過去を乗り越え、塔へと続く
朝靄を抜けて、リュカとフィオナは小高い丘を越えた。
その先に見えたのは、活気に満ちた一つの街、グランティス。人と荷車が行き交い、色とりどりの布が市場に翻る。
「すごい……人が、こんなに」
フィオナが小さく息を呑む。森や村とは違う喧騒に、目を丸くしていた。
リュカはそんな彼女の様子に微笑み、「こっちだよ」と手を差し出す。
「まずは、ギルドに行こう」
街の中央部にそびえるギルドは、大きな二階建ての建物だった。
掲示板には依頼がびっしりと貼られ、冒険者らしき人々が忙しなく行き交っている。
「ちょっと、そこの君」
受付に立ったリュカに、ギルド職員の女性が声をかける。
「名前と用件をお願いします」
「リュカ・アーク。以前……他のギルドで登録を断られた者です。再登録をお願いしたい」
その言葉に、女性は目を細めて手元の書類を確認する。
「……ああ、“スキル適性に問題あり”で拒否された記録、ですね」
フィオナが心配そうに横目でリュカを見る。彼はただ、静かに頷いた。
「……でも、今の僕は違います」
そう言って、リュカは肩掛けの袋から、一つの黒い石を取り出した。
わずかに紫がかった魔力の結晶――それは、霧喰いの魔獣の魔石だった。
「これを……一人で?」
職員が驚き、奥へと駆けていく。しばらくして、重い足音とともに現れたのは、肩幅の広い壮年の男だった。
「お前が、これを仕留めたってのか?」
男――ギルドマスターのバルドは、魔石を手に取ってじっと見つめたあと、リュカを見据える。
「信じ難いが……確かにこれは霧喰いの魔石。並の冒険者では手に負えん」
「はい。フィオナの助けもあって……でも、戦ったのは僕です」
「なるほど」
バルドは頷き、少し考え込むように腕を組んだ。
「……お前、ギルド登録は初めてじゃないな。だが、あの支部か」
「はい。スキルのせいで、断られました」
「……あそこはな、書類と基準ばかり見て、人を見ようとしない。たまに“本物”を見落とすんだ」
バルドの言葉に、リュカの瞳が揺れた。
やはり、自分が否定されたのは“価値がなかったから”ではなかった――そう確信するには十分だった。
「俺の名で推薦する。正式にギルド登録だ。……とはいえ、ランクはEからだがな」
リュカは小さく笑い、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その隣で、フィオナが静かに口を開く。
「私も……登録できますか?」
バルドはフィオナを一瞥し、その左目に浮かぶ魔眼の痕に気づいた。
「そいつは……魔眼持ちか。うちの規定じゃ“仮登録”扱いになるな。行動には制限が出る。構わんか?」
「……はい」
そのやり取りを経て、二人は正式に“冒険者”としてギルドの一員となった。
***
ギルド内の奥まった一室――
そこにいる年配の男、記録係オルベンは、古ぼけた本の束を片手に、二人を迎えた。
「“灰の塔”に行きたい、とな」
「はい。両親の手がかりがあるかもしれなくて」
リュカの言葉に、オルベンはゆっくりと目を細める。
「“アーク”の姓……確かに、数年前にその名の冒険者が灰の塔に向かった記録がある。だが……」
オルベンは一冊の記録簿を開き、指を滑らせた。
「その先は“未帰還”扱いだ。塔の地下層に記録は残っているが、あそこは――危険指定区域。訪問には“Cランク以上”か、ギルドマスターからの推薦状が必要だ」
「じゃあ、僕たちは――」
そう言いかけたところで、再びバルドが現れる。
「――それについては、条件付きで考えてやってもいい」
「……条件?」
バルドは手に一枚の依頼書を持っていた。
「街の北、山沿いの廃道に“盗賊団”が出没していてな。いつまでも手に負えずに困っている」
バルドの眼差しが鋭くなる。
「霧喰いを倒せるなら、奴らも相手にできるだろう。やってみせろ。“それができたら”……Cランクに推薦してやる」
***
「盗賊退治か……ずいぶんと荒っぽい依頼だな」
ギルドを出たリュカは、依頼書を手にしながら苦笑した。
「大丈夫、私たちならできるよね?」
隣を歩くフィオナは、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
リュカはその顔を見て、ふっと肩の力を抜いた。
「まずは装備を整えないとね。さすがに、棒じゃ盗賊と渡り合えないし」
「うん。さすがにね」
フィオナが少し笑う。思えば、ここまでずっとまともな武器ひとつ持たずに戦ってきた。
それが彼らの強さの証でもあったが、今から向かうのは“人の手で仕組まれた悪意”だ。
備えは、万全であるべきだった。
***
街のはずれ、鉄を打つ音が響く一角に、それはあった。
《アンダル鍛冶店》――歴史を感じさせる古びた看板が掲げられた小さな鍛冶屋。
中では初老の男が、大きな金槌で鉄を打ち、火花を飛ばしていた。
「こんにちは」
リュカの声に、男が顔を上げる。汗まみれの顔に刻まれた皺は深く、だがその目は鋭く澄んでいた。
「なんだ、見ない顔だな。装備でも探してるのか?」
「はい。初めまして、リュカ=アークと言います。 僕に合う……できれば、手に馴染むような剣を探していて」
そう言った瞬間、鍛冶士の目が細くなる。
「……あんた、今“アーク”って言ったか?」
「え? あ……はい。どうして……?」
鍛冶士は無言で工房の奥に入り、しばらくして一本の剣を持って戻ってきた。
それは飾り気のない、実用本位の短剣だった。だが、刃には手入れが行き届き、鍛えられた金属の重みと信頼がにじんでいた。
「昔な……二人の冒険者が、うちに通ってきてな。名は――ユリウスとセリア。あんたの両親だろ?」
リュカは思わず息を呑む。
「君はな……ユリウスに似てる。真っ直ぐな目をしてる。……だから分かったよ」
鍛冶士は、静かに剣を差し出す。
「この剣は、あいつらが“子供に剣を握らせる日が来たら頼む”なんて言って俺に預けてきた」
「……いいんですか?」
「今のあんたが持つなら、この剣も喜ぶさ。しっかり、使ってやれ」
リュカは両手でそっと剣を受け取った。
手に馴染む重さ。確かな重心。これまでの棒や拾い物とは比べ物にならない感触だった。
「……必ず、この剣で前に進みます。ありがとうございました」
鍛冶士は無言で頷き、再び鉄を打ち始めた。
その音は、どこか祝福の鐘のようにも聞こえた。
***
日が傾き始めた頃、リュカとフィオナは街の門の前に立っていた。
「ふふ、似合ってるよ、リュカ。剣も服も」
フィオナが少し照れたように言う。リュカは、改めて腰に帯びた剣に手を添えた。
「やっと“冒険者”になれた気がするよ」
「……私も、“冒険者の仲間”って感じがする」
フィオナはローブの裾を手で整え、小さく息を吐いた。
その眼差しは、確かに前を見ていた。
「盗賊たちは山の北側、旧街道のあたりに潜んでるらしいよ」
「うん。行こう、フィオナ。あの塔に辿り着くために」
二人は歩き出す。
街の門が背後でゆっくりと閉じ、足元の道が音を立てた。
――その先に待つものが、どんな困難であっても、今のリュカには“進むための剣”がある。
そして、隣には、信じ合える“仲間”がいる。
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