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報告と波紋

 ギルド支部の門が見えてきたとき、リュカは小さく息を吐いた。

 旅路の疲れというよりは、これから話す内容が“信じてもらえるか”への不安が重くのしかかっていた。


「……大丈夫かな」


 隣を歩くフィオナの声は、ほんの少しだけ揺れていた。


 左目には包帯が巻かれている。

 魔眼が疼くのを抑えるための処置――とはいえ、完全に収まったわけではない。


「ちゃんと話そう。……たとえ信じてもらえなくても、伝えることが大事だよ」


「……うん」


 グランティス支部――地方都市にしては大きめの拠点であり、各地の報告や依頼が集まる中心でもある。


 ふたりが中へ入ると、受付の職員がすぐに反応した。


「お帰りなさい、リュカさん、フィオナさん。マスターがすでにお待ちです」


「……案内してくれる?」


 通されたのは、ギルドの奥にある会議室だった。


 そこにいたのは――ぶっきらぼうな顔の、例の男。


「よう。……生きて帰ったか」


 椅子にもたれかかりながらそう言ったのは、ギルドマスター・バルドだった。


 短髪に、無精髭。粗末な革の上着の下には、古傷の刻まれた腕が見える。


 その姿勢こそ乱暴だが、目の奥には鋭い光が宿っていた。


「報告は聞いた。村が“夢に囚われていた”と。……詳しく話せ」


 リュカとフィオナは、順を追ってすべてを語った。


 村に起きた異常。眠りから覚めない人々。夢幻眼と思しき少女。

 そして、祠の中でフィオナが見た“記憶の殻”の中身――。


 話しながら、フィオナの声が時折かすれる。

 左目が反応しそうになるたび、リュカがそっと隣で支える。


 報告が終わると、部屋に一瞬の静寂が訪れた。

 バルドは腕を組んで、しばらく沈黙していた。


「……なるほど。夢幻眼。第5の魔眼、だったか」


「信じてくれるんですか?」


 フィオナの問いに、バルドは片眉を上げた。


「信じるも信じねぇも、お前らふたりは“結果”を出して帰ってきた。それが全てだ」


 リュカはその言葉に、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


「だがな……魔眼の話になると、めんどくせぇのが出てくる」


「……めんどくさい?」


 バルドは立ち上がり、窓の外を見ながら煙管に火をつけた。


「ギルドの中には、“魔眼の情報”を管理したがる連中がいる。

 特にこういう“精神系”の魔眼はな……過去に色々あったからな」


「……まさか、またフィオナが疑われる……?」


「おそらくな。だが、俺は違う。お前たちが信用に足る奴らだってことは、今回の件でよくわかった」


 バルドは煙をくゆらせながら、書類の束を机に置いた。


「近々、支部内で正式な“事案整理会議”を開く。魔眼に関する記録もまとめろ。

 この町の外に目覚めない者がいる報告が増えてきてる。……どうやら、この事件だけじゃ済まなそうだ」


 リュカとフィオナは視線を交わした。


 何かが――もっと大きな何かが、蠢いている。


「……夢の中のあの子が言ってた。“もっと深く、もっと楽しい夢”って。……あれ、警告だったのかも」


「夢幻眼の被害は、“ここで終わり”じゃないってことだね」


 バルドが静かに頷いた。


「そういうこった。――話は通した。今度の会議、俺の顔を立てるつもりで、しっかり準備しとけよ」



 ***



 翌日、ギルド本部の作戦室にて、臨時の幹部会議が開かれた。


 長机の周囲には、ギルド職員や中級幹部らが集まり、

 その中央にリュカとフィオナが座る。


 重々しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは――ギルド職員長のローレンだった。


 端正な顔立ちに、鋭い目と深紅のスカーフを巻いた男。

 その声は冷静だが、どこか“距離”を感じさせた。


「……要点としては、村が『精神的な干渉を受け、昏睡状態になった者が多数発生』。

 その原因は“魔眼”、特に“第5魔眼・夢幻眼”によるもの、ということでよろしいか?」


「はい。魔眼同士の共鳴反応、そして記憶干渉の痕跡から判断しても……」


 フィオナが答えようとしたその時、別の声が割って入った。


「証拠が薄い。あくまで“感覚”の話に過ぎない」


 声の主は、赤髪の女幹部・セレス。


 鋭い目と腕組みの姿勢が、明らかに敵意を帯びている。


「“夢幻眼”などという曖昧な魔眼の存在を、どこまで信じるべきか。

 精神干渉などというものは、ただの“呪い”か“病”の可能性もある」


 空気が重くなる。

 フィオナは俯いた。左目の奥が、また少し疼いた気がする。


「……でも、実際に起きているんです。

 “夢”の中に引きずられるように、人々が昏睡状態になっていた」


「ふん。で、それを君たちだけが“見た”と」


「証人は? 記録は? 再現性はある?」


 最初からそんなものはありえないと決めつけるように、セレスは質問を飛ばす。

 流石の態度に、ローレンも黙ってはいなかった。


「セレス、君の言い分はわかるが、彼らは実績を挙げて戻ってきた。

 この報告は軽視すべきではない」


 その時、別の男が静かに口を開いた。

 革の装備に黒のマントを羽織った男――情報統括のサミュエル。


「……問題は、“魔眼”という存在そのものだろう」


「これはすでに、個人の能力を超えた社会的な課題になりつつある。

 もし今回のような事象が各地で再発すれば――それこそ“魔眼狩り”を再認可すべき、という声も出てくる」


 その言葉に、フィオナの肩がびくりと震えた。


「……やめてください。それは……私たちを、また……」


 リュカが小さく息を吐き、立ち上がる。


「魔眼を持っているからって、なぜ疑われ続けなきゃいけないんですか? 僕たちは誰も傷つけてない。ただ……知りたいだけなんだ。何が起きてるのかを」


 その言葉に、場が一瞬だけ静まる。


 サミュエルは目を閉じて、ゆっくりと頷いた。


「……分かっている。だが、ギルドという組織は“疑念”にも対応しなければならない。

 だからこそ、君たちの言葉に重みが必要なんだ。――“今後も継続して、結果を出し続けてくれ”」


 リュカはフィオナの手を取り、座り直す。


「……やります。疑われようと、見捨てられようと。

 あの夢の中の子を……置いてきたままじゃいられないから」


 その言葉に、セレスも何かを感じ取ったのか、目を伏せた。


 バルドが口を開く。


「――では、議題はひとまず終了だ。

 今後、魔眼に関する案件は“特別管理記録”として扱う。

 報告者はリュカ、フィオナ。進行確認は俺が責任を持つ」


 全員が、静かに頷いた。

 フィオナの胸の奥に、“またひとつ超えた”という感覚が残る。


 誰かに否定されても、それでも向き合うこと。

 それが、彼女が魔眼と共に生きていくための“覚悟”なのだと。


 会議が終わると同時に、関係者たちは静かに部屋を後にした。

 空気はやや重たく、それぞれの胸に様々な思惑を残していた。


 バルドは会議室の端でふたりを呼び止めた。


「リュカ、フィオナ。こっちだ。ちょっと話がある」


 通されたのはギルドの奥――重たい扉の奥にある、書庫兼作戦準備室だった。


 扉を閉じると、バルドは煙草をくわえて椅子に沈み込む。


「……お疲れさん。よく耐えたな、ふたりとも」


「……正直、胃にくる会議でした」


 リュカが乾いた笑みをこぼす。

 フィオナは黙って頷いた。左目の奥に、まだ微かな違和感が残っていた。


「……昔な、俺の仲間にもいたんだ。魔眼持ちが」


 ふいに、バルドが口を開く。

 静かに、どこか懐かしむような目で遠くを見つめていた。


「何の魔眼かは知らねぇ。でも、やつは“未来”が見えるって言ってた」

「そいつは、ある日突然姿を消した。俺に“全部、見えちまった”って言ってな」


 リュカもフィオナも、黙って耳を傾けていた。


「……だから、俺は思うんだ。魔眼ってのは“力”じゃなくて“業”だ。

 見えるからこそ、背負わされるもんがある。逃げたくなるのも、当たり前だ」


「それでも……」


 フィオナがぽつりと呟く。


「それでも、私は……見なきゃいけない気がしてるんです。……逃げたら、“何か”を失いそうで」


「だから言ったろ。お前らは、信じられるって」


 バルドは、デスクの引き出しから一枚の文書を取り出す。


「これは……?」


「古い文書だ。“夢幻眼”について記録があったんでな、探しといた。

 場所の名前と、断片的な言葉だけだが――“連鎖する継承”って記述があった」


「……連鎖?」


「ああ。誰かが夢幻眼を継承したら、次に“同じような適応者”が現れるって話だ。

 魂が繋がる、みてぇなオカルトじみた記述だったがな……今となっちゃ、笑えねぇ」


 バルドが指先で文書を叩く。


「記録にあった土地のひとつが、北東の街”エリュデア”。

 霧の濃度が高く、眠り病が流行ってるって報告が最近来たばかりだ」


 ふたりは互いに視線を交わす。


 次に向かうべき地――それが、また見えてきた。



 ***



 ギルドを出た後、ふたりは静かな広場のベンチに腰掛けていた。


「……私は、“あの子”を見捨てたままじゃいられない」

「たとえ夢に囚われていても、誰かに名を呼ばれれば……きっと、戻ってこれる」


 フィオナの左目が、夜の空に向けて、ふわりと光る。


「私は、名を呼ばれたから、ここにいる。

 あの子も、きっと――“名前”を、待ってる」


 リュカは、そっとその手を握った。


「だったら、もう一度探しに行こう。夢の向こうへ」


 月が照らすその背中は、もう迷いなき意志に満ちていた。

 そしてふたりは、再び“夢幻”の痕を辿る旅へと歩き出す――


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