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れる。
「母さんはね、僕を抱きしめながら言ってたんだ。『リュカも、誰かを守れる人になれるよ』って」
その言葉が、今でも胸に残っている。
フィオナは黙っていた。けれど、その言葉が胸に染みた。
(この人は……誰かのために、自分の足で進んでるんだ)
* * *
翌朝、ふたりは小さな町にたどり着いた。
広場には屋台が並び、通りを行き交う人々で賑わっている。香ばしい匂いが漂い、焼き菓子の湯気が空に昇る。
「うわあ、すごい人だね! フィオナ、あっちに果物屋さんあるよ!」
「……にぎやかね」
フィオナの目が自然と動く。ふだんは無表情な彼女も、少しだけ目元がゆるんでいた。
「この焼き茸、めっちゃうまそう。ひとつください!」
リュカが屋台の前で叫ぶ。屋台のおばさんが笑顔で串を差し出す。
「二本で一銅貨だよ、坊や。そっちの綺麗なお姉さんにもどう?」
「じゃあ二本!」
リュカが嬉しそうに手渡すと、フィオナは少し困った顔をしながらも受け取った。
「ありがとう……」
市場の喧騒のなか、ふたりは肩を並べて歩いた。ガラス細工のペンダント、小さな香草袋、手作りの木笛。フィオナはひとつひとつに目を奪われていた。
「これなんてどう? 似合いそう」
リュカが差し出したのは、小さなガラスのペンダント。
フィオナは一瞬戸惑いながらも、受け取った。
「ありがとう……」
(こうして歩いてると、まるで……普通の旅人みたい)
リュカはそんな彼女を後ろから見つめ、静かに微笑んでいた。
* * *
その夜、町外れで騒ぎが起きた。
「きゃああああっ!」「魔物よ! 誰か助けて!」
リュカとフィオナは音の方へ走った。現場には異形の魔物がいた。熊のような巨体に、泡を吹き赤く光る目。明らかに正気を失っている。
「なんだ、あれ……」
フィオナが魔眼を起動する。
「……魔素が乱れてる。制御が効かない暴走状態!」
「止めなきゃ!」
リュカは木の棒を両手で握る。その手が震えていた。
(昨日の戦いは……たまたまだったかもしれない。でも、誰かがやらなきゃ)
魔物が唸り声をあげて突進してきた。
「うわっ──!」
リュカは身をひねって避けると、魔物の横腹を狙って跳びかかった。だが、勢いに押されて弾かれ、地面に転がった。
「リュカッ!」
フィオナが叫ぶ。リュカは咳き込みながら立ち上がり、前に出た。
「大丈夫……まだ動ける……!」
その隙に、魔眼から放たれた紫の衝撃波が、魔物の片足を撃ち抜いた。
魔物がよろめく。その瞬間、リュカが走った。
「うおおおおおっ!!」
木の棒を振りかぶり、魔物の頭部に叩き込む。
ドスッ!と重い音が響き、魔物が崩れ落ちた。
静寂。
「……やった、倒した……?」
「うん……」
リュカの肩が震えていた。体力も、勇気も限界だった。
フィオナはそっと彼の隣に並んだ。
「リュカ……ありがとう」
「フィオナがいたから、倒せたよ」
ふたりは見つめ合い、そして、かすかに笑った。
村の人々が駆け寄り、感謝の言葉を繰り返す。
だが、その中に、囁く声が混じった。
「……あの女……あの眼……」
「まさか、忌み子……?」
フィオナの足が止まった。小さく唇を噛みしめる。
リュカは、それを見逃さなかった。
* * *
夜道。町を出てしばらく歩いたあと、フィオナがぽつりと口を開いた。
「ねぇ、リュカ」
「ん?」
「私も……変わりたい。怖がられないように、誰かの力になれるように……」
「なれるよ。君はもう、すでに誰かを救ってる。僕をね」
フィオナは言葉に詰まったが、すぐに目を細めた。
「それでも……ありがとう」
その背中を、月が優しく照らしていた。
しかしその時、誰も気づいていなかった。
倒れた魔物の体から、黒い霧が静かに立ち昇っていたことに──
それは、遥か遠くに連なる“災厄”の、ほんの始まりにすぎなかった。
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