表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

囚われの少女と旅の少年

 昼前の陽が差す街道沿い。

 リュカは、朝食代わりに摘んだ木の実を齧りながら、のんびり歩いていた。


「昨日のあれ……本当に僕がやったのかなぁ」


 脳裏に浮かぶのは、吹き飛んだオーガウルフ。

 ありえない光景だったはずなのに、自分ではうまく信じられない。


「まぁ、たまたま当たったんだよね。うん。木の棒が優秀だったってことで」


 自分に言い聞かせるようにうなずいていると、前方から騒がしい声が聞こえた。


「奴隷市だよ〜! 見ていけ見ていけ! 魔族の血を引く美少女もいるよ!」


「……え?」


 広場の一角。数台の馬車が並べられ、鉄製の檻が置かれていた。

 中には無表情な男女が押し込められ、観衆の笑い声と値踏みの声が響いている。


 その異様な光景に、リュカは思わず足を止めた。


(これが……奴隷制度……?)


 教本で読んだことはある。

 けれど、実際に目の前で見ると、どこか現実感がなかった。


 檻の前で大声を上げる商人。


「こいつぁまだ14だが、従順だぞ〜! 1ゴールドからだ! そこの兄ちゃんどうだい?」


 リュカは、思わず目を逸らそうとした――その瞬間。


 ひときわ小さな檻の中に、目が合った。


 灰色の髪に、痩せた体。

 片膝を抱えて座り込む、ボロ布にくるまれた少女。


 その瞳だけが、死んでいなかった。


『たすけて』


 声には出していない。

 けれど、その視線は確かにリュカの心に突き刺さった。


(……なんで)


 足が、勝手に動いていた。


 広場には、ひどい空気が流れていた。


 檻に並べられた奴隷たち。

 値踏みするように眺める観衆。

 大声で競りをする商人。


 その中心に、少年――リュカが立っていた。


「この子、僕がもらっていっていい?」


 静かすぎる声に、観衆が一斉に振り返る。


「は? 買う金があるのか?」


「ないよ」


 即答だった。


「……なめてんのか、坊主」


 怒号と共に護衛が前に出る。


 リュカは一歩も退かず、ぽんと棒を肩に乗せた。


「だってこの子、苦しそうだったじゃん。放っておけないよ」


「誰にモノ言ってんだ……!」


 護衛が拳を振りかぶる――


 ズドン!


 風の爆音が鳴り響き、護衛が空を飛ぶ。


「……え?」


 リュカは自分の手を見て、首を傾げた。


「当たってないよね? 今の……?」


 護衛が吹き飛ばされた原因が、彼には分かっていなかった。


 ざわめきが走る。商人が怒鳴る。


「なにしてんだ、やれ!」


 護衛たちが一斉にリュカへ飛びかかる――が、


 ドッ! ガン! ドン!!


 棒を軽く振る度に、敵が吹き飛んでいく。


 誰も彼に触れられなかった。


「ちょ、ちょっと……大丈夫? ぶつかった人、ケガしてない?」


 リュカが本気で心配している様子に、誰もが凍りついた。

 檻の前。リュカが近づくと、少女が恐る恐る顔を上げた。


「立てる? 怪我してない?」


 怯えたように一歩後ずさる少女に、リュカは静かに笑う。


「大丈夫。もう、怖いことは終わったよ」


 檻の錠に触れる。軽く叩くと、金属が砕けた。


 リュカは手を差し出した。

 少女は、何かに導かれるように、その手を取った。


「ありがとう……ございます……」


 彼女の声は、震えていた。


 少し街を外れて川辺で身を清めた少女に、リュカが木の実を差し出す。


「お腹すいてない?」


「……すいてます。ありがとうございます」


「名前は?」


「フィオナ……です。奴隷名じゃなく、本当の」


「フィオナ、いい名前だね」


 リュカはにっこり笑った。


「じゃあ、これから一緒に行こっか」


「……え?」


「旅は一人より、誰かといたほうが楽しいしね。よかったら、だけど」


 フィオナは少しだけ目を見開き、そして――小さく、うなずいた。


「……はい。リュカ様」



 こうして、優しすぎる最強の少年と、元奴隷の少女の旅が始まった。


 ふたりがこれから出会う困難も、涙も、運命も――

 まだ誰も知らない。


 けれど、確かに今日、ひとつの「救い」が生まれた。







 ---フィオナ視点---




 この人は――何者?


 世界が急に音を失ったみたいだった。


 わたしを商品としてしか見なかった人たち。

 罵声、視線、金額。それしかなかった日々。


 でも。


 彼だけが、最初から、まっすぐわたしを見ていた。


『たすけて』


 声にならない願い。

 誰にも届くはずのない、心の底の声。


 でも、それが彼には届いたみたいだった。


「立てる?」


 差し伸べられた手は、不思議なほどあたたかかった。


 この手だけは、裏切らない気がした。


 この人のそばにいれば――

 もう、二度とあの檻に戻らなくていいのかもしれない。


 わたしは、この日初めて「生きたい」と思った。

是非応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ