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それは、私がずっと――

 朝の光が森の梢を照らし、リュカとフィオナは緩やかな山道を進んでいた。昨夜の余韻を残しながらも、二人は再び歩き出している。


「次の街で、一旦休もう。ギルドにも立ち寄って、僕も再登録しておきたいしね」


 リュカが軽やかに振り返ると、フィオナはこくりと頷いた。灰の塔――彼らが目指す目的地はまだ遠いが、その手前にある街に立ち寄ることは必要だった。


「ギルド、か……」


「フィオナも、登録してみる? 一緒に冒険できるようになるし」


「……考えておく」


 どこか曖昧な返事を返しながら、フィオナはふと立ち止まった。小鳥の囀りが遠くから聞こえる中、風が髪を揺らす。


「リュカ……私、ずっと気になってたことがあるの」


「うん?」


「私の魔眼って、“過去を見る力”だよね。でも、戦ってるとき……なぜか、敵の動きが“読める”の。あれって、一体……」


 リュカは足を止め、少し考え込むように空を仰いだ。


「うーん……過去を見るってことは、その敵がどんな風に戦ってきたかを“視てる”ってことなんじゃない?」


「でも、それって――」


「つまり、“過去の行動パターン”が見えてるから、次に何をしてくるか、なんとなく“分かる”ってことかもしれないよ」


 そう言って笑うリュカに、フィオナは戸惑いつつも頷いた。

 たしかに、あのときも――熊型の魔獣、霧喰いの魔獣、そして魔眼狩りとの戦い――彼女は無意識に敵の動きを先読みしていた。


 だが、その本質がどこにあったのか、まだ答えは見えていない。


 ***


 道は開け、緩やかな丘の斜面を越えた先に、ひとつの谷が広がっていた。街まではもう少しだ。


 と、そのときだった。


 ガサッ……と茂みが揺れる音が聞こえ、フィオナが反射的に足を止めた。


「待って、何か来る……!」


 警告と同時に、茂みから影が飛び出す。四足で地を駆け、牙をむき出しにした小型の犬型の魔獣。体長は一メートルにも満たないが、動きは素早く、目に赤い光を灯している。


「こいつらは……!」


 リュカが前に出て棒を構える。だがその瞬間、別方向からも二体、さらに一体と姿を現した。


「囲まれてる……! 気をつけて、フィオナ!」


「うん……!」


 魔獣たちは声に反応するように咆哮し、一斉に突っ込んできた。リュカが一体の牙を棒で弾き、その勢いを逆手に取って一閃。だが、他の魔獣は斜めから素早く跳びかかってくる。


「くっ、速い!」


 リュカが一歩下がる。その背後に、もう一体が地を這うように回り込んでいた――。


「リュカ、左後ろ!」


 叫ぶフィオナ。その声に反応して振り返ったリュカは、かろうじて攻撃をかわし、棒で追撃を阻む。


「ナイス、助かった!」


 だがフィオナは自分の言動に戸惑っていた。どうしてあの動きを予測できた?

 そのとき、彼女の視界に奇妙な像が浮かび上がる。


 ――赤い軌跡、飛びかかる動作、牙を振り下ろす光景――

 それは“さっき”の攻撃……ではない。もっと前、何かの記憶の残滓のような……


「これ……前にも、あの魔獣、同じ動きを……?」


 過去を見る魔眼。それが視せるのは、“過去に同じような動きをした記録”。

 つまり――


「動きが……読める……!」


 震える声でそう呟いたフィオナの瞳に、再び魔眼の紋章が浮かび上がる。

 棒を正面構えなおしたリュカは、襲い来る魔獣に立ち向かった。

 武器とは呼べないそれでも、手に握った瞬間、彼の目に迷いはなかった。


「フィオナ、下がって!」


 一体の魔獣が跳躍する。それに合わせて、リュカは棒を真正面から打ち払った。

 乾いた衝突音。手が痺れる。だが怯んだ魔獣を追い打つ余裕はない。別の個体が横から飛びかかる――!


「右! 跳ねてくる!」


 フィオナの声。それと同時に、彼女の眼が淡く輝いた。


 魔獣の跳躍を、フィオナの声に反応したリュカは体を低くして避け、倒れ込みながら棒を振り抜いた。棒の先が腹部に当たり、魔獣が地面を転がる。


「すごい……今の、どうして……?」


 思わず尋ねるリュカに、フィオナは驚いたような、確信を得たような顔で呟いた。


「見えたの……あの魔獣が、前に同じ動きをしていた場面が」


 魔眼が視せる過去――それは、目の前の敵が“これまでに繰り返してきた戦い”の記憶。

 その軌跡をなぞるように、フィオナの眼は“次の動き”を読み取っていく。


「次、左からくるやつ……跳ぶ前に一度足を引く! 今!」


「了解!」


 リュカが振り向くと、確かに魔獣は足をかがめた瞬間だった。

 迎撃の一撃。細い棒が再び魔獣の顔を叩き、バランスを崩す。そこに追い打ちをかけ、地面に叩きつけた。


「あと二体……!」


 残った魔獣たちは慎重に距離を取って動きを探っている。が、フィオナの眼にはその“迷い”すらも過去の模倣だと分かっていた。


「右のやつは威嚇してから回り込む……左のは時間差で飛びかかる。リュカ、右の動きを止めて!」


「任せろ!」


 リュカが走る。威嚇の咆哮を上げた右の魔獣に向かって、持っていた棒を振り抜く。

 だが――パキン、と音を立てて、棒が折れた。


「くっ……!」


 だがその一瞬の隙も、フィオナが見逃さなかった。


「しゃがんで!」


 リュカが言われるまま体を沈めた瞬間、左の魔獣が宙を舞い、頭上を掠める。

 その勢いを受けて地面に転がる魔獣に、リュカは思い切り体当たりした。


 土煙が舞い、最後の一体が残る――。


 その個体は、仲間の屍を見てわずかに後退し、やがて警戒したように草むらへと消えていった。



 ***



「ふぅ……助かった……」


 倒れた魔獣を横目に、リュカは息を吐いた。肩で呼吸しながら、フィオナの方を見る。


「……今の、全部君の指示がなかったら危なかったよ。ありがとう、フィオナ」


 フィオナは、魔眼の光が消えていく中でゆっくりと頷いた。


「……ううん。私、やっと分かったの」


「え?」


「この眼が視てるのは、過去。でも、それはただの記録じゃない。“これからどう動くか”を知るための、ヒントなんだ」


 魔眼に未来を視る力はない。だが――

 過去を知れば、未来を守れる。


「私は……誰かを傷つける存在じゃない。守るために、この眼はあるんだって……ようやく、そう思える」


 小さく、しかし誇らしげな笑み。

 その姿に、リュカはゆっくりと頷いた。


「うん。それが、君の力なんだ。ずっと、僕を守ってくれてた」


「そんなつもりじゃ……なかったけど……」


「でも、事実だよ。これからも、一緒に進もう。フィオナのその眼と一緒に」


「……うん」


 足元に転がる、折れた棒。

 だが今、彼らの歩む道は、確かに先へと続いていた。


 ――遠く、街の門が見える。

 静かに、次の幕が上がろうとしていた。


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